ばってんらばー

ばってんらばー

「大切なものをなくしてしまったの……」
 うるんだ瞳に陰を落としながら、少女は言った。
 クラスメートたちが帰り支度や部活動の用意をする中で、彼女はただひとり、肩を落として意気消沈していた。今だけじゃない。今朝からずっとこの調子なのだ。
「あれがないと、あたしの今までの苦労が、努力がすべて無駄になってしまうわ」
 がっくりとうなだれる彼女と対峙するのは同級生の少年。ふむ、と腕を組んで、
「で、なにをなくしたんだ?」
 彼女の落ち込み具合から見て、なにかとてつもなく貴重なものだったのかもしれない。
 少女は力なく少年を見上げ、そして答える。
「ポリキャップ」
「…………ポリ……え?」
 いまちょっとポリキャップとか聞こえた気がする。いやいや聞き間違いだろう。
 思わず訊き返すと、少女は泣き出しそうなほど眉を下げ、少年を見つめて言った。
「ポリキャップよ。ガンプラの関節になくてはならないパーツなの」
「そうか。じゃあまた明日」
「ちょ、待ってよ!」
 しゅたっと片手を上げて踵を返す少年の制服を少女があわててつかむ。
「考えてみなさいよ! ポリキャップがないのよっ? あたし生きていけない!」
「脳みそはすでに死んでるみたいだがな」
「それでね、あたし昨日がんばって探したの」
「どうやら耳も死んでるようだな」
「ニッパーで切った拍子に飛んでいっちゃったから落ちた辺りを探してたんだけど、そこですごいものを発見したの」
 少年の言葉が聞こえているのかいないのか、少女は自分の言葉に熱をこめる。
「なんと、中学校の卒業アルバムよ。なくしたと思っていたけど、本棚の下のすき間に挟まっていたの。なんてことかしら。あれから二年を経て、ふたたびあたしのもとにあの頃の青春が帰ってきたのよ」
 大人からすればなんの変化もない二年かもしれないが、子供の一年――いや、一日は何物にも代えがたい経験値に溢れている。そんなことを誰かが言っていたような気がする。作者とか。
「それでね、当時なにをして遊んでいたのかとか思い出していたの。あの頃はひたすら漫画を読みふけっていたわ」
 何物にも代えがたい経験値が……おや?
「来る日も来る日も漫画漫画。読んでは描き読んでは描き」
「しょ◯たんか、お前は」
 しかし少年のツッコミは当然のようにスルー。
「あのとき読んでる本があれだったら、今のあたしは間違いなく腐女子になっていたわね」
「そうならなくてよかったな」
「でもね、腐女子に対する世間の態度や認識がちょっといただけないのも事実よ」
 ずいっと身を乗り出して、少女は言う。
「たしかに腐女子は◯モが好きよ。でもそれはリアルへの諦観がそっちの方向に促しているんじゃないかしら。もちろんリアルにはそんじょそこらに美少年が転がってるわけじゃないし、いたとしても正常な精神の持ち主だったりするじゃない。つまりね、スリルがないのよ」
「日常生活にスリルはいらんだろう」
「バカ言わないで。スリルは人生を楽しく生きるためのひとつまみのスパイスよ。でなければ恐ろしくつまらない、残念な人生になってしまうわ。そんなの嫌でしょ? あたしは嫌。だから世の女子たちは美少年×美少年というスリルに酔いしれるのよ」
「美少年の間に『×』を入れるな」
「別にね、本当は美少年じゃなくてもいいと思うのよ。でも同じホ◯なら綺麗なほうがいいじゃない。あんただって森◯中より時◯ぁみのほうが好きでしょ? 片桐は◯りより長澤◯さみのほうが好きでしょ?」
「チョイスの基準が分からんが、まぁそうだな」
「つまりはそういうことなの。平凡なリアルにはありえない非現実にスリルを感じることによって、日常というつまらない人生を楽しくしているのよ。あってはならない美少年同士の愛。彼らが抱いているであろう背徳感は、それを妄想する腐女子たちも等しく味わうことができるのよ。素晴らしいと思わない?」
「思う思わないで言えば、お前こそ腐女子なのではないかと思う」
「失礼ね。あたしはただの代弁者よ」
「腐女子と思われることを失礼だと言ってる時点で、お前に腐女子を語る資格はない」
「世間ではツンデレだのクーデレだのヤンデレだの言ってるけどさ、それが女の子キャラだけだと思ったら大間違いだからね。男の子キャラにだって同じ属性はあるんだから」
「専門用語が飛びまくるこの状態から一目散に逃げ出したいおれは、いったい何属性なんだ?」
「久しぶりに中学時代の思い出を話したら、無性に漫画が読みたくなったわ」
 そして少女は勢いよく席を立ち、少年にびしっと親指を立ててみせて、
「んじゃ、ちょっと漫喫行ってくる」
「あぁ、お前の人生だ。好きにするがいいさ。せいぜい悔いの残らないようにな」
 少年が片手を上げてひらひら振ってやると、少女は嬉しそうに満面の笑みを浮かべた。
「後悔なんてしないわ。あたしは楽しい人生を送るのよ」
 そして鞄を取ってスキップまじりに教室を出ていった。
 自分の欲求に素直な彼女にやれやれとため息をつきつつも、ちょっぴり羨ましくもあって。
 だから少年は、少女の消えた机にそっと手を置き、つぶやいたのだった。
「んで、ポリキャップは?」

ばってんらばー

ばってんらばー

「ポリキャップがないのよっ? あたし生きていけない!」

  • 小説
  • 掌編
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-06-07

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