日常時どき怪異

小さい時はどんな些細な事でも恐怖に変わる。その体験で今のみっともない自分になるのだ。

いつからだろう
人形が怖いと思いはじめたのは。
まだ小さい時、祖父母に連れられて遊園地に行ったことがある。
はっきりとは覚えていないが小さくて古びかしく何ともいえない雰囲気が漂っていた。
人は少なくお化け屋敷の前には男女の人形が立っており肌や服は所々黒く目玉が片方なかった。
それが強く印象に残っている。
楽しいなんて少しも思わなかった。
そんな私の姿に祖父母は見兼ねて帰る時に遊園地内にあるお土産店で女の子の人形を買ってもらった。
その時はよく3つ離れた姉と人形遊びをしていた。
だが私には自分用の人形がなかったのでこれで姉に自慢できるとさっきまでとは違いはしゃいでいた。

家に帰り、さっそく姉と人形遊びをはじめた。
服を着せ替えたりクマの人形を友達にしたりして遊んだ。
これで姉と人形の取り合いをせずに済むと思い大事そうにその人形の顔を見たのだか「何か違う」そう思った。姉の持っている人間とは違い可愛くないと思ってしまった。
何より目が怖かった。
お店で見たときはそう思わなかったのに
難しいことは考えたくないのでその日は机の上に人形を置いたまま寝た

翌朝、いつものように一番早く起きた。今では不思議に思うのだが、まだ小さいと遅くまで寝ることはできない。
見たいアニメや近所に住む友達と遊んだり、子供ながらにやることはたくさんあるのだ。
今日1日どう過ごそうかワクワクしていたが昨日の事なんて忘れていた。
リビングに入ってテレビに近づこうとして足を止めた。
昨日買ってもらった人形がこちらを向いていたのだ。
それも畏怖を感じさせる強い眼力だ
人形にそのような感情はないと分かっているが恐怖感のせいで足を動かすことができなかった。
昨日を思い返してみるとうつ伏せになっていたはずだ。
どうしようか悩んでいたが、やらなければいけない。
なぜなら人形の横にポテチがあるからだ。1番好きなのり塩。
それを取るまでは逃げられない。
まわりを見回して良い物を見つけた。お菓子が入っていた箱だ。
それを持ち怖くて動かなかった足をなんとか動かし人形に近づいた。
目を見ないようにしながら勢い良く箱を被せ、ポテチを持ち部屋から逃げた。
それ以降、人形が苦手になった。

何かの前には前触れがある。

高校生になって初めての夏休み。
大量の宿題があるのだがほとんど手をつけていない。
そのせいで毎年、夏休みの最後には泣きべそかきながら後悔する。
それを分かっているのに遊びを優先させてしまう。
まだやっていないゲームや読んでいない本がある。それを先に片付けなければ、と考えていたのだが今年の夏はそうもいかないかもしれない。
祖母が亡くなったのだ。
祖母は高血圧で、珍しくお酒を飲んだらしい。そしてその後にお風呂に入ってしまったのが原因だという。
幼い頃からよく遊びに行っていた。
学校に行きたくない時は、祖父母の家に預けられていた。
おばあちゃんっ子だったためかなりショックだった。
祖母は大雑把な所がありながら
台所は物が多くて冷蔵庫の中もギュウギュウ詰めだった。
よく祖父に
「お前の作る稲荷寿司やおはぎは大きすぎて食べられん」
と怒られていた。
何でもかんでも大きく作るくせがあった。それでもみんなに愛されていた。明るくてひょうきんで優しかったからだ。
お通夜も葬式の時も祖母の顔を見ることが出来なかったが最後に全員で書いた手紙を棺桶に入れた時に顔を見た。とても綺麗だった。

それから数日後、整理を手伝うために母と祖父の所へ行った。
車を走らせて30程の距離にある。
まわりは山に囲まれており田んぼと畑が多い。近くには川もあって祖母が生きていた頃は犬の散歩で行っていた。
家のすぐそばには野菜やかき氷を売っている小さなお店があるのだが、そこの店主と祖父は中が悪くかき氷を買うと祖父に怒られるのだ。
車の中からそのお店を見てみるとシャッターが降ろされていた。
今日は休みのようだ。
「もう着くから降りる準備してね」
そう言われ靴を履き鞄を持った。
準備万端だ。
数日ぶりに見る祖父はやつれていた。それ程ショックだったのが分かる。
だが前のように元気になってもらわなければ困る。
祖母がなくなってしまったので1人だからだ。祖母の後を追って……なんて考えたくもないが今の祖父の状態と状況であればそう思わせてしまう。
「ちゃんとご飯はたべてるの?」
母が心配になって聞いたのだが
「大丈夫だ。近所の方が作ってくれる」
ひどくガラガラな声だった。
私達で遺品の整理するからと母が言ったのだが構う事はないと祖父も整理に取り掛かった。
タンスの中にはたくさんの着物が入っていた。
着物で出掛けるのがほとんどでその姿を羨ましく思っていた。
背筋がピンと伸び上品で美しくかっこよかった。
その着物よりも多くあるのが
カップやお皿類だった。
多分、多くが貰い物だと思うが
台所には置けず、部屋1つ分を占めていた。
その他にも私があげた手紙や祖父母の似顔絵を書いた鏡が大事そうにしまってあった。
それが嬉しくて懐かしくて胸が熱くなる。
思い出に浸りながら引き出しの奥に手を突っ込んだ時、まだ何か入っていた。それを掴んで見てみると
「………!」
あの人形だった。
祖父母に買ってもらったあれが、
トラウマになったあれが、
こちらを向いていた。
あれ以来怖くて祖父母の家に持って行ったのだ。
まだあの時と変わらず綺麗なままだったが流石に今は恐怖心はない。
けれどやっぱり苦手だ。
その人形を隅にちょいっと置いといた。
けっこう時間がかかってしまったが今日中に終わらせることができた。
外はすっかり暗くなっており外の灯りには虫が集まっていた。
祖父と3人で夕飯を食べ母は明日早いので心配しながらも祖父の家を後にした。

どんな事でも受け入れる覚悟は必要。

家に帰るとどっと疲れが出てきた。
このまま寝てしまいたいと思ったがある事がきっかけで一気に頭が覚醒した。思いがけないことに一瞬、心臓が止まった。
….…なぜだ!?
なぜあいつがいるんだ!?
言葉が出なかった。
あの人形が紙袋から頭を出してこちらを見ていたのだ。
もう引きつった笑顔しか出なくて無性に泣きたくなってきた。
きっと私を恨んで呪いに来たのだ…
先程、恐怖心はないと言ったが今は白目を剥きそうな勢いだ。
失神しかけようとした時、母の声で救われた。
「奈月、あんた顔面おかしなことになってるけど大丈夫?」
どういう意味だ!とツッコミたくなったが今はそれどころじゃない。
無言で紙袋を指差した。
母も紙袋を見たのだが
「この袋がどうしたの?
欲しいの?」
んなわけあるかい!今のこの顔でその紙袋ねだっていたらどんだけ必死なんだよ!と心の中で叫んだ。
「あっ!もしかしてこれ?」
何度も頭を縦に振った。
「もぉ〜どうしておばあちゃん家にあるのよ。せっかく買ってもらったものなのに」
それもそうだがやっぱり捨てる事は出来なかったので祖父母の家に置いたのだ。
母は私が置き忘れたものだと思っているようだが今の私の状態を察してほしかった。
母が人形を持って私の所に来た。
ずいっと人形を私の顔に押し付けてきたのだ。
「大切にするのよ」
最悪だ……!
しょうがないのでリビングに置くことに決めた。流石に自分の部屋には置きたくない。
良い所はないかと探していたらテレビの裏なら見えないと思いそこに隠した。
……隠した。確かに隠した。多分…
「なぜ〜だ〜!!」
なぜテレビの裏から顔が出てるの!
顔だけ出せるくらいに柔軟なのか!
風呂に入ってる間に何があったの!
自らの頭を抱えた。
発狂寸前だった。
「そんなにさわいだらうるさいぞ」
「………」
母でもない。姉でもない。父はあり得ない。というか帰って来てない。
だとしたら今の声は誰だ?
まさかの幻聴か?
「おい!まぬけ、こっちだ!」
声のする方に恐る恐る視線を向けた
視線の先にはあの人形。
いや、ありえない。そんなはずはない。と思った瞬間、その人形がテレビの台からひょいっと飛び降りた。
「ぎゃぁーーー」
阿鼻叫喚さながらの絶叫だった。
「「なに?どうしたの?」」
私の叫び声に姉の咲と入浴中だったのかタオルを巻いて出てきた母がやって来た。
自ら飛び降りた人形を指差して
「おり、た……ひょいって……」
足に力が入らず崩れ落ちた。
声にも力が入らず何を言っているかよく分からない。
だがそれが人形であることに2人は気づいた。
「人形がどうしたのよ?落っこちただけでビビるとか我が妹ながらはずかしわ」
「そうよ。夜遅くに大きな声を出さないでちょうだい。近所迷惑!」
何も知らないこの2人から見れば私はただのチキンだろう。
だか何と言われても構わない。
今、目の前で起きている非日常が私にとっての解決しなければならない1番の問題であって夏休みの宿題より重い任務なのだから。
いつのまにか2人はいなくなっていた。私も自室に逃げ、じゃなくて作戦を練ろうと戻ろうとした。
きっと考えれば良い解決策が見つかるはずだ。そうすれば一回り大きくなって帰ってくるだろう。
「おい!逃げようとするな」
「いやっ、逃げるんじゃないんだもん!器を大きくしてくるんだもん」
逃げと言う単語に敏感に反応してしまい、つい恐怖の対象である人形に言い返してしまった。
「見えない物より見える物を大きくしな。つまり胸だ」
「なにをー」
と言い返した所でやめた。
普通に流されそうになってしまったが人形が喋っているのだ。
それを思い出したらガクガクと顎が鳴った。
何がなんだか意味がわからない。
「安心しな。私はあんたをどうこうしようとは思ってないよ」
「えっ……?」
「まぁ、あんたが私を捨てていたら今頃あんたはここには存在してないけ、ど、ね?」
殺気を感じた。流石にそこまではしない。祖父母に買ってもらったので近くになければそれでよかった。
「冷静になって、息を吸って」
もうとっくに頭がついていけない。
冷静になれるはずがないのだ。
この状況で冷静になってしまったらもう頭がイッテイル。
「ほんっと失礼。子供って無邪気に心にグサッとくる事言うから。目が怖いって目鼻立ちがくっきりしてるといいなさい」
この人形からしてみたら自分がしゃべっている事は普通なのかもしれない。だからこんな呑気な事が言える
のだ。
「さっきから黙って、そんなに私が怖いの?」
そりゃ誰だってこんな反応になる。
「なぜ話す事ができるの?」
「私には心がないって思ってる?」
質問を質問で返された。
確かに今までは人形は単なる物でしかないと思っていた。今もそう思いたい。だがそれは私が勝手にそう思っているだけなのかもしれない。
よく人形には人間の魂が移ると聞くが元々は”もの”でしかなく人間の手に渡った瞬間から1人の”ひと”になるのかもしれない。
だとしたらこの人形を買うまではなかった違和感が遊んでいる時におかしいと思い始めたのも私の手に渡ったことで人格を持ち始めたからなのかもしれない。
勝手に動いたり話したりなんてホラーでしかないがそのように考えると不思議と心が少しだけ落ち着いた。
「ごめんなさい。勝手に決めつけて怖がって。最初から私を見ててくれたんだよね」
「この私をこの家から追いやった時は悲しかったけどあんたならそう言ってくれると思ってた」
もう怖がってもしょうがない。
これが現実なら潔く受け入れよう。
そう思い人形を手に取った。
「なにを1人で話してるの?」
そこへタイミング悪く母がやって来た。この状況を見たら人形を手に持ちながらの独り言。というこの年からしたら完全にイタイ奴だ。
追求されたくないので自室に行った

「隠す必要はないだろう?」
「こんなところ見られたら孤立する」
普通に話せてる自分にびっくりだが他の人には知られたくない。
万が一、ホラーでしかないその場面を見られたとしても、母ならまだいい。父と姉に見られてしまったら冷めた視線を一生向けられるだろう。
「私はね、自分が人形だって分かってるの。そこはちゃんと理解してね」
「はぁ……」
「人形だって持ち主と一緒にいたいと思うものなの」
つまりは主人に従順な犬と同じという事だろう。
「と言うことはあなたはずっと私といたかったの?」
「そんな気色悪い言い方しないで」
気色悪いってそれが事実なのに素直じゃない。
「それと私の名前はジョディよ」
いやいや、まるっきり日本人顔だよ
名前が浮いてるよ。
それでもその名前が気に入っているようなので言わないでおこう。
そんなこんなで普通じゃ理解し難いことが起こったがジョディとの生活も慣れて来た。
これでいつも通りの日々が過ごせると思っていた。

日常時どき怪異

日常時どき怪異

人形が苦手な菜月に思いもよらないことが起きた! それだけならまだ良いとしよう。 だがそれだけでは終わらなかった…。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 青春
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-06-06

Copyrighted
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  1. 小さい時はどんな些細な事でも恐怖に変わる。その体験で今のみっともない自分になるのだ。
  2. 何かの前には前触れがある。
  3. どんな事でも受け入れる覚悟は必要。