無敗のギャンブラー

 待ち合わせた喫茶店には幸い他の客はいず、その男だけが待っていた。
 わたしも男と同じくコーヒーを注文し、改めて男の顔を見た。予想していたより老けていたが、ハンサムな男である。
「ギャンブルのコツが聞きたいんだって?」
 男はちょっと皮肉っぽい笑みを浮かべている。
 わたしは額の汗をぬぐった。
「そうじゃない。わたしはフリーのジャーナリストで、あなたの噂を耳にして興味を持ったんだ。無敗のギャンブラーがいるという噂をね」
 男の笑みがますます大きくなり、口の端がキュッとつり上がった。
「同じことじゃないか」
「いや、わたしは別に賭け事に関心はない。しかし、ギャンブラーというのは独特の個性の持ち主が多く、変わった人生観や処世訓を持っている。それを知りたくて、世界中の様々なギャンブラーを取材してきた。ただ、どんなに強いギャンブラーでも、何度かは苦杯をなめている。ところが、あなたは違うらしい。噂で聞く限り、まったく無敗だという」
「まあ、それは事実だな」
 わたしは首を振った。
「それはあり得ない。例えば、サイコロを振るとする。ギャンブラーの中には、ある程度自分の出したい目を出せるヤツはいる。しかし、それは自分で振る場合だ。他人が振る目までは変えられない」
「さあ、それはどうかな。試してみるかい」
 男はポケットからサイコロを出した。
「あなたが持っているものでは信用できない。わたしが用意したサイコロをわたしが振る」
 わたしはポケットからサイコロを二個出した。
「ふーん、それをおれが当てればいいのか」
「そうじゃない。わたしが振るサイコロの目を、そうだな、一と一にしてみてくれ」
 さすがに断るだろうかと心配したが、男はあっさり承知した。
「別にかまわないよ」
 わたしはまた額の汗をぬぐい、手の中でサイコロを何度か振ってから、テーブルの上に転がした。
 コロコロと転がったサイコロは、二つとも赤い一の目を上に向けて止まった。
「もう一回だ」
 わたしはまたサイコロを転がした。
 再び、一と一になった。
「うーん、もう一回」
 三度目も同じ結果だった。
 ぬぐってもぬぐっても、額から汗が流れる。
「なあ、もういいだろう。おれは別にインチキをやっちゃいない。あんたのサイコロをあんたが転がしてるんだ。それとも、おれが超能力を使ってるとでも言うのか」
 男はあからさまな冷笑を浮かべて、わたしを見ていた。
「いや、そうじゃないだろう。物体を動かす念力は細かな操作が難しい。わたしは三回ともサイコロを操作しようと念力を出し続けたが、思い通りにはならなかった」
 男の顔に初めて動揺が走った。
「あんた、いったい何を言ってるんだ」
 わたしは念力の操作で緊張していた額を、ようやく緩めた。
「考えられる方法は一つしかない。サイコロ二個を振ることによって、六六、三十六通りの目が出るわけだが、それはつまり、三十六通りの可能性がある、ということだ。ところが、一と一以外の目が出た場合、あなた、いや、おまえは少し時間を遡って、もう一度わたしがサイコロを振る前に戻っているのだ。これを最大三十六回繰り返せば、そのうち一と一の目が出る場面に出会う。しかし、何とまあ、面倒くさいことをするものかね。無敗のギャンブラーという名誉を守りたかったのか。とにかく、おまえをタイムマシンの違法使用の現行犯で逮捕する」
「じ、時間警察か」
 ガックリと肩を落とした男に、わたしは手錠をかけた。
(おわり)

無敗のギャンブラー

無敗のギャンブラー

待ち合わせた喫茶店には幸い他の客はいず、その男だけが待っていた。わたしも男と同じくコーヒーを注文し、改めて男の顔を見た。予想していたより老けていたが、ハンサムな男である。「ギャンブルのコツが聞きたいんだって?」 男はちょっと皮肉っぽい…

  • 小説
  • 掌編
  • サスペンス
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-06-05

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