渋滞の原因

 片側二車線の国道は混んでいた。
 沢村の目の前を『わたしは法定速度を守ります。お先にどうぞ』と書いたトラックが走っている。すぐに追い越せる状況ならいいが、隣の車線は順調に流れていて、割り込めそうにない。沢村は、チラッと時計に目を走らせ、舌打ちした。いつもより早めに家を出たのに、このままでは遅刻してしまう。
(少しは状況を考えろよ。せめて、もうちょっとスピードを上げてくれ。法令順守も時と場合に依るだろう。うーん、しょうがないな)
 少々強引だが、細い脇道に入ってぐんとスピードを上げ、頃合いをみて本線に戻った。沢村の予想どおり、あのトラックの前は空いていた。渋滞はそこだけで、何とかギリギリで朝礼の時間に間に合った。
 今朝は部長から人事異動の発表があるという。
「長年課長の職にあった国重さんの定年退職に伴って、北川係長に今日から課長としてがんばってもらうことになった」
 課内に「おおっ」というどよめきが起こった。
 確かに北川係長はキャリアは長いが、どちらかといえば縁の下の力持ち的な存在で、目立たずコツコツ仕事をするタイプである。それに非常に神経が細かく、どんな仕事でも自分が納得するまで時間をかけないと気が済まない。
 沢村が新入社員の頃、わからないことを北川に質問したことがある。その説明があまりにも細かいため却ってわからなくなり、結局、他の人間にもう一度教えてもらうハメになった。
 その日の午後、次回の課内会議に使う説明資料に印鑑をもらうため、沢村が新課長の北川のデスクに行くと、すでに印鑑待ちの行列ができていた。国重課長の時にはフンフンと斜め読みしてすぐに捺印してくれたが、北川課長はそうはいかないだろうと沢村も覚悟した。
 順番になり、沢村から資料を受け取った北川はおもむろに立ち上がり、コピーをとった。どうするのか見ていると、オリジナルは横に置き、コピーの方を一文字ずつマルで囲んでいる。どうやら、誤字脱字がないか調べているようだ。すべての文字にマルを付け終わると、北川は顔を上げた。
「終わりから7行目の『したがって』の小さな『っ』が抜けています。訂正してください」
 そう言って、オリジナルの方を返された。
「は、はあ」
(内々の会議に使うもので、別に取引先に出す書類でもないのに)
 つい、そう思ったが、間違いは間違いである。訂正はすぐに済み、印鑑をもらえたが、先が思いやられる。
 ところが、しばらくして北川が部長に呼ばれ、怒られているのが聞こえてきた。
「きみはどこを見て印鑑を押しとるんだ。国重さんはこんなミス一度もなかったぞ。見積りの数字が一桁違ってるじゃないか!」
(作者註:よいこの皆さんは、交通ルールを守り、誤字脱字に気を付けましょう)
(おわり)

渋滞の原因

渋滞の原因

片側二車線の国道は混んでいた。沢村の目の前を『わたしは法定速度を守ります。お先にどうぞ』と書いたトラックが走っている。すぐに追い越せる状況ならいいが、隣の車線は順調に流れていて、割り込めそうにない。沢村は、チラッと時計に目を走らせ…

  • 小説
  • 掌編
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-06-04

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