三題噺「煙草」「女子高生」「ジントニック」
「お嬢様はアホでいらっしゃいますか?」
小説の一文。私はそれを読み凍りついた。なんて執事だ。主人に堂々と暴言を吐くなんて。
同時に私は憧れた。そんな本音をぶつけ合えるような関係に。
「リオ、あなた私のお酒が飲めないっていうの?」
私の前で苦笑いをしている優男はリオ。私の執事だ。
「いえ。ですが何度も申し上げているように私にはお酒は飲めません」
また、いつもの笑い方。笑っているのにどこか儚げな笑顔。私はそれが嫌いだった。
「飲みなさい。これは命令よ!」
私の命令にリオは絶対に逆らえない。だって、リオはロボットなのだから。
「……かしこまりました」
だからリオはそれに従う。そして何でもないかのようにグラスのお酒を一気に飲み干した。
「……美味しいお酒ですね、何というお酒でしょうか?」
嘘だ。ロボットにこの味がわかってたまるか。リオの顔は、いつもの笑顔だった。
「ジントニック。私が一番好きなお酒よ、覚えていなさい」
「そうですか。……お嬢様」
「な、なによ」
「ありがとうございます……」
そう言った顔はやっぱりいつもの顔で、だけど私の嫌いな顔ではなかった。
「……お礼なんて珍しいわね。明日は雨が降るかも……ってリオ?」
私の執事は止まっていた。私の大嫌いな、儚げな笑顔のままで。
「お嬢様の好きなジントニックでございます」
リオはもう以前のように笑わなくなった。
記憶は残ったものの、システムが初期化されたのだ。
体内が防水じゃないと言えば止めていたのに。お酒なんて飲ませなかったのに。
私は深く後悔していた。
「……お嬢様、後悔されているのですか?」
リオが私を見つめていた。いつもと違った顔で。
「お嬢様、覚えていらっしゃいますか? 私が初めてこの家に来た日のことを」
「……ええ、もちろん覚えているわ」
忘れるはずがない。あの日、私はリオに恋をしたのだから。
私に好かれようと笑顔の練習をしていたことも覚えている。鏡の前で頭をひねるリオは微笑ましかった。
『女子高生に好かれる本』を読んだり、煙草をくわえて格好良く見せようとしたり、リオは一生懸命だった。
だけど、私は恥ずかしくてリオの顔を見ることができなかった。
そしてそれがリオを悲しませていることを知ってから、私は笑うことができなくなったのだ。
「……私はあなたに笑ってやることができなかった。私は、あなたがそれを望んでいるのを知っていたのに!」
今、私はそれだけを後悔していた。彼に私の笑顔を見せてあげたかった。
「いえ、私はお嬢様の笑顔を見させていただきました」
リオが笑っていた。儚げな眼ではなく、愛しい人を見るような優しい眼で。
「私にジントニックを勧めてくださったあの時、お嬢様は確かに笑っていましたよ」
そうだった。私は嬉しかったのだ。リオと自分の好きなお酒が飲めたことが、とても嬉しかったのだ。
「……そう、そうだったのね」
私は笑っていた。
「お嬢様は本当に馬鹿なんですから」
リオの顔は涙でもう見えなかった。
三題噺「煙草」「女子高生」「ジントニック」