悪意の女流作家
掌小説のネタを探している時、友人のエッセイスト丸木夢野が、
「生徒のSさんが私の悪口を書いているの。読んでみて」
近々、自費出版の本を送るという。
「反論するべきよ」
林麻砂子がけしかけると、
「私には、人と対立するようなものは御法度なの」
「じゃあ、代わりに書いてあげるわよ」
小説家の麻砂子はS女に小さな恨みがあった。彼女のブログに麻砂子のことを夢野先生の身の回りを世話している秘書だと記しているからだ。二人が一緒にいるところをどこかで見かけたのだろう。丸木夢野よりかなり歳が離れているが、同格の友人である。それを秘書扱いにされてはかなわない。プライドが高いのでこの程度のことにも恨みを持ってしまう。三日後に送ってきたのでさっそく開いてみた。先生は売れっ子になって飛び回っているが、その仕返しが来なければいいが、と皮肉な文章で始まって、チクチクと嫌味が並んでいる。
丸木夢野はいくつかの教室を持ち、生徒や弟子達が沢山いる。そのうちの一人がS女である。美容院を経営し、クラシック音楽を楽しみ、多趣味でもある。夢野は彼女に好意を抱き、手紙のやり取りをして、軽井沢の別荘にも三度招かれた。そしてその時の経験を親しみを込めて描写している。にもかかわらずひどい仕打ちである。ところで他のところを読んでも、大方マイナーだから呆れる。親戚が訪ねてきても気疲れがして、楽しいと思ったことはない、行きつけのレストランの店員の躾がなっていないとか――麻砂子は読み終わると、夢野に電話をかけた。
「こんなの、エッセーじゃないわ」
麻砂子は他人事ながら腹を立てた。
「Sさんは近年夫を亡くして、老人性鬱病じゃないかと聞いたわ」
「そういう時は、執筆しないほうがいいのよねえ」
「そうよ。でも思い悩んでも始まらないから、忘れることにしたの」
「私は看過できないわ」
「後は小説家のあなたに任せるわよ」
「まず、秘書を名乗って抗議しようかと思うの。自分にもいい機会になるわ」
「お手柔らかにね」
「まあね。何とかうまくまとめるから」
林麻砂子は秘書扱いにされたことがよほど腹に据えかねている。
悪意の女流作家