二階堂校長の事件簿「ハモニカの響き」

二階堂校長の事件簿 エピソード8
 「ハモニカの響き」   作  大山哲生 
 私が小学校2年生の時のことである。倉山純一という級友がいた。倉山純一君は体が大きくていかにもけんかが強そうであったが、ハモニカが得意であった。
 その日は月に一回のお楽しみ会であった。お楽しみ会は班ごとに何か出し物をすることになっていた。2年生であるから難しいことはできないが、たいていは歌を歌うか器楽演奏をするかであった。
 私の班は何をするかを決めていなかった。だから、次の出番前に廊下に出て何をするかを話し合った。みんなで「春の小川」を演奏することになった。私と倉山君はハモニカを吹いて他の者は歌を歌うというものであった。
 出番が来ると、班長の松本さんが春の小川をやりますと言った。そして演奏が始まった。
 私は、「つっかえつっかえ」ハモニカを吹いたが、倉山君はスラスラと吹ききった。
 今にして思うと倉山君は非常に音感がよかったのだと思う。
 ところが、アンコールになりもう一曲演奏することになった。相談の結果「おぼろ月夜」をすることになったが、歌詞がわからない。だから、私と倉山君だけでハモニカを吹くことになった。
 二人で一生懸命に吹いたが、倉山君は途中でやめてしまうほど間違った。倉山君にしては珍しいことであった。私は、途中間違ったところもあったが、なんとか最後まで吹いた。
 倉山君とはハモニカでは気があったが、いっしょに遊んだことはなかった。

「校長先生、次の時間は音楽の研究授業をしますのでよろしくお願いします」と吉山教諭が言いにきた。吉山教諭は若手の女性教諭で元気いっぱいの人である。ただ、クラスの子が問題を起こすとしょげかえるところが玉に瑕(きず)であった。
 私は、電子辞書と指導案をもって、音楽室に向かった。
 電子辞書は、授業での言葉の使い方がまちがっていないかすぐにチェックするためである。
 始まりのチャイムとともに1年生の音楽の授業がはじまった。はじめは全員で立って歌う。この教師は曲の途中で止めたりしない。最後まで歌わせるから生徒には人気があった。
 一段落すると、全員がリコーダーを取り出してファイルの楽譜を見ながら一斉に吹く。
 全員そろうとかなりの音量になる。
 そのときであった。リコーダーの音にまじってハモニカの音が聞こえたような気がしたのである。見渡してみるが吉山教諭はピアノを弾いており生徒は全員リコーダーを熱心に吹いている。誰もハモニカは吹いていない。でもところどころ確かにハモニカの音がきこえるのである。私は、小学校2年生の時倉山君といっしょに演奏したハモニカを思い出していた。二曲目は間違えてしまって悔しがっていた彼。
「倉山聡君」吉山教諭が指名した。
えっ、私は自分があてられたかのようにはじかれる思いであった。
このクラスに倉山がいる。偶然の一致だろうか。
授業が終わってから、倉山聡という生徒に聞いてみた。
「倉山純一とという人をしってるかね」
「ああ、僕のじいちゃんです。僕が小学校4年のとき亡くなりました。実は今日が命日なんです」
 私は、びっくりした。たまたま倉山純一君のことを思い出したのが彼の命日だったとは。  彼が私に何か伝えたかったのかもしれないなと思った。
 倉山聡は突然懐かしそうな目で私の方に向きなおり、こう言ったのである。
「おぼろ月夜、間違ってごめんな」

二階堂校長の事件簿「ハモニカの響き」

二階堂校長の事件簿「ハモニカの響き」

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-06-03

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