心に咲く
第一章「私は、なんにも持っていない」
起きる。まだ、外は寒い。今日は、待たなくても来る始業式。
二年前、猛勉強して入った憧れのS高校。真新しい制服に身を包み、鏡の前でくるくると回った。
私は勉強もそこそこ、運動もまぁまぁ。苦手な教科も、得意な教科もなかった。
唯一の救いは、絵を描く才能がずば抜けていることくらい。
だから、絵や工作といった芸術分野に力を入れているS高校に、どうしても行きたかった。
自分の少ない可能性に、賭けてみたかった。
それに私は、無表情人間をこれ以上続けたくはなかった。
物心ついたときから、私、桜木まこは1人で遊んでいた。別に、1人を好んだわけでもなんでもない。最初はただ、次々と変わっていくみんなの遊びについていけなくなっただけだった。しかし、それは私の性格を決める出来事でもあった。だんだんと明るさを失い、表情も消えたようだった。
そんな私に対して、母はため息をついてばかりいた。いつも電話で
「まこは本当に子供らしくなくて・・・」
と、私の知らない誰かに話していた。正直、そういうときの母は好きではなかった。
そして母は、私を迎えに来る最中に事故に遭い、亡くなってしまった。
父は、生まれたときからいなかった。母は、結局写真すら見せてはくれなかった。
兄弟もいなかった私は、たった1人でおばあちゃんの家で生活することになった。そのおばあちゃんというのは母の親で、私も覚えてないくらい小さい頃に会ったきりらしい。そんな他人に近い人と暮らすのは、やはり子供ながらに不安で仕方がなかった。今度は完全に無表情になってしまった。そんな私に対して、おばあちゃんは何も言わなかった。
しばらくはそのまま、時間が流れた。そして私は、中学生になっていた。
その町の中学校に入学し、周りの子は休み時間のたびにおしゃべりを楽しんでいた。でも私は小学校同様、どうしても馴染めずにいた。
友達もいなくて、趣味もなくて、とにかくやることがなかった。だから、せめて勉強はやれるようになろうと思った。
しかし、いくらやっても平均より少し上から動かなかった。運動もがんばってはみたが、ずば抜けてできることはなかった。
もう本当に、どうでもよくなってきていた。
そんな私に変化があった。きっかけは、担任で美術教科担当の倉持先生の言葉だった。
「桜木さん、絵に興味はありませんか?」
とってもおっとりした口調の先生は、どこか静かな瞳をしていた。
心に咲く
第二章へ続きます。