【劇脚本】Could you call me?

猫鰯

Could you call me?
脚本:賀見洋輝
登場人物

酒井 裕樹

南野 藍

探偵Z

秋 音色

津沼 悟

Mr.ラビット

電話ボックスの精 ハルカ



酒井 裕樹(幼少期)

南野 藍  (幼少期)

探偵Z  (幼少期)

秋 音色 (幼少期)

津沼 悟(幼少期)








 舞台の真ん中に電話ボックス。
 その周囲を取り囲むようにして椅子が五つ。右から酒井、探偵、南野、秋、津沼が座っている。
 酒井が思いつめたような顔で電話ボックスに入り、受話器を取って何かを告白する。
 暗転。

 明転。酒井が消えている。
 探偵、泣きながら電話ボックスに入る。告白を始めると、暴れだした。
 暗転。

 明転。探偵が消えている。
 南野、覚悟を決めたような顔で電話ボックスに入り、告白する。
 暗転。

 明転。南野が消えている。
 秋、意気揚々と電話ボックスに入り、軽々と告白をする。
 暗転。

 明転。秋が消えている。
 津沼、あきれながら電話ボックスへ、半信半疑で告白をする。
 暗転。

 明転。津沼が消え、誰もいなくなった。
 幕が閉じてオープニングが流れる。
 幕にはタイトルが映し出される。
 やがてタイトルが消えて、掛け声と共に「Show must go on」の文字が浮かび上がり、フェードアウト。

 明転。幕が上がる。
 Mr.ラビットが真ん中に立っている。酒井たち五人は倒れている。

ラビ「さあ、舞台の幕は上がりました。これから何があったとしても、ラストまで幕が下がることはありません。この舞台はラストまで進み続けるしかないのです。そう、たとえ何があったとしても。彼らの物語は、いずれ終焉を迎える他ありません……」
ラビ「え? 意味わからない。そうですよね。では、物語を始めたいと思います」

 Mr.ラビットが指を鳴らすと、全員目が覚める。

探偵「ここは……」
ラビ「皆さんお目覚めのようですね」
酒井「俺たち、さっきまで電話ボックスに」
ラビ「はいそうです。あなた方は電話ボックスで自分たちの過去を、負い目を告白しました」
秋 「つまりどういうこと?」
ラビ「ここはそんな告白者たちが来る世界。電話ボックスの世界です」
津沼「電話ボックスの世界?」
ラビ「はい。そして私がこの世界の支配人を勤めますMr.ラビットと申します。お見知りおきを」
南野「そんなのはいいから! どういうことか説明してよ」
酒井「そうだそうだ」
ラビ「あの電話ボックスで告白したものは、ここに来ることになっています。そして、自分のした告白を思い出すか、告白が相手に届くか。そのどちらかによってこの世界から解放、元の世界へと帰れるというわけです」
探偵「思い出すって……?」
津沼「自分でした告白だ、思い出すも何もないだろう」
ラビ「じゃあ、自分が何を告白したのか思い出してみるといいですよ」
酒井「なんだっけ……」
南野「そう言われてみれば、何だっけ。告白したことは覚えてるんだけど」
秋 「うん、思い出せない」
津沼「これは一体……」
ラビ「今回の人たちは飲み込みが遅いですね。ここは電話ボックスの世界。そしてあちらにいるのが観客の方々」
酒井「観客?」

 Mr.ラビットが観客席を指す。

南野「あそこに人がたくさん!」
探偵「しかも僕たちのことを見ています……!」
津沼「面白そうにニヤニヤしながら見てやがる」
酒井「なんなんですかこれ」
ラビ「ここは物語世界です。あなた方の人生を、彼らは客観的に楽しんでいらっしゃるのですよ。あなた方が告白を思い出し、過去を清算するのを最高のエンターテインメントとしているわけです」
秋 「あまり趣味がいいとはいえないけど、気に入ったわ」
探偵「まあ、無茶苦茶な状況ですが、受け入れるしかないでしょうね」
酒井「本当無茶苦茶だよ」
南野「思い出すって言っても、どうするのよ」
ラビ「これからあなた方の人生を全員で追体験します」
酒井「何?」
ラビ「告白に関わってくるところだけ、ですけどもね」
探偵「人生の追体験」
ラビ「ああああ、ご心配なく。この世界から出たあとは、他人の人生はすっきりさっぱり忘れられますので」
津沼「ならまあ、いいか」
南野「よくないよ!?」
秋  「仕方が無いでしょ、支配人の言うことなんだから」
酒井「そうするしかないということですか」
探偵「そうですね、そうするしかないですね」
ラビ「やっと飲み込めたようでありがとうございます」
津沼「最初は誰の人生を追体験するんだ」
ラビ「最初はそうですね、津沼さん。あなたから行きましょう」
津沼「俺からか……緊張するな」
秋 「こっちまで緊張しちゃう」
酒井「で、どうやったら追体験できるんだ?」
ラビ「それはこちらにお任せを」
 ラビが再び指を鳴らす。
 ハルカが姿を現す。

ラビ「彼女がここを作り出した張本人。電話ボックスの精霊ハルカです」
ハル「私の力であなた方の人生をここに再現します」
ラビ「少々めまいがするかもしれませんが、ご了承ください。では、いざ」

 ちかちかする照明。
 全員がめまいに苦しみ暴れている。観客には、その様子が踊っているように見える。
 照明が収まる。

ラビ「OKです。これから始まるショートストーリーが、津沼さんの告白にまつわる物語」
津沼「俺の人生」
秋 「あなたの人生だったら、私の人生とも関係ありそうね」
酒井「二人はどういう関係で?」
南野「それ私も気になる」
津沼「まあ、腐れ縁かな」
秋  「腐れ縁、ね」
ラビ「それでは皆さん。私はいつでも付いていますので、津沼さんの人生を楽しんでくださいね」

 幼少津沼と幼少秋が入ってくる。

幼津「ねえねえ!」
津沼「俺だ……」
酒井「小さいですね」
幼津「秋ちゃんはさ、好きな人とかいるの?」
南野「わあ、なんて直球な質問!」
探偵「恥ずかしいですね、見てるこっちが」
秋 「私も恥ずかしいんだけど」
幼秋「んー? どうしようかなあ、教えてあげようかなあ」
幼津「ええ、教えてよー」
酒井「秋さん結構子悪魔的なとこあるんですか?」
秋 「え? 誰が小悪魔よ」
南野「だってこれは、ねえ?」
探偵「完全にわかってやってる感じがします」
津沼「そうなのか? わからなかった」
幼津「いるのー? いないのー?」
幼秋「それはね、んんー。大きくなったら教えてあげる」
幼津「大きくなったら……じゃあ、一ヵ月後は?」
幼秋「全然変わらないもーん」
秋  「……」
南野「これは小悪魔だね」
酒井「完全にな」
探偵「ええ」
津沼「一ヵ月後……?」
幼津「そうかあ、そうだよね。残念だなあ」
幼秋「そうだよ。まあ、大人になるまでもずっと一緒にいるもんね!」
幼津「え? ああ、うん、そうだね!」

 幼少二人、はける。

秋 「なんだっけ、この後どうしたんだっけ」
津沼「覚えてない。それを確かめる旅なんだろ」
酒井「なんか見てるの少し辛いですね」
南野「あんまりいい気はしないね」
探偵「まったくです」
ラビ「ここからもっと、辛くなるかもしれませんよ」

 Mr.ラビット、指を鳴らす。
 二人が入ってくる。

幼津「秋ちゃん!」
幼秋「だから違うって言ってるでしょ!」
酒井「いきなり喧嘩してますね」
探偵「どうしたんでしょうか、かなり二人とも険しい表情ですけど」
幼津「お前が……お前が俺の猫を殺したんだろ!」
幼秋「どうして私がニャミを殺さなくちゃいけないの!?」
津沼「ニャミは俺の愛猫だ……」
秋 「覚えてるわ、ニャミの笑顔」
幼津「お前しかいないんだ! 僕のいない間に家に上がってこれて、ニャミになつかれている奴は!」
幼秋「違う! 違う! 私は何もやってない、何も」
幼津「そうやっていつもいつも大事なことを黙っているんだ」
幼秋「なんのこと? 何を言ってるの?」
幼津「いつもいつもいつもいつも! お前は何一つ話さない! 本当のことをなにも」
幼秋「本当のことって、私はニャミを殺してなんか!」
幼津「くそっ!」

 幼津が幼秋を押し倒す。

探偵「見ていられません……」
南野「私も」
幼津「お前が悪いんだぞ、お前が全部、全部悪いんだ」
幼秋「いや……っ! ちょ、悟くん、何してるの?」
幼津「…………壊してやる、お前を」
幼秋「悟くん、怖いよ」
幼津「お前の中にからっぽをたくさん詰め込んでやる」
幼秋「悟、くん」
幼津「お前がニャミにしたように! 俺にしたように!」

 暗転。
 幼秋の叫び声。
 明転。

幼津「はあ、はあ。やっちまった……」
幼秋「悟くん……」
幼津「あ、あ、ああ、ああああ、ああ、ああ、ああ、あ、あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

 幼津、転びそうになりながら走り去る。
 恍惚とした表情でそれを眺める幼秋。
 幼秋は服の乱れを直して、幼津をゆっくりと追いかける。

津沼「……なんだ、これ」
秋 「これが、私たちの人生」
津沼「とすると、俺が告白したのは」
秋 「私が告白したのは」
津沼「この日、秋を犯してしまったこと」
秋 「あの日、私がニャミを?」
ラビ「おや、消えませんねえ」
南野「秋さんのは違うと思います」
探偵「ここは僕の出番ですね」
酒井「どういう?」
探偵「申し遅れました。私は探偵Zと申します」
酒井「探偵Z……あ、そういえば俺も自己紹介してないですね。酒井です」
南野「南野です」
探偵「ともあれ、たぶん秋さんはやっていない」
秋  「あれだけ違うって叫んでたもんね」
探偵「秋さんがやっているとしたら、津沼さんがそれを信じて疑わなかったとしたら、おかしいんです」
津沼「どういうことだ」
酒井「俺もちょっとわからない」
探偵「最後、目を血走らせて、狂ったように走り去っていきましたよね。あれは罪悪感です」
酒井「冷静になったあとじゃ、さすがに罪悪感あったんじゃ?」
探偵「いや、おそらく秋さんがやってないのを、こころのどこかではわかっていたんだと思います」
津沼「じゃあどうして!」
南野「ひょっとして、他のこと」
探偵「そう。他のことでフラストレーションを抱えていたんです。あの日に答えをはぐらかされたことも、そして肝なのは一ヵ月後というキーワード」
ラビ「なかなかすばらしい洞察力ですねえ、惚れ惚れしてしまいます。お客さんも一緒に考えましょう。津沼さんと秋さんの告白の内容を」
探偵「一ヵ月後に何があるのか、見せてくれないのですか? Mr.ラビット」
ラビ「それは答えになってしまいますからね、観客が見たいのは四苦八苦するあなた方の姿ですから」
探偵「なるほど見せてはくれないと」
秋 「あくまでも自分たちで思い出すしかないってことね」
探偵「まあ探偵である僕がいるのは運が良かったということになりますね」
南野「それ自分で言うことじゃないし」
酒井「むしろ探偵がいるからこうなっているともとれる」
探偵「なっ」
津沼「探偵あるとこ事件ありと言うからな」
酒井「そういうこと」
ラビ「まあまあ、思い出せばいいだけの話です」
秋 「確かにそうね」
津沼「思い出すというより、こりゃ推理だな」
探偵「津沼さんは引越し経験はおありですか?」
津沼「引越し?」
探偵「はい、引越しです」
津沼「そういえば、一度だけあるな」
秋 「そうだっけ」
津沼「一回、引越しした。どこからどこへとか、いつだったかとかはわからない」
南野「もしかしてもしかして、一ヵ月後に引越しとか? その前に好きな人がいるか知りたかったとか」
酒井「暗に告白しているようなものだったですしね」
探偵「そう。引越しが目の前に迫っていたから、焦ったりフラストレーションがたまっていたんでしょう。だから、覚えたての知識で、成長しつつある体で、あんなことを」
秋 「でも、問題は告白内容ね」
津沼「秋がニャミを殺したんじゃないとして、俺たちの告白内容は? 俺もここにいるということは、俺の告白内容も違うということだ」
探偵「引越しを前にして告白したかった二人の告白内容、私にはわかっています」
酒井「私?」
津沼「なんだ?」
秋 「何よ?」
探偵「でも、それは二人が思い出さなくちゃいけないのでしょう?」
ラビ「そのとおり。答えを聞いたら、思い出すのではなく、理解になってしまいますからね」
探偵「なるほど」
酒井「キーワードは、引越し・告白、か」
探偵「はい」
秋  「引越し、告白……」
津沼「引越し、告白、秋……うっ」

 津沼が急に頭を抱えだした。頭痛がする様子。

ラビ「しまった、呪いが……!」
探偵「のろい?」

 Mr.ラビットが指を鳴らす。
 津沼の頭痛が収まる。

津沼「俺のこころのなかには、からっぽばかりが詰まっていた」
ラビ「!?」
酒井「何か思い出したんですか?」
津沼「俺のこころは、あの日の空みたいに雲ひとつ無い快晴で、からっぽだった」
探偵「何か様子がおかしい」
南野「どうしたの?」
秋 「悟くん」
津沼「俺は、怖かった。自分のこころに、これ以上からっぽが詰まっていくのが、怖かった」
秋 「からっぽ……」
津沼「俺は、俺は何より恐ろしかったんだ、自分が!」
ラビ 「やめなさい、それ以上は」
探偵「あなたにそれをとめる権利はありません。世界の支配人は傍観者であるべきだ」
ラビ 「くっ……」
津沼「俺は、俺は、自分でニャミを殺した」
酒井「自分でって、愛猫だったんじゃ」
南野「ひとは、理性ではどうにもならないこともあるよ、裕樹」
酒井「わからない、わからない」
津沼「俺は、秋のことが好きだった。けれど、それを伝えられない自分にいらいらして、引越しにもどうしようもなく絶望して、会えないくらいなら死んでやろう、そういう気持ちを……あろうことか外に向けてしまった」
探偵「内に向けていたら、あなたは」
津沼「たぶん、ここにはいないだろう」
秋  「そんな」
津沼「だから、あんなことをしてしまったんだろうな」
秋  「私は……別に嫌じゃなかったよ」
津沼「え?」
酒井「秋さん、どうして覚えてるんです?」
南野「思い出したんですか?」
探偵「秋さんは、きっと猫の話が出たあたりで思い出していたんでしょう」
秋  「ううん、思い出したのは悟くんと同じタイミング」
津沼「嫌じゃなかったって……」
秋  「私が嫌だったのは、あなたがあなたじゃなくなることよ、悟くん」
津沼「俺が俺じゃなくなる?」
秋 「そう。あなたの中にあるからっぽが広がって、あなたの居場所がなくなるの」
津沼「そうか」
秋  「私はそれが怖かった。あなたのこころの居場所が、からっぽに奪われるのが」
津沼「俺は、あの時自分が自分でなくなるような感覚があった。まるで、真っ暗な暗闇に支配されているようだった。何も見えなくて、何もわからなかったんだ」
秋  「人間のこころは闇みたいなものね」
津沼「かもしれない。だから、あれは紛れもなく俺だったんだろう」
秋 「だから」
津沼「だから」
秋・津「ごめんなさい」

 秋と津沼が頭を下げた。
 その瞬間、秋と津沼にスポットライト。

ラビ「二人にスポットが……危ない、これじゃあ!」
探偵「邪魔をするな!」

 スポットの中に入ろうとするMr.ラビットを探偵と酒井が抑える。

ラビ「……」
探偵「あの二人は、これでもうわだかまりも何もなく一緒にいられるはず」
ラビ「でも、でもこれではあの人が」
探偵「あの人?」
ラビ「いえ、なんでもありません」

 Mr.ラビットが肩を落としながら指を鳴らす。
 暗転。

津沼「これで一緒だ、いつまでも、ずっと」

 明転。
 Mr.ラビットとハルカだけがいる。

ラビ「また、二人解放されていきました」
ハル 「そう。にしても、あの子に邪魔されるとは、皮肉なものだね」
ラビ「本当に、運命というのはわからぬものです」
ハル「この世界を作った私たちでも、それはわかりえない」
ラビ「お客さんでさえも」
ハル「役者にさえも」
ラビ「演出である我々にわからぬのですから、答えなどないのかもしれませんねえ」
ハル「それでも、私は……」
ラビ「わかってますよ、ハルカさん」
ハル「ラビット……」
ラビ「世界に誘い、守っていくのはいつだってウサギの役目でした。この世界も同じです。私はあなたの意向に従うまで。こころから、ウサギとしてね」
ハル「頼みました」
ラビ「了解いたしました!」

 暗転。

ラビ「たとえ、ひとびとを傷つけようとも」

 明転。
 酒井たち三人がいる。

酒井「津沼さんたち、今どうしているかな」
南野「きっと幸せにやっているはずだよね」
探偵「ええ、きっとそうに違いありません」

 Mr.ラビットが入ってくる。

ラビ「さあさあ、津沼さん達は解放されていきました。お次は誰でしょうか?」
探偵「あんた何か裏がありますね?」
ラビ「どうしてそのようなことをおっしゃるのでしょうか」
探偵「解放される方法を提示しておきながら、いざ解放されるとなると止めようとする」
ラビ「そんなことしましたっけ?」
酒井「確かにしていた」
南野「私も見てた」
探偵「さあ、あなたの目的は一体なんなんですか。聞かせてください」
ラビ「そうですねえ、お客様を楽しませることでしょうか?」
探偵「なら、止めるような興ざめなことはしないはずです」
酒井「観客は、四苦八苦しながらも俺達が解放されゆく様子を楽しんでいる。ねえ、そうでしょう皆さん?」
ラビ「うぐ……まあ、いいではないですか。次は止めるようなことはいたしません」
酒井「本当か?」
ラビ「本当です」
探偵「まあ、皆が聞きました。お客さんも聞いていることですし、信用していいでしょう」
南野「そうだね」
ラビ「では次のお話をさせていただきますね」
南野「次は誰なの? 裕樹?」
ラビ「次はあなたです、南野藍さん」
南野「え!? 私?」
酒井「よかったな、これで早く解放されるぞ」
ラビ 「さあ、それはどうでしょう」
探偵「じゃあ、早速人生の追体験を」
ラビ 「そう焦らないでください」
南野「いや急いで欲しいでしょ普通」
ラビ「いやいや、別にすぐ出発しますけどね。焦りすぎはよくないのですよ」
南野「よくわからないんだけど?」
ラビ「いやいや、こころに余裕の無い人間は、失敗するというだけのことです」
探偵「さっきからよくわからないことを並べる人ですね」
ラビ「そうですか? まあいいでしょう。行きますよ」

 Mr.ラビットが指を鳴らす。
 ちかちかとする照明。
 めまいでのた打ち回る三人。
 照明が止んだ。
 幼少南野と幼少酒井が入ってくる。

幼南「ねえねえ、酒井くん」
幼酒「なーに?」
幼南「今度、今度私と一緒に来て欲しいところがあるの」
要酒「どこ?」
酒井「これ、ちょっと覚えてる」
探偵「ということは、今回は酒井さんが一緒に消えるということは無さそうですか」
南野「え……?」
幼南「んっとねえ、場所は秘密なの」
幼酒「なんだよそれー」
幼南「行ってからのお楽しみ! だめ?」
幼酒「まあ、いいけど」
酒井「なんでかは全く覚えてないが、俺はこの後藍との用事をすっぽかすんだよな」
幼南「本当ー? やった!」
幼酒「そんなに飛び跳ねたら滑るぞ」
幼南「だって嬉しいんだもん」
探偵「すっぽかしそうな雰囲気じゃありませんけどね」
幼酒「俺もまあ、楽しみかな」
幼南「本当? 嬉しい」
探偵「ものすごくいい雰囲気ですけど」
酒井「なんでだろうな、わからん」
南野「そうなんだ。全く覚えてないよ」
幼南「約束だよ!」
幼酒「おう、約束だ。絶対行ってやる」
幼南「うん!」

 幼少期二人、はける。

探偵「あれですっぽかしたんですか?」
酒井「ああ、確かな」
ラビ「どうやら今回はそこまでこじれてなさそうですね」
酒井「俺が覚えてるからな、詳細以外は」
ラビ「あなたが覚えていないのは、この物語の裏で進んでいる真実だけです。この物語には影響しません」
南野「そうなんだ」
酒井「だといいけどな」
ラビ「ではでは、この二人がこの後どうなるのか、行ってみましょう」

Mr.ラビット、指を鳴らす

 幼少期南、入ってくる。

幼南「どうして来なかったんだろう」

 幼南、しゃがみこむ。

幼南「お母さん、ごめんね。裕樹つれて来れなかったよ」
幼南「裕樹に、言おうと思ってたのになあ……お母さん、裕樹のこと結構好きだったみたいだし」

 幼南、手を合わせて目をつぶる。
 十秒ほどそうした後、静かに立ち上がる。

幼南「またくるね、お母さん。今度もまた一人で」

 幼南、とぼとぼと去る。

酒井「これは知らなかった……」
南野「お母さん、か」
酒井「お母さん亡くなってたのか?」
南野「そうだと思う」
酒井「思うって……」
探偵「そこが大きく関わってきているというわけですね、告白に」
ラビ 「大きく関わっているところほど、記憶は曖昧になりますからねえ」
南野「お母さん、お母さん……」

 南野、頭を抱えるがすぐに立ち直る。

酒井「何か思い出したのか?」
南野「ううん、何も」
探偵「そうですか」
ラビ 「まあ、まだわかりませんよね。次の展開をお見せいたしましょう」

 Mr.ラビット、指を鳴らす。
 幼少期二人が入ってくる。

幼酒「ごめんな、行けなくて」
幼南「ううん」
幼酒「どこに行く予定だったんだ」
幼南「教えないって、行ってのお楽しみだって言ったよね」
幼酒「ああ、そうだったな」
酒井「なんか、俺のしゃべり方、変わってないか?」
探偵「少し大人びた……いえ、こころがこもってない感じがしますね」
南野「確かに」
探偵「今のゆ……酒井さんと同じです」
幼南「あまり悪いって思ってないでしょ?」
幼酒「そんなことはない」
幼南「あるよ、君にはこころがないんだ」
幼酒「え?」
幼南「君の瞳に私は映ってない。ううん、何も映ってないの」
幼酒「瞳に何かが映るわけじゃないからな。視神経を通して瞳から入った景色が俺の目に映るだけだ」
幼南「そんな難しいこと言ってるんじゃない」
幼酒「わけがわからない」
幼南「もっと簡単なことでしょ?」
幼酒「わからない、理解ができない」
幼南「理解とかじゃなくて……!」
幼酒「何を怒ってるんだ? たった一度約束を破っただけだろう。人生一度目だ、お前に対しては」
幼南「たった一度約束を破っただけって、本気で言ってる?」
幼酒「本気じゃなかったら言わない」
幼南「だとしたら君は裕樹くんじゃない」
幼酒「俺は俺だ」
幼南「いいえ、人違いのようでした。すいません」

 幼少南野、走り去る。
幼酒「おい……! 意味わかんねえ」

 幼少酒井、いらつきながらゆっくりとはける。

酒井「ここは覚えてた……でもどうしてあの時俺がこんなことを言ったのか、わからない」
南野「君がこころない人間になった理由も?」
酒井「思い出せない」
探偵「そうですか、それがわかれば簡単なような気もするんですけどね」
ラビ「はじめに言ったではありませんか。酒井さんの記憶は本件に関係ないと」
探偵「それはそうですが」
酒井「俺も関わっている以上は、完全に無関係というわけでもないだろう」
探偵「世の中に関係ないことなんて一つもありませんよ。人々の人生はたこ足配線なんです」
南野「私の告白……思い出さなきゃ。お母さんとのことだもんね」
ラビ 「そうですねえ、母親との思い出、それを思い出さなくてはいけませんね」
探偵「やはり、母親との思い出が関係してるのですね」
ラビ 「しまっ……」
探偵「酒井さんが関係ないとすると、お母さんに告白したいことでもあったのでしょうか」
南野「お母さんに、告白」
探偵「Mr.ラビット、この続きがあるんですよね?」
ラビ 「いえ、ハルカさんはここから先を用意しておりませんでした」
探偵「それではミスリードを狙っているようにしか思えませんよ」
酒井「続きがないって、ここから母親に対する告白内容を思い出すなんて」
南野「そんなの」
ラビ 「それと言い忘れてましたけど、思い出すことを放棄したり、三時間以上かかってしまった場合はゲームオーバー。この世界に永遠に留まってもらいます。その際、記憶は全てハルカさんの元へと収束され、南野さんは記憶の抜け殻になるのです」
酒井「そんな重要なことは最初に言えよ」
探偵「めちゃくちゃすぎますよ」
南野「抜け殻に、なる」
ラビ 「記憶のない南野さんは、もう南野藍さんではありませんからね」
南野「そんなの嫌」
ラビ「だってそうでしょう? その人の存在を決定づけるのは、その人の確かな思い出です。想い出があなた方をあなた方自身であると認識させているにすぎないのです。アイデンティティとはその程度のものに過ぎません」
酒井「理解に苦しむ」
ラビ「理解できなくても、わかるでしょう?」
探偵「ええ、なんとなくね」
酒井「とにかく、南野は思い出さなくちゃいけない。お母さんのことを」
南野「これだけの情報でどうやって……何も、お母さんのこと何も覚えてないのに!」
ラビ 「あなたが思い出せても思い出せなくても時は進みます。一度あがった幕は、最後まで閉じることはないのです。途中で何があったとしてもね」
酒井「南野のお母さんのことなら俺が覚えてる」
ラビ 「あなたが覚えていて、それを告げようが、南野さんの記憶ではないので意味ありません。言ったでしょう? 伝えられた情報を理解するだけでは意味がないと」
探偵「さすがにこれだけの情報じゃ私にも推理のしようが」
酒井「ダメだ、あきらめさせるようなことを言っちゃ」
探偵「え? あ、ああそうでしたね」
南野「……だよね」
酒井「え?」
南野「無理、だよね」
探偵「そうですね」
酒井「おい、探偵!」
探偵「へ? あ、え?」
酒井「さっきから何を」
南野「いいの、私にわかんないんだもん」
酒井「思い出すんだ、そうだ、さっき津沼さんと秋さんが思い出したように!」
探偵「呪い……」
南野「呪い?」
酒井「おいやめろ、何を言い出すんだ」
探偵「Mr.ラビットが言っていた呪い。思い出せない呪い」
酒井「やめろよ」
南野「思い出せない呪い……」
探偵「Mr.ラビット、あなた方は私達に、何も思い出せないように呪いをかけた」
ラビ 「さあ、なんのことやら」
探偵「そうでしょう?」
ラビ 「だとしたら何故、津沼さんは思い出したんですかね」
探偵「想定外、だったんでしょう」
ラビ 「……」
探偵「あなたは、とても慌てていました。これは、たちの悪い出来レースだ」
南野「そんなあ」
探偵「あなたは最初から私達をここに――」
酒井「それ以上言うなって!」
探偵「閉じ込めようとしていたんだ」
南野「……そう、だったんだ」
ラビ 「南野さん、ゲームオーバー」
酒井「え?」
ラビ 「南野さんは、こころの中で負けを認めました。無理だと、思ってしまいました」
酒井「違う、違う! おいラビットこれは思わされただけだ!」
ラビ 「関係ありません、本人が思ってしまったのですから」
探偵「そうですよ」
酒井「お前……! そんな、ふざけんな」
ラビ 「無責任なこと言わないでください。言葉は、想いは、とても重いものなのです」

 Mr.ラビットが指を鳴らすと、南野からすっと力が抜けて倒れてしまう。

酒井「藍!」
ラビ「では、私はこれをハルカさんのところに持っていかなくてはいけないので」

 Mr.ラビットが南野藍だったものを引きずって去る。

酒井「おい、そんなものみたいに」
探偵「どうして」
酒井「それはこっちの台詞だ。どうしてあんなことを」
探偵「それもそうですが、どうしてあなたはそんなに感情的なんですか?」
酒井「え?」
探偵「さっきまでずっと、冷徹というかこころがなかったのに」
酒井「知るか」
探偵「どうして、どうして今になって、こころの中のからっぽを追いやったんですか」
酒井「詩的過ぎてわからん」
探偵「どうして今更、こころにあいた穴がふさがってるんですか」
酒井「ポエムはいい加減にしろ!」
探偵「そうか、忘れてるんですもんね」
酒井「だから、いい加減にしろって!」
探偵「私はハルカさんのところに行って来ます」
酒井「人の話を聞け」
探偵「人の話は聞きません。裕樹の話なら、聞いてあげますよ」

 探偵、ぼんやりとした顔でおぼつかない足取りで去る。

酒井「くそっ……」

暗転。

ハルカ「あの二人が来てから……私のこころは変わってしまったの」
ラビ 「どういうことですか」
ハルカ「私が本当は何を望んでいたのか、私の願い。やっと、やっと見つけた」
ラビ 「ハルカは、ずっとここで俺達と一緒にって!」
ハルカ「もう、いいの。探偵に私のこころを分け与えましたから」
ラビ 「あなたの、こころを」
ハルカ「酒井さん……裕樹が感情的になったのを見たとき、私は思い出してしまったから」

 明転。
 探偵が入ってくる。

探偵「ハルカさん、あなたは何者なんですか」
ハルカ「それはあなたが一番良く知っているはずです」
探偵「どうして私の中にこんな切なくて溢れそうなものが」
ハルカ「あなたに、私のこころを分け与えました」
探偵「ハルカさんの、こころ?」
ハルカ「私がどうしてここにいるのか、私が誰なのか、それをあなたには知っておいて欲しいから」
探偵「どういう」
ラビ 「それは、あなたの告白内容でわかりますが……私はあなたが告白内容を思い出すことを、おすすめしません」
探偵「どういうことですか?」
ハルカ「胸に聞いてみてはいかがでしょう」
探偵「胸に」
ハルカ「今感じている気持ちです」
探偵「目の前に霧がかかったみたいで、もやもやする。心臓をわしづかみにされているようで、血管がちぎれるような……そんな感じです」
ハルカ「それは紛れも無く、あなたの気持ちです」
探偵「さっき自分のこころを分けたと」
ハルカ「私のこころは、あなたのこころだった」
探偵「どういう」
ハルカ「探偵ならわかるはずですよ」
ラビ 「次はあなたと酒井さんの人生ですが、今回は少し工夫が必要ですね」
探偵 「工夫?」
ラビ 「ええ、私はあなたに思い出すことをおすすめしませんが……あなたが思い出すことが、ハルカさんの願いなのです。思い出した上で、結論を出していただきたいことがひとつ、あるのです」
ハルカ「私はそのために、この世界にいろんな人を閉じ込めている」
探偵「つまり、もろもろの原因は私にあると」
ハルカ「そうです、あなたにあります」
探偵「私は……誰なんですか」
ハルカ「それはあなた自身が見つける答えです」
探偵「答え」
ハルカ「もっとも、それは答えとは呼べないほどに不確かなものですけど」
ラビ 「あなたが答えを見つけるのであれば、酒井さんにも答えを見つけてもらわねばなりません」
探偵 「つまり私達の人生は直接つながってると」
ラビ 「たこ足配線どころではありませんよ。直列回路です」
ハルカ「二人で協力して、見つけるほかありません」
探偵「そうですか」
ハルカ「そうして不確かなものを見つけて、そしてあなたは決断をしなければならない」
探偵「何を?」
ハルカ「それは、答えが見つかれば自然とわかります」
探偵「もう一つ聞きたいことがあります」
ハルカ「さっき裕樹と話していた内容ですか?」
探偵「記憶がないのに、こころのそこから言葉が沸いて出たんです」
ハルカ「それが、あなたのすべてですよ」
探偵「よくわからない……」
ハルカ「探偵ならわかるはずです」
探偵「私には自分の名前すらもわからないのに?」
ハルカ「いずれわかります」
ラビ 「ここからは観客のためのエンターテインメントなんて関係ありません」
ハルカ「ここからは私達のエゴイズムです」
探偵「とにかく、また私達の人生をたどるときになったらわかると」
ハルカ「そうですね、見つけるでしょうね」
探偵「わかりました、失礼しました」

 探偵、去る。

ラビ 「あなたはどうしたいのですか?」
ハルカ「それは私にしかわかりません」
ラビ 「私にはここに来る人たちが解放されるのを阻止させようとしたり、今度は……」
ハルカ「さあ」
ラビ 「あなたは成仏したいのですか」
ハルカ「私のただひとつの願いは、もっとしょうもないものだと思います」
ラビ 「わかりません」
ハルカ「あの探偵さんが見つけた答えが、私の答え」
ラビ 「あなたは答えを見つけたいだけなのですね」
ハルカ「はい。私の願いは、私がちゃんと、願いを思い出すこと」
ラビ 「だから、あんなことを」
ハルカ「そうです」
ラビ 「それでは私もひとつの答えを見つけました」
ハルカ「何?」
ラビ 「それは言えませんが、私はその答えに基づいて行動させていただきます」
ハルカ「ちょっと高くん!」

 Mr.ラビット、去る。

 暗転。
ラビ「私は、ここで君の笑顔を見ながら過ごせればそれでいい」
 明転。
 酒井と探偵とMr.ラビットがいる。

酒井「Mr.ラビット、藍をどこへやった」
ラビ 「あれは南野藍さんだったものです」
酒井「くそ……」
ラビ 「次回はエクストラステージ。ハルカさんは二人に思い出してもらいたいそうです」
酒井「どういうことだ」
ラビ 「もしも思い出したら、南野藍さんや、これまでここに閉じ込めてきた人を解放します。そのかわり、この場所は残り続ける」
酒井「ほう」
ラビ 「それか、あなたと探偵さんが解放され、二人は真実へと導かれる」
酒井「ん?」
ラビ 「そのどちらかを、選んでもらいます。全て思い出し、あなた方があなた方という存在を認識したときに」
酒井「わかった。答えはもうすでに決まっているがな」
ラビ 「それでも、あなた方が不確かなものに触れれば、その答えが変わることもあります」
探偵「それはいいです。エクストラステージはどのように進行するのですか」
ラビ 「今回は私どもが記憶を改ざんしたり、惑わすようなことはいたしません。呪いも解いてあります」
酒井「今まではしてたのかよ」
ラビ 「それは今は言及しないでいただきたい。わがままとは思いますがね」
探偵「で?」
ラビ 「今回はあなた方二人の出会いから、ありのままの人生を全てお見せします」
酒井「でもそれは、情報を理解するだけなんじゃ」
ラビ 「ですから、ハルカさんがあなた方の記憶を、返還します」
酒井「それでいいのか?」
ラビ 「思い出して欲しいのは、見つけて欲しい答えはそこじゃないんです」
探偵「というと?」
ラビ 「あなた方が何を告白したのか、そしてあなた方が欲しかったものはなんなのか」
酒井「欲しかったもの」
ラビ 「そして、私が何を欲していたのか」
探偵「あなたが?」
ラビ 「私は、いいえ、僕はあなた方と同じです」
酒井「同じ?」
ラビ 「言葉のままの意味です。記憶はありますが、それ以外はあなた方と同じ。どうします? これからすぐに始めますか?」
酒井「そうだな、すぐに始めよう」
探偵「私は、自分が誰なのかを早く確かめたい」
ラビ 「そうですか、こころの準備はよろしいですね?」
酒井「もちろん」
探偵「もちろんです」
ラビ 「それでは……いきます」

 Mr.ラビットが指を鳴らした。すると、二人は頭を抱えてうずくなり、のたうちまわる。
 不穏なBGMとちかちかする照明。
 それらが収まったとき、頭痛もおさまった。二人はしばらく起き上がらない。

酒井「嘘だろ、そんなことって」
探偵「裕樹……」
酒井「春香」
春香「裕樹!」
酒井「春香、お前……なんで? 死んだはずだろ。どうしてあの公衆電話に! あの広場に!」
春香「そ、それは」
ラビ 「これでよかったんですね、ハルカさん」
酒井「俺への……うらみか?」
春香「え?]
酒井「あの日、助けることができなかった、俺への」
春香「違うよ」
酒井「あの日、お前を見捨てた俺への!」
春香「違う!」
酒井「じゃあなんで、成仏できてない。どうしてここにいる」
春香「それは……」
酒井「あの日、死んだお前が」

 暗転。
 幼少春香が座っている。幼酒井が入ってくる。

幼酒「ねえ、ここで何をしてるの?」
幼春「空を、見てたの」

 明転。

幼酒「空?」
幼春「うん。ここはね、この学校で一番空に近いところだから」
幼酒「そうだね、高いもんね」
幼春「うん」
幼酒「空が好きなの?」
幼春「空が好きなの」
幼酒「じゃあ、同じだね」
幼春「同じなの?」
幼酒「同じだよ、僕も空好きだから」
幼春「じゃあ、君も空を見に来たの?」
幼酒「そうだね、ここに来たのは初めてだけど」
幼春「そうなの」
幼酒「君はよくここで空を見てるの?」
幼春「ほかに場所を知らないから」
幼酒「僕はいつも、ここよりも空に近いところで見てるよ」
幼春「どこ?」
幼酒「そこの公園のね、森」
幼春「そんなに高く見えないけど」
幼酒「違うんだよ、あそこはね、空が低いんだ」
幼春「空が低い?」
幼酒「そう、空が低い。それに夜になると星空が一番よく見える」
幼春「星かあ……ここじゃ見れないもんなあ」
幼酒「夜に入れないもんね」
幼春「怒られちゃうもん」
幼酒「それに夜の学校は怖い」
幼春「たしかに」
幼酒「だよね」

 二人して笑いだしてしまう。

幼酒「今日一緒に行く?」
幼春「うん、一緒に行く」
幼酒「じゃあ、夜の八時に学校の前集合ね」
幼春「うん! あれ、携帯は?」
幼酒「んー、僕持ってないんだ。親がダメだって」
幼春「不便だね」
幼酒「ごめんね」
幼春「いいよ、しかたがないもん」
幼酒「でも変わりに、不安にさせないために、十五分くらい早く行くからね。僕より早く来ちゃだめだよ」
幼春「うん、わかった!」
幼酒「絶対約束する。これからずっとそうするから」
幼春「これからずっと?」
幼酒「うん、これからずっと」

 一瞬の暗転。
 明転。
 幼少酒井が腕時計をちらちら見ながら待っている。
 幼少春香が走ってやってくる。

幼春「お待たせ!」
幼酒「早かったね」
幼春「でも、酒井くんより遅かったよ」
幼酒「一分半ほど、ね」
幼春「待たせるのも悪いし」
幼酒「そうだね」

 一瞬の暗転。
 明転。中央で座る二人。

幼酒「綺麗でしょ?」
幼春「うん! 綺麗」
幼酒「あの星さ、なんか笑ってるように見えない?」
幼春「そうだね、なんか微笑んでる」
幼酒「僕はものすごくニタニタ笑ってるように見えるよ」
幼春「あ、なんか正座見えた気がする」
幼酒「何座?」
幼春「あれとあれとあれとあれ……繋いで、ふたり座」
幼酒「なに? それー」
幼春「男の子と女の子がね、手を繋いで笑いあってるの」
幼酒「へえ。きっとずっとそうなんだろうね」
幼春「星はいつでも変わらないもん」
幼酒「そうだね、星はいつだって変わらないもんね」
幼春「何年か前の光なんでしょ?」
幼酒「何年かってより、もっとずっと大昔らしいよ?」
幼春「私が生まれる前?」
幼酒「ずっと前だね」
幼春「ずっと前かあ、わかんないなあ」
幼酒「僕もわかんないや」
幼春「だね」
幼酒「うん」
幼春「流れ星とか見れないかなあ」
幼酒「無理だよー、難しいんだよ」
幼春「ええー、見れるよー」
幼酒「どうして?」
幼春「だって裕樹くんと一緒なんだもん」
幼酒「なんだよそれ」
幼春「一人だと何もできないでしょ?」
幼酒「うん」
幼春「でもね、二人だと何でもできるんだよ」
幼酒「うーん、難しいね。でも、なんとなく、そうかもしれない」
幼春「今日会ったばかりだけどね、そんな気がしたんだ」
幼酒「初めて会ったわけではないけどね」
幼春「そうなの?」
幼酒「うん。入学式ちょっとだけ話した」
幼春「一年生? クラス違うかったよ?」
幼酒「僕が道に迷ってたんだよ。君が道を教えてくれたんだ」
幼春「んー、覚えてないかなあ」
幼酒「だよね、お互い急いでたし」
幼春「かもしれないね」
幼酒「それにもう四年くらい前でしょ? 今五年生だから」
幼春「本当だ、もう五年生だ」
幼酒「おい」
幼春「だってなんか時間って早いんだもん」
幼酒「まあ、そうだね」
幼春「時間は残酷なのです」
幼酒「なんで?」
幼春「だって、こうしてる時間も早く過ぎるでしょ?」
幼酒「たしかに、残酷かもしれないね」
幼春「だから私は時間が大嫌い!」
幼酒「でも時間がないと、僕達は出会えなかった」
幼春「どうして?」
幼酒「時間が止まったら僕も止まってしまうから」
幼春「んー、それはいやだなあ」
幼酒「でしょ?」
幼春「うん!」
幼酒「僕らはずっとふたりで、時間をすごそう」
幼春「うん!」

 暗転。

幼酒「そういえば、この丘のふもとに広場があって、そこに一台公衆電話があるらしいよ」

 明転。

幼春「公衆電話?」
幼酒「うん、誰も使ってないんだけどね」
幼春「なんであるのかなあ」
幼酒「わからないけど。困ったことがあったら、それを使おうか」
幼春「そうだね」

 一瞬暗転。
 明転。

少酒「中学はどう? 慣れた?」
少春「まだ慣れないよ」
少酒「同じ中学ならよかったんだけどな」
少春「私は私立だからね」
少酒「俺は公立だもんなあ、春香は頭がいいな」
少春「裕樹のほうが頭良かったのに」
少酒「俺は勉強してなかったから」
少春「私は必死に勉強したもん!」
少酒「変に対抗意識燃やしちゃってなあ」
少春「別に対抗意識なんかじゃないもん」
少酒「じゃあなんだよ」
少春「私は、裕樹の話に全部付いていきたかっただけだもん」
少酒「そうかそうか」
少春「すぐに裕樹はわからないこと言うから」
少酒「そうだっけ」
少春「そうなんだ、って言うのが精一杯だったの。それが悔しかった」
少酒「でもこれからは逆になりそうだな」
少春「うん!」

 一瞬暗転。
 明転。
 舞台中央には電話ボックス。
 幼少期酒井が、血相変えて走ってくる。

少酒「おい、春香!」

 倒れている春香。
 服が少しはだけて、ぼろぼろに破れている。服には、血がついている。

少酒「おい、おい! 血が……」

 幼少期酒井、幼少期春香を抱えて起こす。

少酒「今、今病院に」
少春「……いい、家に」
少酒「でも」
少春「お願い」
少酒「わかった」

 少年酒井、血が出ているところをハンカチで縛ってから、春香をおぶって歩き出す。

少春「血、止まってきてる」
少酒「止血したからな」
少春「何があったか、聞かないの」
少酒「言いたくないだろ? それに、聞かなくてもわかる」
少春「そう」
少酒「そう」
少春「なんか、おんぶされるのっていいね」
少酒「そう?」
少春「うん、いつもこの道歩くの疲れるんだもん」
少酒「でも次くるときはまた歩けよ」
少春「次……うん、そうだね」
少酒「約束」
少春「え?」
少酒「約束してくれ」
少春「できないよ」
少酒「お願い、嘘でもいい」
少春「わかった」
少酒「ありがとう」
少春「約束だよ」
少酒「うん、約束」
少春「えへへ」
少酒「おい、寄りかかりすぎ……ま、いっか」
少酒「しっかりつかまってろって、ぶらんぶらんしてるぞ」
少酒「寝てんのか? まあ、色々あったんだ。仕方が無いよな」
少酒「本当はわかんないんだ、お前に何があったのか」
少酒「でも、知ったら僕は……もうここにはいられないから」
少酒「だから、聞かないでおくね」
少酒「って、まあ寝てるか」
少酒「おい、そろそろ家つくから起きろ」
少酒「おい、起きろって春香」

 暗転。

少酒「おい……起きろよ、春香」

 明転。

少酒「ごめんな、行けなくて」
少南「ううん」
少酒「どこ行く予定だったんだ?」

 暗転。

酒井「お前は確かにあの時死んだ。あの電話ボックスで何かがあって、それで」
春香「私は死んだよ。裕樹の背中で」

 明転。

酒井「じゃあなんで!」
春香「私は死んだあと、あの電話ボックスに……ううん、あの丘にとり憑いた」

 ハルカ、Mr.ラビット、入ってくる。

ハルカ「そして私は、この世界を形成し、生きながらえている」
ラビ 「そして記憶を取り戻したあなた方には、結論をしていただきたい」
ハルカ「この世界が消え、全ての人が解放され、私が、麻貝春香が一人ぼっちになるか」
春香「他の人たちをこの世界に残し、私達が真実を知るか」
酒井「真実ってなんだよ」
ハルカ「真実は、私が死んでからの裕樹の人生を全て否定するもの」
酒井「俺の人生?」
ラビ 「そして、あなたは知る。自分の考えていたことが、どれほどおろかなことだったのかを」
ハルカ「あなたのこころを」
酒井「こころ? そんな不確かなものを真実だとか答えだとか……わけがわからない」
春香「裕樹、裕樹は私が死んでから、どんな人生を送ってきたの?」
酒井「お前が死んでから……俺は、俺は!」
ハルカ「言ってごらんなさい、伝えるのです。あなたの言葉で」
酒井「俺は! 俺は!」

 酒井、たまらず走りだしてしまう。

春香「裕樹!」
ラビ 「酒井裕樹……なんとも馬鹿な男だ」
ハルカ「自身の望み、願いに気がついていないなんて」
春香 「まさかハルカさんは……違う、私は、裕樹に」
ハルカ「あなたの考えているとおり」
ラビ 「だってあなたは、ハルカさんなのだから」
春香 「私、覚悟を決めた」
ハルカ「だったら、行きなさい。行く道で何があっても、怯んではいけません」
春香「はい!」
ラビ 「……」
ハルカ「イッツショータイム」

 春香、走り去る。
 ラビとハルカ、春香を見届けたあと、逆の袖に消える。

 春香、走って入ってくる。四方から声がする。

酒井「俺は春香を殺した」
酒井「俺が殺した」
酒井「俺が、俺が春香を殺したんだ」
酒井「あの日、あの日俺が、皆にあの場所のことを話したから」
酒井「だから猛獣達がやってきて、春香を襲った!」
酒井「きっと春香は抵抗したに違いない。だから余計に奴らの興奮をあおり、春香の身体は爪で引き裂かれ、春香は牙に貫かれた。全部全部気がついていた。知らないフリしてた。全部全部俺のせいだった。あの日、俺が軽々しく春香のことを話さなければ、春香の写真をみんなに見せたりしなければ……!」

 幼少期酒井が入ってくる。
 春香、びっくりして声を上げそうになるのを抑える。

少酒「え? いつも外で一緒の? ああ、春香か」
少酒「え? んー、まあ写真くらいなら」
少酒「そうなんだよ、かわいいんだよなあ」
少酒「え!? まだだよそんなの、ていうか、そういう考え汚い」
少酒「いつも? 丘公園だけど」
少酒「え、お前……春香のこと好きだったのか」
少酒「悪い、でも俺は……春香のこと好きだからさ」
少酒「お、おい! おい!」

 酒井の声が鳴り響く。

酒井「春香のことを好きだと言う獣の言葉が信じられなかった」
酒井「じゃあ、俺がやっちゃっても文句はないよな」
酒井「俺は、そういう考えを持っている奴がいるなんて信じられなくて」
少酒「まあ、冗談だろう」
酒井「たかをくくっていた」
酒井「それが全ての過ち。俺の罪」
酒井「いつもの時間に待ち合わせ場所に向かったが、十五分待っても来なかった」
酒井「俺は気がついたら走っていた」
酒井「息が切れても、のどが渇いて死にそうでも、足がはれ上がっても、途中蛇を踏んだのだって気がつかずに、ただ走った、走ったんだ」
酒井「でも」

少酒「まさか……本当に」
少酒「俺の、俺のせいだ」
少酒「俺が、俺が春香を殺したんだ」
少酒「ごめん、ごめん……うらんでるだろう?」
少酒「ごめんな……」
酒井「俺は、それからというものの、春香への償いのためだけに生きた」
酒井「俺も死んでやりたかった。でも、死んで楽になるのを春香は許してくれないだろうと思った」
酒井「苦しんで生きることが自分への罰だった」
春香「違うよ、恨んでなんか……自業自得だから」
酒井「だから俺はこころなんていう不確かなものを捨てることにした」
酒井「何も感じなければ生きられる。まあ、大丈夫だろう。そんな不確かな考えのせいで春香は死んだ。不確かなものは何もいらない。こころも不確かだ。要らない、必要ない。壊してしまえ」

 幼少期酒井が、舞台装置の何かを壊す。

酒井「俺はもう何も要らないんだ」

 幼少期酒井、去る。
 春香が立ち止まってうずくまる。
 暗転。

 明転。
 Mr.ラビットと酒井が佇んでいる。

ラビ「あなたは覚悟をすべきです」
酒井「覚悟?」
ラビ「自分の口から何もかも伝える覚悟です」
酒井「伝えてどうなるというんだ」
ラビ「あなたのこころに聞いてみるといいでしょう」
酒井「そんなものはとっくに、捨てたよ」
ラビ「壊しただけだ、捨ててはいないはず」
酒井「何であんたにわかるんだよ」
ラビ「私はこの世界の住人。春香さんの見たものを共有しています」
酒井「ということは、あいつは知ったのか」
ラビ「たった今、あなたの想いに触れているでしょう」
酒井「ここは一体なんなんだ」
ラビ「春香と酒井裕樹、二人の願いを叶えるためだけにつくられた世界」
酒井「俺達の願い?」
ラビ「だから、あなたには願いに気付いてもらわなくてはいけない。それが春香のため」
酒井「お前は」
ラビ「私のことは関係ないでしょう」
酒井「俺は、あいつが死んでから、自分を責め続けた」
ラビ「それで?」
酒井「死んでしまえと思った」
ラビ「でも生きてる」
酒井「生きることが、自分への最大の罰だと思った」
ラビ「こころを閉ざしたまま生きては死んだも同じです」
酒井「俺はあの時、どうしてあいつを病院に連れて行かなかったんだろうな。あいつが俺のことを恨んでもいいから、病院に連れて行けば生きていたかもしれない」
ラビ「可能性はあるでしょうね」
酒井「というより、救急車を呼べばよかったんだ」
ラビ「そうですね」
酒井「俺はあいつを助けることより、自分の罪悪感で頭がいっぱいだった。だから、あいつは死んだ。俺のせいで、死んだんだ」
ラビ「……」
酒井「だから俺は何も……」
ラビ「悪いと思ってるなら! 償いたいと本気で思っているのなら、自分の願いを見つけ、春香の願いを叶えてやりなさい! それが、それが妹に対する償いというものです」
酒井「妹?」
ラビ「……行きなさい」
酒井「え?」
ラビ「あっちに、春香がいるはず」
酒井「……わかった」
ラビ「道中何があっても、気を確かに持つように」
酒井「おう」

 酒井、走り去る。
 Mr.ラビット、反対方向に去る。

ラビ「これで……俺の願いは、消えたなあ」

 暗転。
 電話ボックスが現れる。
 明転。

 酒井が走ってくる。
 すると、反対方向から幼少期の春香がやってきた。

少春「先に来ちゃった……えへへ、びっくりするだろうな。電話ボックスから電話しちゃおうかなあ」
酒井「これは……あの日の?」
 幼少期春香、電話ボックスの扉に手をかける。
 その瞬間、猛獣のうめき声。
 ステージ背景(たぶん白い壁的なもの)に映る影絵(犬の影絵)が五つほど左右から幼少期春香を取り囲むようにして現れる。

酒井「やめろ……!」
少春「え……だれ? なに?」
少春「ちょっと、嫌だ、嫌だってば!」
少春「離し……離して!」

 幼少期春香、影絵の一つを殴る。
 それを機に猛獣のうめき声が大きくなる。

少春「え、なんで、ちょっと、待って」
酒井「やめてくれ」
少春「いやあ……裕樹い」
少春「電話、電話したいの、電話」
少春「電話させて、させてよ、電話あ」
酒井「やめてくれ」
少春「たすけ……いぃぁっ」
酒井「やめてくれよおおおおおおおおおおおお!」

 幼少期春香の足に滴る血。

少春「あ、やめ……いやああああああああああああああああ!」

 暴れる幼少期春香。
 今度は腕から血。

少春「はあ……はあ……裕樹い」

 幼少期春香、力なく受話器を取るも、離してしまう。
 ぶら下がる受話器。鳴り響く電話の「ツーツー」という音。
 徐々に大きくなる猛獣の声。激しくなる影絵の動き。
 酒井、必死になって影絵に干渉しようとするが、すり抜けてしまう。
 影絵が小さいうめき声をあげたあと、去っていく。

少春「もう、私……裕樹と一緒にいられない」
少春「嫌だ……嫌だよ」
少春「嫌だ……約束、したのに」

 幼少期春香から力が抜ける。
 酒井、過呼吸になって倒れてしまう。
 暗転。

春香「私は誰?」
ハルカ「私は春香」
春香「私は綺麗?」
ハルカ「私は汚い」
春香「もう一緒にいられない」
ハルカ「ずっと一緒にいたかった」
春香「でもそれが叶わないなら」
ハルカ「叶わないくらいなら」
春香「もう一度、もう一度だけ笑い合いたい」
ハルカ「もう一度だけでいい、笑顔を見たい」
春香「裕樹の笑顔を、こころからの笑顔を!」
ハルカ「私は」
春香「私は」
春・ハ「見たい!」
酒井「俺は誰だ」
少酒「僕は酒井祐樹だ」
酒井「俺は何がしたかった」
少酒「春香を助けたかった」
酒井「春香を助けられなかった」
少酒「生きてて楽しい?」
酒井「楽しくない」
少酒「死にたい?」
酒井「生きたい」
少酒「誰と?」
酒井「春香と、二人で」
少酒「叶わないと知ってても」
酒井「俺は大好きな春香と二人で生きたい……」
少酒「でも叶わないから」
酒井「だから、俺は、前を向いて生きていきたい」
少酒「そうすることが」
酒井「そうすることが、春香と共に生きることになる!」
少酒「俺は春香のことが」
酒井「春香のことが」
二人「好きなんだ!」

 明転。
 酒井と春香がなぜか向かい合っている。

酒井「春香」
春香「裕樹」
酒井「俺は、根拠の無い不確かな考えで、お前を傷つけた」
春香「傷つけたのは裕樹じゃないよ?」
酒井「だとしても、原因をつくったのは俺だ。お前のことを考えられず、病院に連れて行けなかったのも俺だ。だから、だから……! ごめん」
春香「謝ってすむことじゃないけどね」
酒井「だとしても、俺はずっとお前に謝りたかった」
春香「わかってるよ。私もね、恨んでなんかないよ」
酒井「うん」
春香「裕樹は、私のことちゃんと考えてくれた。私を家につれて帰ってくれたもん」
酒井「でもそれは」
春香「私が望んだことだよ?」
酒井「そうだけど」
春香「だからいいの」
酒井「ありがとう」
春香「ねえ裕樹、私は君の笑顔が見たい」
酒井「俺はお前のことが好きだ。お前とずっと一緒に生きていくことはできないかもしれない。でも、それでも俺は前を向いて生きたい。それが、お前と一緒に生きるということになるだろうから」
春香「また、笑ってくれる?」
酒井「もちろん」

 ここに来て、はじめて酒井が笑顔を見せる。

酒井「俺は、こんなに不確かで、すぐにでも手に入りそうなものを欲していたんだな。すぐにでもなんとかなりそうなことを、こんなに不器用に願っていたんだ。馬鹿だ、馬鹿だな、俺は」
春香「私だって、こんなに単純なことから目をそらして、こんな世界までつくった。馬鹿だよ」
酒井「馬鹿同士でちょうどいいな」
春香「だね」
酒井「おう」
春香「告白は伝わったけど、私達にはまだやることあるよね」
酒井「そうだったな、やることあった」
春香「行こっか」
酒井「ああ、行こう」

 二人、手を取り合ってゆっくりと歩き出した。
 ハルカとラビが入ってくる。

ハルカ「二人が答えを見つけたようですね」
ラビ 「選択のとき、運命のときが来たということだな」
ハルカ「ええ」
ラビ 「ハルカ、いい加減そのしゃべり方」
ハルカ「無理ある?」
ラビ 「かなりな」
ハルカ「んんー……そうだね」
ラビ 「お前は春香だろ、それでいいんだよ」
ハルカ「ありがとう、お兄ちゃん」

 春香と酒井が手を繋いで入ってくる。
 春香とハルカにサス。

春香「ねえ、私」
ハルカ「なあに? 私」
春香「こんな世界終わりにしよう?」
ハルカ「ということは、真実は?」
春香「違う、そういうことじゃない。こんな回りくどいこと、もうしなくていいんだよ」
ハルカ「でも」
春香「でも?」
ハルカ「私は、寂しい」
春香「うん、そうだね」
ハルカ「成仏なんてしたら、どうなるかわかんない」
春香「そうだね、わかんない。天国なんて無いかもしれないし」
ハルカ「だから、寂しいよ」
春香「そう?」
ハルカ「だって、もう裕樹のそばには――」
春香「いられるよ」
ハルカ「え?」
春香 「成仏しても、裕樹の中の一番奥深くに私はいられる。こんなに幸せなことってある?」
ハルカ「一番奥深く?」
春香「わかってるでしょ?」
ハルカ「こころ……」
春香「そう、こころ」
ハルカ「……そうだね」

 春香とハルカへのサス、カットアウト。
 酒井とMr.ラビットにサス。

ラビ「真実はいいのですか?」
酒井「それはもう見せてくれただろ?」
ラビ「え?」
酒井「途中で見たあの記憶、聞いたあの声、あれが真実だ」
ラビ「なんのことやら」
酒井「お前はきっと、ハルカと同じ力があるんだろ?」
ラビ「……」
酒井「つまり、お前も死んでいる」
ラビ「俺は、春香の後を追うように自殺した。春香が好きだったから、いない世界なんてありえなかったんだ。だから、俺はこの世界をつくることも、維持することにも協力した」
酒井「そうか、お前は」
ラビ「俺は春香の兄だよ、裕樹くん」
酒井「そうか、もう一つ真実を知ったな」
ラビ「でもまだ足りない」

 サス、消える。

ハルカ「私がこの世界をつくって、人々の人生を閉じ込めているのは、寂しかったから」
酒井「寂しかったから」
ハルカ「私は長い間、それを死んでいく寂しさだと勘違いしてたんだ」
酒井「うん」
ハルカ「でもね、裕樹が広場に来たとき、何故だか知らないけど、私は分身を作って広場に。探偵という設定をつけ、スムーズに告白内容を推理できたのは、きっと、これが間違っているってわかっていたから」
酒井「それでか」
ハルカ「それで、二人がこの世界で過ごすうちに、私は気がついたの」
春香「裕樹に会えない寂しさ、裕樹が笑ってくれない寂しさだったんだって」
ハルカ「だから私は敢えて二人に記憶を戻した。それで、自分の願いを叶えたかった」
酒井「そうか」
ハルカ「私がここをつくって、ここのうわさを流したりしたのも、全部このためだったんだね」
春香 「ずいぶん回りくどいことしちゃって、皆に迷惑かけたと思う」
ハルカ「でも私は、これで満足」
春香 「この世界は、綺麗さっぱり消し去ることにする」
ハルカ「でも私には、現実世界で一つだけやることがあるから」
酒井「うん」
春香「だから、裕樹は現実世界で待ってて」
酒井「いつもみたいに、十五分先についてるよ」
春香「十五分どころじゃないかもだけど」
酒井「それでも、待ってる」
春・ハ「ありがとう」

 暗転。
 ハルカと春香、退場。

ラビ「さて、これから現実世界に連れ戻します。今までここに閉じ込めてきた皆さんも解放され、それぞれの家へと帰ることになります。俺の願いは、春香とずっと一緒にいることだった。だけど、成仏してからも、きっとずっと一緒にいられると思います。だから、気にしないで」

 明転。

 舞台中央で倒れている酒井。
 目を覚まし、起き上がる。
 無言で、走り去る。

 雨の音。
 息を切らし走る酒井。
 走り去る。

 強い風の中走る酒井。(風はマイムで表現)
 無言でただ走り続ける。
 走り去る。

 夜の照明。
 へとへとで倒れそうになりながらも走る酒井。
 舞台中央付近で、ついに倒れてしまった。
 雨の音。

 春香が走ってくる。
 倒れている酒井を見つけ、泣きながら抱え起こす。

春香「裕樹!」
酒井「ごめん、俺も待てなかった」
春香「お互い様だね」
酒井「これでおあいこな」
春香「もう、家まで送っていくからね」
酒井「うん」

 春香が酒井をおぶる。

酒井「あの時と逆だな」
春香「そうだね」
酒井「あ、流れ星」
春香「え? うそ」
酒井「嘘だよ」
春香「もう、馬鹿」
酒井「へへ」
春香「ちゃんと笑うようになったね」
酒井「そうだな、笑うようになったかもしれない」
春香「これで私も安心だ」
酒井「これで俺も前を向ける」
春香「生きてね」
酒井「お前の分もな」
春香「違うでしょ、一緒にだよ」
酒井「そうだな」
春香「私はずっと裕樹のこころに居続ける」
酒井「そしていつか生まれ変わって、俺に会いに来るんだろ?」
春香「じゃあ、裕樹。誰か相手見つけて結婚してよ」
酒井「なんで」
春香「私が生まれてくるから」
酒井「なんだよそれ」
春香「だめ?」
酒井「わかった」
春香「願い叶いまくりですね」
酒井「そうですね」
春香「私はね、裕樹の笑顔が見たかっただけなの」
酒井「俺は、後悔していた」
春香「でももう」
酒井「そうだな、それも終わりだ」
春香「願いは叶った」
酒井「そう、そしてこれからもう一つ叶える」
春香「そうだね」
酒井「そうだ」
春香「ずっと一緒にいる」
酒井「約束だ」
春香「うん、約束」
酒井「あ、そこ右な」
春香「わかってるよ」
酒井「いいな、お前の背中。幽霊って触れらるんだな」
春香「なにそれー」
酒井「あたたかい」
春香「うん」
春香「もう、そんなによりかからないでよ」
春香「重たいなあ」
春香「あれ、寝ちゃった?」
春香「もう、仕方がないなあ」
春香「笑ってる」
 
 春香、酒井の身体を地面に寝かせ、そばに座る。

春香「じゃあ、眠ってる間にお別れだね」
春香「ちがう、ちがかったよね」
春香「またね、裕樹」

 暗転。
 ED曲が流れ始める。
 明転。
 机が出ている。その上には一通の手紙。
 目が覚める酒井。

酒井「ん……いつの間に」
酒井「春香」
酒井「春香!」
酒井「寝てる間にいったのか……ん?」
酒井「手紙?」

 酒井、手紙を読む。
 手紙を強く抱きしめ、なみだ。

酒井「ばか」

 暗転。
 赤ちゃんの産声。
 楽しそうに過ごす酒井と女性の声(録音・ガヤ)

酒井「春香が歩いたよ!」
南野「え、ほんと?」
酒井「やっと歩けるようになったんだねえ」
南野「そうだね」
酒井「なあ、藍」
南野「なに?」
酒井「あの日のこと、覚えてる?」
南野「覚えてるよ。この子が、春香さんって人の生まれ変わりなんでしょ?」
酒井「そう、あの日居た探偵Z、ハルカさん。そして、春香の生まれ変わり」
南野「まさか三人で過ごせるとはね」
酒井「本当だよな」
南野「私は話にしか聞いてなかったからさ」
酒井「まさかこうして三人で一緒にいられるとは」
南野「幸せ?」
酒井「もちろん!」

 緞帳が下がる。

酒・春「なにがあっても、俺(私)たちは、前を向いて生きていくんだ。唯一つの願いと共に」
 END

【劇脚本】Could you call me?

【劇脚本】Could you call me?

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-06-02

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted