二階堂校長の事件簿「情報交換はランチのあとで」

花散里中学で起こる怪事件

二階堂校長の事件簿 エピソード14
  「情報交換はランチのあとで」    作 大山哲生
  
序章
 2年1組の崎田絵里は背が高く顔立ちも整っている。美少女であるが、時として大人の色気を感じさせる。胸元は制服を着ていても男子の目を引くのであった。
 8月20日、崎田絵里のお誕生会が崎田の家で行われていた。しかし、そのお誕生会は、少し不思議なものだった。呼びかけ人は西村洋一。そして参加しているのは1組の男子ばかり9人である。
 参加した者が不思議に思ったのは、崎田と西村の関係は終わり、崎田は別の男に乗り換えたことがはっきりしていることであった。そのことは、崎田の口からも西村の口からも同じことが語られていたから事実なのだろう。
 崎田はえりの広くあいたTシャツを着て、とても中二とは思えない胸元を惜しげもなく男子に見せつけたのであった。

1.連鎖の糸
 9月30日、崎田絵里が行方不明になった。
母親の話では、30日の午後9時頃ちょっと出てくると言い残して出たということであった。携帯電話は置いたままであった。翌日の夕方になっても崎田絵里の消息はわからなかった。
 
10月2日の昼休み。職員室では職員が昼食後お互いに情報交換をしている。
 2年生の理科担当の山内和久教諭がしきりに話している。山内教諭は32歳、教師としては脂がのりきっている。この人は生徒の観察力が優れている。
「今日、1組に授業にいったら、赤城君が誰ともしゃべらないでいるんですよ。いつもはけっこうわいわいしゃべる子なので不思議だなあと思って見てたんです」
1組担任の青木信夫教諭は「ぼくもそれを感じています。いじめかなと思いましたが、特にそういうふうでもないし様子を見ておきます」と言った。青木教諭はも新採用3年目。今、学校が楽しくて仕方がない。しかし、最近表情が優れない。
「そうですか、5時間目が1組なので気をつけて見ておきます」と斉藤卓治教諭は言った。
斉藤はそろそろ管理職試験の声がかかろうかという42歳。数学担当である。いつも眉間にしわをよせている。
 
10月3日。崎田絵里の行方は依然としてわからない。最近、母親とうまくいっていなかったこともあるので家出とも考えられた。自宅に残していった携帯に電話はかかってこなかった。
 昼休み、山内教諭は青木教諭に言った。
「今日、1組に授業に言ったら、赤城君と宇都宮君が誰とも話をしていませんでした。赤城君がいじめられていたので宇都宮君が同情したのかなと思って見ていると、別に二人は話をするわけでもないし」
「ちょっと不思議ですね。仲間はずれというのとはだいぶ雰囲気が違います。長い教職生活で初めてです」
 青木の隣にいた2年2組担任の頼藤恭三教諭は、「ぼくも気づいていましたが、いじめとはなんか感じが違います」頼藤は、苦労人でアルバイトをしながら採用試験を受け続けた。だから新採用六年目であるが年齢は35歳である。学年の生徒指導担当である。いじめについては人一倍神経をとがらせている。
「あれはいじめではないと思いますよ」と斉藤は言った。

10月4日。崎田絵里の消息は一向にわからない。母親も、これは今までのような家出ではないのかもしれないと思い始めた。しかし、大騒ぎしすぎると本人がかえって出てきにくくなるのではないかと思い、それ以上は動かなかった。
 昼休み、山内は青木に言った。
「今日は、赤城君と宇都宮君と楠田君が誰ともしゃべらないでいました」
「ぼくも気がついていました。あれは、いじめではないと思われます。要するに誰もいじめたり暴言を吐いたりしていない。しゃべらない三人はなにかほっとしたような穏やかな表情なんです」
 2年1組の男子のことは、学年の教師の間で話題となっていた。

10月5日。崎田絵里の消息はわからない。母親は何人かの友人に電話で聞いて見たが、みな自分の家にはきていないと言う。ただある女子が、絵里はひょっとしたら男の人とつきあっているかもしれないと話してくれた。しかし、その相手が誰なのかさっぱりわからないのであった。
 昼休み。頼藤は担任の青木に言った。「今日は、宇都宮君、楠田君、赤城君、斉藤君の4人が誰ともしゃべらないで静かでしたよ」
青木は「そうですね。なんか一人ずつ増えていっているような具合です。やっぱりいじめなのかな。誰かがいじめられていて同情する人間が増えてるのかな」
「そうすると、いじめられたのは、最初にしゃべらなくなった赤城君ということになりますよ」と頼藤は言った。
「いや、いじめと決めるのは時期尚早かなと思います」山内教諭が口をはさんだ。

10月8日。月曜日。
 崎田絵里の行方はまだわからない。母親は、以前も長期間家出したこともあったので特に急いで動くことはなかった。
 2年1組は、ここに来て異様な雰囲気になっていた。宇都宮、楠田、赤城、斉藤,墨田、高橋、の六人の男子がしゃべらなくなったのである。2年1組の男子は18人しかいない。そのうち、6人が無言の行をしているのである。
 さすがにここまでくると、職員室でも話題になった。そして2年1組に教えにいっている教師全員が何かおかしいと思い始めたのである。教員の一致した見解はいじめではない、ということであった。いじめられる側が固定していないこと、12人が6人をいじめるというのは、どう考えてもいじめにはなり得ないことが理由であった。
 その時、山内教諭が「あっ」とすっとんきょうな声をあげた。

2. からみあう糸 
「どうした」周りの者が声をかけた。
「これ、名簿順です」
「なに」青木、頼藤、斉藤は自分の教務手帳の2年1組のページを見てみた。
「なるほど、名簿順だ。一番から六番まできっちりそのままだ」
 しゃべらない男子が名簿順になっていた。このことは職員室でちょっとした話題になった。しかし、このことが、おそろしい惨劇の序章であるとは誰も知り得なかったのである。

10月9日
 2年2組担任の頼藤が、授業から職員室に戻るなり、紙切れを皆に見せた。
「今、廊下を歩いていたらこんな紙切れが落ちていたんだ」
それはノートを少しちぎったほどの紙切れであった。
『10月11日 西村』
とだけ書いてあった。
「なるほど、11日は今日だが西村は普通にしゃべっている。これはどういうことだろう。」
と青木が言った。
 青木は、じっとその紙切れを見ていたがなにか違和感を感じた。その紙切れは周りがすべて手でちぎり取られている。落ちてから時間がたったと見えて。ちぎられたところが少し茶色くなっているが、ある面だけは今ちぎりとったかのように白い。
「名簿順に黙り込むとすれば、西村君は12日ということにはなりますが、この紙切れには西村は11日となっています。一体何が11日なのでしょうね」と山内は言った。
「変ですね。いったいどうなっているのか不思議なことです」と頼藤は少し遠い目をして言った。

10月12日
 2年1組の西村洋一の遺体が自宅からかなり離れた橋の下で今朝発見された。殺害された時間は、だいたい前日11日の夜10時から12時の間であろうということであった。靴には泥がついていたので、塾から自宅までとは違う道を通ったと思われた。
 職員室は大騒ぎであった。その日は、生徒集会と学活をしてこの日は全員帰宅させた。
 2年1組の崎田絵里の行方もようとしてわからないままであった。
 この日から、1組の男子はいつも通りに戻った。とは言え、クラスメートが殺されたから、静かではあったが昨日までの異様な雰囲気はなくなっていた。

3. 惨劇の糸
 10月17日。
 本校から少し離れたところにげんげ堂という古い無人のお堂がある。げんげ堂に行くには、住宅地からはずれて山道を歩き、道がとだえたところから森の中のけもの道を通る。いったん下って少しのぼったところにげんげ堂はある。げんげ堂からは街の灯は全く見えず月のない夜は鼻をつままれてもわからないほどの暗さになる。
 そのげんげ堂の裏で遺体が発見された。見つけたのは2年4組の浅川芳朗という生徒であった。夜の10時半ころにげんげ堂にいったら、お堂の裏手の地面から服の模様が見えたのである。引っ張ってみると地面の中にしっかりと重みがあったので、あわてて警察に連絡したのである。遺体は崎田絵里であった。
 崎田の遺体には腕時計があった。それは、彼女が小学生のときある人からもらったもので大変大切にしている。裏に『E&K』の刻印があった。死後約五日前後ということであった。ということは失踪して10日ほどは生きていたことになる。10日間どこにいたのかは不明であった。
 生徒が殺害された事案が続いたことで職員室は重苦しい空気に包まれていた。
「山内先生、ずっと名簿順で来ていたのになぜ浅川君なのでしょう。それに今までは1組だったのに彼は4組だし」
「そうですね、青木先生。一度浅川から話を聞いてみましょう」
 浅川の話はこうである。16日の夜に1組の吉岡から、明日の晩にげんげ堂にいってお堂においてあるノートにおれの名前をかいてきてくれないか、と言われたということである。
 そして、どうしてげんげ堂なのかと聞いても教えてくれなかったということであった。
「山内先生、なんでげんげ堂なんでしょうね。吉岡に話を聞いてみましょうか」
「そうですね」と青木は言った。「頼藤先生も同席してもらえますか」
「ごめん、今ちょっと別件でうごいているところなので同席はできないが、こちらの手があいたら相談室をのぞくことにするよ」と頼藤は言った。いつも熱血の頼藤がこの日はよほど急ぐ用事があるのだと思われた。
 担任の青木は1組の吉岡から話を聞いた。
「あの日、君がげんげ堂にいくつもりだったんだよね」
吉岡はこっくりとうなづいた。
「げんげ堂へは何しにいくつもりだったの」
吉岡はうつむいて黙っている。その後も青木は時間をかけて聞き出していった。
 ついに吉岡は、興味深い話をしたのである。 
 吉岡の話はこうである。先月に男子の間でげんげ堂の肝試しの話が出た。毎晩、塾が終わってからげんげ堂まで行って名前を書いて帰ってくる。順番は名簿順で10月1日から順に行くことに決まった。先に行った者があとの者に情報を伝えると肝試しにならないから、全員がおわるまで学校でこのことを一切しゃべらないこと、などが申し合わされた。
「それで、げんげ堂のことをはじめに言い出したのは誰なんだい」
吉岡は、かなり言い渋っていた。これも担任が時間をかけて聞いた。
「言い出したのは・・・・・・西村です」
「えっ、あの殺された・・・」
「はい、西村がえらく乗り気で彼がこの話を持ち出してまとめたんです。みんなもおもしろそうだという気持ちもあり、全員でやろうということになりました」
「その話が出たのはいつ」
「9月30日の技術の自習のときです」
「女子は知っていたの」
「あの時間は男子だけでしたから、女子はいませんでした。西村は割としきるくせがあって、8月20日の崎田の誕生日には1組男子全員に西村から案内が来て、崎田の家には男子ばかり9人ほど集まりました。あんなことは初めてでした」
 西村が肝試しを言い出したのが9月30日。崎田絵里が失踪したのが同じ30日の夜。なにか符号めいている。
 西村の家は、旧家で広い敷地の中に『はなれ』まである。その後、警察に対して西村の祖母は、10月に入ってからはなれに誰かがいたようだと話した。
 しらべると、西村のはなれにいたのは崎田絵里であったことが判明した。9月30日に失踪してから、何日かはここにいたことになるが、祖母はいつまでいたかは知らなかった。
 関係者の話をまとめると、崎田絵里は自分の意思で9月30日の夜に西村のはなれに来た。はなれには半地下室のようなところもあったから、ひょっとすると監禁されていたのかもしれない。
「でも、西村君が殺されてから、肝試しはなくなっていたのではないのか」と青木は言った。
「いえ、続いていました。肝試しというのではなく、犯人をみつけに行くという感じで」
 あくる日、新たな目撃証言が出た。それは10月11日の午後10時10分ころに、げんげ堂にのぼる山道で男女の二人連れの影を見たというものであった。11日は西村がげんげ堂にいく順番にあたっていたから、男女の二人連れは西村と崎田かもしれない。
しかし、西村は当日塾で10時20分まで居残り自習をさせられていたのであった。となるといっしょに歩いていた男は西村ではない。つまり、この日は男女の二人連れが先にげんげ堂に向かい、その後西村が一人でげんげ堂に向かったことになる。
 西村の祖母の話では、この日を境にはなれに人のいる気配はなくなったということであった。11日に崎田は西村以外の男性とこのはなれを出たと思われた。
 職員室で数名の教師が昼食後に集まって話をしている。
 青木教諭は言った。
「この日に西村以外の誰かが崎田を連れ出してげんげ堂にいったのではないか。ということは警察が捜してもわからなかった崎田絵里の失踪後の足取りを知っていた者が、西村以外にもう一人いたということじゃないか。その者は西村がげんげ堂にいくことも知っていた。そして崎田を西村のはなれから連れ出した可能性もある」
 青木教諭は自分のクラスで2名が殺害されたにもかかわらず、明るく気丈に振る舞っていた。

 結びあう糸
「じゃあ、我々が生徒に聞いても全くわからなかったげんげ堂の肝試しを、誰がどうやって知ったんですか」斉藤は言った。
「あの紙切れです」と青木は言った。
「あの紙切れはもっと大きかったと思います。そこには、げんげ堂の肝試しのことやひょっとすると崎田絵里が西村の家にいることまで書かれていたのではないかと思います」と青木は続けた。
「すると私たちには日付と名前だけを見せたと」斉藤は言った。
「そうです。そしてあのメモを事前に破っておける人物は一人しかいません」山内は続けた。
「私たちに、メモをみせてくれた人物」
「そうですよね、頼藤先生」山内は、頼藤のほうを向き直って言った。
 頼藤は、困ったような顔をしてしばらくうつむいた。
「そうです。ぼくがあのメモをちぎって皆さんに日付だけをみせました」
「ちぎりとった部分には何が書いてあったのですか」
 しばらくの沈黙の後、頼藤はちぎりとったメモをみんなに見せた。
 それは、こういうものであった。
『げんげ堂肝試し、10月11日 西村
崎田は西村の家にいる。11日の午後10時半頃にげんげ堂へつれてきて。そこで3人で話し合う。これは3人だけの秘密』
「げんげ堂に崎田を連れていったのはぼくです」と頼藤は力なく言った。
「・・・ぼくは崎田絵里が小学生の頃家庭教師をしていました。そして崎田のことが好きでした。彼女に腕時計をプレゼントしました。『E&K』と刻印して。ぼくはその後振られ、崎田絵里は西村とつきあうようになりました。その西村も振られ、崎田は今別の男とつきあうようになったんです。ぼくは崎田を恨んでいた・・・おそらく西村も・・」
 頼藤は憔悴しきったような表情で「あの日、西村がぼくにこの手紙を手渡した。ぼくはその夜、西村のはなれから崎田を連れ出しげんげ堂に行った。西村は少し遅れてやってきた。そして口論の末、西村が崎田を殺した。そのあと二人でげんげ堂の裏に遺体を埋めたんです。・・・・・今から警察に行きます」
「西村は、はじめから崎田を殺すつもりだったんですか」山内は言った。
「西村が1組の男子にげんげ堂肝試しをもちかけた時、すでに彼にはもくろみがあったのだと思います。げんげ堂に18人が毎晩通うことで全員に疑いがかかるように仕組んだのです」
と頼藤は答えた。
 その時青木が言った。 
「これで糸がつなかってきた。おそらく、1組男子が9人参加した崎田の誕生会も全員に疑いがかかるようにするための伏線だったんでしょう」

 ゆれる糸
 頼藤は、警察に逮捕された。
 山内と青木は、職員室で昼食後、話している。
「山内先生、ひとつ疑問があります」
「ぼくもさ」山内は言った。
「崎田絵里が殺害された経緯はおおよそわかりましたが、西村を殺害したのはだれなんでしょう」
「普通に考えれば、げんげ堂で崎田と西村と頼藤が会う。なんらかの話し合いがあったがこじれて西村は崎田を殺害し、その後二人で埋めた。西村と頼藤が山からおりたところで仲間割れをし、頼藤が西村を殺害したと推測できる」と山内は言った。
 しかし、事実は違っていた。崎田の遺体の首にはかすかにチョークの粉がついていた。崎田を殺害したのは頼藤であった。そのあと、頼藤は西村におどされ山から出たところで西村を殺害したのであった。
 
 しかし、頼藤も殺された西村も全く知らなかった事実があった。それは、崎田の非業の死を歓迎した人物が一人いたということである。崎田絵里は妊娠していた。西村はそれを自分のせいだと思い殺害を決意したのである。しかし、未成年の崎田と許されない関係をもった男は別にもう一人いたのである。崎田の妊娠もその男と関係していた。
 崎田絵里の葬儀には、学校の関係者が多数参列した。
 その中で、ひとり不思議な笑みをうかべていた者がいた。それは担任の青木であった。
 
 

二階堂校長の事件簿「情報交換はランチのあとで」

二階堂校長の事件簿「情報交換はランチのあとで」

花散里中学で不思議なことが起こった。一日にひとりずつ無口になっていく。さしてついに惨劇が・・・・

  • 小説
  • 短編
  • ミステリー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-06-02

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