ビッチなあの子は。(志乃山こう)

文藝部楓

 どこにでもあるスクールカースト。
安曇野大学人文経済学科のKゼミは、ビッチと噂の「ユキちゃん」の話題でにぎわっていた。
私はその小劇場の中で、一流演者と評論家の役を務めている。

舞台は最初に、男子三人と私一人の場面から始まる。
田中くん(仮名)がアルコール混じりの溜息を漏らす。
「「ユキちゃん」さぁ……エロいよね」
 それにつられて鈴木くん(仮名)も「分かるわぁ」と同意した。
佐藤くん(仮名)だけが苦笑いをして黙っている。三人の輪から外れないように、私はすかさず「あー」と同意のような声をあげて頷いておく。
 こうしなければ、女子は話題の外に置いて行かれてしまう。
「なんか胸に挟まれたいようなおっぱいしてんだよな」
「それそれ」
 パッドだよ、それ。「ユキちゃん」のおっぱい事情を知ってる私と佐藤くんは、こっそりとにやけた視線を交わして、それから何でもない風に、田中くん鈴木くんと同じように笑った。
 男子だけの飲み会に呼ばれるコツ。第一に、適度に「ぶちゃいく」なこと(色気のない茶髪にしてみたり)。そして、作り笑いはしないけど、お世辞は抜け目なく言えるキャラクターになること。あと、しゃしゃり出ないこと。特に、下ネタは思い切り笑ってあげることは必要だけど、自分から言うとドン引かれるから注意。
 田中くんと鈴木くんが下品な会話を先導していく。
「でも「ユキちゃん」、彼氏いるらしいじゃん」
「そうらしいな。……佐藤(仮名)と中山(私の名前だ)は、それについて詳しく知らねえ?」
 お前ら「ユキちゃん」と仲良いじゃん、と鈴木くんが尋ねる。佐藤くんは「知らねえな」と言いつつコップを傾け日本酒を飲んだ。不安や動揺があると唇に何かを当てたくなるって、本当だったんだね。
私にとっては分かりやすい仕草だったけど、田中くんと鈴木くんは特に気にも留めなかったようだ。
 私は「うーん女子の中でも噂になってるけどよく知らないなー」と嘘をついた。鈴木くんたちはそんなもんかと漏らし、また元の下品な会話を始めた。私も大笑いする作業に戻った。

「「ユキちゃん」「ユキちゃん」って馴れ馴れしいんだよクソども! 人の彼女に何勝手なこと言ってやがんだクソが!」
 帰り道、私と佐藤くんの二人だけになると、佐藤くんは急に怒りはじめた。そのままノリでもう一軒居酒屋に行かないかと誘われたので、私と佐藤くんは今現在勝手に二次会を開いてる。
 酔った勢いもあるが、やはり現在のユキちゃんの彼氏を務めている佐藤くんの前で、田中くんと鈴木くんが「ユキちゃん」についての下品な会話をしたことが原因だと思われる。
 とは言っても佐藤くん、最初は笑ってたじゃん。
「あれは「ユキちゃん」のこと何も知らないあいつらが馬鹿だから笑ったんだよ、あいつらの下ネタは一切面白くないんだよクソ」
 私に向かって弁明にも聞こえる悪態をつく佐藤くん。まあ、私に言い訳されても困るんだけど。
「だいたいユキちゃんも悪いっての。俺という男がいながら、まだあいつらにも思わせぶりな服装とか言動とかしてんだもん。真正のビッチだよ、ビッチ」
 私は特段ユキちゃんが誘惑しているとは思わないけどな。
ただのオシャレで、自分の彼女のことビッチ呼ばわりするか。「ユキちゃん」を自分のモノ扱いしているっぽいし、こりゃヤバい奴を彼氏にしちゃったな、ユキちゃん。
 私は「そんなにユキちゃんを心配してるなんて良い彼氏だね」と心にもないことを言って、一時間強、佐藤くんの相手をした。
 最後の一杯を飲み干し、席を立つ際に、「いつも相談相手になってくれてありがとな」と佐藤くん。どういたしまして、と私。
「あ、いつも通り、割り勘でいいよな」
 私は笑顔でいいよーと答える。そして心の中でニヤリ。
見栄っ張りの佐藤くんが割り勘を提案するのは、おそらく女子では私だけだろう。自分の立ち位置が、もっとも理想的な場所にあることを確認する。
 男子と「親友」になる条件は、女に見られないことだ。

 次の場面は、女子三人と私一人が喫茶店でお茶会をしているところから始まる。
 清水さん(仮名)が紅茶臭い――お嬢様っぽい――溜息をつく。
「……ぶっちゃけ、みんな「ユキちゃん」のことどう思う?」
 林さん(仮名)は「ちょっとずれてるかなー?」、山本(仮名)さんは「あの子ちょっとね……」と返事した。
私は「うーん」と首を振って見せた。「ユキちゃん」への否定、みんなへの否定、どちらにも解釈できるように。
 喫茶店での女子トークに呼ばれるコツ。第一に、やはり、適度に「ぶちゃいく」なこと(少しやり過ぎなメークをしたり)。そして、よくしゃべる一方で、ちゃんと首尾一貫していること。言い換えれば、キャラクターがちゃんとしていること。ここが特に重要で、よくしゃべるだけの女の子は陰口を叩かれるかハブられる。ユキちゃんみたいに。
 清水さんと林さんがその中でもよくしゃべるから、自然会話の流れは彼女らの会話に傾く。
「ってか毎日スカートってありえなくない?」と清水さん。「フリルついてる服とか平気で着ちゃう感じ」と林さん。「あははヤバいよね」清水さん「ホントそれきゃはは」林さん。
この会話の流れに、優しく割り込まなければ。私は「でもユキちゃん今佐藤くん(仮名)と付き合ってるらしいよ?」と爆弾を投下、食いついてきた二人に佐藤くんから聞いている内容を詳しく話す。
『いつも相談相手になってくれてありがとな』だなんて、ごめんな、佐藤。お前との友情は、ぶっちゃけ缶チューハイ一本ほどの値打もないんだわ(笑)。残酷だな、私。
 ええー、うそー、まじでーという声(女子っぽい)を聞きながら最後まで話すと、一応中立派の立場をとる私は、「「ユキちゃん」少しアレだけど男子からは評判いいんだよ」と毒を込めつつ表面的な事実を述べて終りにする。無論、次の会話につなげるためだ――山本さんが話したそうにこちらを見ている。発言権を与えますか?――はい。
「ねえ、ラブちゃん(山本さんの呼び名)?」と言う。
「……あの子、全然いい子じゃないよ」と深刻な表情で山本さん。
 案の定、山本さんが新しい事実を開示しにかかる。
「佐藤くんの前に一人付き合ってたことがあるし」
 ええー、という驚きの反応。私も驚く振りをした。
「知り合いの理学部の男子がね……」
 要約すると、その理学部男子の中根くん(仮名)という人が以前ユキちゃんと付き合っていたが、会わない日が続いたある日ユキちゃんから「急に好きな人ができて」とフラれたらしい。いいぞー。
「でね、その時「ユキちゃん」泣きながらごめんなさいごめんなさいって謝ってたらしいんだけど、それが今笑顔で新しい彼氏と付き合ってるんだよ? おかしくない? 神経疑うでしょ」
 同意の声があがるのを聞きながら、私は「そうなんだぁ」と残念そうな顔を作った。内心、おおかた山本さんはその中根くん(仮名)に好意があるのかなとか邪推しながら。
「「ユキちゃん」ってさ、いわゆるビッチってやつじゃない?」
「ああそれ、ビッチっての、すごい分かる」
 みんなで一斉に「ねー」と合唱して、一つの話題は終わりに向かっていく。趣味、おいしいお店、大学でのあれこれ等々、女子は忙しいのだ。
 結局、その日の女子会において、「ユキちゃん」に対する評価は「ビッチ」以上にはならなかった。
 山本さんに、その中根くんについて詳しく聞きたくもあったけど、それはおいおい聞くようにする。佐藤くんと違って、山本さんは下手に近づくと警戒されそうだし。
 佐藤くんの情報と交換する形でいろいろ聞き出そうかなーとか考えながら、私は帰路についた。

 さて、ここでインターバル。少し優等生っぽい話。
 単語を紹介しよう。流し読みで十分だから。
「シンボリック交互作用論」。
 言葉の意味は変わる。人間同士の交流の過程によって変わる。むしろ言葉の意味は本質的に存在するのでなく、人間に使われた瞬間に生まれる。ならば、その意味が生まれる場である会話の中で、記号としての言葉の働きを見ていこうではないか――とする研究上の立場。また、その立場からの研究成果そのものも表す。
 それがどうかしたのかって? どうもしない。
 ただ思うのが、ユキちゃんは二人いる、ってこと。人間としてのユキちゃんと、記号としての「ユキちゃん」という二人が。
 黒髪ロングとスカートが気に入っているただの女の子のユキちゃんと、黒髪ロングとスカートに規定される女の子の「ユキちゃん」が。
 男子の飲み会にも、女子のお茶会にも、ユキちゃんは出てこない。
でも「ユキちゃん」はいっぱい出てくる。
どっちが本当のユキちゃん? という哲学的な問いは価値が無い(と私は思う)。本当の問題は、問題にすべきは、別のことだ。
すなわち、両方とも「ユキちゃん」と一括りにされること。

いよいよ会話の洪水は混沌を極める。
「「ユキちゃん」ってもう処女じゃないらしいぜ」と田中くん。
「この前佐藤くんとケンカしてる「ユキちゃん」見たよ」と清水さん。
「俺も「ユキちゃん」に頼んだらヤらしてくれるかなあ」と鈴木くん。
「なんか一周回って「ユキちゃん」可哀想かもね~」と林さん。
「あの女貞操観念がねえのかクソ!」と佐藤くん。
「別に、自業自得じゃん」と山本さん。
 ああ、誰が発言しようと同じだな。めんどいし、省略しよ。
「ビッチとか最高だな」
「ああはなりたくないものだよね」
「ああ~おっぱいおっぱい」
「ちょっと同情しちゃう」
「この前ついにやってやった」
「中根くん、私がいるよ」
 ユキちゃんはどこにもいない。だけども田中(仮名)も清水(仮名)も鈴木(仮名)も林(仮名)も佐藤(仮名)も山本(仮名)も同様に存在しない。
「めっちゃかわいいと思う」「死ねビッチ」「今はまたフリーになったらしい」「恥ずかしく思わないのかな」「誰でもいいからヤりたい」「かわいくない」「女ってこえ~」「最低」「またスカート履いてる」「次の担当は」「中根って誰だよ」「最近みなくね」「なんかOKされた」「もういい終わりだ」「つい一週間前に」「いわゆるビッチ」「またかよ」「誰か知ってる?」「ツイッターの裏アカが」「結局「ユキちゃん」ってさぁ」……
 
誰もいない夕方四時ごろの銭湯。

「……もう、疲れた」

 ユキちゃんが、ポツリと漏らした。
ロングヘアーの黒髪からお湯が滴る。
「もう死にたいよ。みんな私のことなんかどうでもいいんだ。だったら死んでも別にいいよねぇ……?」
 ユキちゃんの背中を流してあげている私からは、彼女の表情は分からない。鏡を見ようにも、湯気で曇って分からない。ただ、彼女の手首にリストカットの傷が数本ついているのが、ちらちら見える。
――ホントに死ぬ勇気もないクセに。
心の言葉と裏腹に、私の体は昂ぶってきた。思わずユキちゃんの体に乱暴に手を回し、そのままうなじに唇を当てた。
「大丈夫、私がいるよ」と囁く。
 ユキちゃんは「ありがとうぅ……」と嗚咽を漏らしながら顔を覆った。
 甘えん坊。子ども。そのくせ八方美人の演技派。精神的淫乱。
 ユキちゃんに対する私の評価はネガティヴだけど、そこがたまらない。
「私だけは、絶対に、ユキちゃんの仲間だからね……」
 

 ユキちゃんはどこにいる?――間違いなく、ここにいる。
 私の腕の中の温かさだけが、《ユキちゃん》だ。

ビッチなあの子は。(志乃山こう)

ビッチなあの子は。(志乃山こう)

2015-6-1 「かわいいビッチ」

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-06-01

CC BY
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