新しい相方

「どないなってるんや!」
 ここは場末にある小さな演芸場。スキンヘッドの体格のいい男がパンツ一丁の格好で、楽屋の中を行ったり来たりしている。男は時計をチラッと見ると、忌々しそうに舌打ちをした。
 その時、ドアがノックされ、ポッチャリした若い男が入って来た。ポッチャリはパンツ一丁に向かって、深々と頭を下げた。
「すみません、テスラ師匠。ニコラさんを説得することができませんでした」
「何やってんねん!もうすぐ幕が上がるんやで。わい一人でコントをせえっちゅうんかい」
 ポッチャリはちょっとムッとした顔になった。
「ですが、元はといえば、テスラ師匠が『星空ニコラ・テスラは、わい一人の人気で持ってるんや。ニコラは刺身のツマみたいなもんや』とかおっしゃったのが原因でしょう」
「ちょっと酒の勢いで言うただけや。それを真に受けて、コンビやめて田舎に帰る言うて出て行ったんや。アホかいな。どうせ、すぐに後悔して戻って来るに決まっとるわ」
「そうかも知れませんが、もうニコラさんは新幹線に乗られましたよ。たとえ途中で気が変わっても、今からでは間に合いません」
 テスラは「うーむ」と唸っていたが、ふと何か思いついたように、ポッチャリの顔をマジマジと見た。
「そうや。マネージャー、あんたが代わりに出ればええやないか。なあに、わいが『ニコラくん、最近えらく太ったなあ』とか言うて誤魔化したるわ」
 マネージャーは激しく首を振った。
「無理です、無理です。ぼくじゃニコラさんと体格が違いすぎます」
「そんなこと言うたかて、背に腹は変えられんやろ」
「いや、実は、ここに来る前にプロダクションに相談しまして、代役を借りてきたんです」
 マネージャーは振り向いて「おい、いいぞ、入って来い」と言った。
「失礼します」
 細身の影の薄い男が入って来た。
 すると、テスラの顔がパッと輝いた。
「なんや、気が変わったんかいな。それとも、新幹線に乗り遅れたんか。まあ、ええわ。今回のことは水に流したる。それより、早よ段取り決めよ」
 黙ったままの細身の男に代わって、マネージャーが話し始めた。
「師匠、違うんです。これはニコラさんじゃありません。それどころか、人間ですらありません。ロボットなんです」
「ロ、ロボット?」
「そうです。危険を伴う仕事の際、芸人さんにケガがないよう、代役を務めるスタントロボなんです。コピー機能があるので、遠目では本人と区別がつきません」
「ケッタイな話やな。何でわいがロボットとコントをせなならんねん」
「お願いします。もう時間がありません」
 マネージャーはまた深々と頭を下げると、返事も聞かずに、逃げるように出て行った。
「しゃあないなあ。ロボットとコントやなんて、前代未聞やで。けど、まあ、ニコラがやってたことぐらい、子供でもできるこっちゃ。やってみるしかないやろ。よっしゃ、ロボット、こっちゃ来い。段取りや」
「かしこまりました」
「うーん、やっぱり動きがぎこちないなあ。まあ、しゃあないか。ええか、最初にわいが『最近、売れて売れて売れすぎて、運動不足や。何かせんと、体がなまるわ』と話を振る」
「本当ですか」
「ウソに決まってるやろ。そんなに売れてへんし、わいは三度の飯が食えんでも筋トレは欠かしたことのない男や。あくまでも段取りや。すぐに、わいが『ランニングマシンでもないやろか』と続けるから、おまえは『ちょっと待っててや』と言うて、この機械を舞台の真ん中に持ってくるんや」
「かしこまりました」
「別にかしこまらんでもええがな。そしたら、わいが機械を見て『後ろの方でバチバチいうてるのは何や』と聞くから、『走るのが遅いと、電気ショックがビリビリくる仕掛けや』と答えるんや」
「大丈夫ですか」
「大事ないわ。電気マッサージ機程度の電圧や。わいがオーバーに恐ろしがりながら機械の手すりに手をかけて、『ええか、絶対に押すんやないで!』と言うから、おまえは思いっきり押すんや」
「理解不能」
「ええか、これは決まりごとなんや。『押すな』と言うんは『押せ』っちゅうこっちゃ」
「理解不能」
「おいおい、わからんことないやろ。空気読まんかい」
「理解不能、理解不能、理解、理、り、り」
「おーい、どないしたんや。こいつ煙吹いたで。わいはどうしたらええねん。ニコラ、頼むわ、帰ってきてくれえーっ!」
(おわり)

新しい相方

新しい相方

「どないなってるんや!」ここは場末にある小さな演芸場。スキンヘッドの体格のいい男がパンツ一丁の格好で、楽屋の中を行ったり来たりしている。男は時計をチラッと見ると、忌々しそうに舌打ちをした。 その時、ドアがノックされ、ポッチャリした若い男が…

  • 小説
  • 掌編
  • SF
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-06-01

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