坂
時計をみると、午前6時34分。気分は最悪だ。昨日もまたちゃんと眠れなかった。ここ最近ずっとそうだ。早い時間に眠くなって、勉強している途中でいつの間にか寝てしまう。そして夜中に必ず目が覚める。原因はなんとなくは見当がついている。だけど、それはどうしようもない。私はただ、いずれ自然と平穏な生活が送れるのを待つだけだ。
朝食を食べた後、出来るだけ自分の部屋でねばる。よし、越えた。7時10分を過ぎてしまうといい時間のバスがなくなる。そうして母に車で学校まで送ってもらう。自分でバスで行くことも本当は全然可能なのだ。しかし、自分のあしで、自らの意思で学校に行くというのが信じられない。学校に行けば、忙しくいることを強要される。自分の気分なんか関係なしに、笑顔をつくらなければならない。それからたいして内容の無いようなくだらないお話ときた。本当に馬鹿馬鹿しい。誰が好き好んであんな地獄みたいなところに自らの身を投じるんだ。
やっぱりM公園で降ろされた…。私の高校は高台の上にある。だから、高校に行くためには、傾斜のきっっっつい坂を毎朝のぼらなければならない。M公園は坂の下にある。もとからひどかった気分がさらに一段とひどくなった。とりあえず公園沿いを歩き、線路のある道路の方に歩く。線路をこえ、よくわからない名前の寺の前を歩く。歩くたびに胸がむかむかする。気持ちが悪い。吐きそうだ。崩れかけで人が住んでるのかわからない古民家を過ぎると坂だ。坂と向き合ってから、一呼吸。さて、のぼるか。正直5年間この坂と向かいあっているが、全然慣れることはない。5年だぞ?私の友達だってそんなに長い間毎日会いはしないじゃないか。もうそろそろ心を開いてくれてもいいんじゃあないの?と問いかけたくなるほどである。坂の周りは木と土で囲まれている。木は程よく日陰をつくってくれる。そこに少しだけ差した光がきらきらと輝いて綺麗だ。この坂はのぼる時はラスボス級の厄介者だが、その佇まいは心を安らげる。ざわざわと風によってなく木とそれに呼応するように鳴く鳥。坂をのぼるにつれて、先ほどの気持ち悪さは少しずつ減っていった。のぼりきると、小さなことだが目標を達成できたことで自信が出てくる。
歩いていると背後からぬっ、と影が現れた。何事か、と思ったらOだ。
『おはよう!やっぱりYちゃんだ。
良かったぁ〜。なんか髪型がいつもとちょっと違ってたから、人違いだったらどうしようかと思った〜。』
私も知らない人だったらどうしようかと思ったよ。髪の毛は今梅雨だからいつもよりまとまらなくてさ。
『ふぅ〜ん。ねぇ!ところで球技大会のクラスTシャツの文字何にするかもう決めた?あたしまだ全然きまってなくて。』
あぁ、あれね。私もまだ決まってないよ。候補すら立ってないくらい。ほんとにどーしよっかなぁ。
授業終了のチャイムが鳴った。号令を済ませてTさんと自分の教室にかえる。英語は好きだ。理由は未知との遭遇に心がときめくとかでは決してない。人より少し出来るのが嬉しいからだろう。まぁ、この前のテストでは帰宅部の私が現役バリバリ演劇部のTさんに負けてしまったけれど。あの結果を見た時は相当へこんだ。自分の存在価値を疑う程であった。
Tさんと話しながらぶらぶら昇降口のあたりまできて、ふと顔をあげた。視界にいれたくないものが目に入った。正面からAが友達と歩いて来ていた。Mくんといっしょだ。一瞬目があう。すぐにそらす。思わずすっ、とTさんの後ろに隠れる。そのときちょうど、Mくんが私をみて、Aをからかっていたようにみえた。そのまま2人とすれ違う。あれ…?MくんはまだAからきいていないのだろうか。
『…Y?何してんの?』
いやぁ〜、チョットね。正面からから来た人にぶつかりそうだったから。
嘘だ。全部真っ黒な嘘だ。
『そう。ねぇ、今さ部活が結構修羅場でさー。』
下校の時間だ。さっさっと帰って勉強でもしよう。あたりはまだ明るい。先に群がって歩く生徒たちを速足でグングンぬいていく。とろとろ歩きやがって。もっとシャキッとせんかい。
朝にのぼった坂を今度はくだる。速足でくだる。今日一日を捨て去るためにくだる。明日はもっとましになることを祈って。
さよなら。
そして、また明日。
坂