直行フィーバー
午前の授業がようやく終わって、さてゆっくり飯でも食うかと気を緩めたところであいつが教室に現れたわけだ。
「これからの時代、占いが流行ると思うのよ!」
いつものハイテンションでそう声を上げるのは山田みやび。残念なことに、知り合いだ。
長い黒髪に細身。フレームレスの眼鏡に収まらない大きな瞳の焦点をまっすぐ俺に合わせたまま、みやびは両手で俺の頭を挟んでぶんぶん振り回した。何でそんなことするのかって? そりゃあこいつに訊いてみればいい。きっとこう答えるはずだぜ。「さぁ?」ってな。
まったくこいつときたら毎回毎回よくもまぁこれだけ騒げるものだとある意味感心する。じっとしていればそれなりの美人だってのに勿体ない話だ。
そろそろ脳みそも程よくシェイクされてきたことだし、俺はみやびの手を掴んで頭から引っ剥がした。
「えーと、なんだっけ。占い? 流行るのか?」
「当然よ! なんたって占いだからねっ」
「いや、なんたっての意味がわからん」
親指を突き立ててウインクする彼女にとりあえずつっこんで、弁当箱の包みに手をかける。
「ま、がんばれ。応援しているぞ」
「ありがとう! じゃ、さっそく実験台になってね」
そう言ってみやびが制服のポケットから取り出したのは、彼女の手には少々大きいアイスピックだった。針が一本のもので、先端が妙にてらてらと輝いて見える。
みやびはそれを眺めてにやりと笑うと、「さぁ、スタンバイして」と机の天板を指差した。
「初めてのお客さんだから、特に気合い入れて占ってあげるねっ」
「……ちょっと待て」
怪しげな笑みを崩さないみやびに待ったをかける。
「先に訊いておく。お前、占いをするんだよな?」
「あはは、なに言ってんのよ、当然じゃない」
それを聞いて、ほっと胸を撫で下ろす。
「そうか……いや、それならいいんだ。俺はてっきり刺され……」
「安心して。ちゃんと病院は予約してあるから」
「刺す気満々じゃねーかァァァ!!」
しかしみやびは俺の怒号などお構いなしに、
「大丈夫。保険よ、保険」
「なんの保険だよ!」
「それに刺すって言っても、そんなにひどくはないだろうし」
「当たり前だっ」
「あ、でも保健室では設備的に難しいから、やっぱり病院じゃないとね」
「どんだけ重傷を負わせる気だァァァ!」
「まぁまぁ落ち着いて」
「落ち着ける要素がひとかけらも見当たらないんですけど!」
するとみやびは、叫び倒す俺の手をいきなり両手で握ってじっと俺を見つめ始めた。きらりと光る眼鏡の向こうで、大きな瞳が俺を映している。
「な、なんだよ」
「お願い。一回でいいの。練習台になって?」
……さっき『実験台』とか言ってなかったか、こいつ。
ちょっとどぎまぎしてしまった俺の心境にはまったく気づかない様子で、みやびは握った俺の手を机の上に置いた。そして手のひらを下向きに広げさせ、指と指の間を開けていく。程なくして扇形に広がった俺の手を眺めて「よし」と満足そうにつぶやくと、すかさずアイスピックを逆手に構えやがった。
「待て待て待て待て!」
すかさずつっこむ俺。
「何よ?」
「それはこっちのセリフだ! 何する気なんだよ、お前はっ?」
「占い」
「嘘つけェェェ!」
「嘘じゃないわよ。ほら、子供のころやらなかった? 指と指の間を鉛筆とかでさ、指に触れないように机に当てていくの」
あぁ、たしかそんな遊びをしてた記憶はあるな。素早くできるやつはほんと鉛筆の残像しか見えないくらい速かったっけ。
「……で、それがどうしてこうなるんだっ?」
「ただの占いじゃつまらないもん。ゲーム性を前面に押し出していかないと流行らないわ」
「ものすごく血なまぐさいゲームだな、それ!」
「ゲームじゃなくて、ゲーム性。占いだよ」
「血なまぐささは否定しないのかよ!」
「さ、そんなわけでサクサクいくよっ」
「この状況でその擬音はすげぇ不吉なんだけど! てか、それでどうやって占うんだよっ?」
「何回目で刺さるかで占うの」
「けっきょく刺さるんじゃねーかァァァ!!」
「指一本で今後の人生がわかるのよ。安いものだと思わない?」
「お前の頭がどうかと思うよ!」
俺の手首を持って押さえつけているみやびの手は思った以上に力強く、引っ剥がそうにもびくともしない。
やつの顔を見れば、なんか異様なほどハァハァいってるし。なんか目も血走ってるし!
「先に結果を言っておくわ」
「もう出てるの、結果っ?」
やる意味ねーだろ!
俺がそう言う前に、みやびはにっこりと微笑んで、
「あなたはもうすぐ病院に運ばれることになるでしょう」
「やーめーてェェェ!」
俺の断末魔っぽい叫びは、教室どころか学校中に響き渡ったのだった。
直行フィーバー
三題噺「指」「人生」「ゲーム」