超能力エレジー

 同期が次々に出世していく中、栗田は未だに外回りの営業をしている。さすがにこの歳になると、得意先を何軒か回っただけで疲れてしまう。
 そんな時、喫茶店に入る小遣いもない栗田は、公園のベンチに座ることにしていた。日中の公園は近所の若い主婦が幼い子供や赤ん坊を連れて来る場所で、明らかに栗田は異分子である。不審者と思われぬよう、いつものように持参した新聞を読み始めた。
 一通り記事に目を通して、テレビ欄を見ていた栗田の視線が、ふと止まった。そこに『超能力はあるか』という番組名があったからである。

 あれは同期の一人が海外の支店長に赴任することになり、その壮行会が開かれた時のことだ。宴もたけなわとなるにつれ、酒が飲めない栗田は一人ポツンと取り残されてしまった。こっそり帰ったものか迷ったが、意外に料理がうまかったので黙々と食べていた。唐揚げにかぶりついた時、ちょっと筋が歯に挟まってしまった。
(爪楊枝が欲しいな)
 そう思ってテーブルの上を見回すと、ちょっと離れたところに楊枝立てがあった。立ち上がるのが億劫なので、手をできるだけ伸ばしてみたが、指先が当たって楊枝立てを倒してしまった。
(ええい、しまった。一本でいいから、こっちに転がって来てくれないかなあ)
 その時。
 ほんの少しだが、楊枝がこちらに転がったのだ。偶然かもしれないと、もう一度念じてみると、また、少しだけ動く。そうやって少しずつ転がし、目の前まで来た時に、ちょうど壮行会がお開きになった。残念ながら、誰も今の現象を見ていなかったらしい。誰かにしゃべりたいと思った栗田だったが、そそくさと帰り支度を始めた同僚たちを見て、呼び止める勇気が出なかった。
 その日、家に戻った栗田は、家族にも内緒でいろいろ試してみた。だが、その結果はかなりガッカリするものだった。栗田が動かせるのはごくごく軽いものだけで、それもほんの少しであった。有名なスプーン曲げも挑戦してみたが、とても歯が立たなかった。
(こんな弱々しい超能力なんて、何の役に立つのだろう)
 テレビに出てみることも考えたが、笑われそうでやめた。いや、笑われるだけならまだしも、きっとインチキと思われることだろう。
 それ以来、栗田は自分の超能力のことを忘れることにしたのであった。

 栗田は『超能力はあるか』という番組を見てみた。例によってどっちつかずの内容だったが、その中でスプーン曲げで世界的に有名な人物がインタビューを受けていた。あなたのやっていることはトリックだろうという質問に、皮肉な笑いを浮かべながら彼はこう答えた。
「確かに、わたしより上手にスプーンを曲げるマジシャンが大勢いることは知っているよ。だが、わたしはマジシャンじゃない」
 見ていた栗田は大いに共感したが、同時に切なくなった。彼でさえこの扱いなのだ、自分などとても認められないだろう。
 それどころか、マジシャン側の反論に追い討ちをかけられた。
「彼がスプーンを曲げられない日があっても、今日は調子が悪かった、で済むでしょう。我々には失敗は許されません。そのために、毎日血の滲むような努力をしているのです」

 次の日、栗田はまた公園のベンチに座ってボンヤリしていた。
 今日も親子連れが多い。ベビーカーを押す母親の横で、三歳ぐらいの女の子がさかんにシャボン玉を飛ばしていた。すると、ベビーカーからモミジのような小さな手が出てきて、それをつかもうとしているのが見えた。
 栗田はふと思いついて、シャボン玉を一個、赤ん坊の手の方へ動かしてみた。シャボン玉はふらふら揺れながら赤ん坊の指先に触れ、パチンとはじけた。キャッキャッと喜ぶ赤ん坊の笑い声が聞こえた。
(なるほど。孫が生まれたら、この能力にも少しは使い道がありそうだな)
(おわり)

超能力エレジー

超能力エレジー

同期が次々に出世していく中、栗田は未だに外回りの営業をしている。さすがにこの歳になると、得意先を何軒か回っただけで疲れてしまう。そんな時、喫茶店に入る小遣いもない栗田は、公園のベンチに座ることにしていた。日中の公園は近所の若い主婦が…

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-05-29

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