世界が嫌いな少女の憂鬱

 あたしは桜が嫌いだ。

 毎年毎年、咲き誇っては崇められ、その木の下はいつだって賑やかで五月蝿くて、綺麗だねって、馬鹿みたいに。その癖、すぐに雨に打たれて、風に吹かれていなくなる。それも風情があるとか、散ってこそ美しいとか、失くならないものはないとか、そんな都合のいいことばかり、みんな口を揃えていう。本当にアホらしい。みんな現実から目を背けているだけだ。失ったものは取り戻せないし、其処ら辺に生えてるタンポポだって春に咲く色を持った花という意味では同じようなものだ。なのにみんな桜ばっかり見る。もし、失くすことが美徳とするなら、絶える命すらも崇めなければいけないじゃないか。だったら今すぐみんな死んでしまえばいい。死んでこそ人は美しいね、って笑顔で狂ったように宣えばいい。だからあたしは桜が綺麗だとは思わないし、散ってこそ美しいなんてもってのほかだ。

 そんな忌まわしい物の名前を親はあたしにつけた。あたしが生まれた時、病院の庭には桜が満開だったらしい。その華やかな桜に見とれて親がつけた名前が桜が華やかに咲くと書いて桜華。さかと読む。本当に変な名前だと思う。さいかとか、さやか、とか女の子らしい名前から真ん中の一文字を抜いているみたいだ。だからなのかはわからないけど、どうやらあたしの人生は大事なものが抜けているような気がした。笑顔とか、優しさとか、……友達とか。

 ……あたしにはたった一人だけ、友達がいた。桜とかいて単純にさくらと読む名前。ちょっとうらやましい。背中まである黒髪を結いてツインテールにしている。ピアスも空いてないし、化粧もしないし、素朴な女の子だった。でも、授業態度だけは最悪だった。厳密に言えば、授業態度が悪いわけではなく、授業に出ることがまずなかった。あたしたちの通っている高校は、高校にしては珍しく、大学みたいな単位制の学校で、全部の授業が移動教室のようなものだったのであたしはついつい、サボり気味になってしまっていた。クラスが無いなら友達いなくてもやっていけるだろう、という甘い考えで入学したのが悪かったのか、入学早々不良に成り下がっていた。しかし桜はあたし以上に授業に出ていなかった。
 そんなあたしたちが出会ったのは学校の敷地内にある大きな桜の樹の下。GW開けで倦怠感から抜け出せず、しかも天気が良かったので自主的学級閉鎖を行っていたあたしはやることもなく静まり返る学校を徘徊していた。校舎の外でふらふらしながらその桜の樹に近づくと異変に気付く。女の子が一人、桜の樹に寄りかかり寝息を立てていた。制服の上着を脱ぎ、ブランケットのように自分の腰から下に掛けている。Yシャツを第二ボタンまで外れていて、まるで自分の家でくつろいでいるような格好だ。確かに、春の陽気で暖かくてこの樹の根元は普通にいれば道からは見えないぐらい死角になっているし、あたしもその少女に気付いたのは奇跡みたいなものだったが、さすがに目のやり場に困る。目を離せず、ただその光景を眺めていた。月並みな言い方だけど、その彼女の姿は、美しかった。顔がとか姿がとかだけじゃなくて、なんかなんとなく雰囲気とか全てひっくるめて、美しかった。制服のリボンの色から察するにあたしと同じ一年生のようだ。無意識に近づいていくと、足元に注意が行かず、地面に落ちていた大きな木の枝を踏んでしまったことにより、ぱきっ! っと大きな音がなってしまった。その音で彼女は目を覚まし、あたしの存在に気づく。
「ふえ……?」
 寝ぼけてそんな間抜けな声をだす彼女。ちょっと可愛い。明らかに寝ている自分に近づいてきていたあたしの姿に驚いたようだ。見ようによっては寝込みを襲おうとしたように見えたかもしれない……。ちなみにあたしにその気は断じてない。
「なん……ですか……?」
 恐る恐る、突如現れた不審者Aである、あたしに尋ねる彼女。
「あ、いや……、その……そこ、寝心地いいですか……?」
 あたしも気が動転して、変なことを聞いてしまった。なんだよ、寝心地って……。
「え……? ま、まあ……? 寝てみます……?」
「あ……、じゃあ……、せっかくなので……」
 今になってみると、何でそんなに混乱してたのか謎だ。2人とも正常な判断が全くできていなかったんだと思う。そのままその言葉のままに樹に近づき、背を預けた。

 目が覚めたのはお昼頃だった。意識が戻ってくると、隣でさっきの女の子が菓子パンを食べていることに気づく。
「おはよう」
 彼女に話しかけられる。その声は落ち着きを取り戻している。
「お、おはよう……」
「私、あなたと同じ一年生の小宮桜、授業サボって、何してたの?」
「うーん…………寝てた……?」
 何も考えず、言葉を返すあたし。っていうかやることがないから授業をサボっているのではないだろうか。
「そんなの見てればわかるよ」
 そう言いながら彼女が笑う。笑顔もすごく可愛かった。
「あ、君の名前」
「あたし?」
「うん、なんてゆーの?」
「あたしは、……堂上」
「名前は?」
「……さか」
 あまり答えたくはなかったが、隠すのもおかしいので白状する。
「さか……? 珍しい名前だねー! なんて書くの?」
「花の桜に華やか……」
「桜!!!! 私と一緒だ! っていうか桜の下で桜の2人が寝てたってなんかおかしいね」
「……そうだね」

 それから、桜とはその桜の樹の下で一緒に授業をサボるようになった。でも特段、友情を深めるとか、なんかそんな感じではなかった。気まぐれで一緒にいて、気まぐれで一緒にいなくて、一緒に居ることにも、一緒に居ないことにも、対して理由がなかった。果たして、友達と言えるのかも怪しかった。まあでも、その関係性があたしには過ごしやすくて、嬉しかった。

「桜華ちゃん、どっかに行こう」
 桜が全部散って、しばらくたって、緑の葉っぱが生い茂った樹が殺人的な直射日光からあたしたちを守ってくれる時期になったある日、桜が突然そんなことを言いだした。ちなみに真夏日でもその大きな樹の下はかなり過ごしやすかった。
「なにその具体性のない提案」
 スマートフォンのディスプレイに表示されているパズルを指先でなぞりながら、あたしは桜の言葉を適当に受け流そうとする。
「どこでもいいんだよー、なんかここじゃないどこかに行きたいのー」
「どこか、ねえ……」
 ディスプレイに『TIME UP』の文字が表示されパズルを強制終了させられる。ちくしょう、桜が変なこと言うからハート一個無駄に消費しちゃったじゃん。最後の一個だったのに……。しょうがないので顔を上げて桜の方を向く。ちなみに人間の方の桜ね。ややこしい。
「具体的にはどんな?」
「うーん、海とか……?」
「日に焼けるから嫌」
「こんな真夏日に毎日のように外にいるのに今更なに言ってんの?」
 ……だって校内には居場所がないのだもの、しょうがないでしょ。それに外とは言ってもここは日陰だし。
「とにかく、却下」
「えー、じゃー山」
「怠いから却下」
「……言うと思った。どこでも怠いんでしょ」
「まあ、そうかも」
「でもどっか行きたいよーせっかく夏なんだしー」
 どうやら桜の頭の中はもう既に夏休みらしい。まだ7月にもなってないというのに、めでたい奴だ。きっと中間テストもすっぽかすんだろうな……。ちなみにあたしはテストぐらい、ちゃんと出る予定だ。そんなに言うなら付き合ってもいいのだけど、すでに上がっている2つには絶対行きたくない。人がたくさんいるところにも、獣がたくさんいるところにも行きたくはない。
「うーん、じゃー……平日の水族館、とか」
 うーん。
「悪くはない」
 きっとこの時期だから冷房も効いているだろうし、平日ならそれなりに人が少ないだろうし、薄暗いから落ち着くだろうし、海の生き物なら鳴かないから静かだろうし、……って思ってから、水族館に勤めている人にすごく怒られそうだと思って、思考をストップさせる。いやでも入場料の売り上げに貢献しているからいいじゃん。ああ、思考は止まっていなかった。
「じゃあ明日行こう!!」
「え」
 いくらなんでも急ではないか。
「別にいつ行っても変わんないでしょ? それに早く行かないと夏休みになって混んできちゃうよ?」
 一理あるな、それに中間テストに差し掛かってしまっても厄介だ。
「じゃあ、行くかー」
「やったー」

 時間は飛んで翌日。地元から50分ほど掛かる。その水族館の最寄の都内の駅で待ち合わせた。時刻は10時。早い方が人も少ないという、桜の提案により決まった集合時間だが、桜の姿はない。スマホで連絡を取ろうとするが、トーク機能がついたアプリケーションによって送信されたあたしのメッセージは既読すらされない。…………寝てるな、こりゃ。初めての桜との外出だが、普段の彼女を見ていて、あの子が時間にルーズじゃないわけがなかった。分かりきっていたのに対策をしなかった昨日のあたしに文句を言いたい。とにかく時間を潰そうと、駅に隣接されているカフェに入る。混んでるとも、空いているとも言い難い店内で、適当な空席を見つけソファーにカバンを置き自分の所有権を主張した後、カウンターへ注文をしに行く。アイスカフェオレを注文し、店員さんから受け取ったそれを持ち席に戻る。席に着いた瞬間スマホが震える。桜からのメッセージだった。予想通り『今起きた』という内容を見て、ため息をつく。間髪入れずにアプリは『あと一時間で着く』と受信する。また無意識にため息をついてしまった。『わかった、急げ』とだけ返信し、桜が来るまでの間、カバンから文庫本を取り出し読むことにした。

 ……一時間後『もうすぐつく』という連絡が来て、間も無く桜が到着した。
「えへへ……ごめん」
「あんたが誘ったんでしょーが、しっかりしなさいよ」
「ごめんごめんー、いこー」
 カフェオレが入っていたグラスを返却し、対して反省していない様子の桜に着いていく。少し歩いただけで、その水族館にたどり着く。比較的新しい場所だが、さすが平日の午前、人があまりいない。チケットカウンターで入場券を買い、館内へ入ると薄暗い空間が広がる。とりあえず、所々にある案内に従って、水族館に推奨されている順路通りに進むことにする。とは言っても目を輝かせている桜について行っているだけなのだが。期待通り、館内は静かで空調がよく効いている。あー、一日中ここでぐだぐだしたい……。ちょこまか動き回っていた桜がある水槽の前で突然立ち止まる。
「どうしたの?」
 近づくとそれはクラゲの水槽だった。
「クラゲだよー」
 いや、それは見ればわかるけどさ。
「綺麗だねー……」
「そうねー」
 そんなあたしの適当な相槌も気にせず桜はクラゲに夢中になっている。水でできた檻の中には透明な傘を小型化したのような不思議な生物が浮遊している。普段あまり見る機会がないので、こんなに近くでまじまじと見たのは初めてかもしれない。
「こいつ、何考えてんだろうねー」
「はあ?」
「いやだからさ、何を考えてこんなふわふわずっと同じように漂ってるんだろうなーって」
「……別に何も考えちゃないでしょ」
 その体は透明で、隅々まで視覚的に把握できる。我々が持ち合わせている、脳のようなものは見受けられない。だからあたしはそんな結論を出したが、桜は納得がいかないらしい。
「えー、きっとなんか考えてるよー、ほら、眠いなーとか、腹減ったなーとか、怠いなーとか」
 それぐらいは考えてるかもしれないが、あるいは。
「……私たち人間は、どう見えているんだろうね」
「さあ……」
 まさか入館者を一瞥し、なにこの人間のカップルイチャイチャしすぎなんだけど、リア充爆発しろ。こちとら牡牝すら存在しないんじゃこの豚野郎。と思っているようにも見えない。でも、檻の内側から人間を見るということは、一体どんな感情なのだろうか。憎しみ、怒り、あるいは、親しみ。……なんて人間のあたしが考えても分かるわけがないな。
「……私たちは今、檻の外にいるんだよね」
「え?」
「今、私たちは学校に行っているはずなのにね」
 少し、乾いたような笑いをしながら、桜はそんなことをいう。
「悪いこと、させちゃってごめんね」
「いやいや、別に誘われなくても授業には出てないし、それに檻の中は退屈だし、居場所もないし、悪いことだからしてるわけじゃないし」
「そうだね、……そうかも」
 そういい笑う彼女。何故かその笑いは、クラゲのように透明な笑顔だった気がした。もう一度水槽を見る。水槽が生み出している水流に身を任せ常に移動し続けるクラゲが、あたしたちを見つめている気がした。その後も、二人で自由気ままに、いや自由気ままなのは常に桜だったが、水族館を回った。ペンギン、サメ、カメ、アザラシ、イルカ。水槽の中を漂う彼らを見つめている桜の顔をあたしは何度も盗み見してしまっていた。2時間ほど回って、桜が「眠いから帰ろう」といいだして、そのフリーダムさにため息しか出なかったが頃合いだったし、賛成をして水族館を出る。
 そのまま駅まで特に会話もなく2人で並んで歩き、同じ電車に乗り、お互いがそれぞれ自宅へ帰るための分かれ道である駅まで来た。少しだけ、たわいもない会話を興じ、14時50分、駅のホームでそれぞれ逆方向へ向かって走る電車に乗り込むために電車を待つ。桜の乗ることになる電車が間もなく到着すると何度も使い古された、あらかじめ録音されている無機質な女性によるアナウンスがホームに響く。

「んじゃーね!」
「うん、じゃあね、桜」

















 目の前で桜が死んだ

 いやあたしは医者でもなんでもないしその体に触れてすらいないから本当に桜の生命活動が止まったのかなんてわからないんだけどでもそれは何の疑いもなく死の光景であったあたしの降った手は奇しくも永遠の別れに対する物に成り下がった事態は飲み込めなかったまず見えたのは桜が飛び散った光景そこから頭の中で時間を逆再生して原因を探るよっぱらいだ多分体がフラフラしていたし如何にも世捨て人みたいな男が体のバランス感を著しく失くしながら歩いていたところまで思いだしたそれからどうしたそのままあたしが降った手が地球の重力に抗うこともなく下がると同時にその男は桜にぶつかった間が悪かったらしく突然の衝撃に対処できなかった桜はその小柄な体を飛ばした飛んでった線路にむかって電車に向かって飛んで行ったでもとんでいった綺麗なフォームでホームに現れた鉄の塊に綺麗にレシーブされて綺麗に飛んで行った桜は見知らぬ人にぶち当たるそのまま3人2人4人具体的な人数は把握しきれないしきれないけどわからないけど何人かの人間を巻き込んでその事件が幕を下ろしたでも時間は止まらなかった止まって欲しかったホームは悲鳴であふれたかもしれないし静寂が包んだかもしれないし別に興味はないけどそのまま警察とか救助隊とかそういう類であろう人たちがノロノロと現れてそれぞれ自分の給料のために仕事を始めたあたしは立ち尽くしていた涙とかなんかそういうものはよくわからないけど汗しか出てなかったと思うずっとそのホームから発車されるはずの電車は動かなかったしばらくして動いた片付けが済んだらしいずっとみていたはずなのにその過程が頭に入らなかった知らぬ間にホームは綺麗になっていた綺麗にそういえば酔っ払いは黒い服を来た国家権力に連れて行かれた気がするどこへ行ったのだろういつまでたってもあたしはそこにいたいくらなんでもいつまでたってもというのは嘘だけど次の日には家に帰ったけどでもいつまでもそこにいた何時間ぐらい経ったかわからないけど5時間後ぐらいにはそのホームで何が起きたのか知らない人たちで埋め尽くされた時間になっても知っているあたしはそこからそこにいたでも全員が知らないわけでもなさそうだった時代は便利でネットで拡散された情報でその場に居合わせなくてもその事件が気軽に体験できるらしいそういう人たちが夜になると増えてきた気がするいや気がするだけだから気のせいかもしれないけど気のせいなんだけど水族館に行った2人でいったあたしはまだ帰っていないなんなんだなんだこれわからない悪いのは酔っ払いだって気づいた夜は23時の時刻だったホームにある時計に表示されていたまるで主犯のその男のように平均感を欠かしてあたしは歩き出した終電がなくなったらしい電車が途切れた駅の深夜のホームの駅で座って明日にならないとこない電車を待ったいつまでたってもこない電車にしびれを切らしあたしはスマホを取り出した着信の履歴はすごかったでもなんだか興味がわかなくて電源を切った時刻がわからなくなったでもホームの時計でわかったやっと電車が来た帰宅したら親に何か怒鳴られた気がしたけど別に興味がなかった部屋に戻り鍵をかけて寝た狂ったように寝続けたそれが別に比喩でもなんでもないことに気づいたけど寝た…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………。




 あたしは多分3ヶ月ぐらい、学校を休んだ。
 それが過ぎたら毎日学校へ通った。授業は出なかったけど
 事件を知った色んな人に色んなことを聞かれたけど、全部正直に答えた。

 久々に訪れたその樹には一つも葉は残っていなくて、死んでるみたいだった。亡骸のように命を宿さないそれはずっと立っていた。桜と一緒にこの樹も死んだのだ。
「よかった」
 あたしは、無意識に呟いていた。多分笑っていた。口角が上がっているのを自分の頬の感覚でわかった。……首を吊るならこの樹がちょうどいいかもしれない。
「面白い冗談」
 本当に面白い冗談だ。
 それからあたしは何もしなかった。朝起きて、制服に着替えて、玄関のドアを開けて、学校へ来て、この樹に背中を預けた。ここ以外の場所にいるとすぐに他人に見つかって、かわいそうな目を向けられて、ちょっと嫌だったから。同じ理由で家にも篭りたくなかった。心配なんかされても全く何も変わらない。ああ、あのクラゲのようにただただ漂っていたい。こいつは何も考えていないんだろうな、こいつは何も感じないんだろうなって決めつけられたい。ああ、それ、幸せだな。またあたしは笑った。檻の外に出たくてこの樹にいたつもりなのにいつの間にかこの樹があたしの檻になっていた。でもそれでもよかった。お腹が空いたら何か適当なものを食べて。トイレに行きたくなったら誰にも見つからないように向かって、排泄して。その暮らしは幸せだった。檻の中の動物たちは、こんな幸せを感じているのかもしれない。そんな暮らしを繰り返した。

 繰り返したかったのに、その樹は、あたしを裏切った。

 ふざけてる、また花を咲かせるなんてふざけている。あの子は死んだんだ。生き返らない。なのにのうのうとこの樹はまた春に色づく。ああ、誰かが言っていた。『散ってこそ美しい』って。ふざけてる。信じていたのに。あたしは拠り所をなくしてしまう。

 あなたが死んだのになんでまた桜は咲くの。

 理不尽だった。不条理だった。酷い冗談だ。桜は死んだ。だからこの桜も死んでほしかった。
 あの子も赤く、散ったから美しいんだ。ってそう言われている気がした。嫌だ。嫌だった。
 嫌いな名前だったのに、あなたに呼ばれる時だけは、嫌な気がしなかった。それどころか、また呼んでほしかった。
 その桜が華やかに咲くことによってあなたが死んだのに、まだ世界が続いていることに気づいてしまった。嫌だ。嫌だった。

 一面、ピンク色だった。この世で一番優しい色が目の前で広がった。誰もがその樹の下で足を止めた。今までそんなことしなかったくせに。綺麗だねって、みんな口を揃えて、バカみたいに。
 確かに綺麗で、綺麗で、綺麗で、美しかった、

 綺麗で、美しくて、輝いていた。その光景が残酷だった。

 なんで、また咲くの。あの子は、戻ってこないのに。
 ふざけないで。
 ……ふざけないで。



 ある日、嵐が来た。
 またあたしは幸せになれる気がした。ひとつ残らず、散ってしまえ。
 満開から間も無くきたその嵐にテレビは憂いていた。その残念がる顔が、すごく薄っぺらかった。
 テンプレートのように、残念ですねえ、とそのスーツを着た男は話している。
 去年と同じように。

 翌日、快晴、その樹を見に行った。
 予想通り、ひとつ残らず花びらは散っていた…………。

 ……いや、残っていた。
 微かに、一片、ピンク色の花びらが、争うように樹にしがみついていた。
「はやく、落ちろ」
 低い声で、呟いた。久しぶりに声を出した気がした。

 すると、あたしのその声に従うように、その最後の一枚は、樹から落ちてきた。嬉しかった。
 立ち尽くし、そのまま見届ける。早く地面に落ちて消えてしまえ。はやく、はやく、はやく。
 はやく。

 その花びらがあたしの肩に乗った。

「………………っ…」


 大好きだった。


 ただ、大好きだった。
 それだけ、だったのに。


「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ……!!!!」


 信じられないほどの量の涙が落ちる。堪えられない。あたしはうずくまる。

 わかっていた、そんなこと。
 誰も悪くないことぐらい、わかっていた。

 一緒にいることにも、一緒にいないことにも理由はなかった。
 だから一緒にいれない理由がある、今がとても苦しかった。
 いじけていただけだった。
 桜は、いつもそこで咲いているだけだった。
 自分の肩に乗った花びらを摘んでみる。
 近くで見るそれは、思ったよりそれはあまり綺麗じゃなかった。
 でもそれが救いだった。
 確かにピンク色に染まっている、でも綺麗なのはその花びらではなかった。
 思ったより薄汚れていて、思ったより色がまだらで、思ったよりも小さかった。

 来年も、再来年も、その先も、ずっと、
 多分こうして、何度でも、あなたは、咲くんだろう。
 『散ってこそ、美しい』なんて、なんにもわかってない馬鹿どもに
 何度も、何度も崇められ、見つめられ、あなたは生きて行く。
 きっと、桜が死んだ今でも、いつか、あたしが死んだ後でも、
 何も変わらず、変わることも許されず、あなたはここで咲くのでしょう。

 あたしは、生きるしかないのだ。
 きっと、生きるしかないのだ。
 すごく、悲しくて、嫌なことだ。

 でも、嫌なことで溢れているのが、この世界だった。

 突然、大切な友達を奪われても、あたしはこのまま変われないのだ。
 悲しみを乗り越えるものは、愛でも、救いでも、時間でもなかった。

 悲しみを乗り越えるものは『諦め』だ。

 だから、あなたがいなくなったのもしょうがない。
 桜が毎年、なんにも知らないような顔をして咲くのもしょうがない。
 桜が嵐で、散ってしまうのもしょうがない。
 世界が、理不尽なのもしょうがない。
 あたしが、こんな世界が大っ嫌いなのもしょうがない

 こんなにも苦しいのも
 あなたを好きになってしまったから、しょうがないのだ。
 どうしようもなく、愛してしまったのだ。
 美しいあなたと、この美しい花の下で、出会ってしまったから、しょうがないのだ。


 今年も、春が、終わる。
 

世界が嫌いな少女の憂鬱

世界が嫌いな少女の憂鬱

  • 小説
  • 短編
  • 青年向け
更新日
登録日
2015-05-28

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