松屋町おじさん

 松屋町筋のどん突きを東に入って天王寺へ向かう坂の途中の午後十時。おっさんが寝ているのか倒れているのか判別付かない格好で横たわっていた。

 寝ているおっさんにいちいち声など掛けていてはこの街では暮らしていけぬ。時間がいくらあっても足りぬ。おっさんに声を掛けるだけで人生が終わってしまう。人生をおっさんに埋め尽くされてしまう。

 それにしてもおっさんよ、寝ころび方にも作法というものがあるのではなかろうか。倒れているなら倒れている、寝ているなら寝ている、事由を体現するような寝ころび方というものがあるのではないだろうか。このおっさんの寝像はどちらともとれる。跳ね飛ばされて、その瞬間を凍結したようでもあり、つかれたわもうここでええわどっこいしょ、のようでもあり、全く持ってどっちつかずで判断を保留せざるを得ない。

 通り過ぎようと思ったが、明日になって「あそこで昨日中年男性が死んでたらしい、もう少し早く手当てされてれば助かったかも知れないんだって」なんて展開になってしまったら後悔先に立たず。人一人救えなかった我が身の無力さに苦いビールを啜ることになってしまう。

 オレンジ色の街灯に照らされたおっさんに声を掛けるともごもご言ってやがって、何だやっぱり酔っ払いかと思ったが、禿げた頭に黒い染みがあるのを見てしまった。おっちゃん血ぃ出てるでもう乾いてるけど、と言っても大丈夫大丈夫というばかりで、最後は逆切れでアホとかほっとけとかいねとか言われる始末。親切な人にそんなこと言うのは止めて下さい。

おっさんは依然横になったまま。立ちあがるつもりもないらしい。かなり酔ってるようでもある。おっさんを見降ろしながらどうするべきかと思ったが、もう帰らないとナイトスクープが始まってしまう。仕方ない。そのまま立ち去った。

翌日、おっさんが死んだというニュースはなかった。

松屋町おじさん

松屋町おじさん

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-05-25

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