りんご
風俗で働く女性を書きたくて。小品を何作か書きました。その中の一つです。
りんご
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田中祥子は背丈もあり何処を見ても非の打ち所がない美人である。店長もマネージャも、この娘は行けると確信して採用をしたのであるが、二年近くなっても成績は最下位であった。
独りであれば美人であるが祥子と並ぶと見劣りする、他のエステッシャンは、皆四五人から数十人の指名客を持っているが、祥子には一人も居ない。
「なんやねんあの娘、まるで人形抱いてるみたいやで」
と言って帰る客も多く評判は悪かった。
「祥子ちゃん、二年も経つんやで、指名が一つもないって、どないなサービスしてるんねん」
「私一生懸命やってますんやけれど」
「まあな、他の者みんなが指名で詰まっているときに、あんたが居て助かりますけどな。文句言って帰る客が居るのは店にとってマイナスやからな」
十一月に入って、少し寒い日、金曜日であるので客が込んでいた。八時頃は祥子以外は指名客で控え室には誰も居残りはなかった。これから二時間ほど私一人だ。と待ち時間の手持ちぶさたに編み物をし出すと、
「祥子さん、フリーの人お願いします」
「ハーイ、何号室? 」
「七号室です」
小さなバッグを一つ提げて三階に上がる。
「お待たせいたしました。祥子と申します」
「よろしく、綺麗な人ですね、木村です。これ食べませんか半分」
「リンゴですね、大きいですね」
「友達の実家が青森でりんご園をしているので、今年の初物を送ってきたそうです」
「おいしそうですね、持ってお帰りになって家族とお召し上がりなさい」
「僕には家族は居ません。一人者です」
「そうですか、この部屋には刃物が置いていませんので、私調理場で切ってきます。一寸待ててね」
笑顔でリンゴを持って部屋を出て行った祥子を木村は綺麗な人だと胸が少し響いた。
「お待たせしました。これは冷蔵庫に入れておいて、マッサージが終わってから頂きましょう。身体が熱くなりますから」
部屋の備え付けの冷蔵庫を開けて祥子は小さな皿に盛ったリンゴを入れる。色々なジュースや珈琲日本茶が詰まっている。
「木村さんは誰かの紹介ですか」
「このリンゴを呉れた友達が教えてくれました。安子さんて居られるの?」
「安子さんはここのナンバーワン、指名はとても出来ませんよ」
「そうじゃないんだ、安子さんは指名しないでくれって」
「解ります、お友達だから同じ女の人とは・・・・・・」
笑って答える祥子を素敵な性格の女性だと木村は思った。
「木村さんお身体流しますから、裸になって」
「風呂にはいるのですか?」
「お風呂でもシャワーでもどちらでも・・・・・・・」
「シャワーで良いです」
「木村さんは風俗初めてですか」
「マッサージーは週に一回は行きますが、ここもマッサージーでしょう」
「ッサージーでも回春という字が付きますの」
「ハイ、これでコースは終わりました。如何ですか、回春の意味が分かりましたか」
「良いですね、町のマッサージに行きますが、こんなにからだが軽くなるなんて、これからここに来ます」
「私でよいですか?」
「祥子さんで良いですよ、綺麗だし、腕も良いし」
「次は指名してくださいね」
「指名って」
「フロントで祥子と言ってください」
「これで終わりですね。有り難う」
祥子は木村が言うままにその後の回春のことは省いた。
「今年は不作だと言っていたが、おいしいですね」
「本当に、店で買った物よりなんとなく水分が多くて、甘いし」
二人は木村が持ってきたリンゴを食べた。術後で二人共身体が火照って冷やしたリンゴがおいしい。
こうして木村と祥子の風俗店での付き合いが始まった。木村は必ず週に一回は来店して祥子を指名する。
「祥子さん、お客さんが付いたね、頑張って」
木村が運を呼び込んでくれたのか祥子に、ぼつぼつと指名客が出来てきた。木村が来て祥子に話す色々なことが祥子には面白く、それをまた売りして指名客に聞かせると、みんなが和やかな気分になって、祥子のマッサージーに艶が出てきた。
木村は何時も開店早々かそれに近い時間に祥子を指名したが、この日に限って遅くなり十時を過ぎていた。
「木村さん、ラストになりますが」
「いいよ、待ちますよ」
「遅くなってご免なさいね、木村さん」
「いいよ、忙しいんだね」
「おかげさまで。でも今日は遅かったんですね。初めてですよラストなんて」
「何時までなの」
「十二時まで、でもそれまでに入店したお客さんが終わるときが店を閉めるときなの」
「遅くなるんだね、今日は寒いよ。何処まで帰るの?」
「橘町」
「僕の家は横山町」
「うちの手前の町ですね。一緒に帰って下さい」
「いいよ、途中の居酒屋で一杯飲んで」
「そうですね、あの次郎っていうとこ、一回入ってみたいと思っていましたから、嬉しいわ」
居酒屋次郎はまだ多くの客が居た。祥子が入ると、飲んでいた客の視線が一斉に祥子に集まった。一緒に入った男姓が木村で、さえない男がどうしてこんな美人と?
「祥子さんとお付き合いするようになって、・・・・・・五ヶ月になるね」
「去年の十一月、リンゴを持ってこられて」
「そうだ、彼の家に行って、リンゴを貰って、店を教えて貰い、祥子さんに会った」
「大分以前からのお知り合いのような気がしますが」
「僕もそうなんだな。妹がいてね、大分年が離れているんだが、祥子さんと知り合う頃が丁度家を出て一年ぐらいかな、結婚してね、旦那がアメリ駐在になって」
「それでお一人に」
「年が離れていて甘えん坊だったが、居るときは何かと煩かったが、居なくなると淋しいね」
「ここだよ、うちへ寄る?」
「ここでしたの、何時も前を通って店に出ていますのに」
「古い家だから、気味が悪いかな」
「今晩泊めて頂戴、いいでしょう」
「幾つも部屋が空いているからどうぞ」
祥子は木村の家に上がると大きく息を吸い込んで、吐いて、三回ほど繰り返すと、
「やっぱり木の家はいいです、気持ちが安らぐ、ここへ引っ越ししても良いですか」
「僕と同居するの」
「はい、決めました。宜しくお願いします」
「一寸強引だけれど、いいよ。僕も一人は淋しいものね」
希望の部屋を祥子が使うことにした。
「布団なんか押し入れにあるから出して使っていいよ。それから。寒いから電気毛布もあるから使って」
「パジャマが要るでしょう、妹が置いていってないかな。この部屋は妹が使っていたから、タンスを開けてみて」
と、祥子を残して自分の部屋に戻り、布団に潜り込んだ。美人の祥子が同居するとなると人が何と言うかな、と少し興味を覚えた。明日から淋しくないな。
うとうととしたときに祥子が耳許で、
「木村さん、寝ちゃった?」
「どうしたの、祥子さん、何か解らないことでも、洗面所とトイレ、浴室さっき教えたでしょう」
「淋しいから一緒に寝て」
と、木村が返事する間もなく布団をめくると木村に抱きついた。
「祥子さん、僕男だよ」
布団を祥子に掛けてやりながら木村が言う。
「解ってますよ、でも、良いの。淋しいから」
木村は、妹が嫁ぐ前の夜祥子のように布団に潜り込んできて、
「お兄ちゃん、お父さん、お母さんが亡くなった後私を抱いて寝てくれたね」
と、一晩二人抱き合って寝たことを思い出した。祥子も同じように抱きついている。暖かい、洗剤の良い香りがする。
翌朝、祥子に起こされた。
「木村さん、お勤めは、何時に家を出るの?ご飯の用意できたわよ」
「僕は、サラリーマンでないよ。一日家にいるよ」
「そうなの、働かないんだ。でも私お腹が空いた」
「朝ご飯は食べるよ」
と、起きあがると祥子はくすっと笑った。
「何がおかしいの?」
「木村さん、男だね」
四月になると木村家の庭が綺麗になる。桜や草花が一斉に咲き乱れる。
「花見しようか、昔は一家揃ってあの桜の下で花見をしたんだよ」
「私の家は貧乏だからこんな綺麗な庭はないけれど、山が春になると桜が咲き、緑が美しくなる」
「祥子さんの実家は田舎?」
「そうです、兵庫県の日本海側、今頃、山が綺麗だよ」
「漁師さん?」
「そうです、雇われ漁師、舟が一艘欲しいって何時も父ちゃん言ってる」
「高いんだろうな、漁船って、色々と機械を積んでいるんだろう」
「私、金貯めているの、お父ちゃんに舟買ってやろうと」
「高いんだろうね」
「中古船で六百万ぐらい」
「大分貯まったの」
「半分ぐらいね」
「半分出してあげようか、出資金」
「木村さん、そんなにお金持ちなの」
「お父ちゃんから、初漁だって、鯛を送ってきた。刺身で食べよう」
「捌けるの?」
「漁師の娘よ。後、どうしよう。ご近所に配ろうか」
祥子の名が木村のご近所に広まった。と言っても八軒ほどで高いマンションのそこここに点在している。風俗の女だとは直ぐに知られたが、祥子は何とも思っていなかった。
二人の共同生活が一年ほどになったとき、ある夜、祥子は顔を腫らし、脚や腕に殴られた跡が痛々しく、帰ってきて無言で木村に抱きついて大泣きをした。二人とも彼女の涙で胸はびしゃびしゃになった。
泣くのが収まり気分が落ち着くまで木村は祥子を抱いていた。多分身体のあちこちに殴打の跡があるのだろう、骨や内臓に異常はないか心配だった。
「痴漢に?」
祥子は首を振る。
「店のお客さんに?」
「・・・・・・・・・・・・」
「救急車よんで病院に行こう。骨が折れてたり、内臓に傷がいったり、大変だよ、この顔はただ事ではないよ」
祥子は物を言わず首を振って拒否を表すが、木村は119へ電話をした。
即入院、病院は警察に連絡をした。
まず、木村が疑われたが、祥子が違うというので、事情聴取はなかった。が、祥子の話を警官が事情聴取後木村に概略を告げた。犯人は別れた夫で、離婚の原因も夫の暴力であったと話した。
祥子は頬の骨が折れているので、形成外科の医師が担当することになった。内臓は経過を見ると言うことで、木村は看護師に入院に必要な物を聴いて取りに戻った。
祥子の入院は三ヶ月近くになった、内臓の回復が遅れたことが入院を長引かせた原因である。
両親に弟妹が交代で見舞いに来た。その間に元夫の弁護士が面会して、裁判沙汰にしないで示談金でと、何回も頼み込んできた。
祥子に傷を負わせた元夫の両親も何回も謝罪に現れ、今後絶対に息子にこのようなことはさせないからと懇願して示談金で解決することに祥子は承諾した。
多額の金額で話が付き、祥子も綺麗な顔で退院してきた。両親や弟妹も田舎からやってきて、退院祝いをして、全員が木村の家に泊まった。
「木村さん、横に寝させて」
「いいよ、身体はもう大丈夫なの?」
「内科の方が暫く通院しなさいって。木村さん本当に有り難うね、それに今夜みんなが泊まって」
「良いよ、家は広いんだから。でも祥子さん僕の処に来たりしてて良いの?」
「大丈夫よ、お父さんお母さん承知しているから」
「何を?」
「バカネ、木村さん、これ頂戴ね、私の退院祝いに」
「え? そんなこと・・・・・・・・」
「いいでしょう、私、木村さんのお嫁さんになる」
「嬉しいけれど、年が違いすぎるよ」
「一回りぐらいでしょう・・・・・・・これ、結婚すると言っているよ」
「そうだ、祥子さん、今日友達の家に行ったら、今年のリンゴを呉れたよ、二人だけで食べよう」
「おいしそうね」
「去年は駄目だったが、今年は豊作だって、良い年があれば悪い年もあるっていうこと」
二人は皮をむくのは止めて真っ赤なリンゴを二つにしてその赤い皮ごと口に入れた。
「木村さん、名前はなんて言うの」
「喜三郎」
「変な名前ね」
りんご