迷惑な文言

 大して関係なさそうな男から妻宛てに年賀状が来るようになった。妻の妹の夫の兄で、結婚式の時に一度だけ見ている。石村恵作氏は大柄な無愛想な男で、変人めいたところがあった。どういうわけだか彼は挨拶し損ねた。そのせいか石村氏は披露宴の席に顔を出しても、妻にビールをついだが、彼には目もくれなかった。故意なのかどうか、あまりいい気分ではない。お互いに好意を抱くような間柄ではなさそうだ。
「でも、何できみのところだけ寄越すんだろう」
「形式的なものよ」
「それだけかなあ」
 妻は笑顔の多い社交的な性格である。彼だって自分に向けられた女の笑顔に心を動かすことがある。それだけのことかもしれない。少なくともそう受け止めることにした。
 何年かして石村氏が単身赴任で上京した。住まいは彼らの住居のある西大島の一つ先の住吉である。
「こんな間近に住むなんて嫌な感じがするな」
「仕方ないわよ。会社の都合なんだから」
「迷惑だなあ」
「気にしないことよ」
 もっとも、石村氏が訪ねてくるようなことはなかった。その間に奥さんと離婚したものの、何事もなく、三年間で郷里の島根県に戻った。
 それから一年ほどした年末に、妻の妹から石野氏が病気で急逝したと連絡が入った。亡くなる前に自分で投函したのだろう、元旦には故人の年賀状が届いた。ところが余白にただならぬことが記されていた。
(在京中にお目にかかれなくて、残念です)
 という記述だ。
「こんなことを書くなんて、非常識だよ」
「社交辞令でしょう。別に意味はないわ」
「意味あるよ」
「もう関係ないわ。亡くなったんだから」
「こんなもの破って捨てろよ」
 彼は面白くなさそうに呟いた。

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  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-05-24

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