WE CAN GO!(目玉おじさんの冒険記)(4)
四 目玉の旅立ち
少年の右目は海に転がり落ちると、西風を受けた潮流に乗り、東へと進み、右目が暮らしていた島よりも大きい島に上陸した。再び、海を渡り、広い河口に辿り着いた。河口から川を遡っていく。川なのに大きな船が行き交っている。遥か彼方に威風堂々とした大きな建物があった。城だ。巨大な城だ。右目は、これまで、島から一番近い街にある櫓しか見たことがなかった。天守閣は初めて見た。
あそこに、登ってみよう。右目は城を目指し、川を遡る。途中、採石船や建設工事の材料を運ぶ船、遊覧船などに出会った。
ようやく城がある公園に到着した。右目は遊覧船の船着き場から上陸すると、砂利道や芝生を転がり、石の階段も、なんのその、と掛け声を上げて登り、城の入り口の前に立った。
でっかいなあ。今さらながら、城の大きさ、高さに驚いた。それよりも、その城に、何十人、何百人もの観光客等が入り、その横から出てくる様子に驚いた。こんなにもたくさんの人は島では絶対に見られない光景だ。
もし、島にこんなにも多くの人が訪れたら、沈没してしまうだろう。右目は慌てて、自分の足下を見る。大丈夫。地割れも陥没もない。よかった。安心した。島から見える街も賑やかだったが。城の観光だけにこんなも多くの人が集まるなんて信じられなかった。右目は自分の立ち位置を確認すると、天守閣を目指し、観光客等に踏みつぶされないように城の中に転がり上っていった。
ひゃあ、すごいなあ。右目は島にいたころも、一番高いところから周囲を見渡すのが好きだった。島々が見え、海には行き交う船があり、波は穏やかで、空には鳥が飛んでいた。しかし、城の天守閣から見る景色もまた雄大だった。
天守閣よりも高いビルが、四方に建っている。ビルとビルの間にも、建物が隙間なく建ち並び、地面は見えない。建物は天守閣を中心にして、同心円状に遥か遠くまで広がっている。島では、遥かか彼方に島や山が見えるけれど、この大都市では、遥か彼方もビルや家など建築物が立ち並んでいる。建物、建物、建物だ。
展示場でもないのに、道路には車が溢れて返っていた。車たちは、動きたいのか、それとも、その場所で留まっていたいのか、どちらかわからないほど渋滞していた。
また、島の人口の何百、何千倍もの人が急ぎ足であらゆる方向に流れていた。彼ら、彼女たちの進む方向は、自分たちの考えではなく、都市の意思に踊らされているように見える。
一体、何人の人がこの街に住んでいるのだろう。それこそ、地面が沈んでしまわないかと心配にさえなる。いや、都会では、地面が沈むどころか、その地下を開発して、地下街や道路、地下鉄などに活用している。
右目は天守閣をひと回りして、大都市の風景を確認すると、再び、川に戻り、上流を目指して進み始めた。
少年の左目は、右目とは反対に風に逆らい、瀬戸内海を西へと向い、いくつかの島を渡っていった。見えるものは、これまで自分が見てきたものとは異なっていた。木や花や、動物たち、昆虫たち、すべてが初めてだった、左目は、そうした生き物たちと言葉は交わせないものの、アイコンタクトで意思を通い合わせた。
こんにちは、と黒いひとみを大きくすれば、こんにちわと、まばたきの返事があった。さようなら、とひとみを閉じれば、さようなら、と相手も瞳を閉じた。一番南の島にやってきた。もうそこは、春は過ぎ、夏になっていた。季節が一つ早い。瞳から汗が噴き出た。左目は海に浮かぶヤシの実の中に潜り込むと、更に南に向かった。
少年は相変わらず、島の頂上の、自分専用の展望台にいることが多かった。でも、暇ではなかった。不思議なことに、転がり落ちたはずの右目が見る全ての映像が、頭の中に飛び込んできた。初めて見る物もあったし、テレビや雑誌、本で見たことがあるものあった。
また、左目が見るもの全ての映像が、同じように、頭に中に映し出された。それも、テレビや雑誌で見る映像に比べ、息遣いが聞こえ、肌の凹凸が分かるくらい、身近に感じられた。
「へえ。こりゃ、面白いな」
少年は大きな岩の上に座って、飽きることなく顔を海に向けていた。
右目は大きな湖を横目で見ながら通り過ぎた。そして、昔、日本の国を二分する大きな戦いがあり、何万人もの人々が亡くなった戦いの地に着いた、そこは、今は、ただ、田んぼが広がっているのどかな風景で、矢折れ、刀つきたであろう武士たちの面影はなかった。ただ、夏草だけが生い茂っていた。その戦いの地に一礼して去った。
再び、天守閣のある大都市と大きさや広さでは変わらないほどの街を過ぎると、この国で一番高い山が見えてきた。春なのに、山の頂上では、雪を冠として頂いている。
その山を横目で見ながら進んだ。いくつかの峠からは、駅伝ランナーの荒い息と沿道の応援の人々のこだまする声が、誰もいないはずなのに聞こえてきた。声も地層のように堆積するのかも知れない。
そして、世界でも有数の、この国で一番大きな都市にやってきた。この都市を象徴するタワーが二つ見えた。タワー以外にも、高さでは負けず劣らずのビルが建っている。面白いことに、ビルたちはひとり立ちしているにも関わらず、十塔ほどが建ち並んでいる。その塔の塊が、お互いの縄張りを争っているかのように、広い大都市の中に数ヵ所点在している。右目がもっとも好きなお城のようだ。現代のお城。その塔の下に、ビルや家など現代の城下町が広がっている。
右目はそれぞれの城を、城下町を確かめようと、すべての、高層ビル群をくまなく訪れ、現代の天守閣から、街を見渡した。どこかが中心で、どこも中心ではない、この大都市。ビルが全てを飲み込みながら、そのビルも他のビルと競い、共存している。右目が住んでいた島のおじいちゃんやおばあちゃんが、そのまま高層ビルに進化したような気がした。人々の命や意思も堆積するのかも知れない。
何日もかけて、右目は大都市を巡った。満員電車の中では、サラリーマンの皮靴やOLのパンプスに踏まれないように、隙間を縫うように転がった。そして、一通り転がると、この大都市に別れを告げた。
太平洋の波間に漂う左目は、海での生活を楽しんでいた。ヤシの実の下を、マグロの群れが泳いだり、トビウオが頭の上やすぐ側を飛び跳ねたりした。時には、サメに飲みこまれるとこともあったが、お尻から飛び出し、難を逃れた。また、親子連れのクジラに遭遇し、背中のシャワーで、雲にまで届くほど空高く持ち上がることもあった。
その時だ。広がる水平線の彼方に、陸地が見えた。新大陸だ。そうだ、あそこに行こう。海での冒険も面白かったが、ただ、漂うだけでは、満足できなかった。自分の体で転がりたかった。風が吹いた。左目を乗せたヤシの実は、どんどんと陸地に近づいた。途中、嵐に巻き込まれるなど、危険にさらされることもあったが、ようやく新大陸に辿り着いた。
少年は、島にいながら、楽しいことも、危険な目にも会った。目が経験すること全てが少年の頭の中に起こったからだ。それでも、右目や左目と同じように、歯を食いしばり、耐え抜き、右目や左目がしたことなのに、自分がやったことのように嬉しかった。
右目や左目は自分の体の一部だから、右目や左目が成し遂げたことは、自分が成功したことと同じだ。それだからこそ、様々な経験をもたらしてくれる右目や左目に心からお礼を言った。
「ありがとう。右目に左目。これからもよろしく」
WE CAN GO!(目玉おじさんの冒険記)(4)