長い一時停止
僕なんかで君の人生を汚したくないのです。
『私はおじさんが好きです。』
目の前で真剣な顔の高校生…僕の亡くなった親友と初恋の相手の娘に突然告白された。
正直、何が起きたのか僕の年老いた頭で理解するのに時間がかかった。
僕は苦笑いを浮かべながら、彼女の頭を撫でた。
「こんな年寄りに冗談はよしなさい。
あと、こんな冗談に聞こえない冗談を言う時は人を選びなさいよ。」
と出来るだけいつも通りの口調で彼女に伝える。
でも、彼女は首を横に振り、さっきよりも少し近づいて口を開いた。
『冗談なんかじゃないよ!!
ちゃんと…ちゃんと好きなんだよ!!』
…なんとなくこういう事だとわかってた。
うちの店に来る頻度が高くなっていたこと、
来るとき以前はしていなかった化粧をするようになっていたこと、
僕が女性客するのを嫌がっていたこと…。
周りの常連客にもバレバレで最近はずっと茶化されていた。
「それはきっと憧れだよ。
年上の彼氏に憧れるもんだよ君くらいの年齢の頃は。
僕も君くらいの頃は年上の女性に憧れたもんだよ。」
再度、いつも通りの口調で優しく諭すように彼女に告げる。
彼女は今にも泣きそうな顔で、また僕に何かを伝えようとする。
でも、僕は彼女の言葉を遮るように、また口を開いた。
「僕は君みたいな子供に手を出すほど僕は飢えていないし、
犯罪になりかねない。
それに、君に手を出したら、修と彩さんに怒られてしまうよ。」
彼女は二人の名前を聞いて、ほんの少し肩が震えた。
僕は彼女の頭をまた軽く撫でた。
(…これで彼女も諦めてくれるだろう…。
また以前のようにとはいかないかもしれないが、
時間が経てば戻れるだろう。)
などと考えていると彼女はまた口を開いた。
『お母さんの代わりでもいいから…。だから…傍に置いてください…。』
僕は驚いて彼女を見た。
彼女は真っ直ぐに僕を見ていた。
「…何言って…!」
『おじさんがお母さんを好きだったのは知ってたから…。
少し前に酔っぱらった大志兄から聞いた。』
大志…。
いつも酒飲んでも飲まれるなって言ってんのに…。
なんで兄貴の方はあんなに真面目だったのに弟はあんななんだ…。
さすがの僕も言葉に詰まってしまう。
『おじさん…。好きだよ…。』
頼むからそんな顔しないでくれ。
彼女によく似た目で僕を見ないでくれ。
僕を好きだなんて言わないで。
「…当分、うちの店には来ない方が良いね。
頭が冷えるまで…。
勘違いを自覚するまでさ…。」
『そんなの嫌!!』
「我儘言うなんてまだまだ子供だって証明だよ。
とりあえず、今日は帰りなさい。
もう7時過ぎだし、大志も心配するだろ。」
『でも!!』
「いいから帰れ!」
『!?』
彼女はどうやらこんな僕を見たのが初めてだったからか、
酷く驚いた顔で僕を見ていた。
「…驚かせてごめんね。
ともかく、早く帰りなさい。」
なんとか元の口調で彼女に言う。
彼女は渋々…という感じで立ち上がって僕に向き直った。
『でも…私がおじさんを好きだって言ったのは年上への憧れでは…無いよ…。
本当に…好きだからね…。』
とだけ言って店を飛び出していった。
残された僕は店の椅子に座り込んで、煙草に火をつけた。
そして、夜が定休日で本当に良かったとおもった。
こんな状態ではまず、まともな接客は出来ない。
最後にあんな言葉を言われたのだから。
「本当に好き…か…。」
好きだと言われたのは何年ぶりだろうか。
ここ数年まともな恋愛をした記憶がない。
というか、ずっとまともな恋愛をしてこなかった気がする。
殆ど相手から好きだのなんだの言われて付き合っていたし、
別れ殆ど相手から。
僕は煙草を消すと、目を閉じた。
昔好きだった彼女の母親と、それを掻っ攫っていった親友の顔を思い浮かべながら。
長い一時停止
久々に書いてみました。
お気に召せば幸いです。