もうひとつのプラスティック・メモリーズ
第一部 人間の少年と、命残り少ないアンドロイド少女の恋
ツカサとアイラ…人間の少年と、命残り少ないアンドロイドの少女の恋は、果たして悲劇で終ったのだろうか?
アンドロイドのギフティアであるアイラの寿命が尽きて回収されるまで、後一カ月と期限が迫って来ていた。
つまり、二人が一緒にいられるのは、残り1000時間しかない…そんなある日の出来事だった。
二人の乗ったサービス車は、街を離れて郊外に向かって走っていた。
「ツカサ、行く先が違うよ?」マークスマンのアイラが尋ねた。
「いいんだ、アイラ。この道で…」スポッターのツカサはそう答えた。
「でも、何だか変…ツカサ、出掛ける時もおかしかったし…」
(いくら、よく道を間違える方向音痴のアイラでも、もうそろそろ気付くだろうな。それに…)
「後ろに積んでいる大きな荷物は何?」アイラは、バックミラーに目をやりながらツカサに聞いた。
(もう、言わなきゃ)ツカサは覚悟を決めて、アイラに車を止めさせた。
「なァ、アイラ」
「何?」アイラは思い詰めた表情のツカサを見た。
「このまま、一緒に逃げよう」
「エラ~…意味が分かりません」
「どこか遠くへ行って、二人で一緒に暮らそう」
「無理です。私は後1000時間の寿命…それを過ぎたらワンダラーになってしまう」
「いいよ、ワンダラーなっても君の面倒は僕がみる」
「でも、マーシャさんみたいになって、ツカサに危害を加えるのはイヤ!」
「その時は、一緒に死んでやるよ」ツカサはそう言いながらアイラの手を握った。
「意味不明…私帰ります」アイラは車のドアを開けた。
「待てよっ!アイラ」ツカサは車の外に出ようとするアイラの手を引いた。
「離してっ!ツカサ」
「いやだっ!離したくない…アイラのいない世界なんて考えられない」
ツカサは手を振りほどこうとするアイラを、強引に抱きしめようとした。
その時、急に横に止まったサービス車の中から下りて来たミチルが声を掛けた。
「あんたら、こんな所で何やってんの?」
「ツカサが…」振り向いたアイラは、そう言い掛けて黙ってしまった。
「…ったく、いつまで待っても現場に来ないから探しに来てみたら~…何かあったの?」ザックもそう尋ねて来た。
待てど暮らせど、待ち合わせ場所に現れないツカサとアイラを不思議に思ったミチルとザックが探しに来たのだった。
「いや、何も…」アイラは何とかごまかそうとした。
だが、ミチルは目ざとくアイラの服が乱れている事に気付いた。しかも、後部座席には大きな荷物が置かれている。
「ツカサッ!アイラに何かしたんでしょっ?後ろに積んでるのは何?」ミチルはツカサを問い詰めた。
「いや、べっ、別に何も…」ツカサはドギマギしながら答えた。
「はっは~…お前、アイラと駆け落ちしようとしてたな~?」
「そっ、そんな事全然考えてないし…」
「嘘つけっ!ちゃんと顔に書いてあるぞ」
「あァ~あ、バレちゃった。そんなにキョドってたら丸バレだよね~…ツカサ」
ザックも、意地悪そうにして横から突っ込んで来た。
「だっ、だって、そうするしか方法がなかったから…」ツカサは、とうとうあきらめて白状した。
「あんたね~…こんな事がバレたらカズキに殺されかねないわよっ!」ミチルが怒り出した。
「ミチル、ツカサを責めないでっ!ツカサは悪くないから…」アイラは、思わずツカサを庇おうとした。
「アイラは黙っててっ!…今、この馬鹿と話をしてるんだから…」
ミチルはどうしようもなくなって、突っ立ったままでいるツカサを責め続けた。
「あんた、私のお父さんの話を聞いてなかったの?マーシャさんの最期を見たんでしょっ!」
「うん…」
「寿命が尽きてワンダラーになってしまったギフティアがどうなるか…分かってやってるの?」
「でっ、でも、どうしてもアイラと別れるのに耐えられなくて…」
「はァッ?…あんたさえよけりゃそれでいいの?アイラの気持ちを考えてやった事がある?」
「それはっ…」
「アイラだって辛いんだよ。もうすぐ、あんたやみんなと別れなきゃならない事が…」
「アイラ…」ツカサは、アイラの悲しそうな顔を見て呟いた。
「まったく子供なんだから…危なっかしいったらありゃしない」
「アイラ、僕が悪かった。ごめん」ツカサはアイラにそうあやまった。
「いいよ、ツカサ…気にしてないので」アイラは素っ気なく答えた。
「さァ、仕事に戻るわよ。もう二度とこんな事するんじゃないわよっ!ツカサ」
「うん、分かった」
ミチルに諭されて、ツカサはしぶしぶ車に乗り込んだ。何だかとても気まずい気分だった。
車を運転しているアイラはいつもと変らない…でも、この可愛い少女の命は、後一カ月しかないのだ。
そんなアイラを見ていると涙が出そうになる…ツカサはアイラから目を背けずにはいられなかった。
それからのツカサとアイラには、嫌でも普通の日常生活が戻って来た。
どうやらミチルは、あの一件を上司に報告するのはさすがに控えたらしい。
いつものように「SAI社」の社員寮から、二人で「ターミナルサービス課」に出社する。
いつものように、二人で耐用年数の切れるギフィティアを持ち主から回収して回る仕事をする。
でも、アイラは自分が回収するギフィティアと同じように、やがて自分も回収される事をどう思っているんだろうか?
そんな事を考えると、ツカサは胸が痛くなって来て、いても立ってもいられない気持ちになるのだった。
そんなある日の休日、ツカサはアイラと二人で、いつもの遊園地のいつものベンチに腰掛けて、通り過ぎる人を眺めていた。
あれからアイラは、ツカサに気を使っているのか?よく彼に笑い顔を見せるようになった。
でも、ツカサには、死を間近に控えたそんな少女の笑顔が、却って痛々しく見えてしまうのだった。
ツカサは出来るだけアイラの顔を見ないようにして話し掛ける。アイラはいつものように素っ気ない返事を返す。
そんな味気のない会話を交わしていた二人の前に、少し背の高い人の良さそうな男が近寄って来た。
「あのぅ…すみませんが、カメラのシャッターを押してもらえないでしょうか?」
「あァ、いいですよ」ツカサは、男の差し出したカメラを笑顔で受け取った。
「ありがとうございます…じゃァ、お願いいたします。家族と一緒に撮って下さい」
そう言って男は、小走りに待っている家族の元に行って一緒に並んだ。
その男と、車椅子に乗った奥さんらしい女性と、二人の小さな男の子と女の子の家族写真を撮って欲しいのだろう。
「はい、チーズ」そう言ってツカサは、その家族の写真を何枚か撮ってあげた。
「ありがとうございました。お陰様で家族のいい思い出ができました」男は丁寧に礼を言った。
男が言った「思い出」と言う言葉に、はっ!とアイラが反応した。
「いえ、どういたしまして…失礼とは思いますが、奥様はご病気か何かですか?」ツカサは男に尋ねた。
「はい、そうです。もう家内は寿命が残り少なくて…それで、子供たちが母親を忘れないように、たくさん思い出を作ってやりたいと思いまして、無理して遊園地に連れて来たんですよ」
「そうでしたかァ~…すみません、辛い事をお聞きしました」
「いえいえ、いいんです。例え後わずかな命でも、家族と一緒に幸せにすごせれば…どうも、ありがとうございました」
そう言って男は、奥さんの車椅子を押しながら、小さな子供たちを一緒に連れて去って行った。
ツカサとアイラは、いつの間にかそんな家族の後ろ姿を目で追い掛けていたのだった。
アイラの寿命が尽きて回収されるまで、残り三週間と迫ったある日の事だった。
何を思ったのか、ツカサはもらった給料を全部はたいて、高級なカメラを買って来た。
そうして、そのカメラを首にぶら下げて出社して来た。
「おっ!なかなか高級なカメラじゃねぇか…いい動画も取れそうだな。給料はたいたんじゃねぇか?」
目ざとく品定めをしたらしいヤスタカが、ツカサにそう言った。
「えぇ、まァ…」
「でも、給料がなくなったんじゃァ、飲みにも行けねぇな~」
「だから僕は未成年てすっ…て~」
「そんな高いの買って何に使うつもり?」カズキが興味ありげに聞いて来た。
「えぇ…まァ、見てて下さいって…」ツカサはそう答えた。
それから、ツカサはそのカメラでアイラを撮り始めた。
プライベートでも、仕事でも、いつもカメラを首から提げてアイラの姿を追い続けた。
どんな小さな出来事でも、どんなにささいな仕草でも、アイラのする事を見逃さなかった。
時には、いつものようにドジを踏んで転ぶアイラを撮って、逆に怒られながら、それでも少女を撮り続けた。
そうしている内に、それまで暗く沈んでいたツカサの表情が、なぜだかだんだん明るくなって行った。
アイラの回収期限が三日後に迫ったある日の事だった。
山野辺課長に次のパートナーを探すように言われたツカサは、ギフティアのメンテナンスをするミキジロウの所へやって来た。
「鉄黒さん。ちょっとお尋ねしたい事があるんですが…」
「おぅ、何だ新入り…アイラの事か?回収は三日後だよな」
「えぇ…ギフティアって、期限が来て人格や記憶は消失しても、ボディは大丈夫なんですよね?」
「そうだが…アイラなら相当ガタが来てるから、一辺、大掛かりなオーバーホールしなきゃなんねぇぞ」
「どのくらい掛かるんでしょうか?」
「まァ、一月ってとこかな…でもよう、新しいOSを入れたら元のアイラじゃなくっちまうんだぞ」
「それで構いません。ぜひアイラの再生をお願いします」
「よし来たっ!だが、お前さんも物好きだなァ~…そんなにアイラがいいのか?」
「えぇ、あの子以外にパートナーは考えられないんです」
ミキジロウに回収後のアイラを頼んだツカサは、少し嬉しそうにターミナルサービスの事務所に帰って来て言った。
「課長、次のパートナーを決めて来ました」
「そうか、メンテの所にいい子がいたか?」
「いえ、ここにいました…アイラです」
「えぇ~っ!?」事務所にいた一同が驚いて一斉に声をあげた。
「えっ!私?…でも、私は記憶も人格もなくなっちゃうんだけど…」アイラは自分を指差して驚いていた。
「心配いらないよ、アイラ…また取り戻せばいい」ツカサはそう言って、にっこりと笑った。
いよいよ運命の日がやって来た。アイラが誕生して今日で9年と4カ月…まもなく81920時間になる。
この日で、アイラのすべての記憶と人格が失われてしまう…人間で言えば死を迎える事になるのだった。
ツカサとアイラはいつも通り、二人で揃ってターミナルサービス課に出社して来た。
「じゃ、私はお別れのあいさつ回りに行って来るので」アイラはツカサにそう告げた。
「あァ、行ってらっしゃい」なぜだかツカサはあっさりと彼女を送り出した。
アイラは、メンテナンスのミキジロウやエルに別れを言い、本社のお世話になった人たちへのあいさつ回りを済ませた。
ロッカーや台所を整理し、サービス課のスタッフ全員にあいさつを終えたアイラは、感慨深げに事務所の中を見渡した。
もうすぐ消えるたくさんの思い出を、胸の中にしっかりと焼き付けようとするかのように…愛しそうに机を撫でた。
とうとう回収車が、事務所の前にやって来て、車の中からミキジロウとエルが下りて来た。
「行こうか、アイラ」ツカサはやさしくアイラの肩に手を置いた。
「うん」アイラはこっくりとうなづいた。
ツカサは回収車の後部にあるギフティアのデータ消去モジュールにアイラを座らせた。
ミキジロウとエルが、手際よくうつむいたままのアイラの身体にケーブルを接続して行く。
アイラとの別れを惜しむターミナルサービスのスタッフ全員が、その作業をじ~っと見守っていた。
データを消去する準備を終えたミキジロウが、うつむいたままのアイラの肩をポンと叩いて言った。
「何か思い残しはないか?」
「え~っと…みんな長い間お世話になりました」
ようやく顔を上げてそう言ったアイラは、目に一杯の涙をためていた。
「私のドジのために、みんなに迷惑掛けてごめんなさい」
「いいよ、いいよ、アイラちゃん…誰も迷惑だなんて思ってる人はいないから…」
山野辺課長がそう言ってアイラを慰めると、アイラはカズキの方を向いて言った。
「私のせいで足を失くしちゃってごめんなさい。カズキ」
「何言ってんだい…足の一本や二本、どうって事ないさ」
そう答えたカズキも、もう泣き出しそうな顔になっていた。
「こんなドジな私でも、好きだって言ってくれる人がいて…私生まれて良かった」
アイラは目に涙を浮かべながらツカサの方を向いて、精一杯の笑顔を作って見せた。
「ありがとう。ツカサ…私ツカサと一緒で幸せだった」
とうとうアイラはこらえきれずに泣き出してしまった。スタッフ全員がもらい泣きし始めた。
「でも、無理してがんばりすぎて、いつもみたいに倒れちゃだめだよ」
「あァ、気を付けるよ…アイラ」ツカサは懸命に涙をこらえながら返事をした。
「シェリー、コンスタンス、ザック…私がいなくなっても、みんなで力を合わせてがんばってね」
「心配しなくていいわよ。後は任せといて…」シェリーもやっとの思いでそう言った。
「それじゃ、先に行くね…みんな」
やっと涙を振り払って席に座り直したアイラは、ふと思い出したようにポケットから何かを取り出した。
「あ、そうだ!これツカサに返さなきゃ…」そう言ってアイラは、手にした何かをツカサに差し出した。
それはツカサとの初めてのデートの日に、彼に買ってもらったオバケのキーホルダーだった。
「いいよ…また逢う日まであずけとく」ツカサは、キーホルダーをアイラの手に握らせてやった。
アイラは、ツカサにプレゼントしてもらったキーホルダーをしっかりと胸に抱きしめて目を閉じた。
その指に、ツカサはそっとデータ消去リングをはめてやった。
ギフティアのデータ消去プログラムが、ウィ~ン!と音を立てて動き始めた。
そうして、静かに眠るようにアイラは逝った。
~第二部へ 続く~
第二部 悲しみを乗り越えて…この愛は永遠に
回収されたアイラがいなくなって、一月が経ったある日の事…
ターミナルサービス課のドアを開けて入って来た山野辺課長は、スタッフ全員にこう言った。
「今日から、みんなと一緒に働いてもらう事になった新人を紹介しよう…こっちへおいで」
ドアの陰から、一人の少女がおずおずと出て来て、お辞儀をしながら言った。
「こんにちは、みなさん…今日からこちらの部署でお世話になりますアイラです」
「えぇ~っ!」スタッフは全員その少女を見て驚いた。それは何から何まで在りし日のアイラそのままだった。
手を軽く上げてツカサが立ち上がったのを見て、山野辺課長はアイラに彼を紹介した。
「あそこにいるのが君のパートナーのツカサ君ね。君よりちょっと前に入った同じ新人さんだ」
「やァ、お帰りアイラ」ツカサはアイラに近寄って行って、そう声を掛けた。
「お帰り…って?初めましてじゃァ…私はあなたと会った事はないので」
「いいや、会ってるよ。アイラ…ほら、これが何よりの証拠だ。君も持ってるだろ」
そう言ってツカサは、ポケットからオバケのキーホルダーを取り出してアイラに見せた。
「あっ!私のと同じ…私おんなじキーホルダーを持って産まれて来ました」
そう言いながら、キーホルダーを取り出して来たアイラの手をツカサは取った。
「さァ、席に案内するよ。こっちへおいで」
「はっ…はい」
アイラの手を引いて、自分の正面の席に座らせると、ツカサは早速持って来たアルバムを開いた。
それは三週間分のあのアイラの思い出が、ぎっしりと詰まったアルバムだった。
それからツカサは、いつもアイラにあのアイラとの思い出を語り、思い出の写真を見せ、撮り溜めた動画を見せ続けた。
ツカサが作ったマニュアル通り、アイラは、あのアイラと同じようにハーブを育て、ハーブティをたてるようになった。
ガッチャ~ン!
と、ティカップの割れた音にみんなが振り返ると、そこには慌てふためいているアイラがいた。
「ごめんなさい。また割っちゃった」ドジな所まですっかりあのアイラに似て来た。
「あ~ぁ…これじゃ、あのアイラと瓜二つだなァ」ヤスタカがそれを見て、皮肉混じりに言った。
「ツカサァ~、何もそんなとこまで同じように教えなくていいのに~」ザックもそう言って笑った
「いや、これでいいんだよ…アイラはアイラだから」ツカサは平然として言った。
「怪我するわよ。アイラ」ミチルは席を立って、アイラの後片付けを手伝い始めた。
「さァ、シャッターチャンス!今度は九年分だ…一杯撮るぞ~」
早速ツカサは、お尻を突き出して割れたティカップの後片付けをしているアイラを撮り始めた。
「何で、こんな格好悪い姿を撮るのよ~…ツカサ」アイラはそう言って、不満そうにツカサに言った。
「思い出を作るためだよ…いつまでも君と一緒にいるためにね」ツカサは、そう言ってむくれているアイラに微笑んだ。
それから20年が過ぎた。
中年になったツカサは、ターミナルサービス課の課長になっていた。
三度目のアイラは、顔やボディを整形して、今は20代後半の女性に見える。
けれども、せっかく大人になったのに、相変わらずお茶を運びながら、見事につまづいてすっ転ぶ。
「お~っとっ…とっ、とっ」ツカサはアイラが転んだ途端に、書類を抱えて被害を避ける。手慣れたものだ。
「ごめんなさい。大丈夫?」アイラはハンカチを取り出して、濡れたツカサのワイシャツを拭く。
「うん、何ともないよ…君こそ怪我はないか?」反対に、ツカサはアイラの心配をしている。
「それにしても、上手く避けるわよねぇ…課長」新人社員の此花ツグミが、感心したように言った。
「あァ、いつもの事だからな…あれって、一種のノロケなんじゃネ」中堅社員の棚餅マツオが小声で言った
「ふ~ん、それにしてもよく呼吸が合うものよねぇ…よっぽど仲がいいんだ」
「あんたら何をそこでゴチャゴチャ言ってんの…あァ、課長。常務から呼び出し掛かってるわよ~」
そう言ったミチルは、すっかりキャリアウーマンが板に着いてしまったようだ。
「あァ、伍堂常務か。俺あの人苦手なんだけどな~…仕方ない、すぐ行きます…って伝えといて」
ちなみに、当時のスタッフは、あれからそれぞれの道を行く事になり、ターミナルサービス課の顔ぶれも変った。
山野辺課長は退職し、カズキは研究所に転出して、今は耐用期限の切れたギフティアの事故を防ぐ研究をしている。
元からサラリーマンが性に合わなかったヤスタカは、会社を辞めてシェリーと一緒にバーを開いた。
ツカサもアイラを連れて二人が開いたバーに行き、旧交を温めた事があった…その時の話だ。
ガッシャ~ン!いきなりシェリーがグラスを落として割ってしまった。
「ごめんなさ~い」シェリーは笑いながらそうあやまった。
「オイ、オイ、またかよ~…怪我してないか?」マスターのヤスタカが心配して言った。
「大丈夫よ~、マスター」シェリーはケロッとして言った。
「えっ?シェリーさんって、アイラとは違ってしっかりしてたと思ってたけど…」ツカサは、ヤスタカに尋ねた。
「いや何ね…彼女四回目のOSなんだけど、型が古いもんでもうボディのパーツがなくてね。少々不具合も出るのさ」
「へぇ~…そんな事もあるんですね~」
「まァ、些細なミスぐらい大目に見てやらなきゃな…シェリーの姉もまだ生きてるって聞くし」
「シェリーさんってお姉さんがいたんですか?知らなかったなァ」
「うん、シェリーは双子の姉妹として作られたんだ…多分、姉の方はミキヤの所にいるんじゃないかな?」
そんな話を聞いた事をツカサもすっかり忘れていた。その矢先、鬼の部長だった伍堂ミキヤからの呼び出しを受けた。
SAI社の本社ビルにあるミキヤのオフィスに入ったツカサは、彼に深々と頭を下げてから言った。
「ターミナルサービス課の水柿です。お呼び出しを受けてまいりました」
「あァ、水柿君か…まァ、掛けたまえ」もう60近くになった常務のミキヤは、ツカサを椅子に腰掛けさせた。
「はい…ところで常務、ご用件は何でしょうか?」
「いや、他でもないんだがね…君の課は他の課と比べて、抜群の業績を挙げている。特にここ三年は、ギフィティアの回収事故が一件もない」
「はい、お褒めいただきありがとうございます」
「それで、どんな方法で回収事故を防いでいるのかを聞きたくてね」
「はい、私の課はギフティアの耐用期限が切れる一カ月前から、顧客とギフティアの思い出作りサービスを行なっております」
「ほう、どんなやり方で?」
「サービスマンが耐用期限の一カ月前に持ち主の所へ出向き、ギフティアと持ち主とのアルバム作りをしているんです」
「記憶を失くしたギフティアが再び思い出を取り戻せるようにか?なるほど…それでギフティアのリサイクルが増えている訳だ」
「はい、回収されて戻って来たギフティアに写真や動画を見せて、再び元の記憶や人格を取り戻していただいてるんです」
「う~ん…道理で苦情が一件もない訳だな。だがな…困った事に新品のギフティアの売れ行きが落ち込んでるんだよ」
「はァ…それは困りましたね~」
「顧客に喜んでもらってるならやめろという訳にもいかんしな~…と言って常務になった今の私は、ギフティアの回収だけでなく、販売も含めた営業全般を統括している身だからね~」
「済みません。私の独断でご迷惑をお掛けしまして…」
「いや、何も君のせいばかりじゃないがね…ところでどうかね、休日にでも私の家に来ないか?その件について、君に会わせたい人もいるし…そこで詳しく話をしよう」
「はい、かしこまりました。今度の休みにでもお伺いさせていただきます」
あの鬼の部長だったミキヤに、家に招待されるとは…さすがに驚いたが、断る訳にもいかずツカサは承諾した。
「ごめん下さ~い。水柿です」
ツカサがインターホンを押して来訪を告げると、すぐに丹前姿のミキヤが出て来た。
会社で見るのとは打って変わったミキヤの一面…眼鏡を掛けたその姿は、どこかの哲学者のようにさえ見えた。
「あァ、よく来てくれた。まァ、入りたまえ」
そう言って、ミキヤはツカサとアイラを二階の書斎に案内した。勉強家らしく蔵書がぎっしり並んだ書斎だった。
ミキヤに薦められてツカサとアイラがテーブルに腰を下ろすと、襖が開いて、和服を着た40絡みの美しい女性が現れた。
「あァ、済まんがお客さんにお茶を入れてくれんか」ミキヤは振り向いてその女性に言った。
「はい、かしこまりました」和服の女性は、ツカサとアイラに軽く会釈をしてからそう答えた。
「えっ!シェリーさん?」その女性は、ツカサには見覚えのある顔をしていた。
「いや、違うよ…シェリーの姉に当るギフティアのアンナだ」
ヤスタカがシェリーには姉がいると言っていた事を、やっとツカサは思い出した。
「SAI社が、展示会のコンパニオンとして作った美形の双子姉妹の一体でね。姉のアンナは僕が引き取ったんだが、妹のシェリーの方は女好きのヤスタカが目ざとく見つけてパートナーにしたと言う訳だ」
「あァ…それで瓜二つなんですね」
その時、何やら階段の下の方から少年と女性の声が聞こえて来た。
「お母さ~ん、無理しなくていいよ~…またつまづいて転んだら危ないから、階段は僕が運ぶよ」
「ありがとうカズヤ…大丈夫よ、これくらいなら持って行けそうだから…」
そのやり取りを聞いていたミキヤが、ツカサとアイラに言った。
「アンナは、もう四回目のOSになるんだ。困った事に型が古いもんで、パーツが揃わなくてね。余り無理をさせられないんだよ」
「そうでしたか~…確かヤスタカさんもシェリーさんについて同じような事を言ってました」
「ヤスタカもか~…アンナは以前僕の秘書をしてたんだがね。里子を引き取ってから家族として一緒に住む事にしたんだ」
「あァ、それで今こちらに…」
「これで分かったかね…実は僕もずっと前から君と同じ事をしてたんだよ。思い出を記録に残してまた植えつける。辛抱強くね…まァ、二年くらいは掛かるかな」
「常務もでしたか~…よく分かります。アイラも元の記憶を取り戻すのに随分掛かりましたから…」
「まァ、そのせいかカズヤは、自分の母親が無理できない事を知って、随分気遣いのできる優しい子に育ってくれた…それもこれもギフティアのアンナのお陰だ」
「そうだったんですか~」
「人は、よくアンドロイドの愛情は人間にプログラムされた偽物だと言うけれど、その人間の愛情も、DNAにプロブラムされたものじゃないかと思うんだよね」
「えぇ、常務のおっしゃる通りだと思います」
「それなら、あれは偽物、これは本物とは決め付けられないんじゃないかな?そんな事を考えるより、愛情を素直に受け入れた方が幸せなんじゃないかと思うんだよね」
かって、ギフティアを機械としか見ていないと言われていた鬼の部長、伍堂ミキヤ…
その人の口からこんな言葉が出るとは…正直、ツカサはいささか驚いていた。
「思い出を大切にするのはいい事だ。ただね…お客さんが皆ギフティアのリサイクルをすると、新品が売れなくなるのが困るんだ」
「それならこうしてはどうでしょう?二台目以降のギフティアは、割引で買えるようにしては…」
「う~ん…割引販売ねぇ~」
「子供のギフティアは、兄弟がいた方がいいだろうし、アンドロイドチルドレンも、両親がそろった方がよいと思います」
「なるほど…一台より二台、二台より三台。ギフティアで家族を作るんだね」
「そうです…家族の思い出って、人生で何よりも大切だし、お客さんも満足してくれると思いますよ」
「そうか…よしっ!検討してみよう。もしそうなったら、回収と同時に販売セールスも頼めるかな」
「はいっ!喜んで…」
こうして、ミキヤとの話を終えたツカサとアイラは、幸せそうな家族の住む家を後にした。
以前からツカサは、伍堂ミキヤはアンドロイドを機械としてしか見ていない冷たい人間だと思っていた。
けれど、今日彼と話をしてみて、今は何となく伍堂ミキヤと言う男を好きになれそうな気がしていた。
「それじゃァ、行こうか…アイラ」
「どこへ?」
「家族を作りに…もう、君もお母さんになってもいい頃じゃないかな?」
「そうね…子供を育てるのもいいわね」
二人の行く先は決まった。
家族がいる事は幸せだ。家族との思い出は大切だ。きっと、アイラはいい母親になる事だろう。
僕は、アンドロイドのアイラと一緒に人生を過ごす事を、まったく後悔していない。
きっと、アイラのボディの耐用年数が切れる頃には、僕の肉体の耐用年数も切れる事だろう。
アンドロイドのアイラは、自分に幸せな人生をくれた…それでいいじゃないか。
ツカサはそう思った。
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