狙撃手襲撃

狙撃手襲撃

 とある夜、リックはスナイパーライフルのスコープを覗いていた。リックに暗殺の仕事が舞い込んだのだ。リックは顔を若干しかめたが、これが彼の仕事である。小さくリックは頷き、相棒であるスナイパーライフル”ヘイルンジャン”を背中に背負い、今、狙撃ポイントにいるわけだ。さらにスコープをズームする。見るからに柄の悪そうな初老の男だった。
「…」
リックはトリガーを引く瞬間、頭に激痛が走った。起き上がろうとしても、痛みで起きあがれない。どうやら殴られたようだ、とリックは思い、どうにか顔を上げる。そこに立っていたのは、悪魔のような表情をした女の姿だった。そこからは、リックの記憶はない。
 ふとリックは目を覚ました。自分の体が、鎖で吊り上げられていた。足が、ぎりぎり付くか付かないか、そのくらいであった。意識を取り戻したリックに気づいたのか、先ほどの女がやってきた。
 「あんたがエスタの狙撃手、リック・シーゲルなのね…」
そう言って、にやりと舌なめずりをする。
 「私を拉致するとは…。一体貴女は誰かな?」
言葉を選びながら、リックは口を開いた。
 「私? 私はエルカ・コーエン。あんたを抹殺しろ、って頼まれたの」
女…、エルカはぞっとするような笑みで言った。
 「じゃあ貴女は、エスタの人間じゃないね?」
 「いちおうエスタの人間。だけど、あんただけは殺す」
エルカが弾丸の装填を始めている。
 「なぜ私を殺すんだい? 私はただの狙撃手だよ」
そう言って、なるべくリックは言葉を丁寧に選ぶ。それを聞いたエルカは首をぶんぶんと横に振った。
 「あんたが狙撃手だから抹殺しろ、って頼まれているの! 私は狙撃手なんか大嫌いよ!」
弾丸の装填を終えたエルカの銃がリックの頭に近づく。
 「あんたの首は私がもらう!」
潔い言葉を言い、エルカは銃のトリガーを引いた。だが、銃からは弾丸が出てこない。戸惑うエルカを見て、リックはにやりと笑った。
 「エルカさん。貴女は銃の扱いに慣れていないようだね」
エルカが舌打ちした。
 「その銃はどうやらジャムのようだね」
 「ジャム?」
首を傾げるエルカ。やれやれと、リックはため息をついた。
 「まさかその言葉すら知らないとは…。貴女は本当に私を殺したいのかい?」
若干リックが鼻でせせら笑った。
 「いちいちうるさい男だね! 私にはこれがあるのよ!」
そう言ってエルカは一本のナイフを取り出した。
 「私の家は銃よりも剣…、主にナイフを扱う家。だから、銃なんて打撃用にしか使わなかった」
その言葉を聞いたリックは、
 「(だから私を銃で殴ったのか…)」
と一人回想した。にやりと笑ったエルカが、ナイフをかざす。
 「これであんたも終わりよ!」
エルカがナイフで刺そうとした瞬間、すばやくリックは右に避けた。
 「私はエスタ安全保障局のエージェントだ、これでも。貴女に簡単には殺されるわけにはいかないんだよ」
小さく、だが嫌な笑みでリックが言った。
 「何を…! あんたは私の家を滅ぼした!」
意外なことを、エルカが言った。
 「私の家? エルカさん、どういうことかな?」
リックが首を傾げた。
 「あんたは私の家を滅ぼした! 本当は私にあんたを殺せ、なんて依頼は入っていない。ただ、私があんたを殺したかっただけよ!」
エルカはつかつかとヒールの音を立てて歩いてくると、リックの頬を平手打ちした。
 「私がエルカさんの家を滅ぼした? そんなバカな」
 「あんたのせいで私の家…、コーエン家は潰れた」
コーエン、とリックは頭の中で復唱する。何度も復唱するが、なかなか結びつかない。そして、やっとコーエンという単語がリックの頭の中に浮かんできた。
 「そうか…。あのときのコーエン家、最後のご令嬢、君がそうだったんだね」
若干悲しそうな顔をしたリックがエルカを見つめた。
 「何で…、何でお父様やお母様を殺したの? なぜ一族を滅ぼしたの?」
エルカから、リックへと発せられる殺意が薄らいていた。それとともに、悲しみがエルカを包む。リックは目を細め、顔を背けたが、口を開いた。
 「あの依頼は数年前になる。当時から狙撃手として生きてきた私に依頼が入った。ナイフの名門、コーエン一族を殺せ、と」
ごくり、と唾を飲み込む音が、エルカから聞こえた。
 「コーエン家には、才色兼備な一人娘、エルカ・コーエンという女性がいる、と聞いていた。まずは彼女を殺せ、と私は言われた」
 「なぜ私を最初に殺そうと思ったのかしら?」
 「跡継ぎは一人娘である貴女しかいないからだ。だが、任務の日、貴女は不在だった。私は上司に連絡を取った。両親もろとも殺してしまえ、という命令が下った。その命により、私は貴女の父母を殺した」
そこまで言って、リックは一息ついた。エルカの瞳から、涙がこぼれた。だが、エルカは涙をシャツで拭うと、ナイフを掴みなおした。
 「結局エスタ安全保障局のエージェント、リック・シーゲルがやったことなのね。私はあんたを絶対に許さない!」
両腕を吊り上げられているリックに逃げ場はなかった。エルカは確実にリックの左胸に向け、ナイフを刺そうとした。そのときだった。少し堅い口調の男の声が聞こえたのは。
 銃を構え、エルカへと近づいてくる男がいた。その男を見、エルカが、
 「ディック・シーゲル様…じゃないですか。なぜこんなところに?」
そう、銃を構えている男はディック・シーゲル。エルカは、ディックがリックの双子の兄だということはまったく知らない。
 「ディック様。この男が私の一族、コーエン一族を滅ぼしました」
それを聞いて、ディックは頷く。ディックがリックの元へと歩いてきた。
 「兄上…」
リックが小さな声で言ったが、ディックは黙ってろと小声で囁いた。
 「エスタ警察へ送ってください。私はエルカ・コーエンと申します」
 「分かった。このままじゃリック・シーゲルという男も黙っていないだろう。君の銃を貸してくれないか? 私の銃よりも威力がありそうだ」
そう言ってエルカから銃を受け取ると、ディックはリックの元へと歩いてきた。そして、またもや一言リックに呟く。
 「すまない、リック」
リックに目配せしたディックは、リックの首筋を銃底で殴りつけた。
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 次に目が覚めたとき、リックはベッドの上だった。ベッドの隣の簡素な椅子に、ディックがうつらうつらと目を閉じながら座っていた。
 「兄上…?」
リックがディックに声をかけた。すると、ディックはゆっくりと目を開けた。
 「よかった、リック。目覚めたか」
先ほどから兄であるディックに聞きたいことがあった。リックはゆっくりと口を開いた。
 「兄上。なぜあのとき兄上はエルカ・コーエンの味方をしたのですか? 確かに私はコーエン一族を滅ぼしましたが…。エルカのしたことは罪にはならないのですか? それとも、命に従った私が悪いのですか?」
ここまでのセリフを、一気にリックは言った。それを聞いたディックはため息をついた。
 「その件について、リックに話しておきたいことがある」
 「何です?」
 「エルカ・コーエンは私がエスタ警察へ送った。リック、お前を殴ったのには、訳があるのだ。私とリックは双子。どうしても顔が似ているだろ?」
そう言って、ディックは腕を組んだ。
 「だから、あのときお前を殴りつけたのだ。あのあと、私はエルカに拳銃を突きつけてな、エスタ警察へ送ったわけだ。拳銃を突きつけられても、エルカはおびえもしなかった。本当にコーエン家の娘だけあるな」
 「エルカの罪状はどうなるんです? もとは私のせいですよ」
天井を睨みつけるように、リックは見つめている。
 「脅迫、殺人未遂だろう、きっと。私は詳しくないから知らん」
窓を見やり、ディックが言った。だが、リックは首を横に振った。
 「元はといえば私がコーエン一族を滅ぼしました。私は殺されて当然なのかもしれません」
その言葉を聞いたディックは、リックの瞳をじっと見つめた。
 「それが、お前の仕事なのだ。お前は好きでエスタ安全保障局へ就職したのだろう? ”へイルンジャン”を愛しているのだろう? だからこそ、お前の仕事は過酷なのだ」
頭に手をやり、ディックが口を開いた。
 「それは…、分かってます。分かってはいますが…!」
頭に包帯を巻いたリックがベッドから起き上がらんばかりだ。
 「落ち着け、リック。お前は何も悪くない。お前が出した依頼ではないのだから」
その言葉を聞いた瞬間、リックのダークブルーの瞳から涙がぼろぼろとこぼれてきた。
 「泣くな、リック。お前は誇り高き狙撃手。それを忘れるな。私はお前がいて誇らしい」
ディックがリックの涙を指ですくう。
 「兄上がいて…、心強いです」
そう言って、リックは涙をシャツで拭った。
 「そういえば、私が殴った首の傷だが」
急にディックが話を変えた。リックが軽く小首を傾げる。
 「どうやら、頭のほうまで傷が入ってしまったようだ」
すまなそうに、ディックがリックを見やった。
 「確かに私が気を失うほどですからね。よほど強く殴ったんでしょう?」
若干、嫌みったらしくリックが言った。
 「だから、お前はしばらく入院決定だ。休養にもなるだろう、ゆっくり体を休めろよ」
ディックがそう言って椅子から立ち上がろうとしたとき、リックは声をかけた。
 「何だ? リック?」
 「もし…、エルカに会ったら、リック・シーゲルは抹殺された、と伝えてください」
意外なことをリックが言うので、ディックは驚いたような顔をした。
 「なぜ?」
 「私はコーエン一族を滅ぼしましたから。私の仕事といえば仕事なのですが…」
困ったような表情をするリックに、ディックは頷いた。
 「ちょうどこれからエスタ警察へ行くところだった。分かった、伝えておく」
そう言って、ディックは病室から出て行った。
 リックはただ、目を閉じ、横たわっている。さきほどのエルカの悲しそうな顔が浮かぶ。そしてさらには、己の手で殺したエルカの父母。だが、リックは頭を大きく横に振った。そして、一言呟いた。
 「私はエスタの誇り高き狙撃手、リック・シーゲルだ…」

狙撃手襲撃

リックさんの仕事…、きついですね。エルカの父母を殺したのはリックですからね…。だが彼も好きで殺したわけじゃないと思いますが…。仕事上、仕方なくですかね。もしディックさんが来なかったらリックさんはもしかしたら殺されていたかも…? ですが、エルカには「リック・シーゲルは抹殺されたと伝えてほしい」とリックさん言ってましたね。それが彼の懺悔? なのでしょうか? 最後になりますが、ここまで読んで下さった皆さん、どうもありがとうございました。

狙撃手襲撃

  • 小説
  • 短編
  • アクション
  • サスペンス
  • 青年向け
更新日
登録日
2015-05-22

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二次創作物であり、原作に関わる一切の権利は原作権利者が所有します。

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