狐の嫁入り
病状の悪化した母を病院から引き取ったその日の話。
(狐の嫁入りの意味を知った上で読むといいかもしれません)
「なんだか今日はおかしな天気ね」
お母様が縁側に腰をかけて、私に仰いました。
その御様子は裸足、ぶらぶらとする足は、美しく晴れた空から落ちる雨を故意に当てているようでした。
今思えば、なんだか嫌な感じがしていた事を覚えています。
お母様は御綺麗好きで、地肌にぽつり雨が当たる事さえも、物忌みする様なお人でした。
ですから、今日はなんだか色々おかしのです。
「お母様。そうしていては風邪をひいてしまいます。こちらへいらしてください」
「良いのです。なんだかどうでも良いのです。私の事はほおっておいて」
お母様は縁側とこちらとを繋げる麩の戸をピシャリと締めました。
お母様はまた御一人で、縁側に佇んで居られます。
その日の風の強まった夕暮れ時、お母様はそのまま縁側で御亡くなりになられました。
お母様の様子が最初からおかしかったと気付いていながら、私は言われるがままに言う通りにして、お母様をほおっておいてしまった。
何かにとり憑かれた様な、そんなご様子だったのに、私はなんて無責任な人なのでしょう。
縁側から見える山の木陰からこちらを見ていたのは、赤い目をした白い一匹の御狐様でした。
狐の嫁入りなんて言葉を昔、聞いたことがありました。
あの天気といい、お母様の御様子といい、まさかとは思いますが、本当に御狐様に連れて行かれてしまったのでしょうか。
「ああ、お母様はあの御狐様のお嫁さんになってしまったのね」
そしてまた、美しく晴れた空から雨が落ちてまいりました。
狐の嫁入り
もうすぐ母は死ぬと分かっているのに、受け入れられない娘。
現実逃避するには良い条件が揃いすぎていた。