アイ
とても綺麗な目だった。大きくて、猫のそれの様につり上がっていて。至上の歓びも陰鬱な心もそこにしまいこまれているような、光を透かしてぼんやりと光る眼。
窓の外に吹く風にも、季節を通し移り変わる情景にも無関心な様子で、随分と古めかしい、猫足の椅子に沈み込むようにして、唯座っていた。目の前の、大きな鏡だけを見つめて。
僕が初めて姿を現した時も、鏡から目を逸らさなかったし、何も喋らなかった。
埃のうっすら積もった床には、足跡の1つも無い。動いているものと言えば、小さな嵌め殺しの窓から差し込む光に踊る、中空の埃くらいのものだった。
アンティークドールのような、レースとピンタックがあしらわれたドレスからは、透き通るくらい白茶け、骨ばった手足が覗いている。前方を見つめる顔には、生気も血の色も無い。全身をその美しい瞳に支配されたような、痛々しく荘厳で、美しく哀れな姿だった。
すっかり彼女の瞳の虜になった僕は、毎日飽くことなくその姿を見つめていた。椅子や床に積もった埃を払い、やはりレースやフリルのついたドレスを毎日着替えさせ、美しい詩や哀しい物語を語りかける。
彼女は何も言う事は無い。朝の清々しい光、午後の豊潤な光、夜は月明かりの妖しい光。差し込む光が変わっても、彼女の瞳の暗い明るさは変わらない。
僕はいつものように床を磨いた後、ふと今まで気付かなかった物に目を留めた。鏡に積もった埃を拭き取る。
彼女は叫んだ。
生まれて初めて出した声のような、絶望しか感じない、言葉にならない叫び声だった。
曇りの無い鏡に映された姿は、恐らく彼女が自分の姿を見つめ始めた時よりも随分と成長していた。
否、老いていた。
全身を黒い布で覆うように巻きつける時も、彼女はされるがままになっていた。
「黒が一番良く似合うよ。白い肌と、その不思議な明るい目が、とても引き立つから」
本当はそうではない。艶のない黒い布は、小さな窓しかないこの屋根裏の暗闇に沈み込む。目だけを残して、ここから葬られる。
布から覗くのは、目の周りの薄い皮膚と、僕の愛した瞳だけ。皮膚から青白く透ける血管と、その瞳と、黒い布の対比に酔いしれて、僕は話続ける。
今日は何の話を聞かせようか。
アイ
退屈な眼球譚