血赤珊瑚

 骨は他人の血をはじくけれど、その骨の肉親や愛する者の血を注ぐと、血を吸うのだと聞いたことがある。 

 骨になった恋人を、僕はずっと抱いている。
 血液は干上がり、肉は溶けても、どことなく作り物めいた白い骨は、死など感じさせない。滑らかな手触りは、君の肌と変わらない。骨同士が擦れ合って鳴る澄んだ音も、君の声と変わらない。手首の細さも、より一層僕に愛しさをかき立てるだけで、僕により愛されるために、君が死という手段を選んだだけに思える。

 僕は、君が奇麗に浮かび上がる、硝子越しの月の光の中で、骨に血を注ぐ。互いの気持ちが変わらない事を確かめるための、二人の儀式だ。
 広大な白砂の砂漠に吸い込まれていく様に、僕の血は落ちて形を作る前に、君に飲み込まれていく。骨の中で僕の血は川になり、君の中を流れている様な気がした。
 最初のうちは、一カ月おきくらいに。僕は君に信頼を寄せていたから。それは、僕の部屋から動けない君に対する安心だったのだと、今は思うけれど。

 空虚な笑みを浮かべたままの君は、以前より冷淡になった気がする。
 僕の気持ちを知っていて、絶対に手の届かない安全な場所にいて僕を苦しめているような気がして、僕は一度君をばらばらにしてフローリングに散らばした事があった。
 すぐに半分泣きながら、欠片を元に戻していた僕の姿を、やっぱり君は薄ら笑いを浮かべて見ていた。
 その頃から不安にかられた僕は、毎日毎日、自分の血を注いで、君の気持ちを確かめるようになった。


 そして、今。君の骨は、僕の血を受け付けない。
 僕の手首から流れ出した血は、赤い珊瑚玉のように白い骨の上を滑り落ちていく。君は血の粒を全身に飾って、空虚な、高慢な笑みを浮かべている。
 裏切り。

 諦めきれず確かめ続ける僕をあざ笑う様に、君はより多くの赤を纏い、女王のように僕を見下している。
 裏切った君を許さない。
 許さないから、僕は赤の玉を君の肺に、口に、鼻にも一杯に流し入れて、笑い声を止めた。君の呼吸を潰して。全身を僕の血に覆われて、苦悶の表情を浮かべる君を見て、僕は笑った。
 君を苦しめる為に裂いた僕の喉は、空気が入って音を立てた。

血赤珊瑚

血赤珊瑚

骨になった恋人を、僕はずっと抱いている

  • 小説
  • 掌編
  • 青年向け
更新日
登録日
2015-05-20

CC BY-NC
原著作者の表示・非営利の条件で、作品の利用を許可します。

CC BY-NC