直感
銀座四丁目の交差点を渡ろうとしたら、佐々木明彦の姿を見かけた。うつむき加減にして不愉快そうな表情をしている。元上司のその顔つきは嫌というほど見てきた。腹の虫の居所が悪い時や部下が失策をやらかした時や――
失業中の正夫は銀座に用があるわけではなく、ただヒマ潰しにやってきただけだ。少々寒いがよく晴れていて、人々がひしめいていて、景気のいい中国人がやたらと目につく。佐々木はもしかしたら正夫に気がついているかもしれない。そうだとしたらあの面はなんだ。正夫に行き合ったら途端にムカついたと言うのか。彼は忌ま忌ましくなってきた。ふと最近佐々木が詩集を自費出版したのを思い出した。そしてすれ違い際に、
「エセ詩人!」
我知らずに小声で叫んでいた。何人かの通行人が振り返って見たが、佐々木は前を見たままである。彼は知っているのだ。正夫は振り返らないでゆっくりした足取りで右に折れて、松坂屋前を通り過ぎようとしていると、軽く肩を小突かれた。佐々木が苦笑を浮かべて立っていた。
「俺がナニ詩人だって?」
「エセと言ったんだけど」
「無礼じゃないか。何を根拠にして、そんなことを言うんだ。俺の作品を読んだのかい」
「いや読んでいない。私の直感です」
「直感なんて当てになるものか。読んでから批評してくれよ」
「読まなくても分かる。あんたの存在から滲み出るものでね」
「その程度で決めつけるなんて、卑怯だぞ」
「私は自分の感性に自信を持っている」
「それに、あんな所で罵るとは、どういう了見だ」
「あんたもいきなりムッとしたろう。あれが気に入らないんだ」
「俺も直感でそうなった」
「あんたの反応は気分を壊すね」
「悪かったな」
「けど、忘れるよ」
「俺もできるだけ抑制するよ」
「それなら、私の直感を取り消してもいい」
二人は黙って別れた。歩いているうちに後味の悪さは薄らいだ。が、どうしても詩人としては認められなかった。
直感