魔法の歌声

魔法の歌声

まどろ

恐ろしいほどの才能を持って生まれた女の子は、歌うだけで世界を変えられる女の子でした。

幸せの歌


私は世界一のボーカリスト。それは全世界が認めたことで、私が決めたことじゃない。でも確かに、こうなるんじゃないかなっていう意識はあった。幼い頃からいろんな目線を感じていたから。私が歌うたびに。
小学校の音楽の授業では、合唱練習のはずなのに、何度も一人で歌わされたし、中学に上がると、男も女もこぞってカラオケに誘ってきたし。
私が歌うと、周囲にいる全ての人の目線を私に向けることができた。これは思春期真っ只中の私をこれでもかというほど興奮させた。高校に上がると、拍車がかかるように注目されていき、私が歌った動画を友達がネットに投稿したら、5日間で数千万再生を越えた。それも、誰も知らないようなインディーズの曲が。

それから歌手の道を進まざるを得ない事になった私は、いろんな曲をカバーして、ネットに投稿した。その動画達もすごい勢いで数千万再生を越えて、私はいつの間にかネットの枠を超えて、現実で歌うことになっていた。

そうして数年経った今、“この若さにして世界に名を知らしめたボーカリスト”として、いろんな舞台に立っている。
最近の映画の主題歌はいつも私。ドラマのエンディングも、お店で流れてる曲も、カーステレオも全部私。
全てがうまくいくようにできた人生は、とても気持ち良かった。

でも、ある日のライブでその人生は大きく狂う事になる。

あの日、いつものように私がステージに上がると、15万の歓声がホール中に響きわたった。
そして私が息を吸うと、一気に静まり返って、歓声の残響が一斉にフェードアウトする。曲が始まり、私が声を発したその瞬間から会場の空気は一変する。
マイクを通してスピーカーから出た私の歌声は、歌によって人の感情を変えてしまう。悲しい歌を歌えば、みんなが一斉に泣き、明るい歌を歌えば、笑顔で会場の温度が少し上がる。それだけの影響力を持つ私の歌声が響く会場の中で、たった一人だけ、ただじっとして歌を聴いている人を見つけた。
14万9999人が泣いている中、その人は表情を一切変えず、悲しい顔つきのまま、ライブ終了まで聴いていた。

その人は、私の手によってすぐに楽屋に呼び出された。

「ちょっと。どういうつもりよ!」
バンッと机を叩いて、彼の顔を睨む。
「どうして世界の認めた私の歌を平然と聴けるわけ?顔色ひとつ変えず、ただじっと悲しい顔で」
すると、男は答えた。
「僕には君がただの人に見えるからだよ。世界のみんなは神だ神だと、君を崇拝しているけど、僕にはそういう風に映らないんだ」
澄ました顔の彼に私は驚いた。
「意味がわからない…。私は今までいろんなものを変えてきたの。感情を失った少女に再び感情を与えたり、自殺という行為をこの世界から消し去ったり、戦争を終わらせたり、いろんな記録を塗り替えたり。それも、この歌声一つでよ!」
「そう、その“歌声”一つで、だ。他は何一つ使っていないんだよ」
男は自分の耳を指差しながらさらに続けた。
「じゃあその“歌声”が聞こえなかったらどうかな?」
私はしばらくその言葉に戸惑い、俯いてしまう。
「あなたの象徴は“歌声”ただ一つ。ただ歌うことで群衆を集められる事を覚えたあなたは、無意識のうちにそれ以外を捨ててしまったんです」
違う──とは、言い切れなくて、喉まで出かけていた言葉を飲み込む。
「実は僕も期待していたんです。すべての概念を変える、と聞いたあなたの声に。ですが結果はこれです。やはり聴こえないものは聴こえない。それが現実ですよね。それでは失礼します」
男はそう言うと、扉から出て行った。
私はしばらくその場から動けず、心配してきたマネージャーに声を掛けられたところで、その場に崩れ落ちた。それからはあまり覚えていない。気がついたら病院で寝ていて、食欲も睡眠欲もなくて、欲という欲が失われた無機質な状態がしばらく続いた。

“あなたの象徴は歌声ただ一つ”
“それ以外を捨ててしまったんです”
病院生活が続く中、ぼーっとする頭には、その言葉がずっと響いていた。
私は何を捨ててしまったんだろう。考えても考えても分からない。逆に考えれば考えるほど、意識は空中をさまよって、白昼夢でも見ているようなふわふわした感じになった。
そのままの状態で時間を遡ってみる。
まずは小学生のとき。初めての音楽の授業で、みんなで練習曲を歌ったとき、開始10秒もたたないうちに、みんなの歌声は次第に止んでいき、私の歌声だけになった。終いには先生のピアノも止んだけど、その状態を私は素直に楽しんだ。まるでその空間だけ時間が止まったような不思議な感覚。あの感覚は今もこれからもずっと続いていくことをこの頃の私は知らない。
そして中学に上がった私は、教室に入るなり、いろんな子たちに声をかけられた。
「君でしょ?奇跡の歌声を持った女の子って」
「ねーねー、何か歌ってみてよ!」
「どうせ子供だから持ち上げられただけだろ?」
いろんな人がいて、いろんな意見があった。
でも、私が歌を口遊み始めると、次第に空気が変わり始めて、本格的に歌いだす頃には、泣くみんなと、一つの意見だけになっていた。
『奇跡の歌声だ…』
あー。確かこの頃からだ。歌ってなんだろうって考えるようになったの。結局答えは出ないんだけど。
高校に上がって最初にびっくりしたのは、校門前で知らない子たちに待ち伏せされてたことだ。
「私たちあなたの隠れたファンなんです!きっと有名になると思います!これからも頑張ってください!」
キャーキャーっと女の子たちは去っていった。
そして迎えた入学式。校歌斉唱はわからなかったけど、国歌斉唱のときに私は案の定、体育館の時間を止めた。
歌い終わった後、いろんな場所から拍手があがって、次第にそれは一つになった。
体育館に反響しあって煩くなっていく拍手の中、入学式を私が主役のものに変えられたという事実は、私に間違った悟りを開かせた。
『この世界は私を中心に回ってるんだ』
だって歌えばうまくいくんだもん。いろんなことをサボる口実も、歌うことでよかったし、お金で買えないものは歌で買えたし、あそこで歌いたいといえば、そこまでの足ができた。
デビューしてからもそう。スタートダッシュが大事だと聞いたことがあるけど、スタート地点がみんなとは違った。ゴール一歩手前ぐらいからのスタートは、躓いても、転んでも、ゴールなわけで、全てがうまくいった。ファンだって色んなものを私に送ってくれるし、名声だって、お金だって、なんでも手に入った───。

あ。そうだ。全てがうまく行き過ぎたせいで、私はその地点で得るべきものを得られなかったんだ。捨ててきたんじゃない。そもそも拾ってすらなかったんだ。

そこで目が覚めた。ベッドの横で本を読んでいるマネージャーに声をかける。
「あの、本当にこの前はすいませんでした…。急に倒れてしまっ──」
私の声が届く前に、マネージャーは、大慌てで部屋を飛び出していった。
それから数分後、少し体格のいいお医者様が入ってきた。
「おはようございます。お目覚めはいかかですかな?」
「はい。気分も優れて、やっといろいろ元に戻った気がします」
私の声を聞いた医者は、少しうっとりとしていたが、いかんいかんとメガネを人差し指であげて、また質問をした。
「どのくらい寝ていたか、わかりますか?」
「8時間くらいでしょうか…?」
するとお医者様はわっはっはっと笑って言った。
「あなたは、かれこれ3ヶ月も寝ていたんですよ」
「三ヶ月…」
いまいちピンとこなかったけど、確かに8時間の睡眠で、マネージャーがここまで痩せることはないだろう。迷惑かけちゃったなぁ。
「退院っていつ頃できますか?」
「そうですね…いろいろ検査をして、ちゃんと栄養をとって安静にしていれば、一カ月くらいでできると思いますよ」
一ヶ月…。そんなに長い間待ってられない。私は今すぐ、取り戻しに行かなきゃいけないものがあるんだから。
「先生、私…」

──今すぐにでも歌いたいです──

病院を出てから少し後悔した。体が思うように動いてくれない。ずっと寝ていたせいなんだろう。でもそれでいい。私はこの状況をすごく楽しんでいた。初めての不自由が何よりも嬉しかった。
私は今まで何を見据えて生きてきたんだろう。いろんなことを考えて改めて思った。

家に帰ってすぐにドレスに着替えた。綺麗なグラデーションで彩られた、私が最初に買って貰ったドレス。随分と着てなかったから色褪せてるけど、それでいい。
家を出る前にマネージャーから貰ったメモ用紙をボッケに入れて、簡単な食事をとって、しっかり水分補給をして、試しに声を出してみた。
うん。大丈夫。しっかり出る。どこまでできるかわからないけど、精一杯やってみよう。それが大事なはずだ。

家を出て数歩、私は息を大きく吸い込んで、高校生のときに初めて書いた詩を、適当なリズムに乗せて歌う。
いろんな音であふれる街から、ゆっくりと音が消えていく。
街の視線が私に向いてくる。
窓を開けて止まる車が増えて、大きな渋滞が起こり始めた。それに私は「車の動きを止めないで」と歌って渋滞を瞬時に解消した。
今まで私は、主観的にしか物事を見たことがなかった。それが人としていろんなものを置いてきてしまった原因だと気付いた今、改めてこの状況を体感すると、まるで魔法みたいだと思った。恐ろしい力をもって生まれてしまったんだなぁ…私。
目的地の玄関に着く頃には、街中の人が私の後ろにいた。それに最後の歌詞を歌って解散させる。

──今までどうもありがとう──

数秒後には、魔法が解けたように音が戻って、いつも通り街は回り始めた。
それを見届けて、私は呼び鈴を鳴らした。
数分後、男性が顔を覗かせた。
「お久しぶりですね」
「お久しぶりです。それよりもどうしてここが?」
「私があなたに歌を届けたいと、マネージャーに相談したら2時間ぐらいでこの住所が書いた紙を持ってきてくれました。私の魔法の一つです」
「素晴らしい魔法だ。それより僕に歌を届けたいとはどういうことだろうか。前にも言ったが、僕は耳が聞こえない。そんな僕にどうやって歌を届ける?」
「ここで答え合わせをしましょう。次の私のライブチケットです。全てをそこでぶつけるつもりです。ぜひお越しください」
私は男性の手にそれを握らせて、その他は何も言わず、家を後にした。

時間がない中で組んでもらったライブにもかかわらず、5万枚のチケットは1日で完売した。これも私の歌声の魔法。三ヶ月間も時間が空いたのに、魔法は解けてなかったみたいだ。

その日から私は、ライブの日までひたすら詩を書いた。空っぽの私が、この前見た景色、病院で振り返った過去の時間、そして見えた答え。全てを綴った一曲に、メロディーも貰ってひたすら練習した。私にとっての初めての努力は、ただひたすら歌うことだった。

ライブ当日。
ステージ脇でチラッとステージを除くと、彼はちゃんと来てくれていた。そうこなくては今日までの努力が水の泡だ。
スタッフからマイクを受け取ると、ゆっくりと歩き出す。ステージの真ん中付近で止まって、まずは歓声を消す。
いつも通り私が息を吸い込むと、それは体現される。静まり返った会場に、そっと声を掛ける。

「私は今まで間違っていました」

「階段はエスカレーターではないですよね。自分の足で登らなければいけません。でも私は今まで、全て自動的に動かされていました。立ち止まらないのが普通だと思っていたんです。努力も知らない、忙しくもなく、不自由な自由だったんです」

「そんな中、私に全てを教えてくれた一人の男性がいます。その人は多分、幼い頃からずっと努力をして、耳の聞こえないハンデをなくしてしまったんです。口の動きだけで話を読んで会話する。これは本当にすごいことだと思います」

「ずっと無音。それはどういう感覚なのか、私にはわかりません。そんな彼に歌を届けるには…。私は考えました」

「この魔法の歌声は、きっと彼にも届きます」

私はゆっくりと目を閉じた。
バイオリンの綺麗な前奏が流れて、次第に音が加わっていく。ピアノ、木琴、ドラム、アコーディオン。私が思い描いた完璧なバラードが会場に響く。
それに合わせて魔法の歌詞を魔法の歌声にのせて響かせる。
“魔法の歌声は人の感情を変えてしまう”
しかしそれは聞こえなければ意味がない。だから私は届けることにした。全ての思いを歌詞に乗せて。
初めて自分で作った最初で最後の歌を。

“私はいろんなものを拾い忘れた。拾ってこれなかったんじゃない。それまでの過程を省略して時間ばかりが過ぎていった。だから私はこの声を捨てる。9を変えても1を変えられなければそれは欠陥。そんな魔法なんていらない。全てを取り戻すために私は0にもどる”

歌い終わって目を開けると、会場にいた50000人のファンは、1人を残して全員いなくなっていた。
いつの間にか照明も全部落ちていて、開けられた天窓から入ってくる日差しだけが、私たちを照らしていた。
ステージから客席に下りて、男性の座っている目の前の席に立って声をかける。
「届きました?私の魔法の歌声」
誰もいない会場の空気が私の声だけを響かせた。
「あぁ。確かに届いた。とても幸せな歌だったよ」
すべての魔法が解けた世界で、私は初めて笑った。

魔法の歌声

また空っぽからのスタートでもいいと思います。
何回だってやり直しはきくんです。意外と。

魔法の歌声

また0から歌い直すの。私。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-05-17

Public Domain
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