赤い少女の御伽噺
降り続けていた鉛色の雨は、午後になって幸福な御伽噺が響き渡るくらいの美しい雪になって、人々の喧騒を静寂へと導いた。
粉雪が、天使の羽というありふれた形容では飽き足りないほどに、繁華街のネオンの光を吸い取り、この街を浄化するように地へと舞い落ちている。
白い絨毯を人々は汚しながら歩いてゆく。いくつもの足跡が、雪のメッキを剥がし、アスファルトを露出させている。
ある男の足跡も、雪の上に残ることなく、誰かの足跡に消され、やがて誰の足跡かわからないほどの無数の足跡で、街の記憶のように跡形もなく移り消され、過ぎていく。
コートのポケットに深々と手を押し込み、首を縮めこませながら、雪の降り出した夜空を見上げ、信じられる神がいるのなら、裏切りの神もいるだろうさと、ふと覚悟しながら思った。
小さな少女は夢を見ていた。雪の中を舞う白い鳥が、希望を運んで自分を連れて行ってくれることを。
ある日少女は一人、残され、やがてある男に拾われた。
少女は女になるにつれて、様々なことを男から体に教え込まれた。
男に跪いて、垂れた彼の坊やを口にゆっくりと含み、口の中でふにゃりとした肉の感触が、ほどよい弾力を押し切って、硬く脈打ち、喉を突き裂いて来るのが、女は嬉しかった。
男の手に胸を掴まれると、まるで自分の体が少女に戻ってしまったかのように小さく感じ、体のすべてを掴まれるのではないかと思った。
大きな手に胸を鷲掴みにされ、痛いほどに張ってくる乳首に、もっと苛めて欲しいと淫らに叫んだ。
男の我慢しきれなくなって、泣いて濡れているような、かわいい坊やを、早く、早くこのひくついて乱されることを懇願している、いやらしい肉花弁の奥まで、めくるぐらいに暴れまわって欲しい、と願う。
女は望み以上の快楽の旋律に、男だけを貪る肉の塊になったかのように激しく蠢く。体の奥から一枚一枚めくりあげていくような男の暴挙に、蜜を散らし、声を轟かせながら果てる。
幸福が続いていたある日、男は借金の片をつけなきゃいけないと言って出て行ったきり、戻ってくることはなかった。
何度も、大丈夫だ、安心しろと言って、女の髪を優しくなでた男は、美しい雪の降ったあの日から、影すらも見ることはなかった。
いつもより凍てつきそうな日、女は赤いコートを着て、マッチをすり、タバコに火をつけて、煙をふっと吐くと、雪が降り出していることに気がついた。
忘れそうなほどに、昔のような、忘れられない景色。強く夢見ていた、御伽噺のような白い鳥。
マッチの火は自然と消え、はかない炎はマッチを黒い炭に変えていた。
もう一度女はマッチをすり、炎を見つめながら、男との日々を思い出した。
繁華街の赤いネオンがガラスの血管のように血を通しているように見えた。
マッチをもう一度すり、今度はネオンと重ねてみると、たちまちマッチの炎は寂しく見えた。
タバコの灰がポトリと雪の上に落ちた頃、女は若い男に声をかけられた。
「ごめん。待たせたかな?」
女はタバコを消して男に抱きつき、「愛している」と言ってキスをする。
「どうしたんだよ。急に」
「ううん。そうしたい気分だったの。ねえ、行こうよ」
女は嬉しそうに男の手を取って、いくつもの足跡でかき消された薄汚れた雪の絨毯の上を男と一緒に歩いていった。
燃え尽きた炭から続く足跡は、もう誰のものだかわからなかった。
赤い少女の御伽噺
抑えた表現。抑えた色使い。
本当はより抑えたかったが当時の実力では不可能でした。