タッパー

 成人式には出なかった。
 昼過ぎに起き出して前日もそうしたように、ぼさぼさ頭のままクロックスをつっかけた。
 アパートの前は二車線の車道だが、いつでも横断できる程度の交通量しかない。
 向こう側の歩道で老人が何かぶつぶつ言っている。どうやら、曜日違反のゴミ袋に躓いたようだ。
 猫が走ってゆく。その辺の家のテレビが今ついた気配がある。
 通りの空気は既に「中古」になっている。かといって朝が新品だったとも思えない。もう捨てようと決めていたはずの古シャツにいつのまにか腕を通しているように、新年の空気は無かったことにされていた。
 髪の毛同様寝癖がついたままの脳内を、野放しの想念が不恰好に駆け巡る。
 一月で中古なら、二月以降はどうだろう、大古? 完古? 聞いたことが無いな。使い古し、期限切れ、廃品……どれもなんか違うが、この田舎には似つかわしい言葉だ。腐っている? そうだ腐っている。この調子でいけば夏の盛りにはヘドロ状態だろう。そんな所に居残っていたら俺も無事では済まない。
 だから早く、速く……向っている先は、近所の潰れたバイクショップだ。
 道中、顔見知りのババアが喋りかけてくるかもしれない。
「あらタカちゃん、どうしたの今日はあれでしょアレ、お式――もう終わったの? お着物は? はあー、もうねえ。そうねえ。大人にねえ。大人になってー。お母さんにも見せてあげられたらねえ――」
 そうしたら俺は、遮ってこう答える。
「ああ成人式ね、うちの区域は昨日だったんで」
 これであしらえるはずだ。ポイントは「区域」という言葉だ。ちょっと考えればおかしな事でも、即席で納得させる力がある。ババアたちは条件反射の繰り返しで生活していて、その場では思考しない生き物だから有効だ。
 そんな架空のやり取りを想定しているうちに、珍しく誰にも会わずに目的地へ着いた
 トタンで出来た建物は壁の一部が剥がされて中が覗けるようになっている。もはや処分するしかないボロボロのスクーターやパーツ類、雑誌、煙草の吸殻、その他もろもろの放置物が一様に薄く埃を被っている。
 店の裏に回った。車三台分程のスペースの雑草地に、単車十台分以上のガラクタが満遍なく転がっている。薄くなったゴム底で踏まないように注意しながら端まで歩くと地面はいきなり途絶えた。
 五メーター程の崖になっている。真下の民家の屋根には吸殻や菓子類らしきビニール袋が、日干しになって張り付いている。その中には、制服姿だった自分が投げ捨てた欠片も有るのかもしれない。雨が降っても流されずに、いつまであそこに有るのだろう。いやむしろ雨が降るほど天気が繰り返されるほどに、グズグズに崩れながらも、一方で強固に古屋根と同化してゆくんだ。
 俺は唾を吐こうとして、からからに乾いていることに気付いた。しかたなく顎を上げると、景色がそこそこに見渡せた。
 全体的に高いビルは少ないが緑も薄い。この微妙な田舎っぷりも高度成長期に「発展」した末の事らしいが、それ以降は放置されたようだ。
 色合いに美しい統一感など皆無だが、全てが同じ液体に浸かっているような慣れが有る。
 タッパーの中の煮物に似ている。白々しい介護施設ばかりがポツリポツリと新築されてゆくのは、さしずめ黴だ。
 その喩えに気付いたのは実際に冷蔵庫の中で煮物が朽ちてゆくのを毎日目にしていたからだ。
 ゆっくりとかき混ぜるように、鳶が低いところを旋回している。あれを臭気に囚われた蠅に喩えるのは流石に気の毒か。
 強い翼が有るのなら、早く彼方へ飛び去るといい。しかし蓋をされたような灰白色の空に上昇気流など存在するのだろうか。

タッパー

タッパー

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-05-17

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