少年A君

小さい頃に人を殺した少年とその少年の亡くなった妹とある女の子のお話。

学校の授業中、ぐっすりと寝ているとまた同じ夢を見た。今から十年程前、俺の周りで二人の同姓同名の女の子が同時に亡くなった。一人は生まれてこれなかった妹。そしてもう一人は同級生の女の子。どっちかなのか、別の知らない人なのか分からないが、いつも同じ少女が出てくるのだ。
ふと目が覚めた時、授業がちょうど終わり休み時間に入る頃だった。俺はその休み時間、夢の少女のことを一人で考えることにした。そういえば、二人が亡くなった時から俺はいつも遊んでた公園を通るたびにその少女を見るようになったのを思い出した。きっとその少女は幽霊なんだろう。小さい頃は近づきたくまなかったが、だんだんと成長するにつれて公園の少女に興味が湧いてきた。俺も高校二年生だ、こんな幽霊ごときで怖がるわけがない。俺は今日の学校帰りにその公園に寄ることにした。
そして放課後になった。帰る準備をしているとクラスメートが遊びに誘ってくれた。だが今日はあいにく用事があるのだ。俺はその誘いを断ることにした。
「颯、今日カラオケ行こうぜ。もちろん女子も誘ってさ」
「今日はいかないよ。せっかく誘ってくれたのに悪いな」
「はあ?! 無理だって、颯もたまには来いよ」
「でも…」
「頼むって! 」
必死に友達が頼んでくるし、それになんと言っても夜や夕方に幽霊に話しかけるなんてやっぱり気が引けるのだ。別に怖がってるわけじゃない、ただ友達いに誘われたから仕方なく明日の朝に話しかけることに変更しようと思ったのだ。ただそれだだけ、怖がってはいない。そう自分に言い聞かせて俺はその遊びの誘いを受けた。
夕方から夜までカラオケで男三人、女三人で遊んでいた。別に俺が居なくても大丈夫だったんじゃないかと思うくらい普通に楽しんでいた。楽しい時間はすぐに過ぎ時計は二十一時を指していた。みんなは時計を見ると急いで帰る準備をし始めた。女の子はみんな十時には帰らなければならないらしく、みんなで送っていくことになりすぐにカラオケを出た。女の子を送っていくと二十一時半になっていて家に着くころは凄く遅くなっていた。帰りにはもちろんあの公園の前も通ったが友達も居たから公園を気にせず通ることができた。
家に着くと母さんが心配そうな顔で俺を見ていた。遅くなるって連絡を入れるのを忘れていたのだ。だが何も言わずに部屋に入っていくと少しして母さんが入ってきた。やはり黙っているのはまずかったらしい。
「どうして’連絡しなかったの、それに帰ってきたらただいまでしょ」
「ごめんなさい、友達とカラオケ行っててさ…。それに母さん怒ってると思ったから」
「怒ってないけど心配したのよ」
「今度からちゃんとするよ」
「そう、ならいいんだけど、ご飯食べる? 」
「いや、やめとく。風呂入って寝るは」
「おやすみ」
「うん、おやすみ」
そういうとお母さんは出て行った。お母さんが出ていくとどっと疲れが出てきたようにお風呂に入ることも忘れてベッドに倒れこんだ。大きく一つため息をつくとそのままそっと目を閉じた。

朝に目を覚まし、時計を見ると目を見開いた。時計は昼の十一時を指していた。起きようと予定していた時間よりも三時間も過ぎていたのだ。俺は急いでシャワーを浴びてリビングに行くと朝ご飯が置いてあり、お母さんはそれを作ると買い物に行ってしまったようだ。おいしそうな焼き魚と暖かい味噌汁とホカホカの御飯だ。それを食べ終わると出かける支度をした。今日は朝から公園の少女に会いに行く予定だったのだ、正午を過ぎるとあの公園にはたくさんの子供が集まってくる。もし俺がその時間に俺にしか見えない子と話なんかしていたら…。周りから見れば痛い子になってしまう。それに家から近い公園だし知ってる子も多いのだ。そう思うと走らずにはいられなかった。
公園に着くと少女は一人で木陰に隠れていた。俺が少しずつ近寄っているのにも気づかず背を向けている。近くに来たのはいいものの話しかけることが出来ず黙って下を向いた。すっと寒気がして慌てて顔を上げるとそこには俺が話しかけようとしていた子が立っていた。彼女を見ると体が冷たくなっていくような気がした。そんな気がしただけで実際には冷たくなってるわけでわないのだ。目の前にいるのに口が開かなくて話せない。その時、俺を呼ぶ声が聞こえた。一瞬、少女に呼ばれた気がしたが呼んだのは公園を除いてる俺の母さんだった。だがそのおかげで少し怖くなくなったのだ。
「ご飯は食べたの」
「食べたよ」
「今日、いつ帰ってくるの」
「夕方には帰るよ」
「そう。じゃあ夜ご飯はいるのね」
「うん」
「お母さん家帰るわね」
「うん」
公園の入り口から大声でご飯のこと聞く親がどこにいるものか、そう思ったが少し深呼吸をし今は前の少女に話しかけよう。母さんとのやり取りをじっと見られていたし、今更見えないふりなんてできない。小さい頃は少しだけ怖かったからずっと無視していたのだ。前に向き直すと目が合う。俺はもう一度深呼吸をして、ゆっくり口を開いた。
「あ、あのさ」
「やっぱり」
「え? 」
「やっぱり、見えてたんだよね」
「ごめん。小さい頃は…」
「いいよ。別に」
彼女は小さく笑った。この子は本当に幽霊なのか、そのまま聞いていいのかもわからなかった。俺は徐々にみんなが集まってきてることにも気づかずに話をつづけた。
「いきなりだけどさ、君って幽霊なの? 」
「うん」
「や、やっぱり。そうだったんだ。でも、なんで俺だけに見えるんだろ? 」
「それは」
女の子は普通は言えるはずだろうに言葉に詰まった。数十秒沈黙になったがすぐに口を開いた。
「私、生まれてこれなかったあなたの妹なの」
「ウソだろ、なんで成長してんだよ。顔だってどんなのかも分かんねえしさ」
口ごもりながらそういう少女を俺はあまり信用したくなかった。というか出来なかったのだ。それだけ言われたって誰も嘘か本当かなんてわからないのだから、だが次の一言で疑いは少しだけ減ったのだ。
「そうだね、ひまわりってそういえばいいかな。この名前お兄ちゃんがつけてくれたのもお腹の中で分かってたよ」
「確かに、俺がつけたけど、なんで成長止まってんの? 生まれてこれなかったら赤ちゃんのままだしさ」
「それは、言えない。いうと一生成仏できなくなっちゃう…」
「そうなのか、悪かったよ」
「うん」
「でも、なんで成仏できてねえんだ」
「心残りがあるんだ」
「心残りって? 」
「お母さんに会うこと」
「そんなの無理だろ」
「分かってるよそんなの…でも」
泣きそうになる彼女を見てると、どうしても放っておけなくなったのだ。相手は幽霊とはいえ小さな女の子だ。ここは大人の対応と言うものをしなければならないと思った。俺なりの大人の対応がこれだった。
「分かったよ。落ち着いたら一旦連れてくるから」
「ほんと?!」
「ああ、だがこれから俺は毎日お前に会いに来るようにする。ちゃんとした話はそれからだ。今日はもう子供の来る時間だしもう帰らねえといけねえし」
「分かった」
「じゃあな」
「うん、またね」
俺は頭を整理したくて一刻も早くこの場所を離れたかった。手を振ると俺は背を向けて公園を出ようとすると子供たちが来た。だが、そんなの構わず出ていった。頭の中は彼女でいっぱいだった。本当に俺の妹なのか、それが特に引っかかるのだ。それに、なぜ少女になって、年が止まったのか、あの子がいつから見えていたのかはっきりしなくなってきた。俺は頭が追いつかなくなっていた。あの子がもし本当に俺の妹だとしたら何年もほったらかしで成仏できないままだったんだ。そう思うと少し悪いことをしたなと思ってしまう。だが、もし妹じゃなかったら…と思おうとしても、一つ疑問が浮かぶ。それはなぜ妹の名前を知っているかだ、家族以外には言った覚えはないし俺が決めたなんてこと身内しか知らないのだ。こう考えてるうちに家についてしまった。もう家に着いたのかと思い時計を見ると時間はかなりたっていた。いつもは片道三十分もかからないくらいで行くのに今日は三十分以上もかかってしまったのだ。考え事をしているとこんなにも時間を忘れるのかと思うと少しだけ考えるのを控えようと思った。
家に入り、母さんがご飯の支度をするまで自分の部屋で考えをまとめていた。考え事をするとやっぱり時間は早く過ぎ、あっという間にご飯の時間になった。電気をつけてなかった部屋は真っ暗だった。俺の家の夕食は大体七時ごろに食べるのだ。母さんと二人で食べている。父はというと俺が小さい時に亡くなった。今思うと父が生きてて妹が生まれていたら四人家族で母さんももっと元気があって、家も賑やかになってたんだろうな。こんなことを考えたのは初めてだった。きっと今日妹に会ったせいだ。あの子が母さんに見えさえすれば三人家族になれるのに、なんてバカなことを考えた。だが、母さんに会わなきゃ妹は…ひまわりは成仏できないんだ。母さんにひまわりのことを伝えて信じてもらえれば何とかなるかもしれない。でも今日は疲れていたので何も話せない。それにご飯を食べるのに一時間もかかってしまったし、母さんにまた心配かけさせてしまった。今日はご飯も食べ終わったしお風呂に入って寝ることにした。

次の日も朝起きて出かける準備をした。今日はしっかり八時に起きることができたのだ。公園に行くのも十時には行くことができた。公園に着くとひまわりが昨日と同じ木陰に隠れていた。
「ひまわり」
「あ、どしたの」
「いや、母さんにどうやって会わすか相談しようと思ってさ」
「そうだね、私にも分かんない」
「昨日思ったんだけどさ、母さんが信じてくれれば見えるんじゃないかな」
昨日考えてたことを全部話していくと少し、いや、かなり無理があると思うがこれ以上の案は浮かばなかったのだ。ひまわりも俺と同様にこれ以上の案は浮かばなかったらしい。そうと決まればどうやって母さんに信じてもらうかだ。幽霊を、見えないものを信じろなんて難しすぎる。だが、話して信じてもらうしかないのだ。それも俺から話さなければならない。しかしやっぱり俺も妹のことを信頼しきれてない部分もあり、母さんに話すのは俺がしっかり落ち着いてからでいいかと思う。ひまわりには悪いが時間がたくさんかかりそうだ。一人で考えているとひまわりは母さんのように心配そうな顔をして俺を見ていた。その顔が母さんそっくりに見えて堪らなかった。
「心配しなくても考え事してただけだから」
「うん」
頭をなでながらそういうとにっこり嬉しそうに笑ってくれた。俺もにっこり笑うと、もっと笑顔になってくれたのだ。妹ってこんなに可愛いんだなとそのとき思ってしまった。本当の妹じゃなくても居たらこういう感じだったんだろうな…。なんて幸せに満ちていた。数分、ひまわりの頭をなでていると周りが少しばかりうるさくなってきた。きょろきょろと周りを見ると通りかかる人みんな俺のほうを見ていた。ほかの人がひまわりのことを見れない事を忘れていたのだ。周りが変な目で俺を見るのは仕方ない。空気をなでてるように見られてるのだ。今日はとりあえず帰らなければいけない。こんな変な印象持たれてここでひまわりと話してしまうと変人度が増してしまう。
「そろそろ帰るかなぁ」
わざとらしく大きな声でさっきの会話がなかったように笑いながら公園の外に出て行こうとした。ひまわりが俺を呼んでくる。だが、今はそれに答えることができない。なぜならみんなこっちを見ているからだ。明日、学校が終わってからまた来るよ、なんて心の中で言って公園を走って出た。朝から公園にいたから家に着いたのは、ちょうど十二時過ぎでお昼ご飯ができる時だった。その日はやっぱり母さんには何も言えずそわそわしていた。母さんは俺がそわそわして隠し事しているのに気付いていたが。何も言わなかった。母さんは色々と俺のことを分かっているんだ。そう思うと少し気が楽になった。そうしているうちに夜になっていた。たくさん考えるけど、今日はぐっすりと寝れそうだった。明日は学校だから帰りに公園によるしかない。今日はもうどっと疲れた気がする、明日の準備をして寝ることにしたのだ。
「颯、いつまで寝てるの」
母さんの声が聞こえながら俺の体が揺れている、というか揺らされている。まだ寝ぼけながら母さんに起きたよと返事を返す、実際のところ目も半開きで頭も動いていない。だんだんと母さんの声が遠くなったと思ったらいきなり顔に冷たい布が落ちてきた。目を見開き飛び起きてみるとキンキンに冷えているタオルが俺の顔に乗っていた。その上には母さんの顔があった。その顔は呆れたようだった。
「早く起きなさい。遅刻するわよ」
母さんは俺が起きたのを確認するとリビングに行った。俺はしぶしぶ起きると母さんの後をついていった。リビングに降りると朝ご飯が用意されていた。もう一度布団に戻って眠りたかったが母さんも目の前にいて学校に行くしかなかった。しぶしぶ行く準備をすると学校へ向かった。
学校に着くと金曜日に遊んだ子たちが話しかけてきてくれた。その子たちが話しかけてきてくれたおかげでひまわりのことを考えずにすんだ。だが、それは朝だけだった。お昼やそのほかの休み時間はいつも通り一人だったのだ。そのせいでひまわりを思い出すように頭に浮かんできた。あの子の事を考えると毎回ため息が出そうになる。授業中まで考えるようになっていた。まだ会って三日しか経たないのに、ひまわりのことで頭がいっぱいだった。そうしているうちにいつも通り学校が終わった。学校が終わると前のメンバーがまた俺を遊びに誘ってくれたが、今日は誘いを断りそのまま公園へ向かった。
公園に行くとひまわりが待っていた。やっぱり背を向けながら木陰に隠れているのだ。その後ろからそっと声をかけると。可愛く笑ってこっちに振り替える。公園に来たは良いものの、これと言って話す用はない。俺が母さんに話さなきゃ何も進まないのだから、早く話さなきゃいけないがなかなか難しい内容だ。俺は無意識にひまわりの名前を口にしていた。
「なに? 」
「あ、ごめん。何でもないよ」
「そっか」
「ごめんな、母さんになかなか言い出せなくて」
「いいよ、大丈夫だから」
そうやってまた可愛く笑っていた。その後も他愛のない会話をたくさんした。父さんや母さんのことを…。正直父さんのことはあまり知らなくて言えなかったが、母さんのことはたくさん伝えた。ひまわりは成仏できていなければこの公園からも離れることはできないらく、ただ公園を通る母さんを見つめるだけだったらしい。
「これからもっといろんなこと教えてやるから」
「うん。ありがとう」
「今度は写真持ってきてやるよ。休みの日になるけどさ」
「全然いいよ」
「おう、じゃあまたな。来れる時に来るから」
「待ってるよ」
そういうと俺はひまわりから離れ、家に帰っていた。家に着くと母さんが居て夕ご飯も出来ていた。いつも通り食べていても母さんの様子が少し変だった。目が合うといつも通りに笑っていいるつもりなんだろうが、何か心配そうだった。どうしたの、なんて聞いたって母さんは何でもないと答えることが分かっていたので何も聞かなかった。母さんがあんな様子じゃ自分の気分だって下がってくる。ご飯を食べ終わるといつものようにお風呂に行き自室に戻った。部屋に入るとため息が出る。色んな事が頭の中でぐちゃぐちゃになっていた。母さんの様子がおかしいのにひまわりのことなんて話せない。どうして俺ばっかりに…そんなことを思ってしまった。毎日こう考えると疲れてくる。それにやっぱり母さんのことが気になるのだ。俺は無意識に母さんのいるリビングに来ていた。母さんは凄く疲れた様子で今にも泣きそうな顔をしていた。そんな顔を見ていることが出来なくなり一言も声をかけずに静かに部屋へ戻っていった。布団に寝転がり目を閉じるとすぐに眠りに入ってしまった。
「お兄ちゃん、行かないで」
公園で泣き崩れるひまわりの夢を見てしまった。前までは毎日のように見ていても平気だったのに、起きると凄い量の汗をかいていた。びっくりして時計を見るとまだ起きる一時間前だった。二度寝しようと試みたが一向に眠れる気配がなかった。机に座り少しだけ勉強することにした。

朝、起こしに来る母さんの様子は昨日とほとんど変わっていなくてまた気分が落ちたのだ。そのまま学校へ行くといつも通り一人で過ごす。この時俺は母さんのことで頭がいっぱいで学校のクラスメートの俺を見る目が変わっていたことに気付かなかった。そんな日が一週間も経ったある日、学校に行くとみんなからの目線がなんか痛い。やっと気が付いたかと言わんばかりな目線が突き刺さった。いつのより独りな気がした。それは気がしたじゃなく、完全に独りだった。
孤独を感じた学校の帰りにいつも通り公園に寄った。ひまわりは普通に俺と接してくれて楽しく話すことができた。今の俺にはひまわりだけが癒しのようなものだった。話が済むと公園を出た。公園を出て少し歩くと母さんの後ろ姿が見えていたのだ。いつもだと家に帰ると買い物も全部済んでいるのになぜか今日は遅かった。きっと疲れて居眠りでもしたんだろうと勝手に思い込み、母さんのとこまで走って行き荷物を代わりに持った。毎日ではないが母さんはよく買い物をする。一体母さんはいつ働いて俺の学費などを払っているのだろう。ふっとそんな事が頭に浮かんだ。だがそんなこと聞く勇気はなく母さんの隣を歩いている。歩きながら母さんの様子をちらちら見ていたが、何か深く考え込んでいる様子だった。話しかけずにじっと見ているともう家についていた。母さんは家に着いたことにも気づかずに家の前を通り過ぎようとしていた。母さん、とそう呼んでもそのまま過ぎていこうとした。俺は慌てて母さんの腕をつかみ引き止めると、はっとしたような表情を見せごまかすように笑って家の中に入ってしまった。明らかに様子が可笑しいがあえて何も聞かなかった。もし何かあれば聞いてくるだろうと思ったのだ。
その日の夕ご飯の時に母さんがいきなり変なことを聞いてきた。
「あなた、学校でいじめられてるの? 」
心配そうな声で俺に聞いてきた。顔は下を向いていてよく見えないが母さんは泣いていた。俺にはその状況が全く分からなかった。 
「颯…虐められてるなら無理して学校へ行く必要ないのよ」
「いや、虐められてないから」
学校では一人が好きだから一人でいるわけで前もクラスメートと遊びに行ったし、いじめを受けてるなんて思ったこともない、だが、最近孤独感はすごく感じる。だけど何かされたわけでもない。それに俺の思い違いかもしれない。いじめではないと思うのだが、きっと母さんは俺が虐められていると思っていたのだろう、だから泣いてたり心配そうな顔をしていたのだと今気づいた。母さんは勝手に思い込んで勝手に泣いてるのか。俺が虐められてないと否定しても母さんは泣き止まない。俺がため息をつくと母さんは口を開いた。
「あなた、公園で一人で木に話しかけてるじゃない…」
すぐにひまわりの事だと分かった。もう一週間以上たっている。そろそろ話時なのかもしれない。
「母さん、絶対驚くと思うんだけど、俺が話してるのは人間の女の子だよ」
「近所の人から聞いたし、お母さんもあなたが木に話しかけてるのを見たのよ」
「その女の子…実はさ幽霊なんだ」
そういうと母さんの動きが、涙が、その瞬間にすべてが止まり、時間まで止まったように感じた。じっと母さんを見ていても母さんの時間は完全に止まっていた。「母さん」そう呼びながら肩を揺すと母さんの目線は徐々に下にいっていた。下から顔を覗き込むと母さんはまた俺を見つめた。確かにこんなこと息子から言われると驚くかもしれないが、まだもう一つ言わないといけないことが残っているのにこんなに驚かれると困るのだ。だが待っていても仕方がないので、俺は話を続けた。
「その幽霊の女の子ってのがさ、これまた驚きでひまわりだったんだ」
驚きすぎて母さんの声は出なかったが表情で分かった。母さんの知ってるひまわりは一人しか居ないのだから。それに続けて俺は母さんを追い込むように話していった。
話が一旦終わると母さんは過呼吸になっていた。それにも気づかず俺は話し続けていたのだ。母さんの背中をゆっくりとさすりながら小声で謝った。数分経つと母さんも落ち着いた様子だった。俺が幽霊が見えていて、その幽霊がひまわりだってこと、あとはそのひまわりに会ってほしいってこと。それだけ伝えられれば十分だろう。母さんが落ち着いたかと思うといきなり立ち上がり寝室へと戻ってしまった。だが俺はひまわりのために母さんにこれらを伝えた。ひまわりのためにここまでするのは俺に一番優しかったのはひまわりなような気がしたからだった。出会って一か月たつか経たないかくらいだが、そんな気がしたのだ。ひまわりは俺の支えになっていた。
今日はひまわりの事より母さんのことを考えながら、というか心配になりながら眠りに入った。最初はなかなか寝られなかったが、母さんならきっとわかってくれると信じて目を閉じると知らないうちに眠りに入っていた。
夜中の二時くらいだろうか、大きな物音がリビングから聞こえて来たのだ。俺はその物音で飛び起きてたのだ。急いでリビングまで行くと母さんが包丁を持ちながら倒れていた。包丁を奪い、母さんを見ると幸い包丁はどこにも当たっていなかったみたいで、血も流れていなくてほっとしたが、なぜ母さんはこんなことをしようとしたのか、きっとひまわりの事なんだろうがその時の俺には分からなかった。母さんは手に包丁がないことに気付き俺の手から包丁を取ろうとしてきたのだ。母さんの背中をさすり、何とか落ち着かせようとした。しかし、なかなか落ち着いてはくれなくて包丁ばかりを見つめていたのだ。やっと落ち着いたかと思うとまた何も言わずに部屋へ戻ってしまったのだ。俺はすべての刃物をどこか母さんが分からないようなところに隠すと自分の部屋に戻った。部屋に戻るとすぐさま布団に入りまた寝始めたのだ。俺は朝になったことも気づかずにぐっすりと寝てしまっていた。

次の日、目が覚めると急いで学校に行っても遅刻になる時間だった。母さんになんで起こしてくれないのかと聞くと母さんは話したいことがあるから今日は勝手に休むと伝えていたのだ。俺は勝手にされたことに少し腹が立ったが、昨日あんなことがあったので仕方ないと思った。用意されている朝食の前に座ると母さんも俺の前に座った。
「昨日の話なんだけど」
母さんはもう落ち着いている様子で話し始めた。昨日のことを自分の中で整理しながら話していた。そして母さんは順番に話していき、最後にはひまわりのことを信じてくれると言ってくれた。まさか一日で信じてくれるとは思わなかった。そうと決まれば今すぐにひまわりに会わせたいと思ったのだ。
「母さん、本当にひまわりのこと信じてくれるんだね」
最後の確認のように俺は聞いた。
「最初は難しいと思うけど信じればひまわりに会えるかもしれないんでしょ? 」
「ああ、そうだよ、信じてくれてありがとう、母さん」
そう微笑むと母さんはにっこり笑って言った。
「真剣に話してたから信じるしかないと思ったのよ」
「ありがとう、さっそくだけど、公園行かない? 」
「もう会いに行くの? 」
母さんは心の準備というのが出来てないらしく、行くのを嫌がっていたが少し考える時間があると母さんはお昼から行こうと言ってくれた。今日は金曜日で学校もあるのだが、母さんが休むと連絡を入れたため、朝はとても暇になったのだ。母さんはいつも通りにご飯を作ったりしていた。いつも通りというのは少しおかしいかもしれない。なぜなら俺が学校へ行ってからの母さんの朝の行動を知らないからだ。母さんは忙しそうに家事をしていた。家事が一旦落ち着くと出かける準備をしていた。
「母さんもう行くの? お昼ご飯食べていかないの? 」
「少し用事があるだけよ。お昼は机にあるものを食べててね、一時には戻るから」
母さんはそれだけ言うとさっさと出て行ってしまった。俺は母さんが出てった後に自室へ戻って行った。一体母さんは何をしに行くのだろう。お昼ご飯を作るのも時間が早すぎなんじゃないかと感じたが、時間を見るといつの間にか十一時を過ぎていた。お腹は全く空いていなかった。俺はベッドに寝転び母さんの帰りを待った。そのうちぐっすりと寝てしまっていた。
「お兄ちゃん…来てくれないの? 」
「ひまわり」
「お兄ちゃんなんて…」
そういってひまわりが俺に背を向け、離れていく。頑張っても頑張っても手は届かなかった。
「ひまわり‼ 」
飛び起きると寝汗を大量に掻いていた。そして横を見ると母さんが部屋に来ていた。母さんは俺を心配そうな目で見ていた。俺は何とも無いように平然としていた。少しの間そんなことをしていると、時間を忘れていた。俺は自分のことでいっぱいだったのだ。そして母さんはいつまで経っても俺の部屋から出ていく気配がないのだ。ちらりと母さんを横目で見ると母さんはガッツリ俺のほうを見ていた。
「な、なんだよ」
「もう一時だけど」
「飯はいらねえよ」
「そっか」
「早く出てけよ」
なんでこんな口しか聞けないのだろうと思った。反抗期と片付ける事も出来るが、本当はこんなこと言いたくもないのだ。イライラを抑えられない自分にもっといらつきを感じていたのだ。
「ごめんね。でも…」
「でも? 」
「公園に行かなくていいの? 」
申し訳なさそうにこっちを見ながら言った。すっかり忘れていたのだ。ひまわりのあんな夢を見てしまい、俺は自分のことしか気にしていなくて挙句の果てにそれに気づかれたと思い込み母さんに八つ当たりしたのだ。深く深呼吸をすると母さんのほうに向きなおり、頭を下げた。
「ごめん、俺が行こうって言ってたのに」
「大丈夫よ」
「ありがとう、準備してリビング行くから待ってて」
「分かったわ」
母さんは小さく微笑むとリビングに降りて行った。俺は着替えを済ませると母さんが待つリビングに降りて行った。母さんは行く準備ももうできていた。母さんは少し引きつった表情で俺を見ていた。そんな表情をされるとなんて言っていいのか分からなくなる。少しの間黙ったまま母さんを見ていると母さんは不思議そうに「行かないの? 」聞いてきた。その言葉ではっとし、母さんに笑いかけながら言った。
「ごめん。行こう」
リビングに行ってから外に出るまでそんなに時間はかかっていないが、俺にとってはすごく長く感じたのだ。
母さんは俺の一歩後ろを歩き、俺はどしどしと足音を立てながら歩いた。なぜそんな歩き方をしてしまったのかはわからないが、歩いてるうちに目的の公園が見えてきた。ちらりと後ろを見ると母さんの歩みは止まりじっと下を向いていた。
「母さんもうすぐだよ」
母さんは返事もしない、黙ったまま動こうとしなかった。仕方なく少し抵抗する母さんの腕を引っ張り、強引に公園へと連れて行った。いつもの場所を見るとひまわりが立っている。
「ひまわり! 」
「お兄ちゃん、お母さん? 」
俺はひまわりにすぐさま駆けよった。本当は今すぐにでも抱きしめたかったのだが、ひまわりは幽霊だ。周りの目を気にしなきゃいけない。前にひまわりに触れて変な目で見られていたのだから。俺はひまわりに会えた喜びで母さんがいることを忘れひまわりにいつも通り話し出そうとしてしまった。しかし、母さんは俺の名前を大きな声で呼んだ。その声に反応し母さんを見ると言葉では表せないくらい酷い顔をしていた。
「母さん、ここにひまわりがいるよ」
「その反応を見るだけで…。ひまわりはほんとにいるのね」
「お母さん…」
ひまわりが母さんを読んだって聞こえやしない。
「お母さん、お母さん、会いたいよ…」
ひまわりが涙まで流し始めたのだ。俺はびっくりしてひまわりに触れようとした。だが、その手はひまわりの体を通り抜けた。最初はふれられたのに、ひまわりを見ると少し透けていた。透けている理由は母さんのほうは見えてないみたいだが、ひまわりは母さんに会えたからだろう。俺はひまわりを触ろうとした手を見つめた。だが時間はあまりない。早く母さんに会ってもらわないといけない。ひまわりが消えるかもしれない。そう思った。
「母さん、ひまわりが会いたいって」
「私もひまわりに会いたいわ」
そう言いながら、母さんは地面に屈んだ。母さんがひまわりに会いたいなんてわかっていた。そんな母さんを見ていると、俺の頭にふと母さんがひまわりに会える方法が思いついたのだ。だが、それはとてつもなく危険だった。それにそんな事、俺に出来るわけない気がした。必死に母さんはひまわりを見ようとしていた。しかし、やっぱり見えなくてため息をついていた。ひまわりも悲しそうな表情をしていた。母さんがひまわりを見えさえすれば彼女は成仏出来るのに、なぜ見えないのだろうか、ひまわりは母さんの子供なのにと思った。母さんは全く霊感がないのだろうか。ひまわりの目の前でひまわりを探す母さんとその前で泣き崩れるひまわりがいる。そんな二人を見てると辛くて仕方がなかった。今日はここにいても見えそうになさそうだ。
「母さん、今日は帰ろう」
「そうね」
母さんは完全に疲れ切っていた。ひまわりは俺たちが帰ることを悟ったのか、声をあげて泣き出してしまった。
「お母さん…お母さん‼ 」
泣きながらそう叫んでも母さんには届かなくて母さんはそのまま公園を出ようとしていた。母さんが出ていった後、俺はひまわりに向き直って言った。
「ひまわり、ごめんな。俺が母さんに会わせてやるから…」
そういうとひまわりはにっこり笑ってうなずいた。公園の出口から俺を呼ぶ母さんの声がしている。ひまわりに手を振りながら、母さんのもとへ走った。

帰り道に母さんは悲しそうな表情で重い足取りだった。
「母さん、もしひまわりに会えるなら何でもする? 」
恐る恐る母さんに尋ねてみた。母さんはにっこり笑ってこう言った。
「娘に会えるなら何でもするわ」
「そっか」
俺は母さんににっこり微笑み返すと前に向き直った。母さんがひまわりのために何でもするならば、何とかなるかもしれない。俺は母さんの横を歩いているとその考えを今すぐにでも実行したくなった。
「颯? どうしたの」
相当難しい顔をしていたらしく母さんは足を止めて俺に言った。その言葉は俺の耳には届かなかった。俺は母さんを無視して歩いて行った。
「颯…待ちなさい」
母さんはそのまま歩く俺の腕をつかんだ。ぐっと後ろに引っ張られ転びそうになった。それにイラついたが怒りをこらえ、言葉を返した。
「なに」
「ボーっとしてどうしたの」
「ちょっと考え事だよ」
「なに考えていたの」
「ひまわりのことだよ」
母さんは何を悟ったのか、怯えながら俺を見つめていた。家はもうすぐだというのに母さんが俺の腕をつかんで離しやしない。そんな母さんの細い手を振り払い俺は家まで走った。俺を呼ぶ母さんの声も聴かずに、家に入ると息切れがいつも以上に激しく肩で息をしていた。玄関に座り込み頭を抱えた。このまま日を開けると母さんに俺の考えが見破られてしまうのだ。それだけは避けたいと思った。ただ一つ、母さんがひまわりに会う方法…。それは、母さんが幽霊になること、つまり母さんが死ぬことだった。もう一度考え直しても俺はひまわりのためにも母さんを殺すしかないのだ。殺したくない、そう思おうとしてもひまわりが頭に浮かんでくるのだ。玄関で考え込んでいると母さんが帰ってきた。
「なにしてるの、電気もつけないで」
「電気いらねえだろ」
「颯が暗いから…」
「なあ、母さん」
「そうだ、夜ご飯の買い物行かなくちゃ」
母さんは俺の話を聞かずにご飯の買い物に出かけようとした。
「母さん」
今度は俺が母さんの手を掴んだ。
「なに…」
母さんは必死に涙をこらえながら俺を見つめる。泣いたって関係ない。俺はひまわりのためにすると決めたんだ。
「母さんさ、もう…。もうこの家に戻ってこなくていいから」
俺の声も肩も震え、そういった俺の目から涙が出ていた。ひまわりのためだと心に言い聞かせた次の瞬間。俺の口が勝手に開いた。
「買い物行くついでに、捨ててきてくれねえかな、母さんの命」
言ってしまった。俺は母さんの顔を少し覗くと母さんは何とも言えない表情をしていた。
「ごめんね…それはできなくて」
「言ったよな、ひまわりのためなら何でもするって」
「でも」
「でもじゃねえんだよ! 母さんが自分で死なねえんなら俺が殺すまでだ」
次第に俺の声は大きくなっていた。母さんは泣きそうな声で言った。
「今死ななくてもいつか死ぬんだから…」
「いつかじゃ遅いんだよ。あいつはもう何十年もあそこにいるんだよ。もうそろそろ成仏させてやってもいいんじゃねえかな」
「でもなんで」
「母さんに会えば成仏できるかもってひまわりがそう言ったんだよ」
ため息交じりに言うと母さんまでため息をついた。そして深呼吸し、静かに口を開いた。
「母さんね、死なないわよ」
「俺が殺すつってんだろ」
「まだわかんないのね、気づいてると思ってたのに」
「どういうことだよ」
「とりあえず、リビングへ行きましょう」
そういえば、俺たちはずっと玄関で話していたのだ。母さんの後をついていくと母さんは椅子に腰をかけた。俺はその前に座った。母さんの後ろの時計を見てみるとさっきまで昼間だったのに夕方になっていた。母さんも俺も話そうとしない。母さんはお茶を入れていた。それも一人分だった。お茶が入るとそれは俺の前に置かれた。
「母さんどういうことだよ」
「今日の夜にまたひまわりに会いに行きましょう」
「今日見えなかったのに、無理だろう」
「いかないの? 」
さっきまでの母さんと別人みたいだった。こんなの母さんじゃない。人格が変わったみたいだった。
「誰だよ」
「あなたの母さんよ」
「違う、母さんはもっと…」
「今まで隠しててごめんね」
どうやら母さんの本性がこれらしい。だがさっき言った母さんは死なないとか、今日の夜にひまわりに会いに行くとか、俺には理解できなかった。母さんは一体何者なのだろうか。
「夜に行くから今のうちに少し寝たら? 」
こんな状況で寝ろなんてありえない、寝れるわけないだろうと思ったが母さんには何も言わず部屋に戻っていった。部屋に入るとすぐさま布団に転がった。
「寝れるわけねえじゃん」
ぼそっとつぶやき母さんを考えた。小さい頃の母さんは優しくて笑顔で…、強かった。
だが今の母さんは優しいだけだ。笑顔は見せるものの弱々しいのだ。あの力強い笑顔はどこへ行ったのか、俺を守ってくれた力はどこに行ったのか。

俺は一人で考えていると、ふっと昔の記憶がよみがえってきた。そういえば、十年ほど前だろうか俺は一人の女の子を殺したことがあった。その子の名前は…。なんだったのか、思い出せない。俺が殺したのに何も思い出せない。その時はまだ幼稚園だった。あの子の名前は。名前は。必死に思い出そう落としているとひまわりが頭に浮かんだ。
「ひまわり…? 」
何十分も悩み名前が出てきた。どんな感じだったかなと思い出そうとするとまたひまわりが出てきた。俺は不思議に思い幼稚園のアルバムを探し出した。汚い本棚の中に埋もれていた。ひまわりの名前を呼びながら見ていく。順番に見ていくと俺の組になった。そのぺージを開けるとすぐに見つけた。≪故 かいどう ひまわり≫そう書いてある上の写真には今まで俺があっていたひまわりが写っていたのだ。何度見ても公園にいるひまわりだった。それに入学式の写真も見つけたのだ。そこに写っているのは今の母親と名乗る人とは別の人と手をつないでいる俺だった。その横には母さんと手をつなぐひまわりの姿があった。そういえば俺の母さんは事故で父さんと一緒に死んだんだっけ…? 頭が混乱している。まとめようと紙に書いていくと母さんが…いや、ひまわりの母さんが部屋に入ってきた。
「全部ばれちゃったんだね」
ふふふと笑って俺を見ながらそう言った。今度は俺が追い込まれていた。もう公園なんかに行きたくないと頭で思っているのに体が勝手に動く。俺は部屋から出ると階段を下りて玄関へ行った。
「じゃあ行こうか」
靴に履き替えると外に出て行った。外はもう真っ暗だった。今が何時なのかも分からないのだ。深くため息をつくと俺の心を読んだのか分からないがひまわりの母さんがなぜか時間を教えてくれたのだ。今は夜の八時過ぎらしいのだ。俺は何時間も混乱しながらひまわりの正体を探していただ。歩きながら考えれば考えるほど分からなくなってくる。それにだんだんと公園に近づいているのだ。前に進む足が震えている。いくら震えていても前に進むのを止めなかった。やめられなかったのだ。そう考えているうちに公園についていた。公園の中を見るとひまわりが居た。やはり一人だった。いつもなら会うとうれしくて胸が躍るくらいだったのに、今近づこうとするたびに怖くなっていく。ひまわりはいつも通り笑っている。こんな状況で笑えるわけなんてなかった。きっと俺はひまわりに対して嫌そうな顔をしているのだろうと自分でも分かるくらいだった。
「お兄ちゃん? どうしたの。そんな怖い顔して」
ひまわりは俺が気付いたことを知らないのだろう。俺が黙って下を向いているとひまわりの母さんが俺の代わりに話を始めたのだ。
「颯はあなたが自分のせいで死んだことを思い出したのよ」
「私は颯くんが好きだったのに、なのに貴方は…」
ひまわりがいきなり語りだそうとしたのだ。
「ごめん、俺何も覚えていなかった」
「そんなので許されると思ってるの?! 」
ひまわりの母さんは声を上げた。だが、ひまわりはいつも通りの表情で俺に言った。
「颯くんが今すぐ死ぬなら許してあげる」
「そんなの無理に決まってるだろう」
「じゃあ、今すぐ土下座して…。五分間でいいよ、地面に頭こすりつけて謝ってよ。私にやらせた張本人だもんね、出来ないわけないよね」
そうやってにっこり笑うひまわりは悪魔そのものだった。怖くて怖くて仕方がない。だが、俺には死ぬ勇気なんてないのだ。仕方なくひざまづくと大きな声で言った。
「すいませんでした!! 」
何度も何度も謝っている。後ろを通る人にも気づかず、俺はひたすら謝り続けた。数分それを続けるとひまわりの声が上からした。
「もういいよ」
その声とともに顔を上げるとひまわりの足が消えかかっていた。それにひまわりの母さんの姿が当たらなかった。いくらキョロキョロしても見えなくなっていた。ひまわりはそんな俺を見て言った。
「母さんは成仏できたみたいだね」
ひまわりは悲しそうに笑った。
「お兄ちゃん…颯くん前言ったよね、俺が成仏させてやるって、私の体消えかかってるし成仏できそうだよ」
「ありがとう、謝ってくれて」
ひまわりはその言葉とともに姿を消した。俺はただ公園の大きな木の前に立ち尽くしていた。何もかも失った気分だった。話は早かった。俺が最初から忘れていなければこんな時間はかからなかったのだ。その場に座り込み涙を流した。ひまわりと母さんは俺に謝ってほしかったのだろう。
涙があふれて出ていく代わりに俺の幼稚園の時の記憶が入ってきた。ひまわりに酷い事をしてる記憶しかなかったのだ。俺がこの公園の前の道路でひまわりを車が来るところに突き押したのだ。ひまわりが居なくなってからすべてを思い出し、俺はいつまでも涙を流した。
どれくらい経ったのか分からないが俺は涙が止まると公園を出て、家に帰って行った。そして明日は学校だからその準備をした。今日に色んな事がありすぎたが二日続けて休むのはいけないと思ったのだ。凄く疲れが出ていて、すぐに眠りについた。

次の日の朝、いつも朝ご飯を用意してくれてた人もいなくて、お弁当もないのだ。昨日が夢のように思えるが、母さんのいない現実が夢だとは思わせてくれないのだ。重い足で学校に向かった。
学校に着くと俺の机には花が添えてあった。いつものメンバーに挨拶しても無視されてみんなは笑いながら俺の話をしていた。その話をじっくり聞くと唖然とした。
「あいつ、昨日学校休んだくせに夜で歩いてたらしいよな」
「そういえば、昨日の夜、木に土下座して謝ってるの見たぜ」
「颯って頭おかしいよな」
「ほんと、気持ち悪いし」
クラスメートは口々に俺の悪口を言う。それに次の言葉に耳を疑った。
「でも。あの子昨日車に轢かれて意識ないらしいよ」
「はは、ざまあねえな」
ほとんどが俺を笑っている。悔しくて仕方がなかった。それに俺は自分自身、死んでいるなんて気付かなかったのだ。先生が入ってくると悲しそうに俺のことを話し出した。俺が入院している病院も言っていた。俺は急いでそこへ向かった。
病院に着くとぐっすりと眠る俺が居た。必死に生き返ろうとしても、肉体に戻ろうとしても何もできなかった。ただ俺の体がそこにあるだけだった。医者も何もしてくれない。俺に身内が居ないからだろうか、あきらめて出て行ってしまったのだ。自分の肉体をじっと見る。周りには誰もいなくて、静かに俺が俺に近寄った瞬間、大きな音を立てて死を知らせる音が鳴った。だが、医者たちはすぐに俺のもとへは来てくれなかった。数分後に医者やナースが俺の周りにやってきた。少しイラつきながらその病院を後にした。これ以上ひどい扱いをされるのを見るのは御免だった。ひまわりが居た公園でひまわりが居た場所に腰を下ろした。俺は自分の成仏の仕方なんて知らない。じっと空を見上げ思うがままに考えた。俺が関わった人間近くにいた人間…いろんな人のことを考えた。

俺はその場から一度も動かなくて、何十年もの月日がたった。
小さい女の子が俺を見つめている。俺は知らんぷりをしたが、その子は俺に話かけてきた。
「お兄ちゃん誰? 」
「俺は…」
俺は何なのだろう。そう考えたとき女の子が黒い渦へと変わってしまった。一瞬の出来事だった、俺はその渦に吸い込まれていったのだ。
ハッと目を覚ますとさっきの女の子が居た、その子は口を開いた。
「幽霊で成仏できないやつは死神になるしかないんだよ」
「それはどういうことだ」
「人間の魂を吸い取って生きるの、ただそれだけ、それが出来なければあなたはただの抜け殻になるから」
女の子はそれだけ言うとどこかへ行ってしまった。俺は下界(人間界)を見て俺の知る人間の魂を見つけ次第、すべて奪い取ったのだ。
俺を笑ったクラスメート、俺を見捨てた医者、看護師、そしてその人たちにかかわる人々や大切な人。
俺はどんどん大きくなった。ほかの死神にも止められたが俺はやめなかった。何十年もそれを続けた。日本の人口は減り、死神も抜け殻になっていくものが多かった。俺は何万人、何億人もの人間の魂を食べたのだ。そう簡単に抜け殻になれるわけなかった。
やがて、俺以外の死神は抜け殻になり、人間も少なくなっていた。俺はどこでも一人ぼっちになってしまったのだ。下界に降りても人間と話せるわけもなく、第二の死神としての人生を俺は無駄にしてしまったのだ。俺は出来た死神の友達の近くですべての魂を人間へ返すように安らかに眠った。
「死ぬ時は誰かにそばにいてほしいものだな」
誰もいない静かなところに最後の力を振り絞り出た言葉がこれだった。人を殺しその罪も償わなかった。人を苦しめ自分をも苦しめた果敢ない人生だった。

少年A君

颯が小さい頃にひまわりを殺し、それについて謝りもしなく掘っておいた結果、呪われたようになった。最後まで性格が悪いままで儚く死んでいった。最後は何も残らないように書いた(つもり)

少年A君

  • 小説
  • 短編
  • 青年向け
更新日
登録日
2015-05-16

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