*星空文庫

走馬灯

糸井 望 作

私は、商店街をどんどん進んでいく。
不思議なカラーリングや形をしたお店が次々と並ぶ商店街の大通り。
これだけお店が並んでいて、大きな商店街なのに人の姿や声は全くない。
私はいつの間にか、ここにいた。気付いたらここに立っていた。
こんなところに来た覚えもない。見たこともない場所だった。
私は制服を着ていて、元々制服なんか着ていたっけ?と首をひねる。
何だか不気味だ。
とりあえず私の知ってる場所へ帰ろうと思って商店街の端を目指しているけれど、
商店街は一向に終わりが見えなかった。いや、終わりが見えないというよりは何度も同じ場所をぐるぐると回ってしまっているようだった。
ここの地形はドーナッツのような形でもしているのかと不可解に感じながら、私は歩みを止めなかった。それでも、ドーナッツの終わりが見える気配はない。
いっそ私の左右に並ぶお店に入ってみるか、少し迷ったけれど足が疲れてきていたこともあって、立っている場所のすぐ横のお店に入ることにした。
ドアの上には変わった字体で『お菓子屋』と書かれていた。お店の外観はドアや
壁に様々な色のペンキで塗ったくったようになっていて、ポップな感じがしなくもない。私は心の準備を整えて、ゆっくりとドアを押してみた。開かない。お休み?
そう思ってドアノブをガチャガチャしていると、ドアは開いた。外開きだった。
「いらっしゃーい」中から高めの女の人の声が出迎えた。中はドアのある壁以外の3方面全部が背の高い棚で埋まっていた。棚の中には色んな色の瓶が置かれている。
「あ、可愛らしいお客さん!」声は正面から飛んできた。正面にはお店の中を2つに分けるように大きなカウンターがあって、その向こう側に女の人がいた。
 ポニーテールにした栗色の髪に大きな目、丸っこいけれど可愛い顔立ち。パステルカラーのピンクのエプロンが良く似合っている。悔しいけれど、私よりも背も胸も大きい。ニコニコとした顔は人の好さそうな印象を与えた。
「どんなお菓子が欲しいの?」
「お菓子じゃなくて道を知りたいんです」
「道?」
女の人はきょとんとしてすぐに笑った。
「うちはお菓子屋さん。道は地図屋さんとか交番に聞いてよ」
「じゃあ、地図屋さんとか交番ってどこにありますか?」
「残念だけど、この商店街にはないわ」
ないところで聞いてくれなんて変な事を言う人だなとイラつきながら思っていると、お菓子屋さんはここはね、と商店街の説明を始めた。
「ここは不思議な商店街。不思議なお店が集まっている不思議なところ。
どこであるかも、何を話しているかもいまいち分からないところ。
だから、話はちょっとちぐはぐなの」お菓子屋さんははにかむ。おかしな人。
ちぐはぐなのは貴方の方です、という言葉を呑み込んでそうですかと返す。
「ここはお菓子屋さんなんだから、お菓子でも食べていってよ。はい」
お菓子屋さんはオレンジ色のキャンディのような物を差し出した。
「私、お金持ってません」
「いいの、サービスだから」
あとでお金を請求されても困るから受け取りたくなかったけど、ぐいぐいと押されて結局受け取ってしまった。そのまま期待に満ちた目で見つめられるので一口含んだ。
やっぱり、キャンディだったようで堅いからそのまま口を離す。
柑橘系のような甘酸っぱさと砂糖で煮詰めた甘さが唇に残る。おいしい。けれど、甘さは思ったよりも感じられなかった。もっと甘そうな味をしているのに、甘さを上手く認識できていないみたいだった。
「これ、なんてお菓子ですか?」
「青春の味よ」
「青春?」
「そう。甘くて、ほんの少し酸味がきいてて美味しいでしょ?」
「あんまり甘くなかったですよ」そう答えるとお菓子屋さんはええっと声を上げた。
「甘いお菓子は好き?」
「好きですよ」むしろ苦いものや辛いものの方が苦手なくらいだ。
「好きな甘いお菓子を甘く味わえないなんて! とっても空(むな)しいわ」
そう言って悲しむお菓子屋さん。わんわん泣き出してしまったので、お店を出た。
おかしな人だった。子供のような女の人。ちぐはぐなお菓子屋さん。
もらったキャンディをもう1度舐めてみる。うん、やっぱり酸味が強い。
次は向かい側のお店に入ってみよう。大通りを横断して、お店に近付く。
次は写真屋さんだった。ドアの横に綺麗な明朝体で写真屋と書いてある。
壁にはポスターやコピーの値段の書かれた紙が貼ってある。白黒コピーは50万円、
カラーコピーは100万円。桁を間違っているんじゃないだろうか。
とりあえず、お店のドアを引いてみた。開かない。押してみる。開いた。
今度は内開きだった。中は色んな物が雑多に置かれている。新聞に写真のフィルム、
蛍光灯やらスマホの写真をコピーする機械、コピー機。それらの物を漬け込むように薬品の匂いが満たされている。奥の方でおじさんがひょっこりと顔を出す。
「こんにちは」私が声をかけると、おじさんは私をじっと見た。
「何用で?」少し不愛想、不機嫌そうに眉をしかめている。
「道を知りたいんです」
「道?」
「この商店街から出る道を、方法を知りたいんです」
「出てどうする?」写真屋さんは手近なものをごそごそと動かしている。
「え?」
「出てどうすると聞いているんだ」何かを探しながら写真屋さんは聞く。
「帰るんです」
「家にか?」
「ええ」
「何の意味がある」写真屋さんは眼鏡をものの中から取り出してかけた。
「意味はありません。でも、ここにいる意味も私にはないんです」
「それは間違いないな」写真屋さんは皮肉そうに笑った。眉間の皺は消えている。
目が悪くて、こちらをしっかり見ようとしていただけだったようだ。
「それで」
「だから、外に出る道を教えて欲しいんです」
「わたしはここから出たことがないので分からないね」
「そうですか」出たことがないというのなら道を知らなくてもしょうがない。
「写真はいらないかね」こちらを一瞥して写真屋さんは一応といった感じに聞いた。
「写真のネガもデータもありません」
「そんなものは必要ない。そこにある」写真屋さんがさした指の先には棚があって、その中にアルバムがあった。手に取って見てみると年齢順に私の写真や動画のフィルム、ネガなどが収めてあった。
「何でこんなものがここに?」
「ここは写真屋だから」
「……私の写真ばっかり」ぱらぱらとページをめくっても、つい最近の私までの写真だらけだった。
「君のアルバムだからな。それで、写真はいらないかね?」
「いらないです。自分の顔は鏡でも見れるし」
そう答えて私はアルバムを元の位置に戻した。ドアノブに手をかけてから、一度振り返って試しに聞いてみる。
「誰か、ここから外へ出る道を知ってる人を知りませんか?」
「いいや」首を横に振る写真屋さんを見て、やっぱり知らないかと落胆しながらお店を出た。
次はどこへ行こう。このまま手当たり次第に当たっていくのも大変そうだ。
もう少し入るお店を絞ってから入った方がいいのかもしれない。もらったキャンディを舐めて歩きながらお店をチェックする。花屋、本屋、映画館、香水屋、レストラン、中古屋、服屋、家具屋……。道を教えてくれそうな店はなかなか見つからない。
 きょろきょろとしながら歩き続けていると、気になるお店を見つけた。
時計屋さんだ。私はその名前を見て、ある事に気がついた。
今は何時だろう。周りを見回しても時計はない。私も時計を持っていなかった。
空を見上げてみると、夕方か朝方か昼間かよく分からない空模様だった。
薄い青、白みがかった水色で一面に覆われた空。太陽も月も雲も見当たらない。
時計屋さんに目を向ける。ドアの手前に腰くらいまでの大きさの看板が置いてある。
白黒で時計屋と書かれていて、背景は時計の文字盤になっている。
ドアノブに手をかけて、押してみる。開かない。引いてみる。開かない。お休み?
しばらくドアノブと格闘していると、中から声がした。
「そのドア、引き戸だよ」その声の通りにドアを横に引くと、すんなりと開いた。
引き戸なんて少し不親切だ。私はそう心の中で不満に思ってお店の中に入った。
 お店の中はどこもかしこも時計が飾られている。ドアのある壁以外の3面に沿うように台が置かれていて、壁も台も埋め尽くすように時計が置かれている。
けど、どの時計も時間が違うみたいだ。いろんなタイプの時計があって、日付の出るタイプの日付もそれぞれバラバラ。今日がいつで、今が何時なのか全く分からない。
「ごめんね。うちのドア、分かりづらかったでしょ」お店の奥の方にロッキングチェアに腰掛けた男の人が眉を下げて謝った。
「あの、すいません。今、何時ですか?」
「今は何時でもないよ。ほら、ここにある時計、全部時間が違うだろう?」
「だから、時間が分からないんです」何を言ってるんだろう、この人は。
「ここに時間はないんだ。だから、分からないのも当然だよ」
「時間がない? どうして?」
「ないものはないんだからしょうがないさ。君にとって時間はそんなに大事?」
もちろん大事と言おうとして、ふと言葉が詰まった。時間は大事? 本当に?
時計屋さんは私の目を見つめて、微笑む。その顔が優しすぎて怖い。
「時間は僕達を置き去りにしていく。そしてただ静かに迫って来る。圧迫する。
 遠くへ行ってしまう癖に目の前でこちらの首を絞めて来る。それでも大事?」
時計屋さんの目がこちらを静かに見据えている。時計屋さんの目の中に文字盤が見えた気がした。自分自身の唾を呑んだ音が大きく響いたように聞こえる。
心臓の音が時計の音と重なる。煩い。時計の音が四方から迫って来るように聞こえる。
 怖い。そう思った瞬間、全ての時計の針が12時を指した。
一斉に音が鳴り響いた。アラーム、鐘、オルゴール、鳩、それぞれの時計が競い合うように12時を告げる。時計の針が動く音も心音も聞こえなくなった。
異様な空間はさらに異様さを増していく。タイムスリップでもしてしまいそうな感覚。
耳にというより、頭の中に響いてるようで音はごちゃごちゃに混ざり合う。
「大変だ!!」時計屋さんが突然立ち上がる。今までゆらゆらと揺れていたロッキングチェアは後ろに勢いよく倒れた。
「時計が揃った、時間が盗まれた!!」時計屋さんは慌てたように倒れた椅子の周りをぐるぐるとまわる。まるで自分のしっぽを追いかける犬のよう。
「時間が盗まれたってどういうことですか? さっき、ここに時間はないって」
「盗まれたんだ! 盗まれた!! ここにあった時間が盗まれた! この時計も、この時計も、この時計も! 時間が盗まれて全部12時になってしまった!」
止まらない12時の音の波に合わせて、時計屋さんの叫び声も店内に響く。これだけ時計の音で煩いのに、時計屋さんの声は不思議と聞こえた。
どの時計も音を出しているだけで針はぴたりと止まっている。
ここにあった全ての時計の時間が消えてしまったようだった。
「君! 早く時間泥棒を捕まえてくれ! まだそんなに遠くにはいないはずだ!」
ぐるぐると椅子を囲い続けながら、時計屋さんは私に叫んだ。
「なんで私が!」
「早く! 早く!! 時間泥棒を捕まえろー!!」
時計屋さんと時計たちの音の波に追い出されるように私はお店を出た。
私の手にあったはずのキャンディはいつの間にか消えている。
商店街に出ると、時計屋さんからのあの喧騒は聞こえてこなかった。
 だからこそ、逆に不気味だった。
私はいつの間にか商店街の通りを走り始めていた。私の意志で走り始めたのではなく、足が勝手に動いている感覚だった。
「私をどこへ連れていくの!? 私の足のくせに!」
私が怒った調子でそう叫んでも、誰も足も、私の疾走を止めてくれなかった。
走り続けていると、周りの風景が変わっていることに気付いた。
左右に並ぶお店の装飾は消え、交互に白と黒だけで塗られたお店に変わっている。
白、黒、白、黒、白、黒、白、黒。目がちかちかする。
私はどこに連れて行かれる? そう思うと、ぞっとして何かにしがみついて止まろうとしても、しがみつける物がなかった。
 走り続けてしばらく。私の足はようやく止まった。
肩が上下するほど、息を切らして膝に手をつく。疲れた。マラソンを走った後みたいだ。実際に走った距離は分からないけど。
 私がふと地面から顔を上げると、目の前には暗闇があった。真っ暗な黒。
光も通さなさそうな黒。私の立っている場所から5M弱しかないような先にそんな闇が私を待っていた。
 怖い。私を食べようと大口を開けている。
その闇の前に人影が見えた。闇と同じような真っ黒の人型。闇に同化しているみたいだった。その真黒なヒトガタはゆっくりと口を開けた。
「あなたにとって時間は大事?」
どこかで聞いたことのある声だった。女の子だと思うその声はこちらを見つめている(と思う)。
「時計屋さんと同じことを聞くのね」
「あなたにとって時間は大事?」
「もしかして、あなたが時間を盗んだの? 時間泥棒さん?」
「あなたにとって時間は大事?」
……ヒトガタは同じことしか喋らない。絡繰り人形のようだ。
答えなければいけないのかもしれない。この問いに。
あなたにとって時間は大事?
私の頭の中でヒトガタの声が復唱される。
時間は私を置いていく。時間は私を責め立てる。
追いかける。絞める。拘束する。変わってしまう。繋がる。
時間は身勝手だけど、明日が来てほしくない時だってあるけれど、時間なんて止まってしまえばいいと思うときもあるけど。
でも、時間がいつもあるから私たちは動けるし、いつも通りに明日が来ることに安心する。
明日がない。それは怖い。恐ろしい。
「時間が大事かは分からない」私の口は少し震えながら音を出す。
ヒトガタはそれに反応するようにぴくっと動いた。
「でも、明日は来てほしい。明日が来ないのは怖いし、困るから」
私の震える声に何だか既視感を感じる。ごくりと唾を飲み込む。口や顎が震えているのが鏡で見なくても分かった。
「私はまだやりたいことがいっぱいあるんだ」
ヒトガタはこちらへと歩み寄ってきた。少しずつ黒から色が変わっていく。
私の目の前に立って、私はヒトガタと目が合った。
ヒトガタは私と同じ顔、同じ声でこう言った。
「それじゃあ、帰ろう」
ヒトガタに手を取られて、私は闇へと飛び込んだ。


ピッピッピッピッピッピッ。
無機質で安定した音が聞こえる。心地いい。目を開くと白い天井が見える。
白い部屋には私と私が寝ているベッド、それから機械が置いてあった。
呼吸器を通して、すこーと自分の呼吸している音が聞こえる。
私は今、病院にいる。機械は私の命の音を確かに刻んでいた。

『走馬灯』

不思議な体験談、という感じになりました。
不思議の国のアリスを意識した文体となっております。リスペクト。

『走馬灯』 糸井 望 作

女の子が道を尋ね回る話。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • ミステリー
  • ホラー
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2015-05-15
CC BY-NC-ND

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