6.一振りの矛盾

片桐バウムクーヘン

 時計は丁度、昼休みの時間を指していた。
 昼休みで騒がしい教室の一角に二人の女子生徒が居た。
 一人は長い黒髪をポニーテールにした無表情が板についた女の子、伊藤舞子で、まいこと呼ばれていた。
 もう一人は茶髪のショートヘアの小柄な女の子、伊東未来、みっちゃんと呼ばれていた。
 着席したまいこの席に、みっちゃんは椅子を向けて会話をする。
「まいこ! 矛盾って知ってる?」
「うん、もちろん知ってるよ」
「知らないかもしれないから教えてあげると、最強の盾と最強の矛、どっちがつよい? ってお話なんだけど!」
「あれ? 聞こえてなかった?」
まいこがつっこみをいれるが構わずみっちゃんは話を続ける。
「あれって実際に打ち合ったらどうなるんだろ」
「さぁ? 両方壊れるんじゃない? 本当にどっちも最強なら、最強の矛が最強の盾を貫いて粉砕するけれど、同時に最強の矛も最強の盾の防御力で粉砕されて相打ち、かな?」
 あんぱんを開封しながら、まいこは答えた。
 そして、
「なるほど!」
 元気な声でみっちゃんは言った。
 それからすぐまいこが口を開いた。
「みっちゃんはどう思うの?」
「うん、私? 私は――」




****************



 灰色のコンクリートで舗装された室内はところどころ黒ずんでいた。
 天井にはいくつか通気口があったが、部屋には窓はなく室内を照らすのは一つの光だった。
 その光とは、壁の一角に四角いスペースから吹き出ている青い炎のことだった。
 そして、その光源から遠ざかるたび薄暗くなる部屋に一人、男が居た。
 ところどころ白髪が目立つ黒髪。浅黒い顔に無精髭を生やした四十代ぐらいの男が大きな灰色の机に向き合っていた。男は武器職人だった。
 武器職人が佇む机の前には、軽くて丈夫で希少な白い金属から作られた盾と矛が並んでいた。頑丈そうな盾と矛が一本ずつ並んでいた。
「できた。お前は最強の盾、お前は最強の矛だ」
 武器職人は一人、目の前の盾と矛に向かって言葉をかけた。
 最強の矛と呼ばれたのは、長さ二メートルほどの全体が赤い矛で、持ち手の何倍もの幅を持つ先端は、三叉にわかれていた。
 その三叉の内の一本は突出して長く、大きさの揃った左右のものの一・五倍ほどの長さ。持ち手には滑り止め用の丈夫な黒い布が幾重にも巻かれていて、何よりも強かった。
 最強の盾と呼ばれたのは、縦一・五メートル、横八十センチメートルほどの大きな青い盾で表側は一際青く、鏡のように反射する不思議な作りになっていた。
 分厚い幅を挟んだ裏側には中央付近に持ち手が存在していた。盾全体と同じく青く、頑丈な素材でできており、何よりも強かった。
「……」
 武器職人は左手で矛を、右手で盾を持ちあげようと力を込めた。希少な鉱石は雲のように軽かったのですぐに持ち上がった。
 こうして、最強の盾と最強の矛はこの世に生まれた。
 しばし二本を見つめていると、物音がした。
「…。なんだ?」
 武器職人は玄関へとだるそうに向かう。
 薄暗い部屋に並ぶ最強の盾と最強の矛は、これから武器職人に愛されることとなる。


 そして約十五年が過ぎ、最強の盾と最強の矛は、数々の伝説を生み、名実共に最強の名を欲しいままにしていた。

 ある日、武器職人は街に出た。
 こうしてたまに町に出て、自分が作る武器がどれほど優れているかのアピールをして売るのだ。
 数々の武器をリヤカーにいれ、その側に付き人として、若い二人の人間がついていた。
 一人は金髪碧眼の精悍な顔をした十五歳の少年で最強の矛を持っていた。
 一人は銀髪紅眼の端正な顔をした十五歳の少女で最強の盾を持っていた。
 少女と少年は丁度十五年前、最強の矛と最強の盾が誕生した日に、人里離れた開けた断崖絶壁に立つ武器職人の家の前に捨てられていた。
 物音のあとすぐに出たが、不思議なことに周りには誰もいなかった。
 だが、見捨てられない武器職人は、その二人を十年間育て上げた。


 武器職人は二人に生き抜く術を教えた。
 その中でも、力を入れたのは武器の扱いだった。
 初めての訓練は二人が十歳のころだった。
 その日、初めて盾と矛を使ったのにもかかわらず、二人は最強の盾と最強の矛をまるで、生まれた頃から知っていたかのように扱っていた。
 だが奇妙なことに、少女は最強の盾、少年は最強の矛以外、振り回すのが精一杯だった。
 だから、武器職人は、少女に最強の盾を、少年に最強の矛を与え、助けあって生きることを誓わせた。

 そして、そこから一年後、二人は旅に出ると言い出す。
 その旅の中で、数々の伝説を打ち立て、最強の盾と最強の矛の性能を世に知らしめた。
 こうして今日この日、丁度拾われて十五年目に二人は、すっかり大きくなった武器職人の家へ帰ってきていた。そこから今に至るのである――



***************



 街の広場には百人を超える人だかりが出来ていた。
 ギャラリーの眼前には少女と少年がリヤカーからそれぞれ剣や盾を取り出し、投げた金属を斬り裂くなどの演武を行っていた。
 演武が終わり、武器職人へと集い、武器などは飛ぶように売れていた
 そうして、持ってきた全ての武具を売り払ったあと、小さな子供がぽつんと言った。
「ねーねーおねえちゃん、おにいちゃん。"最強の盾"と"最強の矛"、どっちがつよいの?」
 純粋な一言だった。誰もが空気を読んで言わなかった一言だった。
「それは…」
 武器職人は言葉に詰まる。少年と少女は黙っていた。
「どんなものでも貫ける矛と、どんな矛も防ぐ盾、どっちがつよいのか、僕は気になる」
 子供のその言葉が合図だった。
「オレも気になる!」
「ワシもだ!」
「伝説の武器! どっちが強いんだろうなぁ!」

 ギャラリーもどよめく。騒ぐ。
「…」
 武器職人はしばし黙った後、決めた。
「それは…、それは実際に打ち合わないとわからないことだ…」
 武器職人の声は暗かった、表情も、どん底だった。ゆっくり、かなりゆっくりと言葉を紡いた。
「だが…だが……」
その先の言葉は紡がれなかった。
「「お父さん」」
 少年と少女。二人の声が重なった。そして、二人は目を見合わせ、頷くと、それぞれ、最強の盾と最強の矛を構える。
 最強の矛と最強の盾。それらは今、ぶつかり合おうとしていた。
 睨み合う二人。固唾を飲んで見守るギャラリー。武器職人ももう何も言えなかった。
 広場は静かだった。吹き抜ける風の音だけが音を発していた。


 最強の矛、それは最強の矛として生まれた存在であり、矛界の頂点に立つ存在。
 最強の盾、それは最強の盾として生まれた存在であり、盾界の頂点に立つ存在。
 共に負けるわけにはいかない。


 矛が勝てばそれは即ち盾は矛に劣る武器種と認められ、盾が勝てばそれは即ち矛は盾に劣る武器種と認められる。


 だから誰も今まで、気になっていても何も言わなかった。
 だから暗黙の了解として、決着は夢の果てだった。
 だが、均衡は破られた。
 だが、封印は消え去った
 人々の探究心が爆発した。
 真実は現れなければならない。

 風が再び吹いた。どこからともなく白色の花びらがたくさん運ばれてきた。
 まるで合図のように二人は動き出す。

 静寂は斬り裂かれようとしていた。

 少年が矛を盾へと突き立てようと振りかぶる。
 彼は本気だった。いつかはくると思っていた。
 決着を、優劣をつける時がくると思っていた。
 
 少女は盾で矛を受け止めようと膂力を込める。
 彼女も本気だった。いつかあると思っていた。
 真実が、上下が決まる時がくると思っていた。

 今がその時だ。

 意識は交差していた。


 矛と盾の距離はもうすぐそこだった。
 ぶつかり合う数秒。もはや、その動きは止まらない。
 誰にも止められない。少年少女、武器職人。誰にも止められない。

 突き出した矛の動きはもう止められない。
 少年は思い出していた。幸せな日々を。

 動き出した盾の動きはもう止められない。
 少女は思い出していた。幸せな日々を。

 幸せだった。
 意志は折り重なっていた。
 それは、武器職人も同じだった。
 少年少女の意志はさらに重なる。

 思考の海は更に広がる。


 少年と少女は双子だった。
 少年と少女は青い炎の海で生まれた。
 少年と少女は熱いところで生まれた。
 少年と少女は同時にここに生まれた。
 そこは灰色だった。初めて見たのは灰色だった。
 それは、黒と白の髪だった。
 最初に見た時は嬉しそうだった。次に見た時は心配そうだった。
 暗い暗い思考の中に、神様が創った、何ものにも染まらない白い金属が一つ、少年と少女の思考の海へと投石される。
 広がる波紋の中には、寂しそうな武器職人の顔が浮かんでいた。
 矛と盾の距離はすぐそこだった。

 そこまで思考を深く深く、広く広く保ったころ、少年と少女は気づいた。
 辛かった日々、悲しかった日々、それでも楽しいことも幸せなこともあっ た日々、全部全部二人は思い返していた。
 それはまるで走馬灯だった。なぜかそれは走馬灯だった。
 そうして気付いた。
 二人は完全に同じだった。


 次に二人は、二本は、「争う必要があるのか、ぶつかりあう意味はあるのか」そう考えた。
 そして、「手を取り合うべきではないか」
 そこまで考えた。その先はなかった。

 ぶつかり合う刹那。瞬間、最強の少年と最強の少女。いや、最強の矛と最強の盾は目を合わせた。
 そして同時に頷く。言葉は必要なかった。

 静まり返った広場で、動くものはなくなった。

 光が満ちた。

 矛の三叉の先端から、何ものにも染まらない白い鉱石で出来た銀色の白い糸が伸びていた。
 盾の一際青い表面から、何ものにも染まらない白い鉱石でできた金色の白い糸が伸びていた。

 そして、二人はぶつかり合う直前で止まっていた。完全に止まっていた。
 そして、双方から伸びる白い糸がそれぞれ一本に収束し、それぞれの一本ずつの白い糸が折り重なり、金と銀、二重の螺旋を描く。
 驚く顔をする武器職人を二人は見つめると、二人同時に微笑んだ。
 その顔は満足そうだった。そして、嬉しそうだった。
 武器職人はもうそれ以上、何も見えなかった。
 一瞬強い白い光が発せられ、その場に居た人間は皆、目を閉じた。
 次に武器職人が目を開いた時、そこに二人はいなかった。そこに二本はなかった。
 代わりに一つの武器があった。一振りの"矛盾"があった。
 盾の持ち手と矛の柄とが、一瞬で伸び縮みする、何ものにも染まらない白い鉱石で出来た、"金と銀の二重螺旋の丈夫な白い糸"で繋がっていた。
 二本は一つになった。最強の盾と最強の矛の二本は一振りの"矛盾"となった。
 最強と最強の融合。最強の武器がそこにはあった。
 武器職人は、なんとも言えない表情でそれを持ち、しばし"矛盾"を見つめたあと、右手で矛の部分を、左手で盾の部分を持った。
 そして、"矛盾"を大きく掲げ、事の発端の子供にゆっくりと言い聞かせるように。まるで自分に言い聞かせるように言った。
「すまんな坊や。最強の矛と最強の盾、どっちか強いかはわからなかった。だが、打ち合えば一つになり、最強の武器が完成した」



********************



 そして月日は流れ、十年後。

 少女と少年は結局帰っては来なかった。
 "矛盾"はあの日からずっと武器職人と暮らしていた。
 楽しい時も、辛い時もずっとずっと、いつかのあの時のように暮らしていた。
 そして今日はとうとう旅立ちの日だった。武器職人の旅立ちの日だった。
 武器職人はつぶやく。ベッドの上で一人つぶやく。
「今思えば、あの二人は最強の矛と最強の盾の化身だったんじゃ、ないか…?」
 問いに対しての答えはなかった。

 だから。

 武器職人はつぶやく。もう何も見えない目で、確かに側にあるはずの"矛盾"に語りかけるように。
「…お前たち、…のおかげで……私の人生は…楽しかった。生涯…を…、武器作、…りに捧げた甲斐が、……あった」
 語りかけても答えはなかった。
 息も絶え絶えに、だが、確かに武器職人は言葉を紡ぐ。

「本当にありがとう!」

 そこにいる家族に向けて礼を言った。
 武器職人の耳はもう聞こえて居なかった。
 そして、大きく咳をした、少し血を吐いた。
 それから、一度息を大きく吸い、一際大きい声で言う。

 返事がないのはわかっていた。それでも叫ぶ。

 もうそこにいるかもわからない者へ。
 だが確かにかつてそこに居た誰かへ。
 共に暮らした二人へ。
 共に暮らした二本へ。
 ちゃんと届くように。




「私は、…幸せだった!!!!」




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「……」
 まいこが無表情で無言を貫いていた。
「どう!?」
 左手にテープがついた白いタコ糸を持ち、身を乗り出しながらみっちゃんはまいこへと感想を求める。目を輝かせ、褒めろと言わんばかりだ。
「長い」
 それをまいこは二文字で一刀両断してみせる。
「いや、そうじゃなくって!」
 すこしむっとしてみっちゃんが着席した。
「…うん、いいんじゃないかな? つまり、『最強の盾と最強の矛をぶつけ合うと一つに混ざり合う』ということ?」
 まいこが開封しようとしたメロンパンを机に一回置き、左右の人差し指を立て、指同士をそのままぶつけてまとめる。
「うん! どっちも壊れる展開なんて私はやだなー。どっちが上か、どちらが正しいかなんて、決めちゃいけないときだってあると思うんだよ。だから、矛盾っていうのはこの世からなくしちゃだめ!」
 そんなことを言いながらみっちゃんはこっそりとまいこのメロンパンへと左手を伸ばす。
「なんで?」
 無表情で問いかけながら、みっちゃんのメロンパンに触れた左手を、まいこは右手で受け止める。
「人は大小様々な矛盾を抱えて生きているから!」
 受け止められた左手を素早く引きぬいて、みっちゃんは両手で空中に大きな丸を描くジェスチャーをした。
 左手はグーで、右手はチョキだった。
 そして、みっちゃんが手を下げた途端、貼り付けられたタコ糸に引っ張られてメロンパンはみっちゃんの方向へ引き寄せられた。
「なるほど。それじゃあ一つ聞いていい?」
 まいこはそれを見て問いかける。
「なになに?」
 糸に釣られたメロンパンをぶらぶらと胸の前で揺らしながら即返答するみっちゃん。
「『白い鉱石で出来た金と銀の二重螺旋の丈夫な白い糸』って何?」
「それは――」
 まいこの真面目な問いに、みっちゃんは少し困った顔をした。
 その隙にメロンパンは奪還された。

 そして、しばし間を置いて、

「"矛盾"ってやつかな!」

 元気よく言い放った。

6.一振りの矛盾

6.一振りの矛盾

灰色のコンクリートで舗装された室内はところどころ黒ずんでいた。 天井にはいくつか通気口があったが、部屋には窓はなく、壁の一角に四角いスペースがあり、そこから灼熱の青い炎が吹き出ていて、それが室内に光を提供していた。 その光源から遠ざかるたび薄暗くなる部屋に一人、男が居た。 彼はこの日、最強の矛と最強の盾を創った。(全1章)

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-05-15

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