愛情とタバコ

八木橋麻子

ちょっとしたコメディーちっくな感じです。

愛情とタバコ

「お前、そんなに買ってどうすんだよ」
私の横で小うるさく言う直樹は、かごに入っているコーヒーびんを見て唖然としている。
何しろ彼は、私の買い物に付き合うのがこの世の終わりだと思っているのだ。
「自分だってタバコの買いだめしてるじゃない」
「お前のは度が違うんだよー」
確かに私は、大特価の日に限りコーヒーやら菓子パンやらを、安いのはこの時期だけだからと買い占めをするが、
彼のように体に悪影響のものをいそいそと肺に取り込んではいない。
そして、タバコってものはどんなに他人を崇めても、その値段は変わりようがないのだ。直樹の方がよっぽど度が違う。
彼はショッピングカートを押しながら、和美に同意を求める。
「和美、和美ー。見てくれよ」
いつにもました猫なで声で、野郎は和美に話しかけた。和美を見る目と、私を見る目が明らかに違うのには腹が立つ。
子どもには子どもの目線で話すのが親の役目だろうが、何かが明らかに違うのだ。付き合っていた頃はまだましだったのに、
いつの日にか、愛情の度合いが全て子どもに傾いてしまったのかも知れない。
「ママがこんなに食べたら、こんなになっちゃうよなあ?」
と、彼は大陸デブを物語るようにのっしのっしと歩くふりをする。からかっているように見えるが、明らかに憎しみを込めて言っているのが、
私には手にとるように解る。和美が首を横に振ると、彼はまだまだと言うように、ありもしないことを並べ立てた。
この間はそのせいで、医者に糖尿病っていう、甘いものの食べすぎでなる病気にかかったと言われただとか、目が白内障になっただとか、
自分のタバコを買う金がなくなることを恐れて懸命にまくし立てている。買い物が終わった後に一服することが日課である彼は、
何もしていないときにタバコを吸うっていうのを止めればいいものを、いつもこの時間になるとタバコが切れていた。
それを吸うのを最小限に留めろと言っても、
喫煙者には苦難どころではないのだろう、必ず『無理』と返ってくる。
「言っておくけど、お世話になってる菊川さんに半分あげるんだからね」
私がそう言うと、彼は
「そのたんびに家の中は肉だらけになる」」
と、不満を言う(お隣はお礼にボンレスハムを下さることが多いのだ)
彼にタバコを止めろと言っても無駄なのだ。コーヒーを買うのは、家にコーヒーをがぶ飲みするおじいちゃんがいるから、
菓子パンを買うのは、和美が学校帰りのおやつとできるように、彼のヘビースモーカーは、
どうしたって積極的に早死にしようとしているとしか思えない。後何十年かは働いてもらわなければ、
私たち家族の方がくたばっちまうのだ。いっそ日本も、アメリカ並みの規制をかけて欲しい。
買い物を終えて、さっさと帰ろうとしたところ、彼が
「なあ、和美。ママからもらった五百円のおつり、パパにくれないかなあ……」
と、和美にすり寄っていきやがるので、私は首根っこを掴まえて引き止めた。
「あんた、何度言ったら解るの。おじいちゃんと一緒にコーヒーでも飲んだらいいじゃないの」
「タバコの味が解らんやつは何とでも言え」
と、取り合ってくれないので、私は、和美に昨日教え込んだばかりの必殺技を試させた。
私がやっても効き目がないのは解っている。アメリカのコマーシャルで、やり取りしている男女の会話っていうのを、
知り合いがタイミングよく教えてくれたのだ。
「パパ、あたしが死んじゃってもいい?」
すると彼は翌日、タール一mg、ニコチン〇・一mgのタバコを購入するようになった。さすがに
「それにフィルターつけたら」
と言う、私の申し入れには取り合わなかったが

愛情とタバコ

タバコを吸わなかった時期に書きました。

愛情とタバコ

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-05-14

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