ちょっとだけ予告編!

野々村竈猫 作

  1. 第1回  「転落」
  2. 第2回 「記憶喪失」
  3. 第3回「女神様からの電話」
  4. 第4回「男の人の背中」
  5. 第5回「夫婦」
  6. 第6回「来襲」
  7. 最終回「本編へ」

第1回  「転落」

 西暦2013年5月4日土曜日
 わたしは「今日」という日を放棄した。

 空は無意味に青く晴れ渡り、太陽はその光を垂れ流している。
 そんな正午に近い午前、まだペンキのにおいのする新しいブランコに、わたしは
 ふぬけて揺れていた。
 「明日」いう日は「今日」の連続であると気がついた時点で、わたしの中で
 わたしの人生は完結してしまった。

 親の反対を押し切って、まだ空き地の目立つ新興住宅地に建てられたアパートに
一室を借り、大学へ通い始めてはや1年。新しい友人たちとの遊びもすっかり
飽きてしまった。いや、飽きてしまったと言うより馬鹿馬鹿しくなったのである。
 田舎で「ふつーに学校を出、ふつーに勤めて、ふつーに農家の次男坊と結婚し、
ふつーに奥さんをやる」。そんな人生がイヤでこちらへ出てきたのに。
 「その日その場が楽しければよし。学校出たらてきとーにOLやって、
てきとーにイイ男見つけて結婚し、てきとーに奥さんやってテニスやろー」ときた。
 場所が変わっても、人間の人生観、そんなに変わらないのだ。

 きしまないブランコ。
 ゆるゆると風を切る。
 公園の向こう端にはどこかの男の人が双眼鏡を据えて、鳥を観察してる。
 この住宅地は田園と接しており、まだ森がたくさん残っている。鳥たちも多いので、
朝は結構にぎやか。
 ちょっと興味をひかれたけど、わずかに残っていたわたしの少女のような好奇心を
うざったい気分がたちまち覆い隠してしまった。すでにわたしは19歳の老婆
なのである。

 「あー。人生めんどくさい~」

 そうつぶやきながら、空を見上げてブランコをゆする。
 と。

 ゴン!

 真昼に星が瞬いた。
 「・・・んおおおおおおおおお~」
 後頭部の痛みに、手を滑らせてブランコから転落したという事に気がつく。
 一人ジャーマンスープレックスホールド状態。
 駆け寄る足音がしたので、レフェリーがカウントを取りに来たのかと思ったら、
さっき鳥を見ていた男の人だった。

 「だ、大丈夫?」

 「は、はぃぃ~」
 上がり調子の変なアクセントで返事をすると、ブランコにつかまって、
 よろよろと立ち上がるわたし。

 「ホントに大丈夫?すごい音がしたよ」
 「だ、大丈夫ですぅ」

 でも、ちょっと脳しんとう気味。ついてないよ、今日は。もう帰って寝ちゃえ。
 プロレスの夢見みるかも。ふう。

 「ど、どこ行くの?」

 「い、家に帰ります…」

 「帰るって、何か用があったんじゃないの?」

 「用、って?」
 
 「えっ?だって、君がここに来いって...」

 「は?」

 しげしげと相手を見る。背の高い若い男の人。リムレスの眼鏡をかけてる。
特に“美形”でもないけどちょっとイイ感じ、かな?

 「あの、どちら様でしたっけ?」

 ぽりぽり。

 ぽかんとする青年。
 「ホントに大丈夫?ボクのこと、わからないんですか?」

 ははーん。新しい手口のナンパかぁ。

 「すみません。失礼します~」
 
 「ちょ、ちょっと!」

 とってつけたような笑顔で会釈すると、急いで公園の外へ駆け出すわたし。
 ところが。

 「な、なにここ?!」

 周りの変容に気がついて、わたしは呆然として立ち止まる。

 空き地だらけだったはずの住宅地にびっしりと家が建ち並んでいる。
 ゴールデンウィークを利用して庭の手入れをするおじさん。
 犬と遊んでいる子供。

 ちがう。
 ここは、“ここ”じゃない!

 辺りを見回しながら金魚のように口をパクパクさせてるわたしに
 彼が追いついた。

 「ごめんね。確かにしばらく君に会えなかったのは謝ります。
  怒るのも仕方がないよね。訳があったんですが、
  また、今度にするね…」

 彼は悲しそうに微笑むと、どこかへ行こうとする。

 ちょっとの間があって、わたしは我に返った。
 事態の深刻さに胸がドキドキして、ふるえてきた。
 そして、この”見知らぬ場所”でわたしのことを知ってる唯一の人が
 去ろうとしている。
 わたしは火がついたように駆け出した。

 「あー!ごめんなさい、ごめんなさい!待って~!」

 わたしは走り出すと彼の袖をつかまえた。

 「なんだかわかんないけど、ごめんなさい!でも、ホントなんです!
  あなたが誰かもわからないし、ここだってわたしが知ってるところと
  なんだか違うんです!」

 彼は立ち止まった。

 「お願いです!わたしをおいてかないで…」

 心細くなって、恐くなって、涙がこぼれてくる。

 「本当に?」

 わたしがうなずくと、青年は真顔になって少し考えると言った。

 「じゃあ、質問。君の住所・氏名・年齢を答えて。
  ゆっくりとね。」

 「住所は川品町緑ヶ森5丁目6-20幸福荘3号。
  名前は野坂絵美。19歳。」

 「まじめに答えてる?」

 コクコク

 「ふざけてない?」

 コクコクコク

 彼の顔色が変わった。

 「いいですか?落ち着いて聞いて。今君の言ったことに
  間違いが二つ。一つは住所。君は今、緑ヶ森じゃなくて
  桜橋に住んでる。君が言ったのは前の住所。そして年齢。
  君は今24歳だよ」

 「24歳って…今年は2013年だから、わたし今年取って20歳です。」

 「…今年は2018年。今日は2018年5月4日金曜日。」

 「う、うっそー?!!!」

              次回「記憶喪失」につづく

第2回 「記憶喪失」

オープニングミュージックhttps://soundcloud.com/ryo-inui/our-future-short-ver


 西暦2018年5月4日金曜日
 わたしは部屋の真ん中で座り込み、途方に暮れていた。
 確かに今この時間はわたしの知っている西暦2013年ではない。

 あれからわたしは彼の制止を振り切って、自分のアパートへ向かった。彼の
言うことがとても信じられなかったのだ。

 (ブランコから落っこちたくらいで5年も時間がぶっとんでたまるかっ!)

 弱気だったわたしにそんな自信を取り戻させたのは、ポケットに入っていた
アパートの鍵。スヌーピーのキーホルダーを握りしめ、わたしは見慣れたドアの前に
立った。

 ところが。

 わたしのアジトの扉の上には知らない人の表札が「なんだこのやろう」
とばかりに見下ろしていたのだ。

 「納得しました?君の家はここじゃないんだよ」 

 呆然としているわたしに追いついた彼が言った。

 「でも、あたし、鍵持ってるのよ!」

 必死の思いで鍵穴に差し込もうとするわたしの右手をあわててとどめると、彼は
ぐいぐいわたしの腕を引っ張って、アパートの影へ連れてゆき、真剣な顔で言った。

 「いい?多分鍵は変えられているから開かないと思うけど、万一、開いたとしたら
君は完全に不法侵入で警察のやっかいになりますよ」

 「でも、でも!」

 泣き出しそうなわたしに彼は優しい顔に戻る。

 「おちついて。大丈夫。今度はボクについてきて」
 「...」

 あたしはべそをかきながら彼の後ろについてゆく。
 緑ヶ森を出、桜橋へ。見慣れない建物がいくつも建てられていて、ますますわたし、
不安になる。
 連れてこられたのは新しく建てられたばかりの小綺麗なアパート。花壇なんかが
あって赤いツツジが花を付けている。その部屋の郵便受けにはしっかりとわたしの名前
“野坂”。間違いなくわたしのきちゃない字で。

 ドアの前に立つ。

 「ここが君の家」
 「で、でも、わたしこの家の鍵、持ってません!」

 彼はポケットからじゃらじゃらとキーホルダーを取り出すと鍵の一つを外し、
わたしに握らせた。

 「ちょ、ちょっとまって!もしここがわたしの部屋だとしてよ、どうして
 あなたがわたしの部屋の鍵を持っているの?わたしとあなた、どういう関係?」

 「では、赤の他人ということにして、ここでさよならしましょうか?」

 「あっあっ!待って、待って!さよならはもう少しあと!!」
 「冗談ですよ」

 必死に引き留めるわたしに、彼はおどけて笑う。
 わたしは促されるまま鍵を開ける。

 「あっ!」

 玄関に入ると、直感した。
 そう。わたしのもの。わたしの生活感がある。

 無意識に靴を脱ぎ、部屋に入る。 
 お気に入りのロックウェルの絵。ゴジラのぬいぐるみ。サボテンの“ちよみちゃん”。
 間違いない。

 あたしは座り込んだ。

 「記憶喪失だよ」

 彼は言った。

 「ブランコで頭を強く打ったせいで記憶をなくしたんだろうね」
 
 そうなのかもしれない。そう考えれば、筋が通る。鍵だって、引っ越したあと返すの
忘れたスペアキーをたまたま持っていただけだったのだろう。そう思ったら、後頭部が
またジンジンしてきた。


 それからわたしは20分ほどこうして見知らぬ自分の部屋で膝を抱えている。

 病院へ行こうと勧める彼に一人にしてほしいと頼むと、心配しながらも
わたしの言うとおりにしてくれた。
 閉まる、玄関のドア。
 遠ざかる足音。
 あの人、いい人なのかもしれない。

 そして、あたしはひらめいた。

 (バチが当たったんだ)

 そう。「人生めんどくさい~」なんて思っていたから、こんな事になったんだ。
 おまけに大変なことに気がついた。

 「あ~っ!あの人の名前と連絡先聞くの忘れたっ!」

 なんて事だ。わたしはホントにひとりぼっちになっちゃった。

 (えーん!神様ごめんなさい~、わたしがバカでしたぁ~)

 あたしが海より深く反省していたとき。

 電話のベルが鳴った。

              次回「女神様からの電話」につづく

第3回「女神様からの電話」

 あたしは部屋を見回す。ベルの音はテレビの脇の床の上からだった。
 電話機は変わっていない。聞き慣れたベルの音はあたしに受話器を
 無意識に取らせた。

 「もしもし…」

 と、自分の名前を言いかけて大変なことに気がついた。
 そう。あたしは今、記憶喪失なのだ。まともな受け答えができるかどうか怪しい。
 おろおろしていると、受話器の向こうから明るい女の人の声が飛んできた。

 「やほー!元気?」
 「あ、あの…、どちら様でしょうか?」

 あたしはどぎまぎしながら、やっとそう一言。

 「あ。あたし、神様よ。か・み・さ・ま」
 「はぁ?」

 クエッションマークが羽をはやしてあたしの周りを飛び回る。

 「あなた、今、『ごめんなさい~』ってベソかいてたでしょ。だから電話したの」
 「あ、あの…ちょっと待ってください」
 「あなた今、あたしのこと変な人のいたずら電話じゃないかって思ったでしょ~」

 ぎくっ。

 「あなた今、自分が記憶喪失だなんて思ってるでしょ~。うふふふふふふ」

 ぎくぎくぎくっ。すべて見通されてる!

 「ど、どうして…」
 「言ったじゃない。あたしは神様。あなたが『人生めんどくさい』なんて
  ふざけたこと言ってたから、ちょっとバチを当てたって訳。5年ほど
  タイムスリップさせてあげたのよ」

 くらくら。
 あたしはめまいがした。次から次へと分からない変なことばかり。
 せっかく自分が記憶喪失だと納得させたのに、すぐさまそれをぶちこわされる。

 「そ、それじゃぁ…」
 「そう。あたしは”時の女神様”」
 「こ、この時代は天国まで電話回線つながってるんですか?」

 あたしが尋ねると、ちょっと間をおいて吹き出す先方。

 「ぷはははは!ん。ま~、そんなとこね。んなわけであなたには少しこちらの
  世界で反省してもらうから覚悟しなさい。んじゃね」
 「あ、待ってください、待ってくださいぃ!」

 ぷち

 切れた。

 「ああああああああ!」
 あたしはパニックに陥りかける。
 と、再び電話が鳴る。あわてて取るあたし。

 「あはははははは。焦ってる焦ってる」
 女神様の声。

 「い、意地悪しないでくださいよぉ、あたし、どうしたらいいんですか?
  あたし、あたし…」
 声が詰まる。

 女神様は急に優しい声になり、諭すように話し始めた。

 「いいこと?この世界であなたは学ばなければならないことがたくさんあるわ。
  十分学んだら、ひとりでに元の時間に戻れることになってるの。
  それから、あなた名前を聞き忘れたさっきの男の人。名前は青木幸秀(アオキユキヒデ)
  っていうの。あなたのことよく知ってるいい人だから、困ったことは相談してね。
  このゴールデンウィーク中、ずっとあなたにつきあってくれるでしょうから
  彼の言うとおりに行動すること。いいわね?」

 「は、はい…」

 「テレビの上に携帯電話があるわ。あたしの助けが必要なときは
  あたしから電話するから、いつも身につけておくこと」

 「はい」

 テレビの上を見るとピンクのスマフォがある。
 「それから、大事なことが一つ。あたしのことは誰にも言っちゃダメよ。
  元の時間に戻れなくなるからね」

 「わ、分かりました」

 「あ、そろそろ切るわね。彼、あなたが電話番号忘れてるかも
  しれないって連絡入れようとしてるから。じゃね。がんばるのよ」


 受話器を置いて、ちょっとの間のぼせたようにぼーっとするあたし。
 胸がどぎんどぎんいっている。自分の呼吸する音がやけに大きく聞こえる。
 どうしよう。どうしよう。
 (そうだ、青木さん!)
 と、思ったとき電話が鳴った。

 「もしもし」

 彼の声!

 「あ、青木さん!すぐ来てください!お願い!!」

              次回「男の人の背中」につづく

第4回「男の人の背中」

 「ボクの名字を思い出してくれたから、記憶が戻ったかと思ったんですけど...」

 彼はちょっとがっかりした様子で、あたしが入れたコーヒーを口に運んだ。なんだか
申し訳ない気分。あたしもカップを持ってテーブルについた。
 でも、先ほどより落ち着いている。まだ信じられない気分だけど、あの女神様の
言ったとおりなら、この人は唯一頼れる人物なのだ。

 ちょっとの間、無言の時間が流れた。

 「それで、どうします?」

 そう。“どうするか”。
 女神様はあたしが学ぶべき事を学んだら帰してくれると言う。でもそれが
なんだか分からない。心細さで青木さんを思わず呼んでしまったけど、
女神様のことを誰にも話せない以上、頼り切るわけにもいかない。
 唯一できることは。

 「あの、いろいろ話していただけませんか?
  “今”の事とか、あたしのこととか...」

 あたしはおそるおそるお願いした。記憶喪失でない以上、情報を収集しなければ
ならない。この世界でしばらくうまくやって行くために。
 彼は最初、自分で思い出した方が良いのではと言ってくれたけど、あたしが
繰り返しお願いするので少しずつ話し始める。

 あたしが大学卒業後にここへ引っ越したこと。
 隣町の柳沢商事で働いていること。
 職場で仲良くしている友達のこと。

 おそらく彼があたしについて知っていることで、日常に必要な情報のほとんどを
話してくれた。5年間でとびきりの変化はなかったようだけど、あたしの母が
4月末から入院していることには動揺した。

 「他になにか聞きたいこと、ありますか?」

 と、そこであたしは言葉に詰まってしまった。
 自分がどこにいるかわからなければ地図はまったく役に立たないように、
 “今”が時間の流れの“いつ”なのか把握していなければ、質問のしようが無いのだ。

 「え、と、とりあえずは、大丈夫です。ただ…」
 「ただ?」
 「ゴールデンウイーク明けまでに戻れ…い、いや記憶が戻らなかったら、
  あたし…」
 「そのときには、一緒に病院へ行ってくれますね?本当はすぐの方が
  良いのですけど。どこか悪いところがひどくならないうちに」
 「あ、それは、大丈夫…です。」

 ふう、と彼はため息をついて、立ち上がった。

 「でも、ずいぶん落ち着いたようなので安心しました。あのときは顔色が
  違いましたから」
 「す、すみません」

 と、クスクス笑う彼。
 「どうしたんですか?」
 「い、いえ。なんだか、こう、記憶喪失の君はちょっと雰囲気が違うなと思って」
 「…」
 「じゃ、明日また来ます。また、何かあったら電話ください」
 靴を履いた彼はドアを開ける。

 「あ、あの」
 「はい?」

 あたしは何か言いたかったけれど、言葉が選べなかった。

 「い、いえ」
 「じゃ」

 ドアが閉まる。
 出て行く彼の背中を見て何か胸が変な感じだった。何だろう。


 お昼過ぎ―

 5年後のあたしもやはり“ずぼら”のようだ。おなかが減ったので冷蔵庫を
開けたが、すぐに食べられるようなものは何もない。少々冒険だが、買い物に
出ることにした。お金は愛用の財布に少しばかり入っていたのを拝借。いや、
自分のだから拝借とは言わないか。

 「絵美!」

 どきり。
 コンビニから袋を下げて出てくると、突然あたしを呼び止める声。おそる
おそる振り返ると、赤ちゃんを抱えた女の人がニコニコしてる。

 「しばらく!元気だった?」
 「ま、真紀?」

*

 組立前の段ボール箱が立てかけてある部屋で、あたしたちはコンビニ弁当を
食べていた。
 真紀はあたしの数少ない友人の一人。5年後には結婚して一児の母になって
いたなんて。

 「記憶喪失?!」
 「う、うん。で、でも大丈夫よ。一時的なものらしいから」
 「ほんと?大丈夫なの?」
 「う、うんうん」

 話から察するところによると、どうやら彼女は大学卒業前にして大恋愛の
末、結婚したようだ。相手はエリートサラリーマン。今、カナダに単身赴任
だという。

 「大変だね~」
 「うん。でも、わたし決めたんだ。わたし彼のいるところへ行くの」
 「それで、これ?」
 「ん」

 どうやらこの段ボールは引っ越しのためのものらしい。つい先頃、彼に会う
ためカナダへ出かけ、そこで決心したのだという。
 彼女は足を崩すと、ミルクで満腹になりすぐに眠ってしまった赤ちゃんの
頭をなでながら話し出した。

 「この子がさ、いまこういう子でいる時って、“今”しかないのよね。
  もし、彼と別れて生活していたら、今のこの子を彼は知らないで
  過ごしてしまうんだもん。親としてそれって、すごく悲しいことだと
  思うんだ」
 「この子の“今”か...」

 あたしは、赤ちゃんの顔をのぞき込んだ。あたしの両親もこんな感じで
あたしのこと、見てたのだろうか。

 「彼がカナダに渡るときね、『行ってきます』って玄関を
  出てったでしょ、そのときの背中がね、こう、なんて言うんだろ。
  変な気持ちになってね。すぐにカナダへ行く手配しちゃったの」
 「あ、その『背中』っての、分かるかもしれない」

 あたしは、ついさっき、玄関で見たあの背中を思い出した。
なんだか大きくて、それで...

 「ねえ」

 真紀の声、調子が違う。

 「ん?」
 「誰の背中よぉ」
 「あ、え、まぁ、あははは」
 「青木さんでしょ」
 「え、知ってるの?」

 何言ってんの、と頭をたたかれる。そいえば大学時代もこうやって頭、
たたくの癖だったっけ、彼女。いや、あたしの体内時計はまだ大学時代に
いるのだけど。

 青木さんと自分のこと、いろいろ言われるのがイヤでそそくさと
帰ってきた。帰り際に空港に見送りに行く約束をした。

(なんだか、いいなぁ)

 あたしは彼女の家に飾ってあった旦那さんと赤ちゃんの写真を
思い浮かべた。

(『今こういう子でいる時って、“今”しかない』か)

 と、

 ピピピピピピピピピ

 携帯のベルが鳴った。

 「はい、もしもし?」
 「どう?真紀ちゃんの赤ちゃん、可愛かったでしょ~」
 「め、女神様?」
 「こら、声が高い!」

 あわてて周りを見回すと、声をひそめた。

 「何ですか?!」
 「ちょっと勉強したかな?」
 「勉強って…」
 「“今”という時の重みよ。赤ちゃんの今が“今”しかないように
  あなたの今も“今”しかないんだから」
 「あ」
 「ま、そういうことで。勉強を重ねるように。ではでは」
 「ちょ、ちょっと…」

 切れた。

 「ふう」

 少しの間立ち止まっていたあたしは、再びゆっくりと歩き始めた。
 街灯を過ぎ、影が前へくるりと回り込む。

 えいえい、とばかりにあたしは自分の影を踏みつけるようにして
アパートに向かった。 
 街灯をすぎるたびに。
 何度も、何度も。


              次回「夫婦」につづく

第5回「夫婦」

 2018年5月5日土曜日。
 あたしは青木さんの運転する自動車の助手席に小さくなっていた。朝の電話(定時連絡をする約束になっている)で母の見舞いに行きたいと言ったら、最寄り駅まで送ってくれる事になったのだ。

 「あの…」
 「なんですか?」
 「何から何まで…すみません…」

 あたしは青木さんに世話になっていることが申し訳なくて、すっかり恐縮していた。青木さんにとってあたしは知った人間かもしれないけれど、あたしにとって青木さんは昨日、今日知り合った人に過ぎないのだ。

 「別に気にしなくてよいですよ。記憶が戻るまでの話ですし、戻ったら謝らなければならないのはボクのほうですから」
 「え、謝るって…」
 「っと。まあ、それは記憶が戻ったら自然に分かることですから。今は。」
 「あ、はい…」

 青木さんがあたしにとって特別な人であることは昨日からの事で推測できる。あたしの電話番号を知っていたし、なんといってもあたしの部屋の鍵を持っていた。
 ただ、“大学生”なあたしは父親以外の男の人にこんなに親身に世話を焼いてもらったことがなかったので、恥ずかしいやら緊張するやら、ものすごく違和感がある。

 「じゃあ、帰り、駅に着いたら連絡ください。迎えに来ますから」
 「はい」

 走り去る車に深々とおじぎするあたし。ハンドルを握る白いシャツの眼鏡青年の横顔が、なんだか胸に残った。

                  *

 「母さん!」
 「あれあれ、絵美じゃん。どうしたの」

 大学病院の3階、一般病棟の病室。6人相部屋の窓側のベットに母はいた。上体を起こし、ファッション雑誌を眺めている。

 
 「だいじょうぶなの?母さん」
 「『だいじょうぶなの?』、って、絵美、2日前に会ったばかりじゃない」
 「あ、えと、その後の経過はどうかなって…」
 「何言ってんのよ。たかだか過労と初期の胃潰瘍で大げさねー。もっとも胃潰瘍のほうは、あんたがしつこく検査受けろって言ってくれたおかげで、ほんの小さいうちに見つかったわけだけど…絵美?」
 「よかったあ…」
 「どうしたのよ、あんたなんか変よ。何かあったの?」
 「う、ううん、何でもない」

 安心した。どうやら大きな病気ではないみたい。


 「連休前の仕事のスケジュールがきつかったからね。ここじゃアレだから、屋上いこっか」
 「うん」

 広がる青空。気持ちの良い風が流れる。母さんと一緒に手すりにもたれて眼下の街並みを眺める。

 「点滴受けなきゃいけないから、病院にいるけれど。ホントなら家に戻りたいんだけどね。」
 「父さんは?」
 「お爺ちゃんの田植えの手伝いよ。夕方にはいつも顔出しに来る。」
 「学校の仕事もあるのに、毎年よくやるよね。」
 「まあ、母さんを嫁にもらう時の約束だからね。もっとも、お爺ちゃんもあの時のノリで言っちゃったみたいな約束だけど。」

 父さんは某高校で現代国語の先生をやっている。母さんとの“なれそめ”は、母さんの通っている高校に父さんが教育実習でやってきたのがきっかけ。母さんの一目惚れで、いわば押しかけ女房。田舎なので、はねっかえり娘が強引に…というのも世間体が悪いから、形だけは父さんが結婚を申し込んだことになっている。弱すぎるぞ、父。

 「青木さんは?」
 「え、え、あの、ええと…」
 「何照れてるのよ。もうそんな仲じゃないでしょ?」
 「え、ああ、うん。」

 急にスキを突かれてドギマギするわたし。“そんな仲”じゃないのか!

 
 「今朝、ここに来るのに駅まで送ってくれたんだ。帰りも迎えに来てくれる。」
 「そう…」

 ふふっ、と笑う母さん。

 「今だから言うけどね…」

 母さんは遠くを見ながら続けた。

 「母さんが父さんを選んだのは、特に大きな理由はなくてね。いわゆる女の勘ってやつかな」
 「勘?」
 「そ。最初に教室に入って来た時、白いシャツがまぶしくてさ。それ見ただけで、父さんのこと分かっちゃった」

 なんと、直感的。

 「結構、馬鹿にならないのよ女の勘。うまくいってるでしょ?父さんと母さん。」
 「う、うん」

 確かに、そうではある。父さんは有名な愛妻家で、近所の奥様方に羨ましがられているのだ。
 母さんは伸びをしながら言った。

 「あんたも、自分の直感を信じていいと思うよ。母さんの子なんだからさ」

                  *
 帰りの駅のホーム。

 「白いシャツ、か…」

 ぼんやり考えながら、あたしはつぶやいた。
 と、ピンクの携帯が鳴り出す。
 あわててバッグから取り出すあたし。

 「もしもし」
 「やほー。どう?勉強してる?」

 女神さまの声。

 「えっと…あの…」
 「お母さんに会って来たんでしょ。いい話、聞けたんじゃない?」
 「いい話?」
 「そう、白いシャツ。」
 「“白いシャツ”がいい話なんですか?」
 「そうよ。一目見ただけで、お母さんは人生の伴侶を見分けちゃったのよ。一瞬で。」
 「はい…」
 「そんな人生を変える“一瞬”なんて、時の女神様から言わせれば、人生の中でゴロゴロしているものよ」
 「ゴロゴロですか。」
 「そう、アンテナ張り巡らしていないと見落としてしまう“一瞬”がゴロゴロ。『人生面倒くさい~』なんて言っているヒマなんてないよっ。」
 「…」
 「じゃあ、これから一風呂浴びてくるわ。」
 「“一風呂”って、天国にお風呂もあるんですか?」
 「もち。温泉よ、温泉。言うじゃない。『極楽、極楽』って。」
 「はあ…」
 「それじゃあねー。」

                  *

 帰り道。
 助手席であたしは来る時よりさらに小さくなっていた。

 「どうしたんですか?病院で何かあったんですか?」

 優しい声にますます小さくなる。あたし、確実にこの人の事、意識してる。

 「はい…母、元気みたいでした。」
 「よかったですね」

 母娘とも“白いシャツ”に縁があるのだろうか。

 「今度は自分の事、心配してくださいね。」
 「は、はい…」

 あたしは赤くなっている顔を見られないよう、視線を水田の広がる窓の外へやった。


              次回「来襲」へ続く

第6回「来襲」

 2018年5月6日 日曜日

 絵に描いたような五月晴れの抜けるような青空とは反対に、あたしの心はどうもシャッキリしていなかった。気分が悪いわけじゃない。なんというか、こう、落ち着かない。
 軽くトーストをかじった後、オドオドと青木さんに朝の定時連絡を入れる。「一人で大丈夫?」という問いに、「はい、大丈夫です」と答えて電話を切ったものの、何かのついでに寄ってくれないかな、という矛盾した気持ちを抱えている。
 鏡を前に両頬をたたき、表面だけでも真剣顔を決めてみる。しっかりしろ、あたし。

 いかんともしがたい初めての気持ちを持て余している時。

 ピンポーン

 あ、青木さん?
 焦って、玄関の扉を開くと、それが居た。

 「おっはよーぅ、姉貴!遊びに来てやったぜ!」
 (え、ええっ?)

 春物のジャケットに、ジーンズの女子。缶バッジのついた赤のキャップをかぶっている。
 一瞬戸惑ったが、あたしは脳内で5年の時間合わせを瞬時におこなった。
 間違いない。 髪型があたしと同じセミロングになっているが、5つ年下の妹、“萌”だ。あたしの知っているこいつは男勝りの14歳中学生だが、この時代では19歳。背も伸びて体形はすっかり女らしくなっている。あたしは軽いパニックを起こす。

 「あれ?姉貴どうしたの?なんかボクの顔についてる?」
 「あ、えと、いや別に…」
 「姉貴なんか変ー。とりあえず入れてよ」
 「う、うん」

 ズカズカと上がり込む、萌。かかとを履きつぶしたスニーカーが転がる。

 「くんかくんか」
 「な、何してるのよ」
 「青木さんの残り香があるかなーって」
 「ちょ、ちょっとあんた変態よ、それ!」
 「てへ」
 「それ照れるところじゃないから!」

 変わっていない。昔から年下をいいことに、勝手に人のプライベートを“嗅ぎ”まわるのがこいつの習性なのだ。あたしの下着の数まで把握してた奴。

 「姉貴さあ、そろそろ観念しろよなー。姉貴こそ青木さんと照れるような仲じゃないでしょ、今更。」
 「そ、そんなこと…」
 「またまた」

 萌は上目遣いで明後日のほうを見ながら鼻で笑う。

 「ったくー。姉貴はいつもそうやってはぐらかすー」

 ぼすっ、とベッドに座り込み、クッションを抱えて奴は言った。

 「もー。そうやって煮え切らないふりしてるなら、ボクが青木さんとっちゃうぞ」
 「な…」
 「ボクの方が若いし、プロポーションだってイイし、髪だって姉貴くらいに伸びたし。」

 後ろ髪をかき上げながら胸をそらせてポーズをとる。

 「ちょ、ちょっとやめてよね!青木さんはそんな…」
 「あはははは!なんだか今日の姉貴、いじりやすくておもしろ~い」

 冗談にならない。こいつはあたしより5つも年下であるのを利用して、小さいころからなんでもあたしの持ち物を欲しがった。あたしが何年も我慢してやっと買ってもらった人形を欲しがって、3日ダダをこねまくった末おばあちゃんに同じ人形を買ってもらったり、姉の靴下を勝手に履いていったり。おやつの横取りは言わずもがな。

 「あ、あんたねぇ…」
 「冗談だよー。ボクじゃなくて姉貴にお嫁に行ってもらわなくちゃ意味ないじゃん」
 「え?」
 「嫁の立場じゃ、増えた親戚からお小遣いもらえないしー。何人増えるのかな~」
 「あんた何の皮算用してるのよ!」
 「“虎は狸の母さんよ”」
 「それ言うなら”捕らぬ狸の…”って、それ生物学的におかしいし!」

 萌はベッドに横に倒れこむ。

 「なんだかなぁ~姉貴は昔からだよな~」
 「なによ?」
 「昔から意地張って、ずーっと自分隠して、“いい姉”しようとしてるじゃん。毎日、肩凝らないかな」

 ここで、あたしはぐっと言葉に詰まってしまった。年が離れた妹がいるということで、“お姉ちゃん”を期待され、自分でもそれを自負して育ってきたということは否定できない。それをその妹に、ずいぶん前から見透かされていたのだ。

 「で、でも年上ってそういうものじゃない?あたしに限らず。」

 完全に萌にペースを飲まれてるあたし。萌はモソモソとベッドの上に上体を起こして言った。

 「そりゃ小さな頃の5つ違いって大きかったかもよ。でも、24と19ならそんなに離れてるってわけじゃないじゃん。歳を取れば取るほど相対的に“年齢差”は小さくなっていくんだしー。姉貴もそろそろ、“いい姉”から解放されてもいいんじゃない?」

 萌はぱっと手を開いて再びベッドの倒れこむ。
 今のあたしの内部年齢は19歳。目の前にいる妹は実年齢19歳。でも、精神年齢は妹の方が上ではないかという考えがよぎる。

 「あのさ、萌…」
 「なに?」
 「萌は『人生、その日その場が楽しければ、それでよし』なんて思ったことある?」
 「えー、急に何それ?」

 顔を起こしキョトンとする萌。

 「いや…、その、ゴールデンウィークだったからね…、もうやることなくなって毎日退屈してるかな…って」
 「それって人生観みたいなもの~?」
 「まあ…、そうね…うん。」

 ベッドの上に座り直し、抱えたクッションに顔を半分うずめた萌は、真面目眉をしながら言った。

 「『その日、その場が楽しけりゃ』って言うのと違うな。あえて言えば…『来る日、来る日をエンジョイ』って感じ?」
 「え、それどう違うの?」
 「楽しいのがやってくるのを待つって言うより、こっちから追っかけるみたいな。待ってるだけじゃ“退屈”だし、普通にしててもヤなことの方が多いのにって…ホント姉貴、何かあった?」
 「う、うん。ちょっとね…」

 負けた。
 人生にうんざりしていた2日前の”あたし”は、内面的にこの娘に完全に負けてしまっている。

 「さてと、難しい事考えるのボクの性分じゃないから、ボクはボクの“その日”を追っかけに行ってくるぜ!」
 「あ、うん…」
 
 ベッドからポンと飛び起き、鼻歌交じりに玄関に向かう萌。スニーカーをつっかける。
 
 「じゃあね、姉貴!青木さんが来てる頃見計らって、また嗅ぎに来るぜ!」
 「来なくていいよ!変態娘っ!」

 ペロリと舌を出した横顔が、扉の向こうに消えた。
 あたしはペタンと床に座り込む。
 同じ19歳なのに“毎日”に対する姿勢がこんなに違ってくるなんて。姉としてのプライドがしぼんでゆくのを実感していた時、ピンク携帯のベルが鳴った。

 「もしもし?」
 「どお?ショックだった?」

 女神様の声。

 「はい…」
 「ずいぶんこたえたみたいだから、あえて突っ込まないでおくわ。でもそろそろ限界かな。」
 「え?限界って…」
 「分かってるんでしょ。青木さんと別れなきゃいけないこと」


               最終回「本編へ」につづく

最終回「本編へ」

 正午に近い午前。あたしはあの公園にいた。
 あの日と同じ、抜けるような青空。
 あたしは導かれるように、あのブランコに腰をかける。

 キイ キイ

 あの日とは違って軽くきしむ音。

 あたしの胸の中にずっとわだかまっていた違和感はこれだった。5年の時が経ったこの世界。周りが変化した中で、あたしだけが変わっていない。この“時間”にあたしの居場所はない。そんな疎外感に似た気持ちがあたしを切なくさせていたのた。

 女神さまに言われた通り、あの日の服装に着替えた。スマフォも部屋のキーも持ってきた。青木さんには連絡をせずに。
 何が起きるのだろう。どうやって元に戻れるのだろう。あたしは“あの日”に戻ってから、うまくやってゆけるのだろうか。そんな不安感が胸をよぎる。

 「来たわね」

 急に声をかけられて、あたしはびくりとする。いつの間にかあたしの隣にポニーテールの女の人が立っていた。足元には旅行バッグ。濃いサングラスをかけているせいで顔はよくわからない。

 「あの、もしかして…」
 「そ。女神様降臨。」

 女の人はニコッと笑う。あたしは立ち上がった。女神様はあたしの前に立つ。

 「あの、ええと、あたし…」
 「ううん、何も言わなくていいわ。あなたが何を考えて、何を思ってるかお見通しよ。」

 女神様は私の言葉を遮った。

 「あなたが出来るのは、この2日間で感じたことを全部を大切にすること。自分の中で未消化のままでかまわないから。」
 「は、はい」
 「たぶんもう、人生の先が見えちゃってゲンナリって事はかけらも無くなる筈よ。」
 「はい、それはもう…」

 たった2日間、予告編を見ただけだったが、あたしの人生の物差しを変えてしまうのには十分すぎる時間だったことに間違いはない。もう、あの日のような考え方には絶対戻れない。

 「じゃあ…もう、いいかな」
 「あ、待って、待ってください!」
 「どうしたの?」
 「あ、あの色々あるんですけど…」

 女神様は微笑んで言った。

 「元の時間に戻って、人生の続きを始めて、またこの時間にたどり着けるか心配なのでしょ?」
 「は、はい」

 全部見通されてる。そう、出来たらあたしはこの“未来”にもう一度来たい。

 「そうね…」

 女神様は腕を組んで、言った。

 「ここへ来るための未来の選択肢は確実に存在しているわ。無理なことはないはずよ。その糸口を見逃さないように、見つけたら離さないようにしていればね。」
 「あたし、見つけられるでしょうか。その選択肢。」
 「そうね。たぶん大丈夫よ。あなたのお母さんが持ってる大胆さを発揮すれば。」
 「でもそれは、妹が持って行っちゃってる気がするんですけど…」

 あたしはうつむく。

 「そんなことはないわ。女神様が保証する。それから青木さんの事と、真紀さんとの約束の件ね。」
 「はい。」

 女神様は全部知っている。

 「青木さんの件は心配しないで。それと真紀さん親子を空港に見送りに行く件も。そのためにあたしがここに来たんだから。」
 「え?」
 「じゃあ、スマフォと鍵を頂戴。」
 「あ、はい」

 あたしはポケットから取り出すと女神さまの手のひらに置いた。女神様はカーディガンのポケットにしまう。と、急にあたしを抱きしめた。あわてるあたし。

 「あ、あの、どうしたんですか?」
 「なんだかなあ。あたし、自分がこんなにナルシストだったなんて思わなかったよー。」
 「え、え、何が?」

 女神様はあたしを放すと、ポニーテールを解き、サングラスを外した。
 
 「!」

 その顔はまごう事なき、あたしの顔だったのだ。

 「あ、あ…」

 女神様の顔を指さし、パクパクするあたし。
 そのあたしの額を指さして女神様は言った。

 「がんばってね、あたし。」

 額をツンとつつかれる。あたしはよろよろと後ずさりし、ストンとブランコの椅子にしりもちをついた。
 ぐるんと世界が回る。


***************************

 「あ、あの…絵美さん?」
 「あ、青木さん」
 「今、一瞬、君が2人に…」
 「気にしないでいいです。電話した通りあたし、元に戻ったので。」
 「よかった…」
 「でもここからはあたしの知らない未来。何が起こるのかな。」
 「…なんだかよく…わからないけど、記憶が戻ったんなら、僕、謝らなくてはいけない事が…」
 「ううん、ここ2日間“あたし”に付き合ってくれたことで埋め合わせになったと思う。それより大事なことがあったんですよね。」
 「そ、そうなんだ。これのために、ちょっと色々あって…」
 「なんですか?それ」
 「これなんだけど…サイズはあっているはず…」
 「指輪?」
 「うん…」
 「ありがとう…嬉しいです…青木さん…」

***************************
 

 不思議なことに、痛みはなかった。
 かすかなペンキのにおいがする。
 あたしは少しの間動けずに、ぼうっと抜けるような青空を見ていた。
 と、カウントを取りに駆け寄るレフェリーの足音が聞こえ、彼はあたしに声をかけた。

 「大丈夫ですか?動けますか?」

 懐かしい声。あたしがもう一度聞きたくてたまらなかった声。
 あたしは持ち合わせている大胆さを振り絞って、言った。

 「すみません。自分で起き上がれないみたいで…手を貸していただけませんか?」

 延ばされる手。わたしはその手をつかんだ。
 決してこれから離してはいけない、その、手を。


         「ちょっとだけ予告編!」 おわり

ちょっとだけ予告編!

ちょっとだけ予告編!

人生を“悟って”しまった女子大生が体験する不思議話

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更新日
登録日 2015-05-12

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