All the world is logic

全てはロジックに過ぎない

 人々は恐怖する時、悪夢を見る。どれだけ殴っても、どんなもので叩いても、
倒せない悪魔を………

「そいつに捕まれば、大変惨たらしく死ぬだろう。無残な姿で………」

―――目が覚めると、そこは手術室の中であった。医師からは手術成功と知らさ
れた。長い悪夢から要約目覚めたようだ。しかし、患者はショック死した。原因
不明の拒絶反応、目が覚めた時、片方の目は正常、もう片方の目はぼやけている。
いつもとは違う肺の圧迫感、長さがわずかに違う手足、開きにくい口、悪夢は決
して終わらない。悪夢再来を理解した刹那、患者は精神崩壊を起こす。各々の臓
器はそれぞれの悪夢を思い出し、それぞれが拒絶反応を起こす。薬により抑える
も、脳裏に描かれる悪夢は決して消えはしない。人は思い出す。外見ではなく、
その者の内面を………

 数々の名医が集まったが、その街から医師達は消えた。医師達の負担、捌き切
れない患者数、ついには医師達も精神崩壊を起こし、幽霊街と化した。誰も居な
いはずの幽霊街からは、女の笑い声が不気味にも微かに鳴り響く………



 私は浅川 唯(あさかわ ゆい)、今日は海外へ旅行することになったわ。

「はぁ……最近、優斗と上手くいかないなぁ」唯

 どうして海外旅行しているかというと、お恥ずかしながら、やきもちってとこ
ろね。

「神様のばぁ~~かっ……」唯

 宛ても無く、一人列車の中で青空を眺めながらため息交じりに呟いていた。そ
んな時だった。

「おやおや、お譲ちゃん、かわいいね? 外国人?」
「良かったら俺達と遊ばない?」

 白昼堂々と、我慢できない上に礼儀も弁えないクズって訳ね。

「あんた達ってさぁ、礼儀知らずだって自覚してる訳? 良くいるのよねぇ~、
メールで招待いきなり飛ばしてくる奴とか、そう言う礼儀知らずな人って、死ね
ばいいと思うの……」唯

 唯は懐にしまっていた小太刀を取り出して引き抜けば、柄を口で咥えた。

「なんだこいつ? 頭おかしいんじゃねぇか? 顔がかわいいから別にいいか」

 絡んで来た男の内の一人が私欲を語れば唯の緒が切れた。その男の腹部を殴り
あげる。戦いなれしてしまった唯の拳は急所である鳩尾(みぞおち)を捉えた。男
は唸って腹部を抑えて跪き、息を吐いた。怯んだ隙を見るや唯は両手を合わせて、
脳天へ鉄槌を打ち下ろす。男は地面に打ち付けられた。

「野郎!!」

 女であるが、言語を乱用し、一斉に唯へと襲いかかる。正面から来る相手に対
して迎撃するものの多勢に無勢であった。

「くっ!? 卑怯よ!!」唯
「うるせぇこのクソ女!!」
「―――ひっ!!」唯

 身体の自由を奪われた唯は、成す術無く目を強く閉じて絶えるしかなかった。
しかし、一向に殴られなかった。恐る恐る目を開くと、そこには長身で黒髪の女
性が居た。綺麗な髪と唇であった。女性は細腕というのに対して、男性の手首を
握りつぶした。

「ぎゃ~~~~~~!!」

 腕を潰された男は苦痛の余り叫んだ。無残にもへし折れる自身の手首を見てシ
ョックを受けたのだろう。そんな苦痛の悲鳴を聞いて歓喜しそうな黒髪女性が男
に囁いた。

「よかったら、続きは俺がしてやるぜ? 勿論……夜を明かすまでな」黒髪女性

 女性が耳元で囁いた時、近寄るために一歩歩めば、もう一人の男性が悲鳴を挙
げた。爪先(つまさき)を踏みつけられたのである。踏みつけられた時のバキバキ
と鳴り響く鈍い音が、他の男達に恐怖心を与えた。

「おっと、すまねぇな……どうやら、俺もお前達と同じで礼儀がなっていかった。
すまなかったね」黒髪女性

 女性は肩をトンと軽く叩き謝罪したが、叩かれた肩は落ちてしまった。満身創
痍となってしまった男達は、女性が警察に通報し、連行されてしまった。唯と女
性は正当防衛が認められた。

「あ、あの……」唯
「あぁ、気にすることはねぇよ……」黒髪女性
「いぇ……その……」唯
「俺の名前は獄道 沙伊治(ごくどう さいぢ)」黒髪女性

 乱暴で粗悪なこの女性の名前は獄道 沙伊治と言うらしい。

「沙伊治さん、ありがと……すごく強いのね」唯
「強くは無いぜ? 浅川 唯の方がずっと強いと思うんだが」沙伊治
「私なんてそんな……え?」唯

 初対面である沙伊治は唯の名前をなぜか知っていた。いや、名乗っただろうか。
慌てて財布を取り出すもパスポートは確かにしまってあった。

「どうかしたか……唯?」沙伊治

 沙伊治は面白がって唯へと尋ねた。唯は思わず後退りした。すると、一人の警
官がこちらへと戻って来た。と、思った矢先、沙伊治の手首へ手錠を掛けた。

「貴様……獄道 沙伊治だな……どれほどの罪を重ねたかわかっているだろうな?
逮捕する!!」警官
「え!? ちょっと待って!!? 私も行くわ!!」唯

 何が起こっているのかもわからず、唯はなぜか、同行してしまった。内心、同
行してしまったことを後悔している。沙伊治は慣れた様子で肘掛けに腕を置き、
景色を眺めていた。唯は不意に質問しようとしたが、辞めた。こんなところで、
話す訳がない。

「こんなところで話す訳がない……って思ったか?」沙伊治

 沙伊治が呟いた。その呟いた内容は、唯の思ったことと一致していた。いや、
言い当てたのだ。沙伊治はどうやら、普通の人間ではないらしい。

「あなた――なんなの!?」唯

 驚愕した唯は、頭が真っ白になってしまった。すると、警官が車を止めて二人
を降ろした。そこは、刑務所であった。どうやら、相当やばいことに関わってし
まったらしい。

「あなたは無関係者ですのでこちらにどうぞ……」警官

 そう言って、唯は警官に案内された。沙伊治が車の中でこのようにせよと言っ
たので、従った。何のことかよくわからないが、その後は全額俺に掛けろとか言
われてしまった。要するに、沙伊治に掛け金全て掛ければいいってことよね。そ
う、ここは刑務所でもあり、賭博をするところでもあった。

「それでは、ただいまより、競技を開始します。ルールは簡単、1000人の罪人達
を殺し合わせ、200人殺してしまったものには、どんな罪も無罪にして差し上げ
ましょう!! そう、罪なんて無かった!! 無罪!!」司会者

 1000を200で割れば5、詰まり、4人は無罪になれるって訳であるが、仮に、皆が
1ずつ殺してしまったとしよう。そうなれば残り人数は500となる。500を200で割
れば、罪を免れることができるのは2人だけとなる。

「無茶よ!! 1000人しかいないのに200人も倒さなきゃならないなんて!!」唯
「それでは、観客の紳士淑女の皆さまは御手元のパネルに掛け金をお願いいたし
ます!!」司会者
「……っ!!」唯

 唯は、悩むに悩むも、沙伊治がそんな悪い人には思えなかった。一応、帰国す
るお金は残しておいた。後は全額かけたのであった。倍率は200倍であった。掛
けたのは25万である。当たれば5000万円の金額になってしまう。やっぱり無理と
思い掛けるのをやめようとした。その時、画面が切り替わり、競技が開始された。

「ちょっ!? そんな!!」唯
「それではコロシアムスタート!!」司会者
「っ……!!」唯

 しまった。大金掛けちゃった。家に帰ったら、なんて言えばいいの。などと後
悔しているものの、開始されたゲームはもう止められない。

「あら? あなたは……浅川 唯さんかしら?」???

 不意に自身の名前を呼ばれる。そこに立っていたのは、ライトブルーの髪色を
した女性であった。

「クレアが御世話になっております。姉のクーラ・レル・ルザナギス、ここでは
少将ですわ」クーラ

 なんと、それは、クレアの姉であった。

「ちょっといいかしら?」クーラ

 クーラは唯を応接室へと案内した。なにか深刻な相談なのであろうか。或いは、
車の中で言っていた沙伊治の………

「現在クランは裏の王と戦っております」クーラ
「裏の王?」唯
「……はい」クーラ

 クーラは裏のことを説明した。この世界とは違うもう一つの世界があるという
こと、その世界を裏の世界と呼んでいる。裏世界に関しては裏の住民以外知らな
いらしい。しかし、クーラとクレアは知っていた。二人には共通点がある。花神
という。花神は花を司る神であるため、植物と会話が可能である。詰まり、植物
のあるところの情報を把握できるということである。故に、裏世界の存在に気づ
いていたのであった。しかし、その能力が仇となってしまったか、裏世界に君臨
している王が花神を殲滅し始めたのである。それだけならばまだしも、裏世界の
王は魔剣を所持しており、その魔剣の能力は以下であった。

「裏世界の王が持つ魔剣は、切ったものの能力を全て吸収し、魔剣所有者にその
能力を付与させる」クーラ
「それって詰まり!!?」唯
「全知全能に匹敵するということ……」クーラ
「……クレアは全知全能と戦っているってことなの!!?」唯
「……そうよ」クーラ
「そ、そんな……」唯

 突然の話しに戸惑う唯であった。そんな中、クーラが慰めるために声を掛けよ
うとしたその時、応接室のドアが開かれた。なんと沙伊治が入室してきたのであ
った。

「けっ、何が全知全能だ……そんな奴が相手だからってビビっているのか? 俺
は最凶だ……俺よりも危険な奴はいねぇぜ」沙伊治

 これを聞いた二人は呆れてしまった。無謀ともいえる沙伊治の発言に唯は思わ
ず口を開いた。

「あんたね! いくらなんでも相手は全知全能よ!! 勝てる訳無いじゃない!!
――ってか、あんた、コロシアムはどうしたのよ!!?」唯

「……流石はSSSランクの犯罪者、獄道沙伊治……その鬼謀は、世界を敵に回して
も敵わないと聞くが、あのコロシアムを突破するとは、並みの者ならば無傷では
いられまい。いや、成し遂げることすらも敵わない。しかも、まだゲームが開始
して間もない。どうやってクリアしたのかしら?」クーラ

 唯ははたとゲームの内容を思い出した。ゲームクリアなど不可能である不条理な
コロシアムを………

「けっ……あんなもんで殺したつもりだったか? 少将はあの程度でやられちまう
みたいだな……」沙伊治

 これを聞いてクーラと唯は少しの間考え始める。暫くしてから、唯が口を開く。

「わたしなら、開始前に全犯罪者を挑発して、矛先を自身に向けさせるわ」唯
「………」クーラ
「ひゅ~~っ、やるじゃないか唯ちゃん」沙伊治
「でも、同時に999人を相手にしなければならない。度の道死ぬことに変わりはな
いけどね」唯
「いや、なかなか面白い戦略だぜ……で、少将さんはどうよ?」沙伊治
「………今情報が植物を介して入って来たわ。同じようにやったみたいね?」クーラ

 これを聞いた沙伊治は大いに笑った。暫くしてから一人の警官が入って来た。
それも、ひどくあわてている様子であった。クーラが落ち着いて報告せよと言う
と、警官は息をゆっくりと吐いて少し落ち着きを取り戻した。

 この世界には魔法もあれば、神を名乗る者もいるし、龍もいる。魔術師の中に
もたくさんの悪人が居る。強力な魔力を持つ者もコロシアムには紛れ込んでいた。
沙伊治はそれに比べれば圧倒的に魔力が少ない。そんな魔術師たちも一掃した沙
伊治……

「沙伊治は………コロシアムを開始0.1秒でゲームクリア致しました!!」警官
「なんだと!!?」クーラ

 クーラは植物と会話することができる。しかし、警官が言う情報はそれと違っ
ていた。クーラは沙伊治の方を向きはたと気が付いた。

「ま、まさか……」クーラ

 これと同時に唯も悟り絶望した。

「そうだ……植物が虚報をお前に流している……詰まり、全知全能の掌で踊らさ
れているって訳だぜ」沙伊治

 沙伊治が告げた言葉に、一同は絶望した。沙伊治は皆を置いて出て行ってしま
った。刑務所の敷地から出て行くと、沙伊治は一言だけ呟いて行った。

「全知全能……それは魔剣の力を借りて得た肩書きに過ぎない……俺は、この世
のロジックを全て自力で解いている………」沙伊治



 クーラは自室で書類を目に通していた。一人の侍女が書類を持ってクーラに報
告していた。

「獄道沙伊治はコロシアム開始時に魔力練習を行っておりました。盗聴器が捕え
た記録によりますと、魔法なんて使うのは久々だからと精製魔法で肩慣らしを行
っていた模様です。そして、コロシアム開始時、周囲の者たちに開始合図が聞こ
えないだろうと言って指を鳴らしました。すると、コロシアム会場は大爆発を起
こし、826名が死亡しました。獄道沙伊治の一人勝ちでございます」侍女

「なるほど……そして、この報告書によると、沙伊治が精製していたのは水と電
気、水を電気分解させることによって水素と酸素を十分に充満させ、なんらかの
方法を用いて発火させた。発火作用により酸素の燃焼作用を利用し、水素を燃や
した水蒸気爆発が発生、これにより、犯罪者たちは爆死した。という訳ね」クーラ

「しかし、それでは、沙伊治自身も死んでしまうのではないのでしょうか? 魔
力で防ぐこともできたでしょうし、いや、そんなことをしたら魔術師たちに感づ
かれる可能性が……」侍女



「……この件に関しては、極秘にしておきましょう」クーラ

 獄道沙伊治、彼女の謀略に気が付いたものはどれだけいるだろうか。クーラは
己の無力さを知り、今回の出来事を闇に伏せた。彼女の知略を明かしてしまえば、
それを悪用する者が必ず現れる。そうなれば、敵う者はいない。いや、沙伊治に
敵うものはいないかもしれない。クーラは侍女を下がらせて一人になった。

「……指を鳴らす時に発熱を起こす。その熱はどれくらいなのかしら? そして、
爆発の発生源を上手く計算すれば、安全地帯を確保出来るのだろうか……このこ
とも、あの女に聞こえているのかもしれないわね」クーラ



 列車の中では、沙伊治と唯が弁当を食べていた。唯は不意に尋ねた。何をした
のかと、沙伊治は自身の知力に自信があるのか、隠すことも無く唯に明かした。
沙伊治が明かした内容は以下であった。

 沙伊治の体は突然変異体であり、高密度に圧縮された筋骨を有している。それ
は、従来の筋骨と比較すると異常なまでの力と頑丈な肉体を持つことになる。こ
の様な性質をミオスタチンという。ミオスタチンの性質を持つものは、中肉中背
であっても100kgを超す、沙伊治の場合は、長身故に300kg前後の体重を有する。
その強靭な肉体は、刃物や鉛の弾丸を通さず、鉄すらも紙の如く折り曲げる。し
かし、医師から告げられた寿命は、平均年齢の半分以下である………と……

「それで被爆を絶えたっていうことかしら? それでも1000度を超える熱がある
わ。全身火傷していてもおかしくないと思うけど?」唯

「良い質問だ……絶縁体って知ってるか?」沙伊治

 唯ははたと悟った。なにかを言おうとした唯の口を沙伊治が塞いだ。乙女なと
ころもあるのだろうか。沙伊治は自身の体質などを気にして話しを反らした。

「クレアを助けるつもりは無いが、俺は裏へ行く、お前はどうする?」沙伊治
「……勿論、私は助けに行くわ」唯

 こうして、二人の旅は始まった。



 裏世界、そこに広がるは非道の世界、道徳など存在しない。

「っ……邪眼……視界に入った生命体を……絶命させる……」クレア

物陰に隠れて気を失ったクレアがいた。なんとか敵を撒いたらしい。しかし、
彼女が戦っているのは、邪眼の使い手であった。沙伊治はそれを理解しているの
か、そっと呟いた。

「スミカミ・ロー・レイラ……邪眼の姫か……」沙伊治

 唯が列車内で寝ている時に静かに呟いた後、小さく欠伸し、沙伊治も眠った。

自己欺瞞の正義

 斬ったものの能力を所持者に付与させる魔剣が存在した。所持者はその剣で
宇宙を切り裂き、この世界を創造した。謂わば、新たなる創造主となったので
あった。創造主は、世界を思うがままにし、暇を持て余した。そんなある日の
ことであった。一国の姫を拉致し、彼女に邪眼を与えた。与えたというよりは
強要であった。その後、邪眼を持った女は『邪眼の姫』と名付けられた。邪眼
の姫は目隠しをされたまま、人身販売者に高値で売られたのであった。邪眼の
姫の名は『スミカミ・ロー・レイラ』と言った。彼女は邪眼を得てから毎晩必
ず悪夢に魘された。次第に、彼女は不眠症となり、眠れなくなっていったので
あった。不意に疲労感から死んだように寝てしまうと、必ず悪夢に魘されて何
かを呟いていた。

「沙……治…伊………沙伊……獄道……沙伊治……誰か、タス…助け………」







「―――誰か助けてくれ!!」
 
 早朝のことであった。まだ太陽の日が差したばかりの頃、目覚ましが鳴る前
に外で助けを呼ぶ声がした。

「なんだ…騒がしいもんだな………なぁ、唯………」沙伊治

 唯とは、浅川 唯(あさかわ ゆい)のことを示す。それを呼ぶのが獄道 
沙伊治(ごくどう さいぢ)である。沙伊治はSSS級の指名手配人であり、世界
から狙われた犯罪者である。そんな犯罪者が顔も隠さず堂々としているのはな
ぜかと言うと、警察や賞金首の情報を網羅しているため、良からぬ気を起こし、
沙伊治を追いかけようとする者は先に始末された。沙伊治を追える者は限られ
ているのである。


「あの馬鹿………」沙伊治




 沙伊治が隣で寝ていたはずの唯が居ないことに頭を悩ませながら、煙管を吹か
した。窓を開けて外を見れば案の定、唯が一人の男を説教していた。



「沙伊治、起きるのが遅いわよ」唯



 唯は上機嫌で沙伊治の方を見て得意げに微笑んでいた。これを見た沙伊治は風
を待った。やがて風が吹き、枝から離れた若葉が沙伊治の目の前を通り過ぎた。
その後で煙管の火を消し、窓辺から飛び降りた。沙伊治の体は常人よりも丈夫な
ため、着地しても問題は無かった。唯の近くまで歩み寄れば沙伊治が口を開いた。



「唯、人の言葉が必ずしも真実を語るとは限らない。その子はお前と同じ、正義
感が強い子供だ。」沙伊治

「な、なんですって!?」唯

「さて、では、説明してもらおうか?」沙伊治




 唯に捕まえられた男の子はこくりと頷いて説明した。説明された内容は以下であ
った。男の子が他人から物を取り上げていたのは、いつも虐められている弟の私物
を取り返すためであった。従って、この男の子がしたことは、強盗などでは無かっ
た。これを聞いた唯は戸惑いながらもこう告げた。


「そ、そうだとしても、あんなやり方は良くないわ!!」唯



「それは、お前も同じだ。お前達は志が同じ人種、謂わば、正義の味方だ。味方同
士なのだから争ってはいけない。味方同士で潰し合っては相手の思う壺だぞ。だが、
心配することは無い。既に敵は俺の罠に嵌っている。」沙伊治




 沙伊治が二人を案内すれば、果たせるかな………弟の物資を持った泥棒少年が
ロープで釣りあげられていた。沙伊治がその泥棒少年から物を取り挙げれば、唯に
捕まった男の子に差し出すと、男の子はお礼を言って帰って行った。


「さて、正しく生きる人間を嵌めた罪は重いぜ………」沙伊治




 沙伊治は泥棒少年を罠から解放すれば、泥棒少年の実家まで行き、両親に泥棒少
年の犯した罪を説明した。それだけではなく、沙伊治は身代金まで要求したのであ
った。そんなこんなで、沙伊治は止まらず、少年を軽く蹴ったり、両親を叩きつけ
たりもした。そんな中、両親たちの金庫から莫大な大金が見つかった。しかも、そ
の中には、見ず知らずの人物に生命保険を介入させた記録書なども入っていた。こ
の両親は保険会社取締役社長であり、道行く人を巧みに騙し、印を貰えば保険内容
を私欲のために改竄(かいざん)していたのである。従って、家族全員が犯罪人であ
ることが分かった。沙伊治がこの家族を通報すると、家族共々、警察に連れて行か
れた。沙伊治のやりたい放題であった。



「酷い………」唯

「確かに、手段は酷いが、世の中は汚れ仕事をボランティアでやらなきゃならねぇ
時もある。金にならねぇ上に賞金首にさせられる世の中だ。頭悪い奴が社長になれ
る時代でもあれば、そんな社長共が自分は正しいと自己を正当化させ、犯罪行為を
続ける。それだけでは飽き足らず、自分達の犯罪行為を偉業と自己欺瞞し、本まで
出した社長もいる。その本の内容は、『社長とは、俺みたいな犯罪行為が出来る者
に相応しい』そう書かれていないが、内容はまさにそれであった。自己欺瞞に満ち
た輩だ。自分が正しいとか考えるのは、やめた方がいい。あんな社長に成りかねな
いし、そんな姑息な手に引っ掛かって自分を見失い、同士討ちすることもある。」沙伊治



 唯の正義は自分勝手に決めた偽りの正義であるとまでは言わなかった沙伊治であ
ったが、唯にはこれがとても重い罰を受けているように感じさせられた。いや、人
とは複雑である。沙伊治の行動そのものが悪であるとさえ認識してしまえばそれま
での話し、世間体が悪の定義を惑わせてしまっているからであろうか。なんにせよ、
敵の術中に嵌ってしまった唯はそう簡単には立ち直ることはできそうになかったの
であった。



―――警視庁会議室―――




「―――従って、獄道沙伊治を指名手配にしたのは我々警察官のミスである。彼女
には、警察から謝罪し、お詫びすることこそ、民の信頼を高めるものとなるのでは
ないでしょうか? 我らに必要なのは、獄道沙伊治を逮捕し、名誉を得ることでは
ありません。ミスを改めることが、今の警察に必要なことなのです!!」



 これを主張するのはクーラ・レル・ルザナギスであった。彼女は国家騎士団を務
めている少将であるが、SSS級の指名手配人である沙伊治が現れたため、現在はそち
らの任に務めている。この主張に対して警察庁長官らは以下のように返答した。



「獄道沙伊治の犯した過去の過ちは消えることが無い。その罪を償うために、他の
犯罪者を捕まえては我々に送り届けている。これが罪滅ぼしと言うのであらば、尚
のこと、彼女は自首し、変な言い方であるが、我々のミスでは無かったことを証明
してから彼女は犯罪者を我らに送るべきではないのか?」



 と、このように返答されてしまうのであった。警視庁らの真意は分からないが、
このまま沙伊治を指名手配にしておけば、警察が犯人を追わなくても、沙伊治が仕
事をしてくれる。詰まり、遊んでいても税金を国民から支給され、仕事も勝手に無
くなっていくということになる。



「フン、所詮は国家の犬と言う訳か………国民奴隷化計画、そんなものがあるとは
思ってもいなかったが、そんなことを考えるようになってきてしまった………」クーラ



 会議室を後にしたクーラが、ラウンジにて呟いた。時計を確認し、再び会議室へ
と戻ろうとした。すると、会議室からはこのような声が聞こえてきた。



「警察という仕事も、今では税金を貰うだけになりました。国民は増税してくれま
すし、いや、老人が増税を許可してくれます。若者にとって老人は老害であるとは
よく言ったもの、老人が馬鹿であるため、税金を上げる党へと票を入れてくれます。
若者達も良くわかっていない者がいるため、投票率は暫く大丈夫でしょう。時代が
一つ前の人間はただの馬鹿ですね。それで苦しめられている若者もいまでは多勢に
無勢よの! あっはっはっはっは!!」



 これを聞いたクーラはテープレコーダーを起動させようとしたが、盗聴検出器の
存在を恐れて盗聴することをとうとう辞めてしまった。



「なぁに、例え盗聴されておったとしても、我らの策略は、邪眼と沙伊治の同士討
ち、どっちがくたばっても我々の手柄にしてしまえば国民の信を得ることになるの
だからな………わっはっはっはっは―――ぐわぁ!!」
「おい!!どうした!?ぎゃあああ!!」



 会議室に居た者は皆突然にして息絶えたのであった。クーラは何が起こったかわ
からず、その場を離れた。これも何者かの策略なのだろうかとさえ思ってしまった
のであった。そう、クーラが良く知っている人物………


「……獄道………沙伊治………だとしたら、私は……」クーラ




―――列車内―――



「すぅーーー………ふぅーーー……」

 沙伊治が煙管を吹かしている中、唯は口を開いた。



「わたしが正義を語るには未熟だったわ」唯



 これを聞いた沙伊治は不思議そうな顔をして景色を眺めていた。やがて沙伊治が
口を開いた。煙管の煙を外に逃がすため、窓を開けていたので、声もかき消されて
唯には聞こえなかった。



「え? なんて? 聞こえないわよ?」唯



 そう言って沙伊治が煙管の火を消し、窓を閉めて呟いた。それを聞いた唯は目を
大きくさせて耳を疑った。列車内で流れてくるラジオ放送が信憑性を高めた。獄道
沙伊治が、唯の監視下で警視庁長官らを殺害した。



「だとしたら、私は……盗聴すべきだった」沙伊治





 驚いている唯に対して沙伊治が呟いた言葉は盗聴についてであった。何を言って
いるのか、唯には理解できなかったのであった。

完全無欠な能力者達

 警視庁長官らの死因は、毒水であることが調査から判明した。自らが自身の
コップに毒を盛り服用した。詰まり、自殺、それが調査から得られた結果であ
った。クーラがもし、盗聴を行っていた場合、それを世に知らしめれば、警察
や国家の国民奴隷化計画を牽制することができるだろう。しかし、それは、民
心が離れることに繋がってしまう。あの時、盗聴しなくてよかったのではない
かと、今になってそう考えるようになってしまっていた。盗聴行為は軽率に行
うものではない。いや、こういう犯罪行為は犯罪に詳しいからこそできるので
はないか。犯罪を真に理解し、それを正しく用いた者こそ、正義。正義と犯罪
の区別が明確にできないのは、全知全能者が我らに与えた疑念なのではないの
か。そう思いながらも草原で愛馬を走らせていた。



 こんな時代になぜ馬を走らせているのかというと、クーラ・レル・ルザナギ
スの能力は遺伝子操作であった。そこら辺の遺伝子を操って馬を精製したので
ある。その際、魔法のように見せかけて綺麗な輝きを放たせ、馬を誕生させた
りと、派手な演出(アクション)をよく取り入れた。今は休憩中、従って、大
草原で馬を走らせている訳であった。



 クーラが馬を走らせている最中、本部から連絡が入った。その内容は以下で
あった。エルリン大佐率いる軍と『邪眼の姫』が接触し、大敗した。生存者の
確認と救出を近くに居る者が行うよう指示する。その際、『邪眼の姫』との接
触は避けよ。とのことであった。



「こちらクーラ、これより、エルリン軍の救出に向かう………」クーラ



 たまたま近くに居たクーラが、この任務を一任した。クーラは気付かれない
よう馬から降り、徒歩で現場へと向かった。歩くこと25分、クーラは現場に到
着した。軍は既に全滅していた。生存者を確認するも邪眼が相手となっては手
も足も出なかったようだ。それもそのはず、邪眼とは、視界に入った生命体が
全て死んでしまう。と言う恐ろしい能力であった。クーラは上層部に生存者は
確認できなかった。と、同時に、邪眼の姿も確認出来なかったと報告した。だ
が、クーラの目の前には、綺麗なドレスを着用した金髪女性が立っていた。
『邪眼の姫』と呼ばれた『スミカミ・ロー・レイラ』である。クーラは報告後、
通信を切ってもう一度呟いた。





「確かに、邪眼の存在はもう…確認できませんでした」




 なぜ、そのように報告したのかというと、警察が手柄を横取りし、私利私欲
のため、民心を惑わすのではないかと疑念を抱いたためである。もし、民心の
信頼が警察に寄せられれば、国民は最早、誰一人として、国民奴隷化計画を疑
わなくなるだろう。そうなることを恐れたのである。




………今ここに………遺伝子操作と邪眼が接触したのであった………



 



 二人が対峙する中、邪眼の姫はまだ邪眼を発動させていない。従って、クー
ラが視界に入っていても死なずに済んでいる。クーラが刀の柄に手を置いた刹
那、邪眼の姫が邪眼を発動させた。




―――市場―――



「ねぇ、沙伊治、さっきから誰かが私達を尾行しているわ」唯



 唯とは、浅川 唯(あさかわ ゆい)を示す。彼女は普通の女子高生である。
唯が話しかけた沙伊治とは、獄道 沙伊治(ごくどう さいぢ)のことを示し
た。獄道沙伊治はSSS級の指名手配犯、謂わば、世界を敵に回した犯罪者であっ
た。



 唯は何者かの尾行に気が付き、それを沙伊治に報告したのであった。しかし、
沙伊治は既に気付いていた為か、こんな返答を返した。


「奴の名は綾瀬 真理(あやせ まり)、絶対両断剣の所有者だ………」沙伊治


「!!?」唯



「ふふっ………」沙伊治



「絶対両断剣!? それって詰まり………」唯


「どんなものでも一刀両断してしまう剣と言う訳だ。例えば、魔力とて切り裂く
と言うことになる。なかなか面白い能力を持った奴に好かれちまったな。こんな
レベルのモテ方は羨ましいのだろうか?」沙伊治





「はっ?」唯




 沙伊治は冗談を言ったつもりであったが、唯は理解不能と言わんばかりに返事
を返した。そう、沙伊治が言う言葉に苛立ったのではなかった。そんな恐ろしい
能力を持った人物に狙われる人間に嫉妬心を抱いたことも無かった。何に対して
理解できなかったかと言うと、敵の剣を防いではいけないということであった。
詰まり、防御してはいけないということ、敵の刃を防ぐようなことをすれば、絶
対両断される。相手の斬撃は防御不可能、それは、沙伊治と唯に絶対回避を強要
してくると言うことである。唯には、そんな現状を受け入れることができなかっ
た。状況を呑み込めていない唯に対して、沙伊治が耳元で何かを告げた。



「え?」唯
「そう言う訳で、また会おうぜ」沙伊治
「ちょっ!? 待ちなさいよ!! って―――うわっ!!?」唯



 そう言って、沙伊治は唯の背中を押し、唯を列車に乗車させた。唯が乗車すれ
ば自動ドアは閉まってしまい、降りられなくなってしまったのであった。しかし、
沙伊治の狙いは唯を列車に乗車させ、足手まといを減らす、と言うことではなく、
他に目的があった。唯が沙伊治に押された際、列車内で誰かと衝突した。唯が衝
突した人物は倒れて尻もちを着いていた。その人の髪色はダークブルーで、セミ
ロングの女性司祭であった。唯が衝突した際、唯も倒れたためか、司祭は唯のこ
とを抱きしめて庇ってくれていた。唯の安否が確認出来れば、女性司祭はにこに
こと微笑んで唯を見つめた。次第に恥ずかしくなってしまった唯は思わず頬を赤
らめて視線を逸らしてしまった。



「お怪我は有りませんか、迷える子羊さん? わたくしの名前は、ユリユミ・ル
ナ・ユリエルと申しますわ。悩める子羊に神の祝福あれ………」



 そう言って、唯を離し、立ち上がる両者、相手の自己紹介が終われば唯は『は
っ!?』として、我に返った。沙伊治が唯と別れる際に告げたこと、それはこの
ユリエルを………



「わたしの名前は浅川 唯よ。ちょっと電車を間違えただけだから、大丈夫。
―――後、ごめんなさい………ユリエルさん、本当は今の駅で降りたかったんだ
よね。」唯



 沙伊治に上手くやれと言われたが、相手の妨害をするという罪悪感に唯は耐え
きれず、謝罪してしまった。ユリエルは唯がなぜ、降りる駅だと言ってもいない
のに分かっていたのか不思議に思った。しかし、ユリエルの脳裏にとある人物が
映し出された。


「唯様、つかぬ事を御伺い致しますが、もしや、先程の駅に獄道沙伊治様がいた
ということなのでしょうか?」ユリエル



 ユリエルと沙伊治は面識があるようだ。



「な、ななななんのことかしら!?」唯



 慌てふためく唯に対してにこにこと微笑むばかりのユリエルであった。不意に
ユリエルが唯の両手を取って握ると、唯の手と手を胸前で重ね合わせた。重なっ
た手と手を握らせれば、その握り方は、天に何かをお祈りする時の姿勢であった。
ユリエルがしゃがみ込み、唯を見上げれば微笑んで唯に以下を告げた。



「ご安心くださいませ、獄道沙伊治様はこのユリエルが必ず探して差し上げます。
その間は、このユリエルを母親と思ってくださいませ。そして、このユリエルが
問題解決を………」ユリエル




「へ?」唯



 ユリエルは優しさに満ち溢れており、唯に優しく接してくれた。唯はこう思っ
てしまった。ユリエルさまの言葉使いが余りにも敬意を示してくるので、ユリエ
ルさまとお話ししていると、まるで、自分が王女様にでもなったかのように思っ
て恥ずかしくなってしまった。



「は、はい………」唯



 ユリエルの優しさに包まれてしまった唯はすっかり骨抜きにされ、頬を染めあ
げてはいと二つ返事をした。ユリエルの隣に座れば、反対側に座っていたお子さ
んもユリエルに魅了されてユリエルの腕に抱き付いてしまった。ユリエルはそれ
を微笑んで受け入れれば、優しくなだめたのであった。そんなユリエルを見てな
ぜか唯自身も寂しくなってしまい、唯は頬を染めながらもユリエル甘えるように
して唯もユリエルの腕に抱きついてしまった。まるで、魔法にでも掛けられたか
のように………





「はっ!?」唯

 と、我に返ったかのようにして目覚めた唯は、ユリエルを沙伊治の下へと手を
引っ張って案内した。その行動にユリエルが不思議に思って尋ねた。

「あら?唯様、失礼ながらもお尋ねいたしますが、先程の駅に戻りませんのでし
ょうか?」ユリエル

「大丈夫です! こっちに気配を感じますから!!」唯



 唯は気配を感じることなど、出来るはずも無かった。しかし、ユリエルは何も
疑わず、唯の案内に従った。



「こっちです!!」唯



 唯が曲がり角を曲がったところで、沙伊治が綾瀬真理の絶対両断剣を回避し、
その斬撃の軌道は、ユリエルへと振り下ろされた。



「え? なに―――これ………」唯





―――大草原―――





「こちら、スミカミ・ロー・レイラ………重傷……にて、せ………戦線を……離
脱…しま………す………」



 腹部を抑えたまま、岩陰に身を隠し、回復に努めるため、邪眼の姫は眠りに着
いた。



「くっ!! あと一息というところで見失ってしまった!! 邪眼を逃がす訳に
はいかない―――ここで仕留める!!」クーラ



 軍隊の死体が繰り広げられる中、クーラは邪眼の姫を捜索していた。そんな中、
クーラの通信機が鳴り響いた。



「緊急連絡だと!? こちらクーラ少将、なに!? しかし、今邪眼に深手を負
わせました。今ここで仕留めなければ!! え? はい………承知いたしました。」クーラ



 緊急連絡の通信を切断すればクーラは上層部に撤退を余儀なくされた。街で獄
道沙伊治、綾瀬真理、ユリユミ・ルナ・ユリエルが接触しているとのこと、街中
大騒ぎで収拾がつかない様子、住民の安堵を最優先するよう命令されたのであっ
た。邪眼は仕方なく一旦保留にした。どこから発動するかさえ分からない邪眼の
不意打ちもあると上層部が忠告したこともあり、クーラは身を退くことにした。
クーラは千里馬を走らせて現地へと向かった。現地にはすぐに付いた。



「全く、どいつもこいつもとんでもない者たちが集まってしまったものね…」クーラ



 獄道沙伊治は言わずもがな、綾瀬真理、ユリユミ・ルナ・ユリエル、この二人
はSS級の指名手配犯であった。この三人の中で、一番弱いのは誰かと言われれば、
皆揃って獄道沙伊治と言う。SSS級の指名手配がなぜ一番弱いなどと言われている
のか。それは、獄道沙伊治に、反則と言えるほどの能力がなかったためである。
綾瀬真理の絶対両断剣、その名を耳にしただけで皆が恐れた。ユリエルに関して
も同じである。ユリエルにも皆が恐れるほどの能力を身に着けていた。それは………



「ユリユミ・ルナ・ユリエル………奴の能力は、反射と消滅を司る光、そして、
エネルギーの吸収と変換を司る闇を所有している」クーラ



 そう、ユリエルの能力は、クーラにとって最悪の相性を持っている。謂わば、
天敵であった。

獄道沙伊治の策略

 とある学園でのお話しである。容姿、学問、武術、どれをとっても完璧な
女性が居た。彼女は才色兼備という四字熟語をほしいままにした。性格も優
しく、多くの人々を魅了した。

 ある日のこと、そんな彼女が、司祭になることとなってしまった。司祭と
は、女性がなるものではないと当時は考えられていた。最初に司祭となった
女性の名を『マリア』と言った。それに続いて二代目を任されたのが『ユリ
ユミ・ルナ・ユリエル』であった。才色兼備のユリエルが司祭になることに
対して、人々は何の疑問も抱かなかった。寧ろ、祝福する者が多かった。司
祭となった彼女の人望は厚く、道行く人々を見かけては、一人ずつ、丁寧に
挨拶をし、困っている人が居ては親身になって話しかけ、救いの手を差し伸
べた。勿論、これを良く思わない者達もいた。

 ユリエルが吸血鬼討伐の任務を受けた日のことであった。ユリエルが吸血
鬼の討伐に向かった時のことであった。ユリエルが怪我をした幼い吸血鬼を
目の当たりにし、討伐せず、あろうことか、その吸血鬼を助けてしまったの
であった。幼い吸血鬼はとても可愛く、多くの人々を魅了した。ところが、
ユリエルを良く思わない者達が、これを利用し、ユリエルを陥れたのであっ
た。

「やはり、司祭とは女性が成るものではない!!」
「アダムは男である!! しかし、イヴは女だ!!」
「イヴとはアダムから創られた!!」
「アダムは神から創られている!!」
「アダムは完璧な人間だ!!」
「イヴはアダムの肋骨に過ぎない!!」
「女性とは、不完全な人間を示す!!」
「女が司祭になることは、タブーである!!」



 セクハラでもあるこの発言に、異を唱える者も多く、金や名誉のために賛
成する者もいた。やがて、流言は広まり、ユリエルは村を追放された。吸血
鬼に関しては、怪我が完治した際、帰るべきところへと返していたので、被
害には遭わなかった。ユリエルが追放されてから、ユリエルの首に賞金が掛
けられた。SS級の指名手配犯………




「―――ユリエル!!―――」




 ユリエルの脳天へと、無慈悲にも綾瀬 真理(あやせ まり)の絶対両断
剣が振り下ろされた刹那、浅川 唯(あさかわ ゆい)が、彼女を庇った。
ユリエルにとって、唯が庇いに来ることは、逆に困ることでもあった。ユリ
エルが纏う光、それに触れた万物は消滅してしまう。詰まり、光が発動して
しまえば、唯がこの世から居なくなる………



「―――唯様っ!!」ユリエル



 ユリエルがとれる行動となれば、ただ一つ、唯を突き飛ばして、ユリエル
自身が一刀両断されることである。それを余所から見ている獄道 沙伊治
(ごくどう さいぢ)、ユリエルと沙伊治の視線が一致する。ユリエルはその
視線を見逃さなかった。そこへ、丁度、クーラ・レル・ルザナギスが登場し
た。

「………無駄だ、ユリエルは今や貴様と同じ………SSS級の指名手配犯に任命
されたのだから………」クーラ



 ユリエルが唯の身体を強く抱きしめた。ユリエルがとった行動の答えである。
そう、唯を庇ったのではなく、ユリエルの闇が唯の力を変換させた。唯は非凡
の力でユリエルを突き飛ばした。その際、ユリエルが唯の身体を強く抱きしめ
ることにより、唯も絶対両断剣の軌道から免れたのであった。



「けっ………流石だぜ……ユリエル司祭………」沙伊治



 ユリエルと沙伊治の戦績は二戦一勝一敗であった。過去、ユリエルが沙伊治
を捕まえることとなって、お互いに痛み分け、どちらも重傷を負ったのであっ
た。



「唯様………御怪我はございますでしょうか?」ユリエル



 ユリエルを庇うつもりが、ユリエルに助けられ、ユリエルの腕の中に居る唯
は内心泣きそうになってしまった。なぜ、この人はこんなにも助けてくれるの
かと、自分は、降りたい駅に降りようとしていたユリエルの邪魔をしたと言う
のに、と悔やんだ。顔を上げれば、ユリエルは壁に強打していた。そんなユリ
エルを見て、思わず涙が一筋流れた。しかし、ユリエルは唯の顔を見てにこに
こと微笑み、唯の流した涙を拭き取ってくれた。



「ご安心くださいませ………全ての衝撃は吸収されました。」ユリエル
「………うんっ…」唯



 平然として立ち上がるユリエル、それに続く唯、ユリエルの微笑む顔はとて
も美しかった。しかし、目を閉じて微笑む彼女の目元に前髪の影が掛かり、笑
顔がとても怖く感じてしまった。怒ってしまったのではないのかと、唯にはユ
リエルの笑顔がとても怖かった。頬笑みが消えれば目をゆっくりと開き、ダー
クブルーの瞳が沙伊治へと向けられた。綺麗な瞳であった。ユリエルの怖い表
情でさえ、美しく見えた。その視線を受け止める沙伊治も沙伊治で、長身を活
かしては大胆不敵にもユリエルを見下ろしていた。



「さて、お前達全員、ここは見逃してやるから、立ち去っては貰えないだろう
か? こちらとしては、住民の安堵を保証したい。悪くない話だろう?」クーラ



 獄道沙伊治と綾瀬真理、ユリエル、クーラ、四人が向かい合う中、クーラが
提案をした。その提案を聞きいてくれるかは、難しい連中であろう。そう思っ
ていたクーラであった。しかし………



「ふっ………あっは……はっはっは」沙伊治
「………ゴクリッ…」唯



 不意に、沙伊治が笑いだす、すると、唯もそれに合わせてユリエルの服にし
がみ付いた。沙伊治と唯が視線を一致させた次の瞬間、沙伊治はその場から逃
げだし、唯はユリエルの手を引いて逃げ出した。それぞれまた、別の方向へと、
そして、その場に残されたのは………



「―――しまった!!」真理
「SS級、指名手配犯、綾瀬 真理………貴様を逮捕する!!」クーラ



 遺伝子を自在に操作するクーラ少将、絶対両断剣の真理、沙伊治とユリエル
が居なくなった今、クーラの目の前に、絶対両断という獲物が置かれた。



「ふっ………まぁ、うまく行きゃあ、ユリエルは絶対両断剣の錆になっていた
んだが………まぁ、そんなことはどうでもいい、後は任せたぜ………クーラ少
将さま………」沙伊治



 そう呟きながら、勝ち誇る沙伊治、そのまま地を駆けてとある場所へと向か
って行った。街中では、真理とクーラの壮絶な戦いが繰り広げられていた。当
然、絶対両断剣で切られても、遺伝子を操り、切られた回数だけ、クーラが二
人、三人と増えて行くだけであった。そう、絶対両断剣に勝ち目はなかった。
勝負は直ぐに決してしまった。



「―――くっ!!」真理



 ボロボロになりながらも壁に凭れかかる真理、それを見下ろすクーラとその
分身達………



「大人しく自首しろ………さすれば、手荒なまねはしない………」クーラ



 絶体絶命となった真理、追い詰めたクーラ、真理の表情が悔しさに滲んでい
た。



―――――しかしその悔しさに滲んでいた表情が―――




 一変した!!



「ふっふっふ……あっはっはっはっは!!」真理


 突然笑い出す真理に対し、クーラは気でも触れたのかとと思った。だが、そ
れは、大きな勘違いであった。なんと言うことか、真理は住宅街へと入り込ん
でしまった。クーラは一喝した!!



「なっ!!―――そこを動くなっ!!!」クーラ


 たまたま通りかかった男の子が真理に捕まえられ、人質にされてしまったの
である。



「―――しまった!!」クーラ
「形勢逆転ね………クーラ少将………」真理



 こうなってしまってはクーラもお手上げである。真理は人質をいいことに、
クーラの分身を消すよう命じ、逆らえば男の子の耳を切り落とし、指先を切断
した。その苦痛の叫びが、クーラに選択を余儀なくされた。クーラは真理の指
示に従った。こうなれば真理のやりたい放題である。真理はクーラの身体を何
度も切り裂いた。その後で男の子も切り捨てた。真理は大いに笑いながらその
場から身を退いたのであった。クーラは遺伝子を操作し、自身と男の子を再生
させた。再生が終わった頃には、既に真理の姿は見えなかった。




「………逃がしたか…」クーラ

 クーラは人質にされていた男の子を無事、家まで送り届けた。家に着いてか
ら、両親がクーラに礼を言っていろいろなものを献上した。しかし、クーラは
それを受け取らず立ち去ってしまった。クーラは混乱していた住民達に一部始
終を説明し、平穏が訪れたことを知らせた。この知らせを聞いた住民たちは安
堵の胸をなでおろした。
 




―――真夜中の大草原―――



 真理はクーラとの戦いで深手を負い、傷を押さえ付けては、痛みに耐えてい
た。衣類を引き千切れば、応急処置にと傷口上部を締め上げた。しばらく安静
にしていた。やがて、落ち着きを取り戻し、心地よい風が流れては、真理は安
堵のため息をついた。そして、そのまま岩に背を預けて一息付けば夜空を見上
げた。夜景が綺麗であった。しかし、岩の上に人影が見える。なんだろうかと
思い、目を凝らしてみると、真理の表情は曇った。なんと、真理が寄りかかっ
ている岩の上に獄道沙伊治が背を向けて座っているではないか。咄嗟に自身の
口を手で押さえ、息を殺しす真理、物音一つ立てず、暫く警戒するも、沙伊治
は気が付いていない様子であった。これは得たりと絶対両断剣を手に取れば、
沙伊治へ不意打ちを仕掛けようとした。


「お前を待ってたんだぜ………そろそろ話せるか?」沙伊治


 なんと、沙伊治は既に気が付いていた。度肝を抜いた真理はそのまま興奮し
たのか、勢いで沙伊治へと切り掛かった。それを避ける沙伊治、二人は間合い
を拡げて向き合う。と、そこへ、真理がふと鼻で笑って


「馬鹿ね。折角見逃されたのにまた私と出会うだなんて」真理
「出会う? 待ってたんだぜ………首を長くしてな………」沙伊治
「何の能力も持たない貴様が私を倒せるとでも言いたいの?」真理
「裏への通行券さえ渡してくれれば見逃してやってもいいぜ?」沙伊治


 これを聞いて真理は大いに笑った。


「前々から不思議に思っていたのよ………お前なんかが―――SSS級の指名手
配犯なんかに―――なれるはずがない!!」真理



―――真夜中の大草原―――





「こちら『邪眼の姫』………怪我は完治した。これより、任務に当たる。」レイラ


 この『邪眼の姫』を名乗る女は邪眼の使い手、スミカミ・ロー・レイラと言
う。彼女はクーラとの戦いで深手を負い、治癒魔法で回復に務めていた。通信
を切れば、どこからか物音が聞こえてきた。とても近く見たいだ。頭上を見上
げると、岩の上に刀で切られたような跡があった。最初はなんだろう。と思っ
ていたが、不意に殺気がレイラへと襲いかかって来た。その殺気も、レイラが
いる岩の反対側からであった。耳を澄ませば聞こえてくる。その声は、よく見
ていた悪夢のその声であった。



「けっ………良い悲鳴で鳴いてくれたな。お目当ての物は手に入った。これが
裏へのパスポートか、確か、反対側に眠っていた女の子が居たっけ? 気持ち
良さそうに眠っていたな………今まで起きなくてよかったじゃねぇか? もし
起きていたら………くっくっくっく、あっはっはっはっはっは………っ……流
石にかっこつけすぎたかな? 相手の恐怖に染まる顔が見たくて怪我しちまっ
たぜ。今日はこれくらいにしとくか………」



 レイラは度肝を抜いて涙を流しながらも息を殺していた。暫くしてから反対
側に回ると、そこには綾瀬真理の無残な姿が残されていた。

All the world is logic

All the world is logic

この世界から隔離された世界、これを『裏の世界』という。裏世界の王は切ったものの能力を吸収する魔剣を持つ、故に、全知全能と称えられる。それを鼻で笑うSSSランクの犯罪者が居た。この物語は全知全能神と悪魔の物語である。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 冒険
  • ミステリー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-05-10

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted
  1. 全てはロジックに過ぎない
  2. 自己欺瞞の正義
  3. 完全無欠な能力者達
  4. 獄道沙伊治の策略