前夜
蒸し暑い夏の夜。
悶々とする男子。
部屋は静かな暗さに包まれている。
全開にした窓からは、鈴虫か何かがリーリーと鳴いている。
俺はベッドに仰向けになって携帯をいじっている。
暗い部屋で強烈な閃光を放っている機械をスリープモードにして、枕の横に置いた。
窓から星空がよく見えた。星明かりの夏の夜はなんだか結構明るい。
星空が綺麗だ。なんて、柄にもなくロマンチックな事を思いながら、両の手のひらを枕にして物思いに耽った。
心臓がバクンバクンと心拍している。血液は心臓から熱を全身に運び、全身は暑かった。指先も心拍の強さに震えていた。俺はかけ布団をベッドの端に追いやっていた。
俺にはそんなつもりは無かった。
ただ、いつものように二人のくだらない雑談でメールボックスを埋めていた。
本当に俺にはそんな事を言うつもりはなかったんだ。
会話の流れというか……。話の流れというか……。
もしかしたら、男としてちょっと情けない告白の仕方だったかもしれない。でも、自制が効かなかったというか、想いの丈が溢れたって言うのですかねぇ。ようは、我慢できなくなってしまったんです。はい。
確かに、あの子に対して好き?みたいな感情はあった。少なくても、嫌いではなかったし、話していると楽しいし。たまに一緒に遊びに出掛けたり、移動教室の時は一緒に行動したり、放課後には先生に追い出されるまで長話したことなんかもあった。
俺のくだらない話で屈託なく笑う顔は可愛いと思う。話してみて知った意外と明るくて積極的な性格は俺にはすごく眩しく見えた。俺には無いものを持ってる感じがした。
ほっぺたを笑いながら優しくつねられた時は、心拍数が跳ね上がったのを今でも衝撃的に覚えている。でも、なんでつねられたのかはその時の衝撃で全部吹っ飛んでしまって、残念ながら覚えていない。
誕生日プレゼントに猫のシルエットが彫られている小さな懐中時計をプレゼントした事もあった。「前々から欲しかったの!」って喜んでくれて「すごい奇跡だ!」と俺も内心で狂喜乱舞したものだ。平常心な顔を作るように努力したが、ニヤニヤ気持ち悪い顔をしていたかもしれない。
なんだか居心地が悪くなって、俺は体を横に向けた。左腕を枕にすると、携帯が視界に入った。昔の出来事を反芻しているとまた心拍が上がってきた。今、俺はドキドキしている。いつもこうなんだ。たぶん、こういう現象を恋と言うんだろうな。ということは、やっぱり俺はあの子が好きなんだろうな。うん。
あの子は俺のことをどう思っているんだろうか。
たとえば、あの子が俺のことを嫌いだったら?そうだとしたら、長話なんかしないだろうし、俺のことを避けるかもしれない。人のほっぺたに触れたりしないだろうし、貰ったプレゼントは「キモイ」って言って突き返すかも。
だけど、あの子は優しいから人が傷つくことはしないかもしれない。嫌々だけど長話に付き合ってくれていたのかもしれないし、プレゼントは家に帰ってからゴミ箱にインしていたりするかも。そんな可能性を考えると、急に俺が惨めに思えてきた。滑稽だ。なんの可能性もないのに、あの子の行動に一喜一憂して…。俺は俺に人差し指を指してこう言いたくなる。「お前はアホか!」
でも仮に、俺に対して好意があるとしたら?むしろ、そう考えた方が今までの出来事の辻褄が合うと思うんだ。ポシティブ過ぎる捉え方ではないと思う。でもそうだとしたら、なんで「すぐには答えられない」と言ったのだろうか。やっぱり、俺には可能性はなかったのだろうか。他に相手がいたのかも?あの子にはカッコイイ幼馴染がいるしな……。
どれだけ考えても、あの子の心を覗き見ることなんか出来ないんだから、明日は当たって砕け散るしかない。そうしようと思って時間を貰ったわけだし……。
はぁ、砕け「散り」たくはないなぁ。
明日の約束を取り付けることには成功した訳だけど。なんて話せばいいのかな?
「好きなんだ!」って直球ストレートに行く?
「もう、自分の気持ちに嘘がつけないんだ。」って少し変化球?
自分らしい言葉で伝えたいと思うけど、俺らしいってどんななのかな?さっぱり分からないよ。最初は雑談から始めるのが無難だと思うけど。さっさとして。って言われてしまうかも。たぶん、違う話でワンクッション置こうとしたら、絶対に言うだろうな。
どんな形であれ、気持ちを伝えることができたとして。
成功すると思う?時間が欲しいと言われたのが引っかかってしまって、成功するイメージが全く持てない。むしろ、ダメな可能性の方が断然に高いと思う。
ダメだったら、今までみたいに雑談で笑うことはできなくなってしまうんだろうな。
……
……
……それは嫌だな。
俺は仰向けに戻って、両腕で視界を覆った。
いまさら「あれは冗談だよ。」なんて言えない。だけど、今までの関係が崩れてしまうのが恐ろしく怖い。俺は早まってしまったのかもしれない。
「私は可愛くないよー」とか「君は私の事、どう思っているんだい?」とか。たぶん、冗談半分で言った台詞だろうけど、あの台詞はとてもズルいと思うよ。俺の心を見透かして言ったんじゃないかと思ってしまう。全てはあの子の手の平の上なんだ。俺は手の平の上でコロコロ踊っている滑稽な人形なんだ。きっと。
携帯の電源ボタンをポチッと押して、時間を確認した。部屋は一瞬だけ明るくなった。光が当たらない所は余計に暗くなったように見えた。
考えが本筋から大きく脱線してしまった。
明日はどうするか。が議題だ。でも、今からできることもないし、考えれば考えるほど苦しくなるし、考えても答えは出ない気がするし、もう6時間後には家を出なくちゃいけないし。
そうか、もう明日じゃなくて今日のイベントなんだな。
早く寝よ。
俺はこの暑い夜に、掛け布団を頭から被って眠った。しばらくは落ち着かなくて何回か携帯で時間を確認したりした。結局寝たのは、家を出なくちゃいけない時刻の3時間前になってからだった。
前夜
こんな感じの経験なかったですか?