新しいステージの扉
ある日、リョウスケが学校から帰ると、部屋に知らない人がいた。しかも、本来なら一生関わることの無さそうな奇抜な人物である。初老の白人男性で、見たこともない珍妙な髪型、口ひげがチョココロネのように巻かれており、何かの変な芸術品のような理解しがたい服装で、全身をびっしりおおうその服は、胸元と脇に穴が開いていてムダ毛を飛び出させている。顔には熱帯原住民風のペイントが施され、ぷーんとただよう体臭は接着剤のにおいに似ている。
不審者は笑顔で話しかけてきた。
「突然訪問してすまない。私は、君達が用いる暦で言うと二十三世紀から時間旅行をしてきた歴史学者、ドプビュレツン・ボ・ハーアという者だ。君は、イイヤマ・リョウスケだね?」
男は奇怪な外見に似合わぬ親しみの持てるほほえみをしていたので、リョウスケはとりあえず逃げ出さずに会話してみようという気になった。
「ええ、僕はイイヤマ・リョウスケです。」
「18歳。ヘラツカ高校に通っている。兄弟はいない。間違いないかい?」
「まあ、そうですけど……一体、何の御用事ですか?」
「いや、不安がらなくていい。私は、ただ君と話がしたくて来ただけだ。それというのも、私は今、歴史の中でまだ知られていない特別な人物について調査しているんだ。検索したところ、君は非常に特殊な人間らしい。だから研究させてくれ。」
リョウスケは早くも、やっぱり逃げた方がいいかと考えはじめた。
「えっと、そのー……研究とか言われても困るんですけどー……僕は普通の人間ですし……」
「君に迷惑はかけないから協力してくれ。会話したり、君の生活について調べるだけだから。」
生活を調べられるのは若干迷惑だ、と思ったリョウスケ。
「でも、僕は本当に普通ですよ?お役に立てないと思います。」
「うーん、確かに君は普通のいい子のようだ。だけど、すごく特別らしいんだ。具体的にどう特別なのかはわからないんだがね。」
「検索できないんですか?」
「うん、そこまでは無理だ。自力で調査してつきとめるしかない。まあ、そこが面白いところなんだよ、歴史研究のね。」
二十三世紀の技術も案外不便である。もっとも、リョウスケは目の前の男が本当にタイムトラベラーなのかどうか、まだ信じていないのだが。
「君の両親について検索してみるか……んん……?……変だな。君の母親はイイヤマ・アカネ。間違いないかい?」
「え。はい、そうです。」
「……んー、どういうことだ……?君、父親の名前は?」
「トシヤですけど……。」
「ふうーん……リョウスケ君、どうも君のお父さんには謎があるようだよ。」
「え、どういうことですか?」
「検索にひっかからない。お父さんはどういう人なんだい?」
「……結構普通だと思うんですけどー……検索にひっかからないって、何でなんですか?」
「わからない。リョウスケ君、調べてきてくれないか?」
「えっ?僕がですか?でも、どうやって?」
「君を、ご両親が出会った時代に送る。」
「え、僕に時間旅行しろってことですか?ちょっと……やなんですけど……僕、ビビリなんでそういうのは……」
「私より君の方が、過去のお父さんについて、おかしな点に気付きやすいだろう。是非君に行ってもらいたい。ああ、時間旅行機は同時に二人以上は使えないんだ。私はついていけないから、ここで待っている。」
「いや、すいません聞いて下さい。はっきり言って僕は嫌です。」
リョウスケは未だに、相手が未来人なのかどうか自分の中で決めかねていたが、話を聞いていて怖くなり、どうにか思いとどまってもらおうとした。
「大丈夫、ちゃんと戻ってこれるようにする。君の感情をスイッチに使う。君が大きな満足感を得たら、帰ってくるように設定しよう。」
男は何かのパネルを操作しだした。
「いやいや、やめて下さいよ、僕は行かないって言って……」
言葉の途中でリョウスケの姿は消えた。過去へ行ったらしい。
そしてわずか数秒ののち、再びリョウスケは現れた。ただし、その姿は大きく変化している。全裸になっていたのだ。
未来の歴史学者はうろたえもせず、リョウスケにたずねた。
「リョウスケ君、過去で何があったんだ?」
「あっ!戻ってきたのか!」
リョウスケは叫ぶやいなや、あわててタンスから衣服を取り出して着込んだ。
「何か大変なことがあったようだが……お父さんのことはわかったかい?」
「それどころじゃなかったですよ。もう、町が明らかに今の時代じゃない感があって、コンビニのポスターに出てた僕の好きなアーティストが、すげー若くて……それ見たとき完全パニックになって、泣いちゃったんですよ。そしたら、知らない女の子が心配して話しかけてくれて、それがすごい気の合う子で、デートすることになって……それでつい……童貞卒業しちゃいました!」
「そこで満足したから帰ってきたわけか……」
未来人は、苦笑した。が、すぐに驚きと喜びの表情を浮かべた。
「検索してみたんだが……なるほど!そういうことか!リョウスケ君、どういうことか、わかった。」
「え?」
「君がイイヤマ・リョウスケなのに、君の父親を検索してみたら、イイヤマ・リョウスケと出た。それが謎だったんだが……リョウスケ君、君が結ばれた女の子の名前は?」
「あ、そういえば名前、聞いてなかった……」
「検索したら、アカネというんだ。のちに、イイヤマ・トシヤと結婚することになる。君のお母さんだよ。」
「ゲッ!」
「トシヤは君にとって義理の父だったんだ。アカネは、君の精子で妊娠して、君を産んだんだよ。なるほどなるほど、これは歴史上なかなか例の無いことだろう。すばらしい。私はしばらくこの時代にいて、君のことを徹底的に研究しよう。」
もう、リョウスケの耳にはそんな言葉は入ってこなかった。強いショックにより朦朧とする中で、リョウスケは気付いていた。そういえば最近、母親がやけにボディータッチしてくるな……と。
新しいステージの扉