あなたが教えてくれたこと

あなたが教えてくれたこと

きっと大切な思い出は、心の引き出しの中に入ってて、いつでも見返せるように出来てるんです。

35歳の私と21歳のバンドマン

桜が綺麗に咲き誇る春景色。晴天の青空の下、私と彼はゆっくりとライブ会場に向かっていた。彼と言っても、別に彼氏というわけじゃない。でもちょっと特別な人。

私たちは二人で活動するバンドマンだ。最初は私一人だったけど、彼が途中から参加して結成された『フラワード』
このバンド名は、私の大好きだったあの人が生前好きだった“花言葉”を直訳した“Flower words”からもじって付けたものだ。
懐かしいなぁ。あのときの私は学校に通わない不良少女。大好きなギターが唯一の友達だったあの頃は、朝から晩まで河川敷でギターをやったもんだ。
この高架橋近くの河川敷で。
「確か…ここですよね。僕とあなたが初めてあった場所も、あなたと兄が青春した場所も」
後ろの彼が独り言のように呟く。
「そうね。なんだか昔に戻った気分。まだまだ子どもだなぁ。私も」
私も独り言のように返す。
風がゆっくりと春の匂いを運ぶ4月。冬をぬけた日本は急に暖かくなって、まだまだ体がついていかない。それとも私が歳をとったからだろうか。
ふと地面に、たんぽぽを見つける。
「たんぽぽ…。花言葉は───」
「“真心の愛”ですね」
私の言葉を遮って彼が言った。
そう。“真心の愛”。
これもあの人が教えてくれた事。
私はそっとたんぽぽをちぎって、花びらを一枚一枚ちぎる。
好き…嫌い…好き…。
「たんぽぽの花占いですか。よく小さい頃にやりましたよね」
「そうね」
最後の一枚をちぎり終えた結果は…好き。
誰にむけての花占いだったかは、わからないけど、何処かの誰かはまだ私のことを好きでいてくれてるらしい。

「ねー。ちょっと時間あるしさ、高架下寄って行こうよ」
「いいですよ」
彼はそう言った後、後ろでぼそりと呟いた。私には聞こえない声で。

“最初から寄る予定だったくせに”

「あー…やっぱり綺麗」
高架下の一角にある花壇。その真ん中にはボロボロになったギターと、たくさんの花が咲いている。これは私が作った、彼との思い出のお墓。ここは私にとっても、後ろの彼にとっても、特別な場所。

「最初の最初は、ここで細々と練習してたの。このボロボロのギターを片手に」
「もう何回も聞きましたよ。その話」
「何回話したっていいじゃない。思い出に浸るのは悪いことじゃないのよ」
「そうですね」
彼が笑う。
「きっと兄も喜んでます。スターチスの誓いをまだ守ってくれてるんだねって」
スターチス。その花は私にとって宝と言ってもいいくらい、人生に深く影響した花。
最初のバンド名候補にもなったけど、それはちょっと違うなって思ったからやめた。
「でもばかだなーって思うよ。たまにね。この世にいない、二度と会えない人をずっと好きなんて」
ふぅっとため息をつく。
「だけどその辺は私の勝手だよね。どんな人生を進もうが私の自由。勝手まみれの私にこそ許される特権よ」
「…そうですね」
彼のこの苦笑い気味の相槌が私はちょっと嫌い。だけど、こういうところもあの人と似てるからついつい許しちゃうんだよね。バカね。ほんと。

高架下を後にした私たちは、桜道を抜けて会場に着いた。楽屋に案内されると、いつも緊張して胸が波打つ。
ボーンとギターのチューニングを始めると、私たちの談笑タイムが始まる。だけど今日は特別な節目の日という事と、特別なライブという、特別尽くしの日だったから、普段は口にしないような心の内が次々と出てきた。

「…確か17のときに兄と出会ったんでしたっけ」
先に口を開いたのは彼。
「そう…。私が高校二年生のときの秋。あの人は私の歌を一番最初に聞いてくれたファンだった」
懐かしいなぁ。なんでもできる気がしたあの頃。
「いろんな初めてをあの人に奪われた気がする」
「なんですかそれ」
なんでしょうね?と私は笑った。
「そういえば、なんであの人のこと好きになったんだろうって考えてた時期もあったなぁ。あ、君は恋愛したことあるんだっけ?」
「うーん、恋愛という恋愛はないですね。でも聞いてくださいよ。僕って意外とモテるんです」
「何を根拠に?」
「高校の頃、よく告白されてました」
「ふーん。それで?いろんな女の子と付き合ったわけ?」
「いや、僕には僕で好きな人がいたんで、全員お断りしました」
「その好きな子とは?何かあったの?」
「いえ。全く。むしろ三年間口を聞いたことすらありません」
「うわ、すごいね」

“一途で真っ直ぐなところはあの人と一緒だ”

「ちょっとギター合わせません?確認したいところが数カ所あって」
開放弦を弾きながら彼が言う。
私もそれに合わせるように7フレットのハーモニスクを鳴らす。
最初は暗いコード進行から入るこの曲。彼のブルース進行の妖艶な雰囲気が、暗さをさらに際立てる。
この曲は、まだアドリブというギター用語も知らない時代に偶然にもつながったコードたち。
暗い音から明るい音へと進行していくこの曲は、思い出のメロディに想いを散りばめた特別な歌になった。私はこの歌が一番好きだ。

「あー、やっぱりこの曲好きです。僕も」
「なんで?」
「なんか…どこかで聞いたことがあるようなノスタルジックな感じがすごくいいんです」
「んふふ。当たり前よ。そういう歌だもん」
これは私とあの人の思い出を綴った歌。懐かしい過去を綺麗に型どった歌。
幼い頃の君に、私が最初に歌った歌。

“あなたにとっても私にとっても、あの人は特別で大切な存在だから”
“これから先もずっと、ね”

少し泣きそうになりながらも演奏の時間が来た。会場には1万人の観客がまだかまだかと、私たちの出番を待っていた。
胸に手を置いて彼に言う。
私はこんなに大きな舞台で歌えるようになったんだ。また一つ、貴方への“誓い”が叶ったよ。

「今日成功するかな」
鼓動の高鳴りはスピーカーを通してるように大きくなっているが、周りには聞こえない。
「しますよきっと。一万人を泣かせてやりましょうよ」
そうして始まった舞台上。私たちの登場とともに、ものすごい歓声が上がる。
その歓声を遮るように声を出す。

「みんな、今日は来てくれてありがとう。“フワラード”です。私のソロ活動が終わり、2人組になって2年ですが、彼の名前はちゃんと覚えてくれたかな?今日のライブトークは、この彼について話してみようと思います」

「実は彼、何十年も前に亡くなった私の大切な人の弟なんです。最初に出会ったのは彼がまだ小さいとき。私がいつものように河川敷でギターを弾いていると、キイチゴの花言葉を私に聞いてきたのです。キイチゴの花言葉は“後悔”。今考えるとわかるんです。これは彼を通してあの人が私に伝えたかったことなんじゃないかなって。ちゃんと会ってお別れできなかったこと。病気のことを最後まで言えなかったこと。他にもいろんな後悔が、あの人にはあったと思う」

「でもね、あの人の気持ちは、ちゃんと“紫苑”を通して伝わっていたの。何となく…。ぼんやりとだけどね。答え合わせができて、全ての答えを知ったとき、私はちゃんとスターチスを通して誓った。その誓いは、今も、ずっと、これからも…変わることはありません。バカって言われるかもしれません。おかしいよって言われるかもしれません。それでも誓います。何回だって。届いていなくても誓うんです。そばにいなくても、会えなくても、触れられなくても…」

「心の中の『貴方』がずっと大好きです」

静まり返る会場。私の嗚咽混じりの息づかいだけがスピーカーから流れている状態が少し続いた。
それから一呼吸置いて、『貴方』と会場のファンに向けて曲名を告げる。

「最初の歌、聞いてください」

“───あなたが教えてくれた事───”

あなたが教えてくれたこと

流れた時間を振り返ったときに、綺麗に輝いていたらそれでいいと思うんです。

あなたが教えてくれたこと

貴方と私の誓いが、やっと叶ったよ。 『花言葉』『ギターを弾く君』の完結版です。合わせてお読みください

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-05-06

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