懐妖闘技

 今はネットで本を買える時代だが、アツシはリアルな本屋が好きだった。ズラリと並んだ本の中から、予想もしない掘り出しものを見つけるのが楽しいのである。だが、楽しさに我を忘れると、後悔することになる。タイトルや装丁に惹かれ、中身をよく確かめもせずに買ってしまい、読み始めて数ページで挫折してしまうのだ。
 そういう本がかなり溜まってきたので、アツシは買取店に持って行くことにした。カウンターの係員に紙袋ごと渡し、計算が終わるのを待つ間、店内をぶらぶらする。昔に比べると古本の処理は格段に進歩していて、見た目はほとんど新刊書と遜色ない。中には、新品同然のものさえある。
(かわいそうに、おまえたちもご主人様に気に入られなかったのか)
 アツシは勝手にそんな想像をしながら本を眺めていたが、明らかに場違いな古い本を見つけた。古本というより古書と言った方がいいかもしれない。あちこちに虫食いの穴があるし、文字も薄れているが、何とか書名は読める。もっとも、意味はわからなかった。
(ええと、『懐妖闘技入門』か。うーん、《懐妖》って何だろう?)
 パラパラとめくってみると、けっこう挿絵が多い。昔、何かの本で百鬼夜行図というものを見たことがあるが、ちょっと似た感じの絵である。ただ、何というのだろう、そういうオドロオドロしさはなく、もっとかわいらしい感じの妖怪(?)たちが描いてあった。
 その時、買取の計算が終わったとのアナウンスがあったため、アツシは思わずその本をレジに持って行った。結局、買取の金額より少し高くついたが、手持ちの現金を足してその本を買ってしまった。
 家に持ち帰ると、アツシは夢中で読んだ。虫食いの穴で読めないところもあったが、意味は何となくわかった。
 この本が書かれたのは戦前のようだが、《懐妖闘技》そのものは平安時代からあったらしい。そもそもは、陰陽師の各流派で争い事があったとき、決着をつけるために式神同士を闘わせたのが始まりだったという。だが、時代が下るにつれて遊戯の要素が強くなり、賭けの対象にもなった。そのため《神》という言葉を使うことを憚り、懐中に入れる妖怪、略して《懐妖》と呼ばれるようになった。
 巻末には、懐妖を呼び出す方法と呪文も書いてある。ちょっと恐いような気もしたが、好奇心に勝てなかった。
(もし、うまく呼び出せたら、闘技というのをやらせてみよう。早い話、モンスターが出てくるバトルゲームの、リアル版みたいなものだな)
 アツシは必要なものをそろえ、本を片手に呪文を唱えた。
 すると、地面に書いた五芒星の中心からモクモクと紫色の煙が立ち昇り、何かが現れた。
「すごいぞ。これが懐妖か。よし、今からぼくがおまえのご主人様だぞ」
「ごご、ごご、ごしゅ、ごしゅじ、じん、じん、さまさまさま」
「ああ、しまった。虫食いのせいだ。バグってる」
(おわり)

懐妖闘技

懐妖闘技

今はネットで本を買える時代だが、アツシはリアルな本屋が好きだった。ズラリと並んだ本の中から、予想もしない掘り出しものを見つけるのが楽しいのである。だが、楽しさに我を忘れると、後悔することになる。タイトルや装丁に惹かれ、中身をよく確かめもせず…

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • ホラー
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-05-06

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