突き抜けるようなあの青い空の街で王女は黄昏る《第二話》(2)

サダックの……正体???

「また今日は一段とド派手に暴れてくれたな、イモールにトード!!」
先程ローラに『オーナー』と呼ばれていた男はちょび髭でダボダボの黒い生地で作られた
薄手の長ズボンを履き、上は白髪の混じった黒髪に実に良く似合う白と黒色のストライプ柄のYシャツを着ていました。

その男に叱咤されていたのは先程の大男の二人です。

その二人、農作業服の丸坊主の男が『イモール』。スカイブルーの
モヒカンの男が『トード』という名のようです。
「面目ない……」イモールが下を向きながら情けない声で言いました。
「つい酒の勢いで……」続けてトードがこれまた情けない声をあげました。

オーナーと呼ばれていた男に、大男の二人と、ミレーユとガーデンの二人。
それにローラ達は酒場の中でかろうじて無事だったテーブルと椅子を寄せ集め、
そのテーブルを囲い座っていました。辺りは壊れたテーブルや椅子、割れた酒瓶に床中、
泥水でびしょ濡れの惨劇の跡でしたが、その周りでは飲んだくれ共がほうきやぞうきんを持ち、
店内を掃除していました。周りからは『毎度のことよ~ほいさっさ~』と言った男の声もしました。

「ここの客は随分と律義と言うかなんというか、自分らの責任でもないのに」ガーデンはそう言い、
腕を組みながら感心しきりに何度も頷きました。
「本当ね……なんていうか……まるで誰かに手なづけられているみたい」ミレーユは不可解そうにそう言いましたが、
うかつなことを軽はずみに口走ってしまったと気付き、一瞬反省の気を持ちました。
するとイモールがミレーユを少し睨みながら「まさか、あんたら兄貴を侮辱しにここまで来たのか?!」と
疑いの眼差しを向けました。するとそれに続きトードが「あの、そのな、兄貴は俺達酒飲みになくてはならないお方で、
そのな、神って言うかだなぁ」酒が回っているせいか愚頓ことを言う始末でした。ガーデンが「兄貴とは一体だれの事ですかな?」と
聞くとトードが「サダック兄貴の事だよ」と言いました。ミレーユとガーデンはふいにサダックの名が出てきて意表を突かれました。

するとローラが「どういうことです?リーゴックさん」と先程『オーナー』と呼んでいた男に向かって少し動揺した口調で聞きました。
「まあ、あれだよ、サダックの奴、ここを出てこの国の城の幹部になっちまってから、かなり稼いでてな、
時折ここに来ては野郎共たちに酒をおごってるのさ」リーゴックは笑いながらあっけらかんと言いました。
「サダック……『あの子』もお酒を飲むの?」ローラは恐る恐るというような表情で聞きました。
リーゴックは片眉根を少しあげ「まあ今はな。多少は飲むようになったよ」と言いました。
「『あの子』……お酒嫌いだったのに……飲むようになったのね。……それにお給料を人様の飲酒代に使うなんて……
やっぱり私のせいでお金に無節操に……」ローラは両掌を胸元で組み、目をつぶり祈るような仕草をしました。
「失礼ですが、あなたは一体?サダック殿を『あの子』と呼ぶ程、あなたとは年端も変わらんのではないのですか?」
ガーデンがいぶかしげに聞きました。
すると祈る仕草をしているローラではなく代わりにリーゴックが答えました。
「ははは、ローラとサダックは確かに歳は四つしか変わらんな。だがこいつはあいつのお母さん代わりなんだよ」
リーゴックが頷きながら言いました。それをミレーユは身を乗り出して「サダックの、お母さん代わりですか?!こんなに若いのに?」と言いました。

リーゴックは「そうさ、サダックには身寄りがなくてな、ここで働いてたセーラの娘の『リードル』と共にこのローラが面倒を見てたのさ。
ローラが二十歳そこそこの頃だぜ。まだリードルは10歳程だったけどサダックの奴はもう18歳だったなあ……」と頷きながら言いました。
「詳しく聞かせてくれませんか?サダックは一体どんな人なの?」ミレーユは食い入るように聞きました。
サダックの正体の核心が見えると思ったからです。
「どんなって……18にしては世間のことをまったく知らん奴だったなぁ。そう言えばリードルと一緒になってローラの事を『お母さん』て呼んでたな……。
それに……くっくっくっ……三人で一緒に風呂も入ってたよな?」リーゴックは笑いを堪えきれないようでした。
するとローラが静かに祈る手を下げ「ちょっと、リーゴックさん?確かにあの子達には『お母さん』と呼ばれていたけど、
一緒にお風呂には入っていないわ。サダックはもう大人も同然でしたもの。そんな子に女性の裸は無暗に見せてはいけないと思っていたし……
私は服を着たまま二人の背中を流してあげただけよ」ローラは冷静に澄んだ瞳で言いました。
それを聞いたガーデンと大男の二人は虚を突かれたように呆気にとられていました。

ミレーユはというと、サダックの予想しなかった人物像をどう捉えたらいいのか戸惑っているようでした。
「リードルは元気?」ローラは思い出したように笑顔で言いました。
「ああ、あいつは今はアスター家の令嬢になっているよ」
「まあ!」ローラは驚き、口を手で覆い、少し考えた表情をするとこう言いました。
「リードルは令嬢になったのに、サダックは酒浸りだなんて……その当のサダックは今どこにいるのかしら?」
ローラは不安な表情を見せました。
「兄貴は二か月前から姿を見せてねえ……噂じゃ国王の命(めい)で城の牢獄に入れられたとか……
処刑されたって噂もあるほどさ」トードがそう答えると、イモールとリーゴックは顔を見合わせ神妙な顔つきになりました。
ローラはそれを聞くと驚いた表情を見せた後、何も言わずに座っていた椅子からふらふらと、うな垂れ落ちました。
「大丈夫か!」ガーデンが即座に聞きましたがローラはか細い声で「はい……」と言うだけでした。
そのローラをガーデンは慌てて抱きかかえ、すぐにベッドのありかを聞き、うな垂れたままのローラをその
部屋までリーゴックと共に連れて行きました。
三人の姿が見えなくなるとトードが「一体何者なんだろうな……あの女」と言いました。
するとイモールが「失礼だぞ」とたしなめましたが「しかし……」と続け「さっきの一体何だったんだろうな?
彼女の眼を見ていたら、すーっと穏やかな気持ちになった」と言いました。

ミレーユはふいに母親から聞いた話を思い出しました。《この世の中には眼力で人の心を穏やかにする力を持った人もいるのよ。
私もそんな力を持ちたかったわ》という話を。今までの経緯を思い返すとミレーユはローラがそんな能力を持っているのではと妙に納得しました。

ガーデンとリーゴックが戻ってくるとトードは椅子の背もたれに大きくのしかかり、両の腕を後ろで組みながらぶっきら棒に
「それにしてもよ、なぁイモール、サダックの兄貴が俺に……ちぃーとばかし金を貸してくれりゃ、俺達けんかになんかならねえのにな」と言いました。するとイモールが「お前ひとり身だろ?俺には家族がいるんだぞ……だいたい……」となにやらぶつぶつと呟いていました。
するとリーゴックが「あいつにも考えがあるんだろう、どんな奴が言ってもあいつは金を貸すことはしないからな」
と頷きながら言いました。
「それにしても兄貴はどこに行ったんだろうな?やっぱり噂通りに……」
「何か手掛かりでもあればいいんだがな」
するとガーデンが思い出したように「そうだ……そう言えばあのサダックの根城にあった白い鳥の絵、
あれはもしかしたら」と言いました。
「そういえばガーデンも何かあの絵に感じていたみたいだものね、何かあるの?あの絵に?」ミレーユはガーデンを見つめ言いました。
「いや、もしかしたらですがあの絵、今回の『カラクリ鳥』の一件の渦中の画家、『ドヴィッチ画伯』の作品かもしれないのです。
あそこまで素晴らしい白い鳥の絵に私はお目にかかった事がありません。ドヴィッチは白い鳥の絵で有名な画家です」
ガーデンは目を輝かせ言います。
「そう……もしかしたらサダックはその白い鳥の絵の事で何か……そのドヴィッチはどこにいるのかしら?」
するとトードが「ドヴィッチなら北の湖でよく絵を描いているってここの噂で聞いたことがあるぜ」と言いました。
「行ってみる価値がありそうね……」ミレーユは眉間にしわを寄せて言いました。
「……」ガーデンは無言になり一間置いた後「今回ここでサダック殿の過去を少し聞いて私はサダック殿が巷や城での噂ほど
悪人には見えなくなりましたよ」と言い、続けざまにミレーユに小声でこう耳打ちしました。「私もダヴィの国に憧れている節があり、
そのダヴィの国に、爆弾兵器のカラクリ鳥を落とそうと城の幹部の間で機密裏に噂されているサダック殿の印象から、
更に城の下者達の噂が加わり、サダック殿に必要以上に恐れを感じていたのかもしれません。まあここにいた
幼児のようなサダック殿とは変わってしまった可能性もありますがな……」

ミレーユはそのガーデンの言葉を聞いてはっとして、気持ちがしっくりくるのが分かりました。そうだ、
サダックは子供のような男なんだ、と。ミレーユの中でサダックのイメージが少し形になってきました。
それでもミレーユにはそれが、本当にサダックの真実の姿か決断出来ずにいましたが……。

それからしばらくしてミレーユ達は飲んだくれ達と一緒に店内の後片付けをしていました。
「こんなに家具や商品やらが壊れてしまってこの先どう商売をやっていくのですかな? リーゴックとやら?」
ガーデンが心配そうに言いました。
ミレーユはほうきを持ちながら聞き入っています。
「まあ大丈夫さ、サダックの奴がいつも荒くれ共のけんかの後の始末はやってくれるからよ!
あいつが大枚はたいて家具一式そろえてくれるのさ」リーゴックが言いました。
「そうさ、俺達がサダックさんを兄貴って呼んでるのはそれが理由よ」イモールが言いました。
ミレーユはほうきをぎゅっと握りしめて意外そうな顔をしました。
「無論、あいつはこいつらの事を考えてるわけじゃなくて、昔ここで自分が居候してた恩返しだって言ってるけどな」リーゴックはにんまり笑い、続けて「サダックは本当はローラに恩返ししたかったのかもしれないけどな」と言いました。
ミレーユはやっぱりと言うように眉間にしわを寄せ口をへの字にするとまたほうきで掃除をし始めました。
そこへローラが部屋から戻ってきました。
「ローラさん……大丈夫ですか?」ミレーユが心配そうに言いました。
「私、暫くこの街の宿屋でゆっくりさせてもらうことにします」ローラが疲れ切った表情で言いました。
「その宿屋はどこですかな? お送りしましょう」ガーデンが穏やかな顔で言いました。
「ありがとうございます、宿屋は街の中央通りの中心の噴水広場の辺りです」ローラはほっとした表情を見せました。
酒場を出たミレーユとガーデンとローラの三人は中央通り沿いの宿屋に向かいました。途中でローラは何度も
「私のせいでサダックは……」と悲しげな顔で言っていました。
ミレーユは思います。私もサダックの事で少し疲れた。暫くサダックの事は後回しにして、ドヴィッチさんに絵の教えを乞うことにしようかな、と。

中央通りの噴水広場に来ると子供たちが夕暮れの中、まだ遊んでいました。
ミレーユはその子供たちの中に目をやるとなんとその中にはつい二か月前に奴隷商に売られそうになっていた
バッツという少年が周りの子供たちに混ざって笑顔で遊んでいました。それを見たミレーユは嬉しくなり、
ふいに両手の人差し指と親指で四角い枠を作りそこからバッツを覗き込んで、あの少年の笑顔、絵にしたいな……、と思いました。

突き抜けるようなあの青い空の街で王女は黄昏る《第二話》(2)

突き抜けるようなあの青い空の街で王女は黄昏る《第二話》(2)

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-05-05

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted