海と少年

海と少年

-Prologue-

私は砂浜を歩いている。
海は穏やかで、天気も良い。

波打ち際で足を濡らして水面をみると、きらきらと透き通っていて、水底の砂に微かな波の影を映していた。

いつもの風景。

綺麗な海。

そのことを心地良く思い、海へと入っていく。

-静かな声-

朝の柔らかな日差しの中、私はまた海にきていた。

海に沿って作られた道を歩いて いると、ランドセルを背負った少年とすれ違う。

その背中を軽く目で追いかけたあと、

いつも通りの穏やかな海を眺める。

深呼吸をすると、潮の匂いと爽やかな風に満たされていく。

砂浜に降りて海に向かっていると、今日は少々賑やかなことに気が付く。

地元の少年達が集まっていて、なにやら騒いでいるようだ。

少年達は、海から少し離れたところにある、大きな水たまりで戯れていた。

ああ、浜辺の水たまりは海より温度が高くて温かいからね。

くすりと笑ったあと、あることに気付く。

もうひとり、私と同じように、少し離れた位置からそれを眺めている姿があった。

地元の子とは違う、色白で小柄な少年。

私がその子に目を移した、ほんの数秒後、少年は、くるりとこちらを見た。

濡れた前髪をそのまま後ろに流したような、短めな髪型、思考の読めない表情と、鋭い目。


私はなぜか、懐かしいような、怖いような、不思議な気持ちになった。

あなたは誰?

頭の中で囁く。

その少年は、こちらを見たまま、楽しげに声をかけてきた。

「ねえ、君、早く逃げた方がいいよ」

え?

……………

突然のことに、頭が真っ白になり、思考が停止した。

「君、大切な人を守りたいんでしょ?」

少年は語りかけてくる。

「もうすぐここに、地震と、大きな津波が来るよ」



それを聞いて動揺したのは、私よりも、近くで遊んでいた少年達だった。

パニックになり、大騒ぎしながら、海から逃げていった。

私は半信半疑のまま、その少年を見つめる。

「君も早く逃げないとね」

その時、少年の表情が変わった。


蛇のような威圧感を発しながら呟く。

「全部、失うよ?」

その時、突然場面が暗転した。

深く暗い世界へ、呑み込まれていく。

ただひとつだけ疑問を残して、あとはなにも考えられない。

あなたは誰?


意識が途絶えた。

-優しい歌声-

誰かが歌っている。

ここはどこ?

自分が見知らぬ場所に倒れていることに気が付く。

辺りを見回してみる。

どうやらここはどこかの学校のベランダのようだ。

ベランダの端の方で、誰かが歌っている。

しばらく聴いていると、ぼやけた意識が戻ってきて、私はこの曲を知っていることに気付いた。

ある映画の挿入歌。

美しい声色に耳を傾けながら、自分の状況を把握しようと試みる。

しかし、現状が全くわからなかった。

ふと、歌声が止んだ。

その人がいた場所を見てみると、誰もいない。

どこかへ行ってしまったのだろうか。

色々聞いておけば良かったと、後悔する。



曖昧な意識を戻そうと、頭を軽く振ってみる。

日付の感覚がそのままなら、今朝と同じ、穏やかな天気。

太陽の位置からして、今は昼頃といったところだろうか。

頭の中を整理していくと、突然、海で出会った少年のことを思い出した。

正確には、トラウマのように、脳裏に焼き付いていた。

みんなに教えてあげないと………

そう思った瞬間、体の自由が戻ったように感じた。

どうやって学校を出たかは覚えていない。

走って走って、崖のそばにある建物に辿り着いた。

そこにはなぜかたくさんの知り合いがいた。


マンションか、ビル?

よくわからないまま、知り合いに声をかけていく。

ただの顔見知りの人から、大切な人まで、そこには様々な人がいた。

みんな、こんな話を信じてくれるかな……

無駄かと思いながら、みんなに伝えていく。

笑われて終わりだろうと思っていると、意外とみんな真剣に聞いてくれて、

私は必死に、高い場所へ逃げてほしいと訴えた。

「ここは高い場所だから、大丈夫さ」

「そうそう。ここまで津波がくるわけないわ」

「一応、上の階に避難しておこうか」

みんなはそう言って、階段を昇っていく。

とりあえず伝えられたことに安堵して、気が緩んだのか、どっと疲れが出た。

-恐怖-

上の階には、非常袋を用意する人、リュックを抱えた人、

下の階には、津波がここまでくるわけがないと、のんびりくつろいでいる人。

その様子をみる限り、とりあえずここは安全らしい。

私は外の様子をみようと、屋上へ来ていた。

今朝と同じ、柔らかな日差しと心地良い風。

ここからみえる海も、穏やかで、異変など感じられない。

と、ひとつ下の階のベランダから顔を出した女性が、話しかけてきた。

他愛ない世間話と、笑い声。

慌てていた自分がバカみたいだ。
そう、いつもとなにも変わらない。

その時、みんなの話し声が止んだ。

あまりに唐突で、驚いてしまうほどだった。

変わりに聞こえてくるのは、微かな地鳴りの音………


そしてついに、恐れていたことがやってきた。

ぐらぐらと地を揺らし、人間に無力さを味合わせるかのような、地震。

けれど、思ったほどは揺れなかった。

なんだ、これなら津波の心配はないな。

と、屋上の手すりから海を見やった瞬間、

……………え?


波が、いや、
海が壁のように、迫ってきていた。


予想外の出来事に、真っ白になる頭。

一瞬、時間が止まったように感じた。



直後、物凄い衝撃と音に飲み込まれながら、屋上の手すりに掴まって、水の勢いに耐えた。

なにもわからないまま、必死に手すりに掴まった。


その時、あの少年の姿をみたような気がした。

「全部、失うよ?」

やめて………

やめて!!

-孤独と廃虚-

気が付くと、私はそのまま屋上に倒れていた。

起き上がり、下の階を見下ろしてみる。

誰も、何も残ってない。



さっきまで笑って話してた人も、大切な人も、誰もいない。

この場所には、私ただひとりだけ……



そこへ、亡霊のように少年が現れた。

笑いながら、なにかを語りかけてくる。

私はそれを理解した。



その時、また意識が途絶えた。

闇の中へ落ちていく。

-Epilogue-

賑やかな笑い声に目を覚ます。

たくさんの人が、楽しげに話をしている。

何事もなかったかのような風景に、安堵する。

「どうしたの? 一緒に遊ぼうよ」

そんな私に気付き、声をかけてきたのは、先ほど失ったとばかり思っていた、大切な人。

なんだ、夢だったのか。

私はみんなの元へ駆け寄っていく……



-End-

海と少年

海と少年

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-05-05

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted
  1. -Prologue-
  2. -静かな声-
  3. -優しい歌声-
  4. -恐怖-
  5. -孤独と廃虚-
  6. -Epilogue-