140文字制限小説(20作品)
140文字以内小説20作品(41~60まで)。
※以前上げていた6作品をこちらにまとめ直しております。
写真の中で母が泣いている。(41~60)
41.
波打ち際を歩いていると貝を拾った。
片側だけの寂しい貝殻は陽光を浴びて七色に輝いている。
手に取って向きを変えても色褪せないそれが眩しくて、海に投げ入れた。
ぽちゃんと小さな音を背に走り去ったけど、気になってまた浜辺へ戻ってきた。
貝殻は逃げた私を待っていてくれた。
42.
ただ物を詰めるだけの簡単な作業だ。引っ越しと同じで、後で場所がわかるように並べておく。
引き取りに来た業者は満足そうな顔で帰っていった。「次もよろしく」と握手までして。
促されるまま次の仕事の準備をした。工具箱入りのアタッシュケースと共に、死んだ身体に会いに行く。
43.
鋏を無くした。仕事の時に使っていたから、どこかに置き忘れたのだろう。お気に入りだったのに。
「廣川さーん」
誰かがチャイムを鳴らす。
出てみると、彼は僕の鋏を持っていた。わざわざ届けてくれたらしい。
僕はお礼を言おうとした。
「殺人の容疑で逮捕します」
結局鋏は戻らなかった。
44.
イヤホンを外した途端、音の洪水が僕を襲う。間違って大音量で音楽を流してしまったときのように、許容量を越えた情報が鼓膜を叩く。
閉じ籠っていた僕を待っていたのは鼓膜だけでなく心臓にまで響く、騒がして懐かしい世界だった。
45.
閉じ込められている実感もなかった。ただそこに在ることが当たり前だと思って、窓のない部屋で息をしていた。でも、外を知らないわけじゃない。
「好きに願え。何でも叶えよう」
部屋の壁を壊して現れたその人に笑かけられて、私はもう一度空を見たくなった。家族に会いたくなった。
46.
両親の墓前の線香とあの人の煙草が混ざった煙に目が痛む。
「何が欲しい?」
外の世界で私を待っていてくれる人はいなかった。
私はいつの間にか自由になっていたのだ。
ついに空を仰ぐことが出来なくなって、あの人に抱きついた。
「そうか」
この腕の中が今の私の唯一の居場所だった。
47.
籠の中の鳥に餌をやる。
鳥は小さい口を必死に動かして、可愛らしい鳴き声をあげる。
欲しい物を与え続ければ鳥は飛び方を忘れるのだ。空のことすら忘れて、僕を「空」と思うようになる。
僕が死んでもあれは僕のものだ。
囲い部屋の壁は壊れない。壊れた部分から透明になるだけだ。
48.
楽器隊の奏でる重厚な音色が私の背中を押す。
その見えない腕に、私は軍靴の足音で返事した。「逃げやしない」と。
この場の兵士全員が望んで戦場へ出赴くわけではない。私もだ。
隣人がお国の平和を希求する一方で、私は妻のために、私の平和のため仕方なく見知らぬ人を殺すのだ。
49.
飛び乗った電車は僕の行きたい方向と真逆に走り出した。
しかし窓から飛び出す勇気もなかったので、空いていた席に座った。
しばらくして停車駅がやって来たが、椅子のあまりの座り心地の良さに見送ってしまった。
満員電車になって誰かが押し出されても、僕の席があればそれでいい。
50.
号令に従って皆で一斉に右を向く。また号令が掛かれば今度は左へ。僕達は同じ方を向く。腕や足も、皆で同じリズムを刻んで行進する。
足並みが綺麗に揃えば誉められ、駄目なら怒られた。
「もう一回だ、やり直せ!」
結局僕たちに求められているのは隣人との同一化でしかない。
51.
僕は転ぶ。立ち上がるたびに躓いて、地面とキスをする。
僕を無敵にするその魔法を唱えてくれる人はもういない。
だから、自分で叫ぶのだ。
「痛いの痛いの飛んでいけ」
何度転んでも起き上がる。負けたくない。
お母さんの誉れになりたいから、僕は今日も泥だらけの顔を空に向ける。
52.
「右の頬を叩かれてもじっとしていなさい。暴力で勝ち取った勝利など生ゴミ以下よ」
母はそう言ったが、僕は守る力が欲しい。
「畜生になりたいのなら覚悟しなさい」
僕は右手を振り上げる。
「お前は今日から弱虫よ」
父親のDVに初めて抵抗した僕を見て、写真の中で母が泣いている。
53.
歩いていたら肩をぶつけた。
すぐに謝ったが、酒臭い鶏冠頭は突然殴りかかってきた。
何度避けても当たるまで拳を下ろさない。段々面倒臭くなったので殴り倒しておいた。綺麗な白い目だ。
後日慰謝料を払おうとしたが、彼は塀の中にいた。
僕は殺人犯とボクシングをしていたらしい。
54.
走って、走って、前へ進む。
全身から吹き出した汗がシャツやパンツをぐっしょりと濡らして気持ち悪い。
あらゆる器官が酸素を求め、心臓が激しく脈打つこの感覚は嫌いじゃない。
僕はゴールを探す。ゴールテープはまだ見えない。
飲みかけのペットボトルを投げ捨てた。まだ止まれない。
55.
犯人が見付かった。小学生らしき男の子だった。
やんちゃそうな服装だが、僕が泣くとすぐに謝ってくれた。
人は見かけによらない。周囲の人たちも感心したことだろう。
「ごめんねおじちゃん。はい、これ返すね」
大衆が注目する中、男の子はしゃがんだ僕のハゲ頭にカツラを戻してくれた。
56.
昔玩具を買ってもらった。お腹を押すと音が鳴る人形だ。
私はそれを気に入って何度も音を鳴らした。
大人になっても人形離れが出来ない私は自分で人形を買い続けている。
生物は毎回音が違って楽しいが、すぐに壊れてしまうのが難点だ。
「や、やめっ……」
あぁ、また買い替えないと。
57.
帰り道がわからない。来た道を戻ればいいだけなのに、今立っている場所すら曖昧だ。
仕方無いので先に進んだ。もっと前に進めば何処かに辿り着けると思った。
しかし、道は果てしなく続いている。
足が痛い。前が見えなくて苦しい。
だから私は道から外れて、崖下に飛び込んだ。
58.
皆が次々に道から外れて、崖下に飛び込んでいく。
置いていかれた僕は寂しくて、崖下を覗き混んだ。
「彼岸に行きたいの?」
いつもの自問自答に首を横に振る。
「なら、辛くてもまだ生きないと」
僕は再び歩き始めた。
逃げる勇気の無い臆病者だから、最果てで寿命に突き落とされたい。
59.
朝起きて顔を洗うと、間抜けな自分の顔を見なくてはならない。
帰ってきて化粧を落とすと、醜い自分の顔を見なくてはならない。
私は私が嫌いだ。だから化粧や服で自分を隠す。
「君の全部が好きだよ」
あなたにとっての全部は私にとっての一部でしかないの。
「嘘吐き」
私は悲しい。
60.
視界に在るものが僕の全てで、僕にとっての君となる。
「君の全部が好きだよ」
ブランド品で固めた外見。化粧を重ねた面の様な顔。
「嘘吐き」
君は泣きながら「何も知らない癖に」と言う。
でも、僕は隠し事ばかりで欠けた君という像が好きだ。
見えない何かを愛することが難しくても、僕は君に恋をしてる。
140文字制限小説(20作品)
140文字以内小説20作品。
ジャンルは雑多。起承転結を意識していたりしなかったり。
空いている時間に軽く読めるような短い文章を目指しています。