(最終話)いつか見た光景

(最終話)いつか見た光景

美和子

いつか見た光景(最終話)
僕らにゼロの時間が訪れた。別れ、、、新たなる今が始まる時。

風に舞うふたつのシャボン玉が触れ合い、やがて、重なり合う。

宇宙も同じことが起きているのかも知れない。
先に消えるシャボン玉、もうひとつはほんの少しの間、舞い続ける。
子供の頃に吹いたシャボン玉。
重なってはいるが別々のシャボン玉の中に僕らがいるのなら見上げる夜空の
星々は違う。
宇宙の中に別の宇宙がある。複数の宇宙が重なっている。

君を失ってから僕は僕らの存在について考えて来た。
人類は、宇宙の誕生、地球外生命体、ブラックホール、ワームホール、
仮説の証明と未知への飽くなき探求を続けている。
無から生まれたという宇宙、無がゼロならば、プラスの宇宙とマイナスの宇宙が存在する。
数学的にはゼロがマイナスを存在させる。
消滅へ向かい始めた宇宙はやがて無を越える。
無は存在するのか。
物理は無を証明できない。物質が存在しなければ全ての理論が成立しない。

いつか、僕らが暮らす宇宙が無に向かう。
マイナスの宇宙へ広がって行く。
宇宙は、プラスとマイナスの繰り返しかも知れない。
変わらない人生が永遠に繰り返される。
そうではない。
異なる時空の組み合わせによって、新たな僕らが創造される。

僕らは、男の子を授かる。
柊斗(シュウト)と名付けた。
菜摘は研究室をやめ家事と育児に専念し、僕は変わらぬ日々を過ごしている。
今は、国境なき医師団として他国へ行くことは出来ない。
平凡だが穏やかな時間が過ぎて行った。

柊斗、2才。
毎晩、菜摘が絵本を読み聞かせて眠りにつく。
今夜は、久しぶりに僕が本を読んであげた。
眠くなり行をとばしたり言葉を間違えたりする。
その度に、訂正させられる。
「パパは眠いよ。この字を知ってる?」
「さ」
「これは?」
「り」
「ここから読めるかな〜」
2才の子供には無理に決まってる。
「大きなヤギさんと小さなヤギさんが丸太の橋を渡ろうとしています・・・・」
平仮名が読める。何回も菜摘が読み聞かせているからだろう。
「全部読めるよ」
「ママが毎晩読んでくれているから覚えたんだ?えらいね」
「今日、買ってもらったよ。でも前にもお話しを聞いた。だから、知ってるの」
「前っていつかな〜」
「ず〜と前、ママじゃない人」
柊斗が眠りに着いた後、菜摘に聞いてみる。
「そうなの、あの子、読んであげる本を知っているの。天才かな〜」
柊斗に絵本を読み聞かせたのは菜摘ではない。
昏睡の中で見た妻、僕には家族がいた。

やがて、柊斗はテニスに夢中になって行った。
二人で試合を応援しに行くことが楽しみだ。
そして、恋を知り少しずつ大人へと成長していく。

消えゆく未来。
菜摘の過去、出逢うまでの彼女の過去は知らない。
これまで、特に話す機会もなかった。
僕らには両親がいない。
菜摘は隣家の火災で想い出も失っている。
触れることの出来ない過去。
菜摘は医師の国家試験合格後、直ぐにウガンダへ向かったらしい。
どのような思いがあったのだろう。あの頃は、聞く時間さえ無かった。

過去は確かに存在したが、過ぎ去りし日に戻ることは出来ない。
ほんの少しの時間がアルバムやビデオ、そしてこころの片隅に記憶されている。
時に、過去が人を切ない想いへといざなう。
今夜も菜摘が悲しい夢を見ているのだろうか。
「菜摘、大丈夫?」
「また、見ちゃった。昔の夢、あまり記憶がないのにどうしてかな。
パパとママが呼んでいるみたい」
「明日、話そうか」
「稜くん、パパとママだけの夢じゃないの。私、、うんん、、なんでもない。おやすみ」

医師団で出逢う前から稜くんと一緒にいた。
私、二人で夜空の星々を眺めながら肩を寄せ合い七夕を楽しんでいるの、
静かな夜。
遠い彼方の微かな記憶。夢の中で少しずつ鮮明になっていく。
いつか、全ての記憶が蘇るのかしら。
稜くんもなぜ私の瞳の中に愛した方を感じたの。

数日後、菜摘から夢の話を聞いた。
「菜摘、この前、パパとママの夢だけではないと言ってたね。覚えているかい」
「うん、覚えているよ」
「どんな夢?」
「笑わないでね。稜くんと一緒に暮らしている夢」
「一緒にいるじゃないか」
「そうじゃなくて、今ではなくていつか分からないけど、、、夜空の星を眺めながら七夕を楽しんでいる。縁側にいたわ。もうすぐ地球がなくなるの。大きな星が爆発して。でも、二人で静かな夜を過ごしているのよ。 少しも怖くないの」
「不思議な夢だね。もしかすると、一緒にいたのかも。」
「稜君、楽しい夢だから心配しないでね。」

エマージェンシーコールがなった。
緊急救命医療は、時間と判断、そしてこれまで培った腕が生命を左右する。
医学は日々進歩し、最先端の機器が導入される。
だが、それらも緊急救命には限界がある。
集中と緊張、生命への恐れ。

ここのところ、疲れが激しい。尋常ではない。いやな予感もしている。
同僚の医者へ相談してみた。
「結果がでたよ。稜、言いにくいが末期だ。
お前も分かるとおり残念だが手の施しようがない。いつから症状がでた。」
急性白血病、ステージ4 余命3ヶ月。
急性転換期。もう手の施しようがない。
菜摘をひとりにさせたくない。
「薄々は気づいていた。だが、そこまでとは思っていなかったよ」
「医者の俺が言うのもなんだが、奇跡を祈ろう。海外の症例を調べてみる。
最善を尽くす。入院の準備だ」
「ああ、頼む。俺も調べてみる。まだ、やりたいことがある」

死はいつも隣合わせにあった。
恐れなどない。絶望感もない。ただ、菜摘のことしか考えられない。
どうやって帰り着いたのだろう。寮のドアの前にいた。
「ただいま」
「どうだった」菜摘が駆け寄ってくる。
「あ〜」
「嫌〜、、、移植は出来ないの、お願いだから出来ると言って」
「手遅れだ。もって、、3カ月」
泣き崩れる菜摘、かける言葉さえない。
未来が消えて行く。菜摘との未来が。
「これから、アメリカの症例を調べてみる。手伝ってくれるか」
菜摘が頷くことはなかった。

翌週、入院することになった。
思うよりも進行が速いようだ。別れの時が近づいている。
それ以来、菜摘は僕のそばにいる。
「菜摘、天体観測がしたい。大きな望遠鏡が欲しいよ」
「買ってくるね」
「最上階の個室、空いてないかな。一緒に遠い彼方を二人で見ていたい」

縁側ではなく、ひとり煙草をふかし見上げた夜空でもない、菜摘と二人で。

冬の夜空は美しい。
宇宙とはなんだろう。おそらく人類が存在する間にその生い立ちに答えを出すことは不可能だろう。
無から生まれた宇宙。空間と物質、そして時間が存在する。
未来へと進む時間は終息へ向かう。
時は未来へ進むように思える。
事実は時のない世界へ向かっている。
新たな生命は死へ向かう。
悲しむべきことではない。

生を授かりし者は夢を持つ。
幸せを祈る。
別れの始まりを知っているからだろう。
遠い宇宙から引き継がれている。

最期の時が来たようだ。
菜摘と別れたくない。
美和子の最期の言葉、「一緒にいたい」
今、僕は菜摘といたい。
それも、もう叶わない。

「菜摘、柊斗のことは頼む。
夢の続きの話しをしようか。
菜摘の夢は事実だと思う。僕らは何回出逢っているのだろう。
天に召されし生魂は愛した人を捜し彷徨う。
そして、またいつか出逢える。僕は必ず君のそばにいる」

次第に意識が薄らいで行く。
何も聞こえない世界が僕を包み込む。
これが死なのだろうか。
幸せな人生だったが、もう少し生きたい。

「稜君、一緒に行きたい。ひとりにしないで。」
最後に聞いた言葉。
享年、43歳。

僕は君を探し続けている。
空間も時間もない世界。
「稜君、やっと逢えた」
「美和子かい。君を感じられる。君の声が僕の胸で響いている」
「美和子は菜摘なのかい」
「ここは、何処なのだろう。君はいつからいるのかい?」
「分からないわ。でも、あなたをずっと感じていた。幸せだったよ」
「もうすぐゼロの時間が消えるのよ」
「今度、また逢えるかい」


「稜君、稜君。早く起きなさい。全く、遅刻するよ」
美和子の部屋に僕はいる。

そして、患者が待っている。

(最終話)いつか見た光景

(最終話)いつか見た光景

僕は君を探し続けている。 空間も時間もない世界。 「稜君、寂しかった。やっと逢えた。」 「美和子かい。君を感じられる。君の声が僕の胸で響いている」 「美和子は菜摘なのかい」 「ここは、何処なのだろう。君はいつからいるのかい?」 「分からないわ。でも、あなたをずっと感じていた。幸せだったよ」 「もうすぐゼロの時間が消えるのよ。愛が、時間を創るの」

  • 小説
  • 掌編
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-05-04

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