三題噺『祝単行本化・十二指腸潰瘍・娘。』

一階堂 洋

内容としては壁紙を貼ることで壁でないものが壁になったりして凄いということなどを書いていません。

東京大学ペンクラブで作成したものです。文芸フリマや五月祭ではこれと類似した作品を販売します。

 社長は心を入れ替えた。必ずその何かしらお金を入手して会社を立て直す的なことをしなければならないと決意したところの人となった。妹はどこかの牧場主と結婚するところの人となった。社長の友人は一山いくらの読モを養うところの人となった。専務は普通に働いている。
 社長には経理がわからぬ。でも専務は知っている。社長は地元の高校を卒業し、地元の大学に行き、二十二の時、尾崎のCDに影響されたところの人だ。社長はいろいろな影響を得ている。尾崎からは特に音波を得、その他にも感じ、心意気、はにかみ、この支配からの卒業、合法ドラッグ、ダブルクリックなどを得ていた。この世には得るものと得るものではないものがある。社長(当時はまだ社長ではないためウッド・ビー社長としたほうが正確か)は、就職活動もせずに、地下で活動を行い、具体的には排水口の掃除やネズミの駆除などを行い、活動とした。その後、父親の会社を引き継いだ。社長の父親(この人も当然社長なので、以下プレ社長と呼ぶ)は会社をいい感じにする感じの能力に長けていた。主として専務が強かったためだ。専務は物事を気がつくと物事でなくしている人であって、浜田省吾的に言えば「オレにはどこか心にかけたところがあるのか触れる全てを壊しちまう」と言った感じだ。ところで専務は超常の人であるからこの時既に五千六百二十七歳を数えていた。正確には数えていないが、専務の生まれた時に立ち枯れてしまった木の中でも保存状態が良い物を使うことによってこのレベルでの推測ができるようになったのだ。ところでこの手法を開発したのは専務だ。
 さて、父親の会社を引き継いだ社長は、はじめこそ良かった。ところで、業績は上がる、下がる、どちらでもないの三通りに分けらる。社長の会社は主として下がる方向を基調として進んでいるふうなアトモスフィアを漂わせていた。
「あの、専務、うちの会社、やばいんじゃないですか。だって壁紙メーカー一本で食っていけるほど日本の経済甘くないですよ。僕のブログ見てますか? 毎月の業績とか経費とか人件費とか書いているんですけれど、結構すごい的なやばい」
 情報漏洩というレベルに留まらない段階での懺悔を受けた専務は、とりあえず社長の頚椎をしたたかに打とうと決心した。かくしてそのようにされた。
「何言ってんだ、このやろう。日本経済を作り上げたのは俺だ」
 事実その通りだ。
「でも、やばいですよ、僕の周り、最近胃が痛むくらいストレッサーがあるんですよ、すごいですよ、すご」
 社長は完全に常軌を逸していた。どのくらい逸していたかというと、年甲斐もなく(当時、社長は四十を過ぎて、一人娘がいた。娘がいたということは母親がいたということだが、母親は現在、存在していない。そういうこともある)合コンに行き、「社長、好きな食べ物は?」「お茶っ葉」などというカンバセーションをエンジョイしているところからも察せよう。
「ストレッサーはない」
「分かりました」
 かくして社長のストレッサーは空虚自身となった。ところで会社の業績は上がっていない。この重要な問題を忘れてはいないだろうか? 忘れてはいけない。
「専務、業績ですよ、具体的にはカネです」
「じゃあスイス銀行から」
「違いますよ、壁紙を貼る方向性の業務から出てくるカネが全体的に欠乏しているシチュなんです、わかり?」
 専務は社長室の椅子にふんぞり返って(ここで説明しておこう。現在彼らは社長室にいる。社長室には黒檀で出来たでかい机があり、やたら柔らかい椅子があり、様々な装飾品や、ゴルフバッグ、ゴルフクラブ、ゴルフボール、ゴルフの概念から取り出してきたそれほど大きくないもの達があり、社長の椅子には専務が座っていた)、鷹揚に頷いた。
「カネがないとどうして困るんですか?」
「僕のブログが本にならない」
「それは大変ですね。本にしましょう」
 だが本にはならなかった。なぜなら本にならなかったからだ。詳しく言うと、本にするのに必要なしかるべき手続きが異様に煩雑で(具体的にはグラハム数のグラハム数乗程度の手順が必要だった)専務が製本の概念をすりつぶしてしまったからだ。
「それでどうしましょうか」
「頑張って壁紙を売りましょう」
 かくして、社長は壁紙を悪鬼のごとく売り始めた。ありとあらゆるところに壁紙を売って歩いた。はじめの顧客は麻薬を決めて完全にラリった女子大生で、脱法ハーブをモリモリ炊いて、ポケットの中にある合成なんとか剤をボリボリ食べていたので、社長はとりあえず壁紙を貼ったような格好にして帰った。
 次の日は結構精神が摩耗しているらしきヒップホッパーに壁紙を売りつけた。心が安らぐと説明し(ここでいう説明とは、顧客に対して二十三時間を超える極めて丁寧な設備の紹介や金額の紹介、紹介の紹介、紹介の紹介の紹介などを行うことによって、徐々に顧客の心意気を柔らかくして、だんだん買いたいと思わせてくるような説得方法の仕方であって、ぜんぜん違法性とかやばさとかは無いので覚えましょう)、サルバドール・ダリの顔が一面にプリントされた壁紙を買わせた。ちなみに彼の隣に住んでいたこちらも精神を突如患ったと思しき家電量販店の店員にも同様の作業を行うことにより、合わせて二百万の資金を得ている。
 その次の日はまたそこを歩いていた主婦にしかるべき方法を施すことにより壁紙愛好家に育て上げ、壁紙を購入させた。したがって彼女の買っていた犬にも壁紙が貼り付けられ、彼女の天井、家の壁でない部分などにも壁紙が張られ、定義がオーバーライドした結果壁となった。
 その次の日は電車の中に乗り込み、朝のラッシュ時だというのに壁紙の宣伝を大声で行い、タイミングが完璧だったために、その電車は途中で信号装置の点検によって三十分近くドアが開かなかったために、電車の中では社長が壁紙の尊さを解くために、声で溢れかえった。具体的には社長の周りにいた数人は尊さに直接触れてしまったため、失禁、放心、失神、解脱を起こした。それ以外の人間は壁紙の持つ役割や利便性を条件反射的に言えるように教育され、電車に乗れなくなる、妻が壁紙に見えるなどの副作用が矮小に思えるほどの壁紙オーナーとなった。かくして一億円の利益が生まれた。
 その次の日、社長は街で壁紙を売って歩いた。社長の持つ壁紙はかなりの力があり、消臭性や汚れがすぐに落ちるといったものではなく、もっと抜本的に、『壁の色を変える』という機能があった。これはすごかった。壁紙の定義を思い出せない人が多かったため、社長はそこを突いたのだ。これはコロンブスの卵と言わざるをえない。社長は一軒一軒壁紙を売って回った。ほとんどの家では(彼らが不道徳だったために)壁紙の話を聞き入れずにドアをバタンと締める音があったが、社長の宣伝があまねきため、ついに壁紙を購入するところとなった。何しろ社長の声は大きく、それは専務によって拡張されているから(これは不思議ではない。なぜなら専務はすごいからだ)、外に出ている人も中にいる人も、防音設備の整った環境でレコーディングしている人にも社長の声は伝わり、直接聞いた人は失禁、心肺停止、洗脳、真理との融和などを果たしてしまうのであった。
 そして、次の月には社長は既に外に出て売る必要さえ無くなっていた。なぜなら、先ほど言ったように、レコーディングをしていた全てのCDに社長の声が潜在的に紛れ込んでしまうことによって、購入したすべての人の心のなかに壁紙についての認知が組み込まれてしまったからだ。かくして社長は莫大な富を得た。
 ところで、社長の周りにあったストレッサーはどうなったのだろうか? 忘れてはいないだろうか? そしてストレッサーが消えたといったのは専務だけだということを忘れていないだろうか? 思い出そう。
 社長の外部に存在したストレッサーは社長を着実に蝕んでいた。ちなみに社長に虫歯はない。社長の胃は既に胃の機能を果たすことをやめ、具体的には微積分の勉強などをしていた。よって社長の小腸は栄養を取り込むことをやめ、線形代数についての深い洞察力を得ることとなった。では栄養はどこから取られていたのか? 何によって社長は食物を分解し、そして栄養素を吸収していたのだろうか?
 十二指腸である。
 十二指腸は自分の持っていたポテンシャルを遺憾なく発揮し始めた。十二指腸は自ら胃液(正確には胃液と同じ成分を持つ十二指腸液)を発生させ、そして極度に発達した絨毛からその栄養素全てを取り込んだ。やがて十二指腸はそのストレッサーに耐え切れなくなった。アメリカの奴隷制度になぞらえれば、ここにてエイブラハム・リンカーンが立ち上がり、ボストンに紅茶が放り込まれ、代表なくして胃液なしといい、我らに休肝日を、さもなくば死をといった標語が持ち上がったといえるだろう。
 そうして、社長は十二指腸潰瘍となった。
 社長が十二指腸潰瘍を患ったことにより、重大な被害を被ったものがいる。誰でしょう。しかしよく考えていただきたい。これがもし諸兄の処刑を決める一生懸命考えられたクイズだったらと。きっとあなた達は手を抜かないだろう。そのようにしなさい。ヒント、専務ではない。
 覚えているだろうか? 社長には娘がいた。井上陽水の曲にもそう書いてある。しかし社長には愛人がいない。娘は処女懐胎などではない。娘には父親しかいない。これはすごいことだ。本当は離婚しているだけなのだ。
 さて、社長は娘を一顧だにしなかった。なぜなら娘は――父親の血を引く娘は――唯一壁紙のアドバータイズから自分の身を守るすべを知っていた人間だからだ。社長は自分にカネを渡さない人間などどうでもいい人間なので、ここから社長は自分自身のことも一顧だにしていなかった人間であることがわかる。これに気がついた人が今の専務である。
 しかし、自分の十二指腸潰瘍が悪化していくに連れて、社長は自身のフェイスブック(これは英語にすれば『信仰の本』という意味になる。彼自身のブログのタイトルである)の更新もやめ、そして何を血迷ったかギャル語にハマった。しかし、考えてみてほしい。いつも知的好奇心を刺激し、自らを鼓舞するのは未知なる知識への渇望ではなかったか。自分たちの知らない物事を探求し、そこに喜びを見出すのではなかったか、それがロゼッタストーンであったのがシャンポリオンであり、それが物体の運動であったのがガリレオであり、それが自分自身であったのがデカルトであり、それが教会だったのがルターであり、そしてそれがギャル語であったのが社長であった。それらを如何にして区別せんや、また区別すべきや。否や、そこにいかなる懸隔もないというのが我々の持つ基本原理である。
 よって、社長はギャル語を学んでいた。ベルリッツの短期学習講座にも通った。そして優秀な成績を収めた。
 そして、彼が自分の死期――死因は十二指腸潰瘍の悪化と蝶々の飛来であった。これがバタフライ・エフェクトの語源である――を悟り、娘に残した言葉が次のようなものである。
「もぅマヂ無理。栄養がからだぉとぉらなくって……ツライょ。。。遺産を残すのゎ……娘。。。」
 かくして彼は死に、その後、彼のブログは単行本化された。祝単行本である。それが現在に伝わる古事記である。

三題噺『祝単行本化・十二指腸潰瘍・娘。』

三題噺『祝単行本化・十二指腸潰瘍・娘。』

  • 小説
  • 短編
  • 冒険
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-05-03

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