(続)いつか見た光景

(続)いつか見た光景

かすかな記憶。
ふとした彼女の仕草。
瞳のなかに君を感じる。
目を閉じる。君がうなずく。
初めて触れた君の手は、とても繊細で握りしめたら壊れてしまいそう。
リングを見つめる君。クリスマスイヴ、
ツリーから放たれた輝きと街のイルミネーションが、プリズムのように鮮やかな色彩をかなでる。
君は僕に体を寄せて永遠(ながい)眠りについた。

風に舞うふたつのシャボン玉。触れ合い、重なり合う。
先に消えるシャボン玉、僕はほんの少しの間舞い続ける。
時は子供の頃に吹いたシャボン玉。

Tears are falling down your cheeks.
Duaring you were feeling me, fell into asleep forever

天に召されし生魂(みたま)は愛した人を捜し彷徨う。
いつか出逢えることを信じて。
天に召されし生魂は愛した人を捜し彷徨う。

We exist only in the past, can't stay in now.
Only time goes by.

Two soap bubbles dancing in the wind come in contact, and one disappears earlier ,I continue dancing for a while.
Like sweet memories in the days of a child.

摂理の中で生を授かり、少女のまま天に召される。
神が源あり全てを肯定するならば、失われし生魂(みたま)はどこにいて何を求めているのか。
生とはなんだろう。死とは全ての終焉なのだろうか。

二人で夢を探した。
最期の君の言葉 "好き、一緒にいたい" 。
あれから、10余年の時が流れた。
どこにいるか分かるか?
二人で夢見た国境なき医師団として今、ウガンダにいる。

「菜摘先生、陵先生の意識が戻りました」看護師の声が遠くで聞こえる。
何が起きているのだろう。天井が薄っすらと見える。
「菜摘よ」懐かしい声えだ。
「心配した」涙が君の頬をいくすじも伝わっている。
10日間、昏睡状態にあったらしい。エボラ熱出血症に感染した。
日毎にからだは回復していくが、まだ夢と記憶が混濁している。

職場へ復帰するまでには時間をようした。

今日は、話したいことがある。
僕に想いをよせてくれる人がいる。
同じ施設の医師だ。
たまに、夕食を共にし楽しい語らいの時を過ごす。
素敵な女性だ。
ふとした彼女の仕草に、瞳のなかに君を感じる。
"君なのかい"

「陵君、来週のお休みにうちでクリスマスパーティーしない。二人きりだけど」
「いいね」
「何か食べたい物がある?こう見えても、私、料理得意なんだから」
「ハンバーグ」
「子供みたいだね。他にリクエストはない?」
「久しぶりの休みだから、お酒をゆっくり飲みたいな」

クリスマスイブ。
菜摘の部屋に入るのは初めてだ。
ドアをノックし、君が迎えてくれる。
「ハッピーホリデー」
「少し緊張したよ。料理が得意と言っちゃたから」
ダイニングテーブルには、手作りのケーキを始めハンバーグ、サラダ、グリルドチキン、たくさんの料理が色とりどりに並んでいる。
部屋の隅みにはデコレートされたモミの木。
窓にはクリスマスをにぎわう街のイルミネーションが映し出されている。

「おまちどうさま、陵君」
エプロン姿の菜摘がいる。
「乾杯しよう」コルクを抜きグラスにワインを注ぐ。
「なんか変だよ。陵くんがここにいないみたい」
「少し時間をくれないか」
君と決別するときが来た。

「愛している、菜摘」
僕の突然の言葉に涙がとまらない。
「僕らの未来に乾杯」
「忘れられないひとがいるんでしょ」
「気がついていたのか。でも君を愛している」
「その方のこと話してくれる」
「今日はそのつもりで来たのだと思う」
「この広い宇宙のなかで出逢えた奇跡に乾杯」
「陵君、愛している」
長い間、言葉に出来なかった僕への想い。

「彼女のことを話していいかい」
目を閉じて今にも耳をふさぎそうな様子で君がうなずく。

菜摘に君との、君への思いを話すことで新たな人生の一歩が踏みだされる。
ただ、それと引き替えに君の思い出が薄らいでいく。

「僕らは14才、中学2年の時に出逢った。
卒業後、同じ高校に通い、二人で未来を語り医者になり貧しい国の人々
を救いたいという夢を持った。
でも、それは叶わなかった。
僕は二人の夢を叶えるために、彼女の死を、悲しみを忘れるために勉学だけに
没頭し、ここへ来た。
僕にとって予期せぬことが起きた。
菜摘の中に彼女を感じた。
君の想いは気づいていた。
ただ、僕は君を愛しているのか君の中に感じる彼女を愛しているのか分からなかった」
「陵君、もういいよ。素敵な方だったのね。かけがえのないひと、羨ましい。忘れなくて私の中に彼女を感じてもいいよ。ひとつだけお願いがあるの。私も愛して、その人と同じくらいに」
「愛しているよ」

料理を取り分けながら、恋人達が話しているであろうたわいのないことやこれから医者としてやりたい想いを語り合い時間が流れていく。
ベランダに出、夜景を眺めながらひとり落ち着いたひと時を過ごす。
時計を見ると10時を廻っていた。菜摘はキッチンでかたずけものをしている。

「そろそろ帰らないくては」
「一緒にいたい」
「着替えがないよ。明日のも。.....取りに行ってくるか。タクシーを拾えばすぐだしね」
「二人で歩いて行こう。夜のデート」

大切ことを忘れていた。
彼女へのプレゼント。
「菜摘」
「なに、どうかした」手を止めてベランダに君が。
目を閉じて左手を僕に差し出してもらう。
初めて触れた君の手は、とても繊細で握りしめたら壊れてしまいそう。
君の瞳から涙があふれ、いつまでもとまらない。
そっと抱きしめる。
リングを見つめる君、ツリーから放たれた、街のイルミネーションがつくりだす光がプリズムのように鮮やかな色彩をかなでている。

すでに街は静寂を取り戻していた。
僕のアパートへ向かう。
帰りはタクシーを拾った。

君の部屋へ戻り、君を待つ。
ベッドをともにし、そして君の唇に触れる。
菜摘の中にもう君はいない。

「おはよう」菜摘の微笑み。
長い間、一人暮らしが続いた。施設のソファーベッドに慣れている。
「おはよう、施設から電話なかった?」
「大丈夫よ」
コーヒーの香りが深い呼吸を誘う。
髪に触れ、そして抱き寄せる。
午後から街へ出かけランチを取りながら、これからのことを話した。
「陵君のお部屋は何もないから、私のアパートにしよう」
「ああ、なにもない」
君の写真以外、必要最低限のものだけ。
何年も施設とアパートの行き帰りが続いている。

1月中旬、菜摘のアパートへ移り住む。
君の写真は木箱を作り大切にしまった。
もう、開けることはないだろう。

日本に比べ僕らの施設、病院には十分な設備、薬がない。
毎日、痩せ細った子供達が母に抱かれ受診に訪れる。
栄養不足から風をこじらせ肺炎を起こしている子、HIVに感染している親子。
そして手術が必要な患者はそれに耐え得る体力さえない。
助けられる命が失われていく。
院内には所狭しと患者が座り込んでいる。
薬より食糧が不足している。
僕らが住む街はたくさんの物で溢れているが、それを手にできる者は限られている。
毎朝、市場に寄りフルーツを買い込み病院へ軽トラックで向かう。診察の後に彼らへ手渡す。ほとんどの医師がそうしている。
支給される給与の半分はそれに費やされている。
医者でもなく薬でもない、この国には食べるものが必要だ。
裕福な国々は何をしている。
多くは望んでいない。消費されることなく捨て去られる品々がここにあれば、夢見ることなく天に召される人々がどんなに減るだろう。

菜摘と暮らし始めてから、3ヶ月が過ぎた。
夜勤やエマージェンシーコールで想像していたより二人で過ごす時間は短い。
だが、これまでになかった安らぎを感じる。
菜摘の瞳の中に君を感じることはない。
先週、君の実家に花束を送ってもらうよう日本の馴染みの店にお願いした。
あれから15年が過ぎた。
木箱にしまい開けることは無いと決めた心が揺らいでいる。
祝福したい。君と話したい。

「菜摘、相談がある」
「なに、急にかしこまって」
「今日は彼女の命日なんだ。僕のアパートには彼女の写真立てを置いていた。
引越しする際に、木箱にしまいもう開けないと決めた。でも、心が揺らいでいる」
「陵君、私もその方に会ってみたい。そして、いろんな話をしたい」
クローゼットの中の君が、今僕らのダイニングルームにいる。
「綺麗な方」
「私、彼女に似ているのかと思っていたわ。だから、陵君が、、、」
「菜摘には似ていないよ。仕草は似ているけれど。
話しかけていいかい。」
菜摘が緊張した面持ちでうなずく。
「美和子、誕生日おめでとう。紹介するよ。君へのプレゼント、安心して欲しいんだ。心配性だったから」
「陵君、誕生日ってなに?誕生日に亡くなったの?」
「ああ、、16才の誕生日に」
菜摘は目を閉じ手を合わせている。声に出してはいないが二人で話している。
最後に誕生日おめでとうございます、美和子さん。
写真をしまおうとする僕の手を菜摘が遮る。
「今日はお誕生日なんでしょ」
「いいんだ。写真の中にはたくさんの思い出があるけど、ここに彼女はいないから」

数か月後、
日本へ戻る日が訪れた。これまで多くの同僚を見送った。
ここに留まれるようにお願いしてきたが、今回は許可が下りなかった。
菜摘も僕の異動に合わせてここを去ることになる。
次に、来ることは難しい。僕らに代わる医師が赴任する。

32才の夏、ウガンダを離れる。
研修医を終え大学病院で働き、国境なき医師団を志願した。
あれから、4年の歳月が流れていた。

僕は大学の附属病院の勤務医となった。
小児病棟と緊急救命センター。
菜摘は、彼女の大学の研究室に戻る。
婚姻届も出し病院の寮で生活を始めた。
あの頃よりも、二人で過ごせる時間も増えた。

今日は菜摘の誕生日。
横浜へ食事に出かける。
楽しいひと時だったが、ヨットハーバーで不可解な出来事が起きる。
「陵君、あの星座の名前、知ってる。」
「どれ」
「あれよ」
星の綺麗な空を指して幾度も幾度も繰り返す。
いくら聞いても菜摘に見えているものが僕には見つからない。
「菜摘、あそこにあるオリオン座、ひし形の星がみえるか」
「見えないよ。小さな星がたくさんあるよ」
同じところにいるのに見えているものが違う。
「ひし形の星を見たことあるかい」
「そうね〜、学校で習ったよね。でも、朝やお昼に空を見上げることはあるけれど、夜空は見ないもの」
「今日ね、陵君にプレゼントがあるんだ。すごいんだから。でも、どうしようかな〜」
「誕生日プレゼントのお返しかなぁ。 早く頂戴よ。意地悪しないで」
「すぐには、あげられないもの。」
「なんだ〜、変なの」
「お腹触ってみて・・・赤ちゃんがいるの。昨日、病院に行って来たんだ。4ヶ月目なんだよ」
「え、、、父親になるんだ」
これまで、わが子のことを想像したことはなかった。
痩せ細り明日の命も分からない子供達を残してきている。

風に舞うふたつのシャボン玉が触れ合い、やがて、重なり合う。
宇宙も同じことが起こるのではないか。先に消えるシャボン玉、
もうひとつはほんの少しの間、宙を舞い続ける。
子供の頃に吹いたシャボン玉。

つづく、、、(最終話)いつか見た光景

(続)いつか見た光景

(続)いつか見た光景

かすかな記憶。ふとした彼女の仕草。 瞳のなかに君を感じる。 目を閉じる。君がうなずく。 ホワイトカラーの絵の具で時空(とき)を消して 君に逢いたい。 きみのキャンバスに想い出を描いてきみを抱きしめたい。 初めて触れた君の手は とても、繊細で握りしめたら壊れてしまいそう。 リングを見つめる君、クリスマス・イヴ ツリーから放たれた輝きと街のイルミネーションがプリズムのように鮮やかな色彩をかなでる。 君は僕に体を寄せて永遠(ながい)眠りについた。 風に舞うふたつのシャボン玉。触れ合い、重なり合う。 先に消えるシャボン玉、僕はほんの少しの間舞い続ける。 時は子供の頃に吹いたシャボン玉。 tears are falling down your cheeks. duaring you were feeling me, fell into sleep forever

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-05-03

Copyrighted
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