夜の子どもたち
手を繋いで眠っている。彼の骨ばった指と私の筋張った指が隙間を埋めるように絡んで、然りと、繋がれている。手のひらが汗ばむ。今夜はひどくあつい。
腕2本分の空間をあけて、彼と私は並んでいる。彼は身体を仰向けにして、顔だけを此方に向けて眠るのが好きだ。私は身体ごと斜めに彼の方へ向けて、少しだけ背中を丸めて、眠る。シーツに触れる部位が汗ばむ。今夜は、ひどくあつい。
いつも、眠りにつくのは彼の方が早い。長い睫毛と、重たいまぶたがゆっくりと伏せられて、茶けた瞳が見えなくなる。私はそれをじっと見ている。すう、すう、と。薄い唇からすこし浅い寝息が漏れる。私はそれをじっと聞いている。
そうしているうちに、私のまぶたもふるふると痙攣して、重力に逆らえなくなってくる。ので、彼の愛らしい寝顔を見つめるのは早々に切り上げて、視界をシャットアウト。今夜は、ひどく、あつい。
寝ぼけているのだろうか。
彼が、あますぎる呂律で、ぽつりと呟いた。
「となりにいるのが、おまえでよかったよ。」
すっかり眠ったと思っていた私は、驚いて、ぱちり、目を開ける。
彼はといえば依然、瞼を閉じたまま、しかし絡んだ指先には、ぎゅううと力が込められていた。
「おなじこと、言おうと思ってた。」
いけない。眠気で、声が擦れてしまった。同じことを考えていたのがおかしくて、言葉尻が震える。
「おまえ、起きたら、なにしたい?」
「そうだなぁ。とりあえず、ごはんかな。」
「はは、だよな。おれも。」
此処には彼と私しかいない。だというのに、ひそひそ噺みたいに、声を潜めて、話す。子どものような会話だ。いつまでたっても大人になりきれない、私たちの、日常。くだらなくて、いとおしい、いつもの。
「あ、そうだ、おれさ、」
「うん?」
「おまえのこと、すきだよ。」
ぱちり、彼の茶色が長い睫毛の隙間から、覗く。私の深い黒色と、重なって、嗚呼、この瞬間が、とても好き。
彼が握り締めるように、指先の力を強める。私の手の甲は、きっと彼の指のかたちに赤くなってしまっているのだろう。暗くてよく見えないけれど。電気はつけない。冷房も、もういらない。今夜は、ひどく、あつい。
「おんなじこと、言おうとおもってたよ。」
「はは、知ってる。」
笑う彼の、キツネみたいな目元にキスをしたかったけど、あつくて、ねむくて、とても動けそうにないから、かわりに私もおなじように笑う。キスは、朝、起きたらにしようか。
「もう寝よう、おれ、すげー眠い。」
「私も、さすがに。」
「アラームかけた?」
「ばっちり。」
「よし、じゃあ、おやすみ。」
「うん、おやすみ。また、明日。」
汗ばんだ手を繋いで、顔を合わせて、さっきより少しだけくっついて、ふたり目を閉じる。体温と、呼吸と、鼓動を感じる距離。きっと、幸せな夢を見られる。愛する人と、ふたり、次の朝を待つとしよう。
今夜、地球と太陽がひとつになる。
明日は、来ない。
(夜の子どもたち)
夜の子どもたち