【仮面】

【仮面】

IAN・AKUROID

信じられるのは、自分だけ――――

【声】

「君…東川 琥珀君だね」

唐突に声を掛けられて戸惑う。咄嗟に身構え、周囲を見渡すが、今更になって囲まれている事に気が付いた。

「…署までご同行願えるかな?」



――――自分の中で、何かが壊れたような音がした。
















山とばかりに積み上げられた書類に目を通していく。

速読が取り柄の自分でも、うんざりする量である。

(東川 琥珀か…)

連続殺人鬼として警察社会では名の高い、東川 怜寺の一人息子。
怜寺が伴侶を殺害した現場にも居合わせたという。

当時、2歳。

もの心ついていても間も無いだろうと考慮し、東川 琥珀は【捨て子】として児童養護施設に預けられた。

(あれから、もう12年か…)

精神異常者の怜寺ももとで育った琥珀は、監視下に置かれていた。

報告によると、引きこもりがちな一般普通な中学生男子であり、異常な兆候は一切見られないという。
成績は学年トップ。友人との交流があまり無い事を除けば、優秀な模範象である。



彼が再び注目されたのは、2ヶ月前からだ。
【白髪の少年】
“夜”での彼を見た者は、彼をそう呼んだ。
実際、全く危険な兆候が見られなかった彼への監視体制は緩められていた。

14歳。中学2年。
変な魔がさしていてもおかしくない年頃だった。

白髪というのは、染めたんじゃないのか? という憶測が進められ、大して大事にはならなかった。

しかし、1ヶ月前…

「助けて…!! 助けてくれ!! 俺のダチが、アイツに殺されるッ!!」

半狂状態で署に転がりこんできた少年は、ボロボロで、必死に走ってきた様子がうかがえた。

「どうした!!」
咄嗟に少年に駆け寄り、ふらふらとした不安定な体に肩をかす。

「…殺される。アイツに、俺達殺される・・・!!」

そういって、少年は失神した。

ッチ。

と、思わず舌打ちする。

せめてその“ダチ”とやらの居場所を吐いてくれればよかったものを。

「相沢、行くぞ」

3日徹で無精髭を生やした上司が恰好よく見えたのは、光の屈折だろうか?

少年を受け付けのソファーに放置し、スーツポケットに拳銃を入れる。

正直、不良のいざこざなど身一つで解決可能なのだが、税金でこちらも生活している以上、働かなくてはいけない。

少年が走って来たであろう道を進み、不良のたまり場である路地裏にたどり着く。

「何だ、コレは…」

壁に散った、血飛沫。


地面に転がる、幾つもの“人間だった”もの。
無残に散った脳漿やはらわたが、ソレが元人間であったことを唯一証明できるものだった。



「人間…じゃないな」

どんな器具を使おうが、何の音も無しにここまで人間を破壊できるものではない。

「相沢…俺達は、踏み入ってはいけない領域に土足で入ってしまったのかもしれないな」

上司がぼやいた言葉が、思考回路の中で反響した。













14歳になって、独り暮らしをした。

父親の顔など覚えてはいないが、戸籍上“父親”は存在する。

顔にノイズがかかった父親。

存在さえ覚えていない母親。


自分がどうして生きているのかわからない。
何の目的もなく、我欲も無い。

しかし、財産はあった。

当初一億。

“父親”のものだ。

父親の名義で稼がれたソレを使い、為替をして生活費を稼いだ。

自分の体の異変に気が付いたのは、半年前くらいだろうか

人の感情が読めた。

勿論、超能力とやらの非現実的な物ではない。

人には波動が存在する。

振幅の大きな波動は怒りや憎悪。つまり、激しい感情の事がおおい。
小さな時はごく普通な感情。ちょっとした苛立ちや喜び。些細な感情。

その人物の表情や行動。こきゅうや視線を5感で感じ取り、その人物が考えている事を当てることが出来る。

問題はソレを無意識にやってしまうということだ。

おそらく、自分のしていることは心理学に近いのだろう。

しかし、ソレだけで目の前にいる人物の寿命や死因がわかるだろうか。

今日すれ違った通行人亜A。
おそらく4年後、会社のストレスに耐えかねて自殺。

隣の席の生徒B。
高校受験は成功。希望通りの進路に進むが、大学受験を失敗する。

先ほど絡まれた不良C。
〇〇が殺す。

不良Cを殺した○○。
消息不明。家庭環境が悪い。精神が崩壊寸前。危険人物。


記憶力は良いほうだ。
だいたい聞いた会話は一言一句違わずに思い出す事が出来る。

しかし、俺が一番恐れている変化はそれではない。


『ねぇ、琥珀』

五月蠅い。黙れ。

『つれないなぁ―。今日だって、琥珀に絡んできた不良を〇してあげたんだよ? 感謝して欲しいくらいだ』

黙れ! もしもバレたらどうするんだ!!

『あれ? 珍しいね。いつもなら「自首しろ!」…とか言って喚くのにww』

俺が自首しても意味ないだろう。お前の時に自主できればいいんだが、そんなことしないだろう?

『当たり前だろう? しかも、バレたら琥珀だってヤバいんだから、協力してもらわないとォ』



怒りにまかせて近くにある電柱を殴る。
皮が裂けて、血が滴る。


『あ―ぁ。もういい加減、身体返してよね。一応、今レンタルなんだからさぁ』

元からお前の体じゃない。黙ってろ。

『てかさぁ、琥珀。さっきから見てるあの女、ウザいから殺していい? ねぇ、琥珀。 アイツ、マジでウザい。ウザいウザいウザいウザいウザいウザいウザいウザいウザいウザいウザいウザいウザいウザいウザいウザいウザい!!』

殺すって宣言してんのに、誰が代わるかよ。バーカ。



耳栓を代わりにイヤホンを耳に押し込む。

頭の中で響く○○の声を、自分にノイズとして捉えさせる。

2重人格という訳ではない。

しかし、実際自分の中には2人の人間が存在する。


それは恐らく、以前の僕だ。


俺には幼少時代の記憶が無い。

誰の元に生まれ、誰の元で育ったのか。

どんな生活を送り、どんな思い出があったのか。


――――…一切覚えていないのだ。


そんな俺に昔から付いていた存在。

それが、【声】だ。

【路地裏】

ふと目が覚めると、自室の天井が視界に入り驚く。


(アイツに…乗っ取られてたのか…?)


起き上がろうと試みるが、全身が嫌という程に痛む。

まったく、どこで油売ってたんだよ…


空腹に耐えかねて、渋々起き上がる。

洗面所に出向き、鏡を覗き込む。

「んだよ…コレ…!?」

鏡に写された自分は、顔面から着ている衣服に至るまで、返り血で染められていた。


驚愕で過呼吸になる。

『昨日、俺達の事見てたウザい女居ただろ? お前が寝てる間に消してきたんだ♪』

自分の絶叫が、ワンルームマンションを占める。

『だから言っただろ? お前は“レンタル”だって』





























何故か自室にあるチャライ服を着て、
何故か自室にあるアクセサリー(しかも骸骨)を首に掛け、
いつの間にか出来ている痣に絆創膏を貼る。


『チャライね――ww 琥珀がチャライとか、マジ笑えるんだけどwwww もう、爆笑wwwwww』


五月蠅い。


『あ、何気に着こなしてるw そういえば、琥珀も中2だから“厨2病”とやらに目覚めて…?』


「「「「「あ゛ァ―――――――――――!!!!!!!!!!!!」」」」」

五月蠅い!!!!
マ・ジ・デ 五月蠅い!!!!

黙れ!! 



『wwwww切れてるゥー、琥珀切れてる――!!!wwwwwwwwwwwwwwwwww』



で? お前…この服を買う金はどこから…


『? もち琥珀の通帳からだけど?』


そうか、先月の出費で精算が合わなかった10万2500円はお前か。

死ね×1000000(心の中)


『聞こえてるよー、琥珀ゥ―ww 僕、傷付いちゃう(嘘泣き)』




こうして、何故引きこもり読書家の俺が繁華街に外出しようとしているかは、1時間前に遡る。

今日は、愛読書本の著者、神羅先生の新書本販売日だった。


しかし、おれは○○に体を乗っ取られていた為、本を買い損ねた。

現在時刻は1時30分。

どうしても先生の新書本が読みたくてたまらない俺は、仕方なく繁華街の本屋に出向くことを決めたのである。


しかし、不良として顔が知られているであろう俺は、仕方なく〇〇の協力を仰ぐことにした。




『琥珀、そのネックレスは金曜日だけにつけるモノなんだ』


そ・・・そうなのか?


『そのネックレス、髑髏だろう? 13日の金曜日とかに付けたら最高だねー☆』


タロットか(@_@。


『神羅さんの著書、俺も好きだけど…堅物のお前がワザワザ不良の溜まり場に自分から出向いてまで買う程では無いと思うんだが… ?』


〇☓△■=@☆~~~!!!

んだと!?
○○、お前は先生の作品を何も理解していないゾ!!

世間一般からは、著作の激しい描写はグロテスクと評され、決して有名な作家という訳ではない。

しかし、無類の本好き達の間では、一番に出てくる名前だった。

特に、前巻の文脈のタッチは堪らなかった!


主人公の少年が現実に絶望し、独り孤独に彷徨い続けるエンディング!!!

『…――。』

『(クソッ、しまった…こいつ、本について語り出すと止まらないんだったな―――)』


…――あァ、先月出た短編集も良かったね!! ヒロインの称恵さんの2重人格設定には、驚いたよ!!


『…いいか? 琥珀。 流石に繁華街のボロ本屋といえど、夜の3時になれば閉まるわけだ。』

ああ、そうだった!!
今何時だ? 2時半!?

もっと早く言えよ!! バカ!!!!!

『無茶苦茶だろう…!?』


俺は財布をひっつかみ、身一つで外に飛び出した。





「オイ、アイツか? 例の白髪野郎。」

「ああ。そうだ」

しかし、何故だろう。アイツがまさか本屋から出てくるとは予想外だった。

「白髪野郎って、本が好きなのか?」

知るか。俺に聞くなクズw


本の入った紙袋を抱えた少年は、喜びを隠せずにいる。

(…本当にアイツは【白髪】か?)





『――嬉しそうだな』

当然だろう?
今回のタグ見たか? 全巻の主人公の過去編だぞ!?

てか、早く読みたい!!


『…なら、さっさと帰ろ―ぜ?』

珍しいな、お前が早く帰りたがるなんて。

『ん―ちょっと、ヤバいかも』

何が?



『ワリィ、巻き込んだ』

は?


唐突に後頭部に衝撃が走る。


「グハッ!!」

『琥珀!!』

たたらを踏み、何とか立つ。

ぬるりとした感触が、首をつたう。
意識が朦朧として、視界が霞む。

『ッチ、アイツ等か…』

アイツ等って、誰――――?


『マジ悪い、琥珀。ちょっと返してもらうぜ?』


「殺っちまったか!?」

「馬鹿!! 死んだらどうすんだ!!」

後頭部から流血し、足元に血だまりを作っている少年を見下ろす。

やっぱり、何か違ったような…?


「――ッ、ひとまず逃げるぞ!!」

「ふぇ? 逃げるって、何処に!? 救急車は!?」

「アホ! そんなことしたら、事情聞かれるだろう!! 逃げるぞ!!」

でも、これじゃアイツが死…!?


「「おい! お前ら何してる!!!!!」」

鼓膜を突き破らんとするような大声が路地裏に響く。

「ヤベ!」




結局、反射的に逃げたものの、やはりあの少年が気になった。

【2人】

【2人】

   「――おい、君! 大丈夫か!?」

誰かに肩を揺さぶられる。

「相沢、救急車だ! 早く!」

アレ…、俺…?
どうしたんだ?

「――しっかりしろ! 今助けてやる!!」

別に、俺なんか助けなくてもいいのに…

薄い意識の中でボンヤリと考える。

霞む目を薄らと開け、目の前に居る人物を見る。


自分には無縁の筈の言葉が、自分の口から滑り出た。

「父さん…?」



目を開けると、見た事もない天井があった。

自分のワンルームマンションの天井は、ところどころにシミが目立っていたハズだった。


しかし、今はどうだ?


今、自分はとてつもなく真っ白な天井を見上げている。
それに、このフワッフワな感触は何だ!?


俺のベットは2000円の超安物で、こんなフワフワな高級ベットに在りつける覚えはない。

俺は…どうなってるんだ?


『――ッ!――――ッ! ―――――――オイ!! 琥珀!!!!』

〇〇の声が頭に響いた瞬間、頭に激痛が走り、気が遠くなる。

『オイ…! 大丈夫か!? 琥珀!!』

聞えてるよ…バカ。


〇〇が胸を撫で下ろすのが判る。

『ったく、ビックリさせるな。バカ野郎』

そりゃ、わるかった――ッ!!

『琥珀!?』


物を考えるだけで頭が痛い。割れそうだ。












上司と署に帰る途中、何かをあからさまに追うような少年達を見つけた。

「鬼ごっこですか? いいですね」


「馬鹿。あんな年のガキが鬼ゴなんてするか! 追うぞ!!」

「ヘ!? 俺達非番ですよ!?」


「アホウ! 俺達は警察だぞ!」

思わずため息をつきたくなる。
嗚呼、この人の事を堅物と呼ばずに、誰を堅物と言おう…


俺は、仕方なく重い足を上げて、上司の後を追った。






















俺と上司が見たのは、路地裏で座り込んでいる少年と、その前に立ちはだかる青年2人だった。

「「おい!! お前ら、何してる!!」」


元から声のデカさには自信があったが、ここまで大声を張り上げたのは久しぶりだ。


驚いたような青年たちは、踵を返して奥の路地裏に逃げ込んだ。


「おい!君!! 大丈夫か!?」


咄嗟に座り込んでいる少年の元に駆け寄り、肩を掴む。

これは!?
重症だ。後頭部をバットか何かで殴られたらしい。

「相沢! 救急車だ!!」

上司の声で冷静さを保つ。

救急隊員に事情を連絡し、少年の応急処置に取り掛かる。


「大丈夫だ! 今助ける!!!」

少年は虚ろな目をこちらに向け、呟いた。





「父さん・・・」

【寝台】

目を開けると、見た事もない天井があった。

自分のワンルームマンションの天井は、ところどころにシミが目立っていたハズだった。


しかし、今はどうだ?


今、自分はとてつもなく真っ白な天井を見上げている。
それに、このフワッフワな感触は何だ!?


俺のベットは2000円の超安物で、こんなフワフワな高級ベットに在りつける覚えはない。

俺は…どうなってるんだ?


『――ッ!――――ッ! ―――――――オイ!! 琥珀!!!!』

〇〇の声が頭に響いた瞬間、頭に激痛が走り、気が遠くなる。

『オイ…! 大丈夫か!? 琥珀!!』

聞えてるよ…バカ。


〇〇が胸を撫で下ろすのが判る。

『ったく、ビックリさせるな。バカ野郎』

そりゃ、わるかった――ッ!!

『琥珀!?』


物を考えるだけで頭が痛い。割れそうだ。


『クソッ、アイツ等…!! 絶対ェに許さねえ!!!!』

落ち着け、〇〇。
今はこの状況を解決するか、考えるべきだ。


『そう…だな。すまない』

いつもはちゃらけているこいつも、状況を弁えているらしい。


窓にはまった鉄格子。

これだけが違和感だが、他は大して目立つことの無い部屋だった。


自分の頭部には包帯が巻かれ、胸部には心電モニターが付けられている。

(いずれ、俺が目を覚ましたこともバレるな…)


突如、スライド式の扉の鍵が解除され、誰かが入ってくる。

咄嗟に身構え、気配を探る。


「やァ!! 気が付いたんだね? 良かった、良かった!!」

スーツを来た男の態度に拍子抜けし、ポカンとする。

『ッチ、アイツか――。』

アイツ?
アイツって誰!?


「今、看護師さんを呼んでくるから、ちょっと待ってて。」

一方的に話しかけてくる男の流れに流されそうになる。



―――――おい…、〇〇

『ん?』

「ん?」じゃね――ッ!!!!!
お前、俺が意識失ってる間起きてただろう!?

『おう、起きてたぞ?』

「起きてたぞ?」って…お前なァ……

で?
どうなんてんだ?? この状況は?



突如、ドタバタと廊下で音がしたかと思うと、火の球の様な勢いで2つの物体が突っ込んで来た。

「「ふェ!?」」

と、自分でも恥ずかしい様な素っ頓狂な声が口から出る。


――二つの“物体”は人だった。

正確に言うと、自分とそうわからないのではないかと思うような男と、明らかに俺よりも年下の女だった。

『え!? 何!?』

どうやら、〇〇も予想の斜め上を行ったらしい。

「琥珀! よかった! 生きてた!!」

「琥珀兄ィ! 琥珀兄ィ!!」


俺の名前を呼んで抱きつく少年少女は、俺には全く覚えがなかった。
しかし、胸の奥がチクチクと痛みだし、不本意に涙が溢れた。


(アレ…? おかしいな…)

記憶がある中で、泣いたコトなど無かったハズだ。
なのに、見たこともないはずの2人が、
こんなにも愛おしい。

“愛おしい?”


『――琥珀ッ! オィ、コハク………!』

〇〇の声が頭の中で小さくなる。
だんだんと小さくなって、




消えた。

【家族】

音信不通だった兄弟が保護されたと、警察から連絡を受けたのは一昨日の深夜だった。

俺は妹の凛音と共に二人で暮らしていた。

戸籍上は母親と父親、両方が存在する為、保護者無しでのこの生活も周囲から黙認されていた。


俺達は元々、3人兄弟だった。

しかし、俺達の母と父が離婚。


きっかけは父の浮気だった。よくある話だ。
俺と妹の親権は母に、弟の親権は父に渡された。

母は弟の事が嫌いだった。

「あの子を見ていると、あの男と被るのよ。顔が似ているってワケじゃないの。雰囲気がアイツと一緒なの。気持ち悪くて仕方ないわ!」


離婚してからよく酒を飲むようになった母は俺達の前で頻繁にそう言った。

俺達兄弟は仲が良かった。

兄弟が引き離されると知った時には、一つの布団の中で小さな体をくっつけて泣いた。

弟は薄い唇をかみしめて、
「僕達、ずっと一緒だからッ! 離れても、一緒だから!!」

と、ずっと繰り返していた。



両親が離婚してから5年後、俺達は家庭裁判所で再会することになった。

母は机の反対側にいる弟に、腫物にでも触るかの様に話しかけ、「ウチに来ないか?」と、誘っていた。


勿論、本心ではない。
建前上、弟独りだけを片親に預けたという事は、母の立場にも影響するからだ。


弟は5年で変貌していた。

肌は病的に青白く、目の下にはクマがあった。
頬は微かだがこけていて、着ているものはサイズの合っていないTシャツ1枚と短パンだけだった。

元やり手のサラリーマンだった父は、新しい愛人と出かけていた為、弟しか目の前には居なかった。


俺達はそんな弟がどんな生活をしているのか、何も知らなかった。


「何ですか…コレは…!?」

それから3ヶ月後、児童保護施設の委員が俺達の家にやって来た。

机の上に広げられたのは、弟の写真だった。


父に虐待を受ける弟。
クラスメイトに過激な暴力に遭わされている弟。
夜の街で若者に目を付けられて、陰湿ないじめに遭っている弟。

どれも酷いものだった。





委員会は弟を至急、保護しようと動いていたが、音信不通で居どころが掴めないらしかった。

妹と俺は顔を見合わせて、震えた。

俺達が片親とはいえ、普通の生活を送っている間に、弟は何を見たのだろうか?



やがて、精神不安定になり、殺人容疑で父が捕まった。

父は保護委員会の職員に向かって言った。

「悪魔の落とし子は殺した」

と。


急いで職員と俺達兄弟は父の住んでいたアパートに駆け付けた。

しかし、そこに広がっていたのは、

悪臭を放つ大量のゴミと、血糊だった。

職員の一人が、口を手で押さえ、道のはしに嘔吐する。


「琥珀は…!?」

あわてて弟の姿を探す。
しかし、部屋にあったのは、
パイプ椅子に繋がれた手錠と、それを力任せに引きちぎった痕跡だった。


無理やり割ったのだろう、窓ガラスには、琥珀の血が散っていた。


あれから、琥珀との連絡は途絶えた。

しかし、父からの証言によると、琥珀の顔が悪魔に見えたという。

「俺はクスリに縋ったんだ。クスリに浸っているとき、息子の顔が悪魔に見えた。だから、殺すつもりで琥珀をバットで思いっきり殴ったんだ! 沢山の血が息子から流れた。……本当に沢山の。俺は怖くなって、手当もせずに息子の手をパイプベットにつないだ。それからは…覚えていない」

委員会は血眼で弟を探した。

しかし、あれから3年。

遂に、捜査は迷宮入りとして扱われた。



俺達は琥珀は死んだと思った。

あれから窓から続く血の痕を辿った。しかし、血の痕は川で消えていた。


玄関に飾られた琥珀の写真が、俺達をいつも笑顔にさせた。

琥珀が居ない世界は、寂しかった。


特に、俺には。





琥珀の容貌は変わっていた。


片方の目が赤く、髪が白くなっていた。

(琥珀――!?)

過去の琥珀の像とは重ならないような変わりようだった。


一つしか変わらないはずの弟は、中学生男子にしてはあまりにもきしゃな体をしていた。

涙が勝手に頬を伝い、条件反射的に弟に抱きつく。


弟が身を固くするのがわかるが、離れるつもりはなかった。

「琥珀! こはく! コハク!」

弟の名前を何回も呼ぶ。

凛音も、兄の名前を叫ぶようによんでいた。

しかし、

「「「パン!!」」」

突然、自分たちの体が琥珀に手で弾かれた。


そこには、恐怖で顔を引きつらせた弟がいた。

「ちッ、近寄るな!!」

上ずった声で琥珀が叫ぶ。


琥珀は俺達を、


覚えていなかった。

【仮面】

モデルは、家庭関係のこじれたある家族。

もしも、もっとこじれたらどうなるか。

環境で人生は変わる。

【仮面】

過去の記憶が無い少年。 連続殺人鬼だった父親。 顔さえ覚えていない母。 突然現れた兄弟。 少年の頭の中で響く“声” ここに、仮面舞踏会(マスカレード) 開幕す。

  • 小説
  • 短編
  • アクション
  • ミステリー
  • ホラー
  • 青年向け
更新日
登録日
2015-05-02

Copyrighted
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Copyrighted
  1. 【声】
  2. 【路地裏】
  3. 【2人】
  4. 【寝台】
  5. 【家族】