深夜のタクシー

 取引先と思いがけず話が弾んでしまい、塚本が勘定を済ませて外に出た時には、もうとっくに終電を過ぎていた。夫人が車で迎えに来るという相手と別れ、塚本はタクシーを探すため、ふらふらと道沿いに歩き始めた。
 タクシーというのは、用のない時にはやたらと目につくのに、いざ探すとなると、どうしてこうも見つからないのだろうと、塚本は酔いの回った頭で考えた。もっと大きな通りに出た方がいいのかもしれない。
 だが、ようやく屋根に表示灯を点けた車が角を曲がって来た。塚本が手を挙げると、今流行りのハイブリットらしく、ほとんど音もなくスーッと停まり、ドアが開いた。後部座席に座りながら行く先を告げると、相手は無言でうなずいた。今時こういう無愛想な運転手は珍しい。
 最近は、みんな愛想が良くなった。そのかわり、道に慣れていないらしく、乗るといきなりナビを使っていいか聞かれたりする。カーナビがいくら進歩したとはいえ、昔の運転手ならみんな知っていた『一般人の知らない裏道』や『ここぞという時の抜け道』などが搭載されているはずもない。
 時には、しゃべることがサービスの一環であるかのように、乗ってから降りるまで話し続けられることもある。塚本のような普通のサラリーマンがタクシーに乗るのは、よほど疲れている時か、今のように酔って朦朧としている時ぐらいで、ペラペラ話したくなるような気分の時ではない。
 もっとも、静かなのはありがたいのだが、あまりに無言だとちょっと不安になる。昔よく聞かされたタクシーの怪談話のいくつかが、塚本の頭をよぎった。チラッとルームミラー越しに運転手の顔を見たが、別にノッペラボウでも一つ目小僧でもない、普通の顔である。車もちゃんといつものルートを通っており、墓地やお寺に向かっている様子はない。
 塚本は少し安心し、いつの間にかウトウトしていた。
 どれくらい眠ったのだろうか。塚本がハッとして目を覚ますと車は停まっており、周囲に街の明かりもない。しかも、運転手はこちらをジッと見つめていた。
 塚本が恐怖の叫びを上げる寸前、運転手がボソリとこう言った。
「すみません。道に迷いました」
(おわり)

深夜のタクシー

深夜のタクシー

取引先と思いがけず話が弾んでしまい、塚本が勘定を済ませて外に出た時には、もうとっくに終電を過ぎていた。夫人が車で迎えに来るという相手と別れ、塚本はタクシーを探すため、ふらふらと道沿いに歩き始めた…

  • 小説
  • 掌編
  • ホラー
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-05-02

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