伴侶

一人目

 涙で滲んだ視界に、醜く笑ったあなたの瞳が、月光を反射してじとりと映った。
 わたしは不愉快になって、
 「ああ」
 そっとぎゅっと、あなたの喉元を握り締めた。跳ねる鼓動を押さえつけて、わたしはあなたのように醜く笑う。反射された月光が、重なった二人のっぽを浮かび上がらせた。
 

二人目

 磯の香りと足を吸い込む白い砂。まるで死んだ柔魚のように、ビニールがゆらり揺蕩う海。
 荒廃した浜辺でわたしはあなたを抱きしめた。白くて細い、今にも折れそうな四肢をまとめて抱きしめた。それだけで砕けてしまいそうな脆さが私はいとおしくて、
 「大切にするから」
 なんて歯の浮くようなセリフに自分ではにかみながら、彼女の体からそっと離れた。
 弱々しい体躯、白い肌。背景の白い砂浜と同化してしまいそうなほどに、儚かった。
 そしてあなたは、少し怯えた顔をして、身につけたワンピースの裾を握り締めて、
 「こわい」
 とささやいた。
 わたしは自然と口元がほころんで、今度は強くきつく抱きしめた。あなたがこれ以上不安にならないように。
 少ない肉をえぐる感覚。
 鮮血の匂いと紅白のコントラスト。
 愛する人を殺す感覚。
 衝動的に、殺りたくなるのは愛ゆえだからとわたしは罪悪感も感じず、氷のようなあなたを海に投げ捨てた。まるでビニールのように揺蕩うあなた。

三人目

 おかえり、と声がして、わたしはこの瞬間の幸せを噛み締める。
 「ただいま」
 ドアを開けると、あなたの笑顔。暖かい料理。湯気に埋もれるバスタブ。長年集めてきたコレクションたち。わたしの大好きなものばかり。わたしは家が大好きだ。
 そして真っ先にコレクションたちの前に行き、一つにそっと触れた。いつ触れても新鮮な感覚が得られる。
 「ねえ、そんなのばっかり見てないでわたしも構ってよ」
 そう言うあなたの声と呼気。ああ、あなたは生きている。わたしは嬉しくなった。生への感動。
 「ありがとう」
 とあなたの髪の毛を梳いた。あなたは嬉しそうだ。わたしはまた嬉しくなる。指に絡めたあなたの髪の毛を引っ張ると、あなたは心底痛そうな顔をしながらも「やめてよ」と声はやっぱり悦んでいた。肉付きのいい身体を抱き寄せて、乾いた唇を重ね合わせた。
 初めてそうした時のようにぎこちなく、口を開いてキスをした。あなたの唇があまりに愛しくて、噛みちぎりたい衝動に駆られる。しかしわたしはそっと噛むだけで唇を引きはがした。少し血の流れた唇を湿らせて、物足りなそうに見つめるあなたにもう一度軽く口づけをして
 「シャワーを浴びてくるよ」
 とまたドアを開けた。
 後ろでドアの閉まる音が、いやのその前に。あなたが崩れ落ちる音がした。
 わたしは、わたしのものとあなたのものが混ざった唾液を、傷一つない口内に染み込ませて服を脱いだ。

伴侶

伴侶

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-05-01

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  1. 一人目
  2. 二人目
  3. 三人目